平和税
次回の更新は7/5です。
「どうやら遠い誰かを思っていらっしゃるようですね…。今日はここまでにしましょう…」
そう言ってテセウは大きく息を吐き、席を立った。
「す、すみません」
テセウはエマさんに一礼すると、こちらへ歩いて来た。私は慌てて背筋を伸ばす。 すると彼女はフッと笑って肩に優しく手を置いて言った。
「咲いているうちが花ですよ。季節もね」
「あ、はい…」
そう言うとテセウは扉の前に立つと頭を下げて言った。
「本日もお時間をいただき、ありがとうございました。それでは失礼いたします」
そう言うと彼女の背後の扉が使用人の手で開かれた。そのまま彼女の姿が廊下の向こうへ消えると、扉は静かに閉じられ部屋には沈黙が戻った。それと同時に私は倒れ込むように椅子に座ると大きくため息をついた。
「これが暫くずっと続くのかぁ…」
あー…ニコラスに会えるのは何時になるのかなぁ…。
「ねえ、疲れちゃった。少し外を歩かない?」
「別にいいけど」
そう言うとフランはエマさんを振り返る。それを受けて彼女は微笑んで言った。
「じゃあ、アタシも行こうかな」
そういって腰を浮かしかけたエマさんにレーデルさんは「なりません」と言って座らせた。
「あーあ。守護者って偉いのに散歩の自由に出来ないなんてねぇ…。そういう訳だから二人で行ってらっしゃい」
「…なんかすみませんエマさん」
「気にしない、気にしない。摘まれた花は、もう季節を選べないからね」
お、おう…。…花つながりで私もなんか洒落たこと言った方が良いのかな?
暫く宙に視線をさ迷わせてから、私は言った。
「まあ、枯れるのを待つよりは良いんじゃないですか? 」
「「確かに…」」
適当な私の答えに親子二人が感心したように頷く。
いや、なんなのこれ。
アキレアと私達で城の中を暫くさ迷ったあと、ようやく出口を見つけて外に出ると城の背後に出た。城の外の工事の喧噪から逃れる様に離れると開拓地の壁の向こうの空に黒い煙が昇っているのが見えた。
「…なんか燃えてない? 火事かな?」
「…あちらは貴族のテント街の方ですね」
そう言うとアキレアがこちらに目線を送ってくる。
…そう言えば副団長がまだカラリリのところに居るかもしれないんだ…。じゃあ気になるよね。
「丁度いいや、アキレア、シュラを用意して。散歩代わりに見に行きましょ」
「感謝します」
そう言うとアキレアは突然指笛を吹いた。
「どうかしましたか?」
城の足場で工事をしていた男が上から顔を覗かせるとアキレアは「シュラを用意してくれ!」と叫んだ。
「どうするんです?」
「あの煙を確かめに行く!」
頷いた人工が顔を引っ込めてから暫くするとむこうからシュラに乗った女老戦士の墓守が無人のシュラを引き連れて現れた。
「おい、そこで止まれ」
彼女を目にしてすかさず前に出たアキレアはかつて墓守と名乗った女老戦士の乗るシュラの前に立ちはだかった。墓守はそんなアキレアから顔を背けたまま言った。
「私も行く」
「断る」
間髪入れずに答えるアキレアに墓守は軽くため息をついて言った。
「では貸せんな。これは我々のシュラだ」
「他のはないのか?」
「あったとしても我々が許可しない」
「ルリコ様、実力行使の許可を」
そう振り返ったアキレアに首を横に振ると墓守を見上げて言った。
「…信用していいんですよね?」
そう聞くと、墓守はこちらを向く。
「お前より金持ちで、私を雇えそうな者がこの辺りにいるのか? 」
…それも…そうか。
私達は二匹のシュラに私とアキレア、フランと墓守とで乗って煙の下へと向かった。
「女だけで足りるの!?」
そう叫ぶフランに墓守が答える。
「軍事行動があれば仲間が報せるハズだ! 焼ける血の匂いもしない!」
そっか。兵隊とかが沢山来たらすぐにわかるようになってるんだ。
フランに何かを答えようと口を開こうとした瞬間、シュラが大きく上下して私のお尻が浮く。
「…!」
