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石中の恋歌  作者: モノノベワークス
一対一対応の枕辺(まくらべ)
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騎士ではないあなた

次回の更新は6/21です

 城から出て鳥車の中でフランは自分の膝に頬杖を付きながらずっと私のことをジト目で見ている。


『だから…悪かったって言ってるじゃん』


 そう言ってフランに拝むと彼女は『別に私は何も言ってませんが? 外交官代理殿?』と冷たい声色を上げる。そう言ってからフランは窓の外に顔を向けて言った。


『ルリコは私の将来なんてどうでもいいんだ』


『いや、だってあそこはもう何言っても無駄だったじゃん…』


 そう言ってもフランは暫く何も答えてくれなかった。


 うーん思ってたよりフランってお母さん苦手だったのかな…。エマさんもフランに甘えてるフシがあるからな…。


 そう思ってから私は言った。


『やればいいじゃん詩人』


『もういいよそれは…』


 そう呟くとフランは大きくため息をつく。


『詩を書いてペンネームで発表すればいいじゃん。そうすればフランの実力がありのまま評価されるんじゃない?』


 その言葉にフランは『確かに』と言って振り返った。


『それは確かにそう』


 そう言うとフランは天井を仰ぎ見て言った。


『…こういうのはどう? ルリコが作ってる紙に私が詩をしたためて…広場に張り出すの。で、皆に見てもらって…評価してもらう。で、人気が出たら私が正体を明かして…悪くないよね?』


『うん。ペンネームで書いてて作家デビューしたら正体は有名人だったって話を聞いたことあったからさ。だから言ったの』


『そっかーでもそうなると…何書こうかな…』


 そう言って詩作りに没頭したフランは詫びジーちゃんの家に着くまで一言も発することはなかった。


 詫びジーちゃんの家について掃除をしているとフランが部屋の隅の机から筆箱を持ち出して言った。


『ねえ、これってもらっていいかな?』


 そこ手には炭をする為の石と数本の筆が入った綺麗な木箱が納められていた。


『どうだろ? ジーちゃんならどうぞって言いそうだけど…』


 実際その筆箱はジーちゃんが手紙や書きものをする時に使っていた炭筆で、彼の死後、それは形見として手入れされていた。


『まあ、ちょっと借りるだけだから。後で返すから』


 掃除が終わり荷物を運び出したフランはジーちゃんの墓の前で「じーちゃん。これちょっと貸してもらうから。また返しに来るからねー」と言った。するとそれに答えるかのように森にやさしい風が吹き抜けて私達を優しく撫でた。


 帰りの鳥車の中でジーちゃんの筆箱を膝に置いて手を添えているフランを見ていると、彼女は私を振り返って言った。


『ルリコは使う?』


 それを聞かれた私は『いや、いい』と答えてから言った。『いつ帰れるかわからないし』


 家から城にとって返した私達は部屋に着くなり肩を落とした。


『なに…この部屋…』


 そこにあったのは空っぽの石畳の部屋でベッドも椅子、机などの家具が一切なかった。


『どうなってんのよ! 床で寝ろっての!?』


 城の中にフランの怒りの声が響くも外の工事の音にかき消されたのか誰も姿を現さない。


『うわ~最悪なんだけど…どうするルリコ?』


 そう言って振り返るフランに私は肩をすくめる。


 そういえばこういう時前世だといつでも家具が買える店とかが普通にあったけど…。ここにはそんなのないしね…。


『多分、だけどレーデルさんが既に家具は発注してるんじゃないかな…? あの人あんなだけど有能だしね…。』


『有能? 私達を床に寝かせる判断のどこに有能さがあるの?』


『いや、多分それは…』


 そう言うと部屋の隅に置いてあった布の塊に目を向ける。


『ああ、これやっぱり…』


『やっぱりって…』


『これ、藁のベッドだ』


『ええ…でもじいちゃんの家の獣皮の方がフワフワで温かそうだったけど…』


『いや、じいちゃんの家の獣皮より良いかもしれないよこれ』


 そう言ってわらのベッドを手でおすとフカフカとした感触が伝わってくる。それを見ていたフランもベッドに腰を下ろす。


『うーんまあ…床で寝るよりマシか…』


 そう言って立ち上がった彼女はコルセットの結び目を私に向けた。その結び目を解いてコルセットを外すとフランは背中を大きくのけぞらせて腰を伸ばした。


『ああ…本当これキツすぎてあり得ないんだけど…』


 そう言うとフランは私の背後に回ってコルセットを外すと、お互いドレスを脱いで白の寝間着一枚になった。


『トイレ行ってくる』


 そう言って部屋から出たフランと私を交互見てオロオロするアキレアに「私は大丈夫からフランを見て来て」とアゴで示した。二人が去ってから私はわらのベッドに倒れ込むと枕を抱いて臭いを嗅いでみる。


