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石中の恋歌  作者: モノノベワークス
一対一対応の枕辺(まくらべ)
88/92

美の約款(やっかん)

前回更新分を下書きから投稿し忘れていました。

大変申し訳ありません。


次回更新は7/12です。

 ヘネシーが倒れたと聞いて馬車の中から使用人の女性達が現れるとヘネシーの頭を鞄に乗せ、湿った布で顔を拭いて扇で仰ぎ始めた。暫くして使用人たちが後から年長の使用人を連れてくると彼女は側の桶を手に取ってヘネシーにぶちまけた。


 うわぁ…。滅茶苦茶するなぁ…。


「…ッ!」


 冷や水をかけられたヘネシーは気絶から飛び起きると年長の使用人を見上げた。


「お嬢様、休んでる暇はありません。エルフ様方がお待ちです」


 その言葉にヘネシーさんはスイッチが入ったかのように起き上がると、私達の方を向いてゆっくりとお辞儀した。


「失礼しました。ルリコ様。フラン様、アキレア様…それと墓守様」


「様は不要だ」


 墓守は鼻を鳴らすかのように息を吐くと顔を背けた。


「それであの…」


「はい、新素材につきまして…。ゴムでしたか。こちらの原料の在処はわかっていますか?」


「あ、はい。これを拾った農家の人に場所を教えてもらった。権利も金貨四枚で買った…って私は認識しているけど…」


「そうですか。では当商会の技術者達にその素材の研究をしてもらいましょう。当面はその間の手当が必要ですが…」


 どうやらヘネシーさんはすっかり商人モードに戻ったらしい。


「それはウチの予算で払えたらって思うけど…。森の予算がいいのか…開拓地の予算が良いのか…」


「それでしたらここがよろしいかと。森は窓口が遠すぎてお互い不便ですので…」


 それもそうか…。


「あー…そうなるとエマさんかノグルス、レーデルに企画書通さないといけないかも…」


「キカクショ? 何ですか?」


「ゴムを開発するための計画書を書いて予算貰うんだよ」


「成程。承知しました」


 あ、そうだ。


「ついでだから…この土地の企画書とか書類は全部うちの工房の紙使ってね」


 それを聞いてヘネシーさんはニヤリと笑う。


「どうやらルリコ様は商才がおありのようですね。ではその紙、買わせていただきます」


 するとそれを後ろで聞いていたフランが一歩前に出て言う。


「ねえ、ルリコ。彼女が言ってた技術者たちもこっちに来てもらった方が良いんじゃない? 近くに居た方がゴムの管理も楽だと思うし」


 それもそうか…。


「承知しました」


 私達の会話から察したのかヘネシーさんは無言の技術者の招致に応じた。


「ねえ、ヘネシーさん。せっかくだから服飾の技術者たちも呼んでくれない?」


 フランは私の横でヘネシーさんににこやかに話しかける。


「服飾ですか?」


「そう。私は人間の服に不満があるの。だからもっと着やすい服を開発して欲しいの。その服を私達が着てトレンドにすればコルセットなんてつけなくていいでしょ?」


「成程。ゴムよりそっちの方が早くご用意できるかと」


「うん。私もルリコと一緒に仕事したいからよろしくね」


「承知しました。では妹のサマンサも呼びよせましょう」


 そう言うと、彼女は隣の年長の使用人と相談を始めた。


 なんだか忙しくなってきたなぁ…。


 そうため息をついて振り返ると、横でフランが私を見て微笑んでいた。


「え? 何? どうしたの?」


「いや、ルリコ。楽しそうだと思ってさ」


「え?」


 そう言われて私は自分の頬を撫でる。


「私…変だった?」


「いや、ルリコらしいって気がする」


 そう言うとフランは微笑した。


 あ、なんか…いつものフランに戻った? なんか最近ピリピリしてたけど…。そういうの無くなったみたい。


 そしてフランは大きく手を上げて背筋を伸ばす。


「あ~。やっぱりルリコと一緒に居ると楽しいなぁ…」


「確かに。私も楽しい」


 そう言ってから私の胸がチクリと痛んだ。


 でも…あとどれだけフランと一緒に仕事できるんだろう? 


 ニコラスはそれを許してくれるだろうか? 私はそれを許せるのだろうか?


 わからない…。私は本当はどうしたいんだろうなぁ…?


