マナー・オブ・レディ
次回の更新は6/28です
Codexのお陰で大分誤字脱字が発見できるようになりました。チャッピーより良いかもしれないです。おススメです。
アキレアと私を見比べたフランは「フンッ」と鼻を鳴らすと私に半分に切った紙を押し付けた。
二人に見送られながらトイレに入り、石畳にお尻を下ろす。思ったより便座が冷たくなかったのはフランの体温のせいだろう。
「ふぅ…」
鼻で息をしないようにしながら、手に持ったA4用紙半分ぐらいのマルベリー紙を眺める。
…今思ったんだけど。これどうやって使うんだろう…? いきなり全部使ったら後がないよね? つぶつぶにちぎる? いや、でも絶対手につけたくない。 じゃあ…短冊状にちぎる? それともコマ切れ?
自分のモノを出し切った後にずっと紙を見つめながら、私は扉の向こうのフランを呼んだ。
「本当…子供じゃないんだからさぁ…」
そうプリプリ怒るフランと背中合わせに藁のベッドに寝転がる。
城のトイレ…思ったより嫌かもしれない…。何とかしたいなぁ…。でもこんな石造りの城に配管なんて通せないだろうし…。どうしたもんかなぁ…。
考えれば考えるほど、頭の中で問題ばかりが増えていく。そのうち、寝台に沈んだ背中の重さを意識しはじめた。
明日、誰かに聞いてみよう。
そう思ったところまでは覚えている。
次に目を開けたときには、窓の向こうが白く明るんでいた。体を起こして身体を伸ばし、眠気眼をこすりながら扉のほうを見る。フランが、扉の向こうのアキレアに話しかけている。
「アキレア、誰か通らなかった?」
あくびをしながら頭をボリボリと掻いているとフランの声がこっちに向けられた。
「ねえ、ルリコ。お腹減ったんだけど、ここの人にどうやって頼むの?」
フランの不満そうな声が寝起きの頭に響く。
知らないよ…。ったく、昨日あれだけ子供かよ、って…自分もじゃん…。
ぶつぶつ言いながらも鞄の方を振り返る。
「鞄に干し肉無かったっけ…」
「あれ、食べると臭うじゃん」
「失礼だな。だから果物持って行こうって言ったのに…」
「だって、前にルリコが腐らせて鞄ダメにしたじゃん」
「ダメじゃないよ。ちょっと臭いが移っただけで使えたし」
「それが嫌なの!」
すると、扉の外からアキレアが顔を出した。
「誰か来ます。香の匂いからしてエマ様です」
その言葉に廊下に顔を出すと、確かに仄かにエマさんの香の臭いがする。ふと階段の方を見ると、下の階から揺れる橙色の光が登ってくるのが見えた。私達は慌てて部屋に戻ると面と向かいながらお互いの身だしなみを整えた。相対するフランの表情があまりに鬼気迫る表情につい笑ってしまう。それを見てフランも笑う。
「ちょっと笑わないでよ」
「そっちこそ」
そういうとお互い悪戯っ子の様に笑い合う。
「はい、ちょっとお邪魔するわね」
そう言ってエマさんが姿を現す。慌てて整列した私たちを彼女は何かを見抜いているかのような眼を細めながら笑って言った。
「朝食の用意が出来てるわよ。でもごめんね。干し肉は用意してないの」
「母さん!」
フランの声にエマさんはペロリと舌を出した。
エマさんに誘われて部屋から出ると外には黒いローブを被り、目に黒い眼帯をした青年と、頭にスポーツバンダナをした銀髪の少年が立っていた。少年は頭の後ろで手を組みながらあいさつ代わりにあくびをしてきた。
眼帯の青年を先頭に、私達は朝食の場へ向かった。軽く後ろを振り返ると、最後尾のアキレアの前で、バンダナの少年が頭の後ろで手を組んだまま、どこかバツが悪そうに歩いている。
眼帯の人が先頭って…妙な絵面だなぁ…。盲目のアサシン的な人なのかな?