咄嗟にアキレアの腰を思い切り掴むと彼女は「つかまっててください!」というので思い切り身体を押し当てた。煙の下へたどり着くとそこにはかつてケペンが率いていた商隊達がたむろしていた。離れた所でシュラから降りると、墓守は一人で商隊の方へと歩き出す。それに続こうしてアキレアが付いて来ないので振り返ると彼女は下りたシュラの下で片膝をついて顔を伏せていた。
「え、どうしたのアキレア」
アキレアは伏せた顔をあげないまま憔悴した声で言った。
「い、いえ。大丈夫です。しかし、暫く。暫くお待ちください…」
の、乗り物酔いとかかな…。
「大丈夫?」
そう言ってアキレアの背中をさすろうと手を伸ばすと彼女は突然立ち上がって言った。
「はい、大丈夫です! 行きましょう!」
お、おう…。
いつの間にか背後に居たフランはヤレヤレといった感じで肩をすくめた。
アキレアと一緒に商隊に近づくと、ケペンの前に仁王立ちになって話を聞いてる墓守と離れたところで燃える火を焦点の定まらない瞳で見ながらうずくまっているケペンの娘ヘネシーが居た。
「ヘネシーさん?」
そう問いかけても彼女は呆然としたまま燃える炎に魅入ってる。彼女の目の前で手を振るとやっと気づいたかのように私を見ると目から涙を流しながら言った。
「ルリコ様…助けてください…」
ええ…。
「…何があったの…?」
私はヘネシーの隣に座ってとりあえず話を聞いて見ることにした。
「もうどうしていいか…。運び込んだ品は奪われ、この地の物の買い占めは禁止され…。仕方なく新たにカジノをはじめたんですが…」
か、可哀そうに…。って言うか…大半は身内の仕業…。
「マーガレット様にカジノを禁止され、負けた借金も帳消しにせよと命じられてしまいました。『借金で開拓民を縛れば、いずれカラリリの兵になる』などと… 」
あー…成程。借金で首が回らなくなったらそれをカラリリが代わりに払って…ってことか…。
「そ、そういう理由だったんだ… 」
私の言葉は炎を見つめるヘネシーには届いているかはわからなかった。
「依存を断ち切る為に、賭博道具は燃やすように命じられました。もう、何も何も残っていません…」
そう言うと彼女は子供の様に立てた膝に顔を埋めて涙で濡らした。
「大変だったね…」
そう言って彼女の肩に手をかける。
「我々はこの地に人と金を送り続けてきました。道を拓き、畑を増やし、開拓民を守ってきた」
そう言うと彼女は握り拳を地面にたたきつける。
「それなのにストーンハースは我々に相談もなく賭場を潰した!」
う、うわぁ…。本気でキレてる…。どうしよう…。この勢いだと私達エルフまで恨まれそうだし…。そうだ…。
私は腰のゴムを入れっぱなしにしたポーチに手をかける。
ヘネシーさんに渡そうと思って渡せてなかったこれがあれば…。
私は腰のポーチをずらしてヘネシーさんの前に差し出す。
「あの…。以前話した共同開発の件だけど…。一緒にやってみない? これはゴムっていう新素材で…当たれば凄いと思う。先行者利益ってやつかな…」
それを聞いてもヘネシーさんは青ざめた顔のまま私を見つめている。
「ゴムなんだけどね、タイヤに使えたり、防水加工もできるし…伸び縮して…。ああ、後、避妊にも使える」
その言葉を聞いてヘネシーの眉がピクリと動く。
「…開発費はウチで出すし…。五年は独占販売していいよ…」
その言葉にヘネシーはまた顔を埋めてしくしくと泣き始める。
ええ…。もっとってこと…?
「じゃ、じゃあ。利益の三割を渡すよ…」
「…」
彼女の鳴き声が止んだ。
もうちょっとか…?
「じゃあ…四…五割…」
その言葉にヘネシーさんは顔を上げる。
「わかりました。手伝います。販売だけでなく、製法の管理も我らにお任せください!」
そう言うと彼女は胸の前に両手を置いてガッツポーズを取る。
「ああ…よかった…じゃあ…」
「いいのか? その娘は販売だけでなく、製法の周囲まで押さえるつもりだぞ? 」
いつの間にか横から墓守が来て私に話しかける。
え? そうなの?