 そう思って見上げた空の星環はいつもと変わらず美しく瞬いていた。


「騎士団が来るぞ」


 墓守の重々しい声の方を向くと、たき火とは逆方向の丘から副団長のロゼさんが近づいて来るのが見えた。私達もロゼさんに近づくと彼女はシュラを操って近づくと大きく口を開けた。


「馬上より失礼する! カラリリ卿より、お茶会へお招き申し上げるよう仰せつかって参った!」


 それを聞いた私はアキレアに頷くと彼女は前に出て言った。


「謹んで承ろう」


「私も行くのか?」


 アキレアが二匹のシュラを引くのを見て墓守が抗議した。


「じゃあお前は歩いて帰るか?」


 それを聞いて墓守は肩をすくめる。


「…私が居なくて護衛が務まるのか?」


 そう言うと墓守はフランをシュラに乗せて自分もまたがった。


「少なくともお前なら矢避けにはなりそうだ」


 アキレアもシュラに私をのせながらそんな軽口を叩く。


「アキレア。そういう態度は騎士っぽくないよ」


 その言葉に彼女は黙って騎乗しながら「はい…申し訳ありません」と小さく答えた。アキレアの肩に両手を添えて小さく呟く。


「墓守は信用できると思ってる。だから無駄な争いは止めて」


 その言葉にアキレアは「承知しました」と落ち込んだ声で答えた。


 シュラで五分ほど走った先の貴族のキャンプ前に着いた私達は、草原の上に張られた陣幕に案内された。陣幕の入り口には黒軽鎧を付けた護衛が二人立っている。私はその二人を目端に捉えながら中に入った。するとそこには草原の上に敷かれたカーペットの上でティーテーブルを囲むカラリリと初老の男性が居た。


 あの人ってベルナール老じゃないよね? 誰だろう?


 初老の男性はどこか人懐っこい笑顔をたたえた小柄な男性で白髪の七三分けと頬のこけた小顔に対して大きな目がどこか子供っぽい印象を覚えた。


 あの人の服とか座ってる感じ…。なんか貴族っぽいなぁ。


 そう思って振り返ると陣幕の入り口を守るかのように立っていたアキレアは私に頷いた。その隣の墓守も私に頷く。


「失礼します」


 そう言って頭を下げようか迷っているとカラリリが立ち上がって教授を手で示した。


「ルリコ様ようこそおいでくださいました。こちらは帝国の大学のパインゲート教授です。教授、こちらは第五石ダイヤのエルフのルリコ様とフラン様です」


 そう言うと教授と呼ばれた男性が立ち上がって頭を下げた。


「ご紹介にあずかり、光栄に存じます。私は帝国大学の教授で数秘学を教えているパインゲートと申します」


「うむ、どうぞよしなに頼む。だがその…まだ成りたてでな。無礼講で頼む」


「ブレイコウ?」


 そう首を傾げる教授に私はあわてて答えた。


「えっと…堅苦しいのは抜きにしましょう。折角のお茶会ですから」


 そう言ってカラリリを見ると彼女は「ダメです」と笑った。


 ええ…?


「私が何故貴方をわざわざ茶会に招待したと思います? テセウ礼儀官から貴方を誘うようにと言伝があったのです。貴方のマナーを叩き直すようにとね」


 ま、マジか…。これって…。


 余りのショックに一歩引くとその背中にフランの両手が添えられる。


「ルリコ。どこ行くのよ」


「フラン…罠だよこれは…っ」


 小声で話す私にフランは小さくため息をつく。


「多分皆、ルリコにマナーを覚えて欲しいと思ってるだけだと思うよ?」


 それを聞いて私は肩を落とす。


「レッスン。淑女は感情を顔や所作に表してはいけません」


 カラリリは笑ってそう言う。


 くそぅ…カラリリは絶対楽しんでるな…。


「ルリコ様。マナーとは突き詰めれば、一定の作法を覚える学問です。人間の言葉を習得された貴方なら、決して難しくはありません」


 そう教授は笑う。


 教授は私がその人間の言葉を覚えるのに何十年とかかったのを知らないからそんなことが言える…。


「ルリコ様。そんなに深刻に考える必要はありません。今日はちょっとしたレクリエーションだと思って挑んでください。今回お呼びしたのは音楽を楽しむため。マナーはちょっとした添え物にすぎませんから」


 カラリリはそう柔らかい声で言うと私達に席を指し示した。それを聞いて私は恐る恐る席に近づくと彼女は「どうぞ」と席をすすめる。それを聞いて私達は席に着いた。


「そう、ここでは勧められたら身分の高い貴方が先に席に着く。それで正解です」


 そう言うとカラリリ、教授の順に席に着く。


 するとティーセットを乗せたキャスターを押した使用人が席に近づいて来る。


 ああ…。胃が痛い…。別に誰に怒られるわけでもないのに何なんだろうこの緊張感…。


 使用人がティーポッドからカップに紅茶を注ぐと私とフランからカラリリ、教授へと渡される。そろった紅茶に誰も手を出さないのでカラリリの様子を横目で伺うと彼女は頷いて言った。


「どうぞ」


 おお…。合ってた…。


 カラリリに勧められるままに紅茶を口に含むとその温かさに身体が癒されていく気がした。


「結構なお手並みで…」


 その呟きに教授とカラリリはキョトンと顔を見合わせる。それについ咳払いして誤魔化そうとすると教授はニコリと笑って言った。


「ルリコ様の言動は実に面白い。聞けばその知識は本から得たそうですが…。どんなタイトルでしたか?」


「たしか…恋愛会話術だった気がします」


「それはそれは…。ルリコ様は随分と破天荒なのですね」


 …? 恋愛関係の本ってそんなに破天荒かな?