暫く歩くと眼帯の青年は一階の大広間の扉の前に立って開けると頭を下げたまま脇に控えた。
「押すなよ! 騎士女!」
そう後ろでバンダナの少年がアキレアに言うと眼帯の青年とは逆の脇に立つとアキレアを睨みながら頭を下げた。
「騒がしいですね」
中に入ると同時にしわがれた声が部屋の中に響く。声の方に目を向けるとそこには昨日の礼儀官が座っていた。
「えっと…」
困惑してエマさんの方を見ると、代わりにテセウが答えた。
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
何で居るの…?
私の目の訴えにフランは肩をすくめて答える。
「なぜ私がここにいるのか、とお思いでしょうか」
図星を突かれ、私は思わず黙り込む。
「礼儀作法は食事の席にも表れます。まずは普段のルリコ様を拝見したく、同席させていただきました」
ああ、なるほど。
「奥方様のご意向もございますので、ルリコ様には一日も早く淑女としての作法を身につけていただきたく存じます。そのため、今後は一日の多くを共に過ごさせていただきます」
嘘やろ…。
そう思ってエマさんの顔を覗き込むと彼女は微笑んで言った。
「奥方様とワルス夫人からもよろしくお願いするって言われてるからねぇ」
ああ、逃れられない!
「とはいえ、まずはルリコ様がどの程度か一通り見させてもらうだけです。いきなりナイフだのフォークだの言っても身につかないでしょうからね」
それを聞いて私はホッと胸を撫でおろす。すると後ろからフランが肩に手を置いて言った。
「頑張ってね。ルリコ」
その言葉を聞いてムカッとした私は彼女の手を取って言った。
「テセウさん…この娘も…。私達友達で…」
「よしてよ、ルリコ。私なんて…恐れ多いわ…」
フランはにこやかな表情のまま、手を取る私に全力で抗ってくる。
「もとよりそのつもりです」
そのテセウの言葉にフランはポカンとした表情を向けた後、私を見てキッとにらんだ。
「頑張ってね、二人共…」
「エマ様もです」
そう言われたエマさんは微笑んだまま顔色を青くした。
「お二方もノグルス様も。ルリコ様と一緒の時は私が見させてもらいます」
「そうなのね…。あ、アタシはじゃあ…きゅ、急用が…」
エマさんがそんな訳ないタイミングで踵を返そうとすると、その背中にテセウが言葉を投げかける。
「聞けば、エルフ様方は美しさを尊ばれる一族だとか。作法もまた美の一つ。ならば、これを学ばぬ理由はございますまい」
その言葉を聞いてエマさんがピタリと歩みを止める。
「…その美しさは…誰が決めるのかしら? 私達の美は私達のモノ、それを何故貴方達が規定しようと言うの?」
「それはもちろん…神です」
「あら、そう…。神が決めるなら仕方ないわね」
そしてエマさんは少し宙を仰いだ後、テセウを見た。
「貴方は神に会ったことあるの?」
それを聞かれたテセウは首を傾げて言った。
「いえ…ありませんが」
「あら、そうなのね。ごめんなさい。まあ、そうよね」
そういうとエマさんはクスリと笑った。それを聞いたフランも笑って言った。
「ほ、ほほ…。お母様。とにかくまずは朝食にしましょう? 料理が冷めてしまいますわ」
それを聞いたエマさんは口元を隠すと嬉々とした声をあげた。
「そうね。でも城の料理って冷めたものばかりよ?」
そう言って歩き出そうとする二人を両手で制した。
「「どうしたのルリコ?」」
そう言う二人に私は真面目な顔で言う。
「気を付けて。試験は既に…始まっている…!」
それを聞いてハッと息を飲む二人。
このテセウの試験…。最初から躓く訳にいかない…。多分これ系のタスクは…。ダメだと思われた瞬間に一気にレッスンが厳しくなる…気がする。
そんな二人を振り返って言った。
「ここは私に任せて…まず…あの一番奥の席ね。アレが上座。あそこにエマさん座って」
「いや、それはいつも座ってるからわかってるけど…」
困惑するエマさんを他所にフランを振り返って言う。
「その隣は親族のフラン、そしてその隣は…私。よしGO」
私の指示に呆れたようなため息を漏らす二人。エマさんとフランが座ったのを見て座るとナプキンを膝に置いた。それを見たテセウさんはニコリと笑う。それを見てフラン達も真似をする。
私達が座っているとテセウがアキレアを見て言った。
「アキレア、給仕をお願いします」
「…わかりました」
そう言うとアキレアが酒刺しで陶器の酒杯にワインを注いで回る。
へー…。テセウさんってアキレアより身分が上なんだ…。っていうかアキレアの身分ってどんぐらいなんだろ?