そう思ってヘネシーの顔を見ると彼女は私の手を取ると見つめて来た。
「ルリコ様! お願いします! 不肖ヘネシー、ルリコ様。いえ、貴き種であるエルフ様に絶対の忠を誓います! ですからどうか、その繁栄の一端を我らにも担わせてください! 」
「たかが商人の娘の忠義などどうなる? 捧げるべきは商会の忠ではないのか?」
墓守の言葉にヘネシーは固まる。私は墓守の横やりを手で制するとヘネシーの目を見て言った。
「忠義はいりません。ただ、恨むのも止めてください。ゴールドピムさんにはこの地の治安の維持に協力して欲しいんです」
「…ルリコ様が仰るのであれば。ゴールドピム商会はこの地の治安の維持に協力いたしましょう」
そう言うとヘネシーさんは飛び起きるかのようにその場に膝間づいて私に頭を下げた。
「うん。よろしくね。私もヘネシーさんと仕事したかったしね…」
「ルリコ様…」
「いやぁ…元気になってよかったよ…。本当」
ま、まあ。半分はエルフのせいだし…。
ヘネシーさんの眩しい笑顔から顔を背けると、続けて墓守が言った。
「それでゴムとは?」
その言葉にヘネシーが振り返る。
「あの…」
「商人の娘。私はルリコ様と話しているんだ」
そう言うと墓守はヘネシーさんを睨みつける。
「わ、私達は臨時とは言えクインストラナイツと契約しているんですよ?」
「奥方の集めた娘騎士どもなど関係ない」
そう言うと墓守は私を見つめる。その顔に刻まれたシワと歳月を刻んだ肌から覗く猛禽類の様な眼差しに肩をすくめる。
「申し訳ありませんが、貴方の行動は逐一報告するようにとお達しがあるので」
「そんなやらかす人みたいに思われてるんだ…」
「貴方の開発した紙。あれを知れば当然です。そのゴムは紙に比肩するモノなら…。万が一にも敵に渡れば更に争いが苛烈になります」
いやだって…ただの紙じゃん…。
そう抗議の目線を送ると墓守は空を見上げて言った。
「剣より先に人を殺すものがあります。道だ。帳簿だ。靴底だ。雨を弾く外套だ。それは兵を遠くへ運び、長く立たせ、逃げる者を追わせる」
その言葉を聞いてハッとする。
この人…やっぱりただの傭兵じゃないんじゃないかな。
そう思って見上げる彼女の顔に刻まれた時間が、かつて少女だったはずの輪郭を探す余地もないほど、長い時間が影のように張りついていた。
「なんていうか…墓守さんって…思ってた感じと違いますね。もしかして若い頃は良いところのお嬢さんだったりします?」
そう言ってクスリと笑うと、墓守は私を見て少し微笑むと、また口をへの字に曲げて言った。
「それで? ゴムとは?」
ああ、やっぱりそこ詰められるんだ…。
「なんていうか…その…」
「機密ですよね! そうですよね! ルリコ様!」
そう振り返るヘネシーに私は両手の人差し指を合わせながら目を泳がせる…。
「え…?」
怪訝な声をあげるヘネシーから目を逸らすと言った。
「まだ何も…わかってない…っていうか…。未定っていうか…」
「へぇえ…?」
ヘネシーは四つん這いになりながら私の顔を覗き込む。
いや、だって私…ゴムの加工なんて知らんし…。
「嘘ですよね…? し、進捗全くなしなのに…商売のお話を…?」
「ええと…。お金は貸すから…。ヘネシー…頑張ろう…?」
そう言った瞬間ヘネシーの目が白目をむいてその場に崩れ落ちた。
「へ、ヘネシー!」
遠巻きに見ていたケペンが娘に駆け寄って顔に水をかける。それを脇で見ていたフランは呆れたように顔を伏せて横に振った。そんな私を見つめてアキレアがポツリと言った。
「やはりルリコ様…。罪なお方です…」