 私がいぶかしんでいるのが見えたのか、教授はさらに続けた。


「あれは貴族と商人、貴族と農民などの会話例が記載されています。十分に配慮されていますが、本来は貴族と民が話すなんてことはあってはなりません。ましてや口説くなどと…。そのような真似は争いを生むだけです」


 いや…別にたまたま師匠が持ってきた本がそうだっただけなんだけどな…。


「私達エルフは…。美しいモノに目がないんです。だから私達の審美眼はとても厳しく相手を見ます…故に…子供の数が少ないのです」


「成程。だから自然界にいる人間に恋慕などしないということですか。しかしそうなるとルリコ様。何故、人間には醜い者がいるのでしょう?」


 いや…そんなこと言われても…。


「ハチの巣の無駄のなさ。塩の結晶の対称性。音楽の調べに宿る周期。どれも秩序を持ち、だからこそ美しい。まるで貴方達の様に」


 そう言うと教授は手の指のフレームを私に向けて言った。


「自然界は美しい、と人は言います。しかし私達が美しいと呼ぶのは、自然のすべてではありません。ハチの巣の無駄のなさ、塩の結晶の対称性、音楽の調べに宿る周期。つまり、自然の中に秩序を見つけた時だけです」


「えーとだから…醜い人間には秩序がないから醜いってことですか? 荒れ果てた庭が雑然として見苦しいみたいな?」


「いい例えです。しかし私はこう考えます。秩序があれば必ず美しいのでしょうか? 私達はハチの巣や塩の結晶を美しいとは思っても、欲したりはしない。ましてや音楽では……。貴方、蛍の光という曲をご存じですか?」


 ああ…あのスーパーが閉店する時の…。


「なんか悲しい曲ですよね」


「そうでしょうか? 私の故郷ではあの曲は再会を願う曲。希望に満ちた曲なんですよ」


「…すみません。何が言いたいのか…」


「同じメロディなのに人によって感じ方が違う。子供の声だって、心地よく感じる者もいれば、うるさいと感じる者もいる。ならば、美しさは音や形そのものに宿っているのではなく、それを受け取る者の中で変わるのではないか、ということです」


 …。いや、でもおかしくないか?


 私は自分の指を見る。


 私の指や腕は大体一対一の比率で出来ている。だから美しい。顔のパーツだって黄金比っていう根拠がある。指のしなやかさだってニコラスはキレイって言ってくれた。私の声も。


 そこまで考えて私は首をひねる。


 でも師匠は私のことをまるでエルフの皮を被ったオークみたいっていう時もある。だから美しさなんて人それぞれってことになるけど…。でもハチの巣や塩の結晶のバランスは確かに綺麗って感じる。それって数みたいな誰が見ても同じモノだと思ってたのに…。


 私は頭を抱える。


 アレ? これってつまりどういうこと?


 私が頭を抱えたのを見てカラリリが両手を小さく上げて軽く叩く。


「はいはい。一旦トーンダウンして音楽はいかが?」


「あ、はい。いただきます」


 突然の雄弁を披露したパインゲート教授はパイプに火をつけると煙をくゆらせはじめた。その煙にフランがせき込むのもおかまいなしに彼は煙を宙に吐き出し続ける。私達が見守る中、陣幕の向こうに使用人たちが椅子を運び終えると幕の横から楽器を持った人たちが入って来た。


『勘弁してよ…』とフランが顔を両手で覆って伏せたのを見て振り返ると、そこには燕尾服を着たダリアとカームが入ってきていた。


『いや…何やってんの…?』


 彼女たちは太鼓と笛を持って定位置に着くと私達のことが眼中にないかのように起立したままひたすら宙に目線を固定させていた。すると最後に横の幕をくぐって現れたのは指揮棒を持ったネムだった。小柄な身体にはオーバーサイズすぎる燕尾服の裾の端を使用人たちが床に擦らないように持ち上げているのが余計に滑稽さを助長している。


『最悪…最悪…最悪…フフフ』


 フランはあまりの馬鹿馬鹿しさに天を仰ぐと肩を揺らして笑いをこらえている。そんなことはお構いなしに登壇したネムは私達にお辞儀をする。すると後ろの楽団たちも頭を下げた。その中でカームだけ私に眼を合わせると顔面に一斉にしわを寄せるかのようなウインクを飛ばして来たのでつい顔を背けてしまった。


 頼む…夢であってくれ…。


 私達はそう切に願わずにはいられなかった。

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