そう思っていると、アキレアが私の席に近づいて来る。
「あり…」
アキレアに礼を言おうとすると彼女は無言のまま首を横に振った。
あ、やべ。給仕にありがとうはマズいか…。
全員に飲み物がいきわたると、私はコップを手に取った。
「いただきます。…あ」
いただきますは…。違ったか? いや、聞こえてない?
そう思って見るとテセウは私をジッと見ていた。
うわぁ…既にやらかしまくってる…。
げんなりとした気持ちを隠しながら目の前の皿に盛られた四角い白いものを見下ろす。
なんだろうこれ…おかき? ていうかこれって手づかみでいいのか?
周りを見ても箸らしきものは置かれていないので思い切って手で掴んで口に放り込んでみた。
…うーん。なんか粒感のある揚げモチって感じ…。
そう思いながら咀嚼していると口の中に仄かにハーブの香りが広がる。
なんか塩っ辛い香草だけど…醤油代わりみたいな感じ…?
次に出てきたのは三角に切られたスイカのような果物だった。
赤い実の中に黒い種が入ってるところまで同じ…多分地球と同じスイカみたい。っていうかスイカ食べるのにマナーっているのかな?
そんなことを考えながらデザート用のスプーンで実をくり抜くとかぶりつく。恐る恐る噛んでいると最後に種が口の中に残る。
んー…種って口から出すのか? それともスプーンに吐き出す? どっちも下品っぽいし…。いいや、飲んじゃえ。
そう思ってスイカの種を飲み込んだ。
食後の飲み物としてアップルティーが目の前で注がれる。テセウはそれを一口含むと、静かにカップを置いた。
「ここまでの所作、拝見いたしました。結果を申し上げます」
私は肩をすくめながら、テセウのしてくるであろう指摘に身構えた。
「未熟な点も見受けられますが、総じて申し上げれば七十点。まずは及第と申して差し支えありますまい」
ええ…。意外に高得点だな…。
「減点内容は…座る際に主に礼をしなかったこと、給仕に礼を述べたこと、そして果物の種を飲み込んだことです」
ああそうか…エマさんは守護者だから座る時に礼をしないといけなかったのか…。
「でも…種は吐き出した方が下品じゃない?」
「では貴方はスイカを食べる客人に種はのみ込めとおっしゃるんですか? 種は口元を隠しながら匙で受けて皿の端に置く。これが作法です」
ああ…まあ、確かに種を飲み込めなんて言うのはおかしい話か…。
「うーんそっかぁ…でも七十点ってそんなに悪い数字じゃないよね?」
「左様ですね。私も驚いています。ルリコさん、貴方は今まで森に居たとおっしゃいましたがこのような作法をどこでお知りになったのです?」
「あーそれは…」
その言葉にフランが身を乗り出して答える。
「私達は放浪してた老いた賢者に色々教わったの。多分そのせいかもね」
フランナイスフォロー…!
フランの言う老いた賢者とは詫びジーちゃんのことだろう。
あの人なら作法を知っていてもおかしくないし…追及されても大丈夫そう。
「左様ですか…ではそういうことにしておきましょう」
そう言うとテセウは大きく息を吐いて言った。
「とりあえずルリコ様の状況はわかりました。今後の方針としましてはまず型を覚えて欲しく存じます」
「型?」
「はい、今後は淑女として恥をかかない振る舞いを身につけてもらいます」
「それってつまり…」
「身だしなみ、食事、会話、来客対応、文通などでございます」
「七十点もとったのに…科目がそれだけ…しかも基礎から…?」
「ルリコ様の得点は礼儀の知識が多いからではありません。知らぬなりに他者への配慮を心掛けておられる点が大きいのです」
その言葉を受けてフランが思い出したかのように顔を天井に向ける。
「まあ、確かにルリコって食べ方綺麗だったし…。結構気遣いもしてたもんね」
「はは…そっすね」
落ち込んでいると思ったのか、テセウは私に向き直ると言った。
「そう悲観することはありません。ルリコ様には基礎がございます。故に一から十まで叩き込む必要はありません。まずは誤った癖を正し、足りぬ知識を補えば…」
「…いけますか!?」
よ、よかった…。マナー暗記する必要はないんですね…?
「はい、十分かと」
「よっしゃ!」
両手でガッツポーズを決めようとして、勢いよく腰を浮かせかけた。
「……こほん」
その咳払いで、私は空中半分の姿勢のまま固まった。
「す、すみません……」
そう言ってゆっくり座ると、テセウさんは軽くお茶を口に含んだ。
「そういえば、お預かりしていた物がございました」
そう言うと彼女は垂れ下がった袖から封書 を取り出すと、私の元へ来て差し出した。
「ニコラス様よりルリコ様宛ての書状でございます。ご本人より、お手元へお届けするよう承っておりました」
「ニコラスが? なんかあったの?」
そう聞くとテセウは青い顔を軽く振りながら「内容については存じておりません」とだけ言った。私は恐る恐る手紙を開いてみた。
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ルリコへ
お変わりありませんでしょうか。こちらは元気です。奥方様から話をいただき、今は劇場の運営に関わっています。舞台だけでなく、衣装や小道具を作る工房も動き始めました。思っていた以上に大変です。
会計係のミリアルドには何度か叱られました。私には商売の才覚が無いのかもしれません。ですが、それはそれで面白くもあります。
そういえば、ノンノが主演に選ばれました。私には芝居の良し悪しはよく分かりません。ですが、稽古を見た時、以前よりずっと楽しそうに見えました。皆も喜んでいたので、きっと良いことなのでしょう。
昨日は劇場に泊まり込みました。おそらく君には叱られるでしょう。忙しくしていると、時々あの夜のことを思い出します。翌日は頭も痛く、決して楽な朝ではなかったはずなのに、なぜか忘れられないのです。
不思議なものですね。
ニコラス
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私は手紙を閉じると静かにため息をつく。見るといつの間にかテセウは元の席に戻っている。
なんだ…てっきりヤバいことでもあったのかと思ったけど…。問題ないんだ。まあ…それはいいんだけどさ…。この最後の文は誤解を招くだろう…。なんだよ、あの夜のことが忘れられないって…。
満天の夜空に浮かぶ星環。彼のしなやかな腕とぬくもり、金木犀の香り。天へ昇るような楽器の調べ。思い出すだけで顔と耳が熱くなる。
やば…なんでこんなことで顔を熱くしてるんだろう。私。
自分の胸に手を当てるの手にはその手に、心臓の高鳴りが痛いほど伝わってくる。
。
本当にヤバイ…。なんか自分の身体じゃないみたい…。若い時ってこんなだっけ?
血の熱から逃れるように顔を上げると、机に頬を預けたエマさんが、含み笑いを浮かべながら私を見ていた。
「どう? フラン? 私は恋文と見た」
それを聞いて振り返るといつの間にかフランが私の手紙を覗き込んでいた。
「ごめん、一瞬すぎてわからなかったや」
そう言って肩をすくめるフランにエマは微笑むと言った。
「まあ、恋文ね。顔を見ればわかるわ」
「まあ確かに、ルリコ、顔真っ赤だよ」
そう言われて私は頬に手を当てながら二人から顔を背けた。その目線の先のアキレアは私の視線に気づくと目を伏せてしまった。
…?
突然テセウが手を叩く。それに合わせて場が静まると彼女は私達を見回して言った。
「淑女の皆様。その辺りになさいませ」
その言葉にフランが叱られた生徒の様に元の席に戻る。
「お気持ちは分かりますが、書状は差出人と受取人のものでございます」
「「は~い」」
本当にこの親子は…。変なことは何もなかったのに…。
そんなことを思いながら私は自分の唇を指で触る。
でも、その後したんだよね…キス。
長老の部屋の前でした口づけを思い出す。頭の奥がぼうっとして、唇にあの時の感触が戻ってくる。
「ルリコ様?」
「あ、はい」
テセウの声に呼ばれて振り返ると皆が私の顔を心配そうに見ていた。
「何度もお呼びしたのですが…」
「え、気づきませんでした。すみません」
「どうやら遠い誰かを思っていらっしゃるようですね…。今日はここまでにしましょう…」