 良い臭い…。新品のわらのベッドの臭い…結構アガるんだよなぁ…。


 枕を抱いたままベッドに転がるとフカフカな感触と藁の香ばしい香りが身を包む。


 なんか…これ前世のマットなんかよりずっと贅沢かもしれない…。


 そう思ってまどろんでいると突然部屋の扉をバンッと乱暴に開く音が聞こえて飛び起きた。するとそこには肩を怒らせたフランが立っていた。その背後にはアキレアが立っていてぺこりと小さく頭を下げている。


『帰るよ! ルリコ!』


 そのあまりの剣幕に私は目をこすりながら眉をひそめて言った。


『ええ…何…? なんで?』


『もう! いいから来てよ!』


 そう言ってフランに手を引かれるままに廊下の奥の小さい扉の前に連れてこられた。


『見てよこれ!』


 そう言って開いた扉の中には木の板に丸い穴が開いたトイレらしきものだった。板の周りの四方を冷たそうな石壁が囲んでいてわずかな下水臭が鼻についた。


 …思ったより清潔だな。


『これがどうかしたの?』


 そう聞くとフランが震える指の方を見るとそこには先にスポンジのようなものがついた棒が板の側に置かれていた。


『ああ、あれは…』


 多分城の人が用を足した後に使う…。


『言わなくていいから…』


 そう言うとフランは頭を抱えて言った。


『あれはムリなんだけど。嫌なんだけど…』


 いや…まあ…。それは私もそうだけど…。


『ねえ、ルリコ。クリシダの鳥呼んで葉っぱを運んでもらえない? アタシ絶対嫌だからアレ使うの』


『…いや、まだ誰も使ってないんじゃない?』


『…いや、だとしても無理。あたしの使ったのを誰かが使うのが無理』


 いや、まあ…。それは私もそうだけど…。


『ねえ…!』


 私は頭を掻きながら言った。


『いや、こんな遅くにクリシダが来てくれるとは思えないけどな…』


 いや、本当は、多分来てくれるけど…。こんな事情で使ったら絶対怒られそうっていうか…。他に何かないかな?


 そう思って自分の服をまさぐると、腰布に挟まった紙に手が当たった。


 この紙…朝にヘルミが見せてくれたマルベリー紙か…。


 それを見つめていると、フランも手の紙を凝視しているのに気づいてそっと差し出した。


『使う?』


 その言葉を言い終わる前にフランは紙を奪ってトイレの中に入ってしまった。


『ちょっとフラン! 半分は残しておいてよね!』


 そう言って扉から離れた。少し歩いてから見上げると目の前には石造りの冷たい廊下がぽっかりと黒い口を開けて広がっていた。その闇の中に白い小さな人影を見た気がしてゾッとした私は頭を振って背中を壁にもたれかけて大きくため息をついた。そしてふと横を見るとそこにはアキレアが立っていた。私の様子に動じることなく背筋をピンと張って立つ彼女の姿はまるで西洋の甲冑の置物のようだ。そんな彼女に感心しながらあごに手を当てて考える。


 今更だけど凄いなアキレアは…こんなに綺麗で強くて優しくて…。きっと前世の会社にいたらバリバリのキャリアウーマンに成れただろうに…。


 ずっと私に見られているのが気になるのか、アキレアは顔を少しこちらに向けて小首を傾げた。その姿が以前に会った厳格な彼女とはまるで違ってどこか子供っぽく見えてつい笑みがこぼれる。


「ごめん、なんでもない」


 そう言って前を向く。廊下には、見渡す限り一つも窓がない。


 いや、ていうか今だってそうだよね。城に勤める文官だって、貴族の奥方だって、将軍だって。アキレアなら何にでもなれそうな気がする。でも…。


「私はルリコ様の騎士です」


 きっと彼女ならそう言う。でもなぁ、私は戦争する気なんてないし。このまま一生、私の後ろに立ってるつもりなのかな……。


 私は一度目を閉じ、それから笑顔を作って彼女を振り返った。


「ねえ、寒くない?」


 その言葉にアキレアがこちらを向いて頷いた。


「城は石壁に囲まれていますから冷えますよ」


「窓がないけど、ここの人は外を見ないの?」


「そうですね。戦闘に成れば壁をよじ登る輩も出ますから」


「ふーん…普段騎士って城の中で何してるの?」


 その質問にアキレアは少し沈黙してから答えた。


「城と要人の護衛です。城の中とはいえ不埒な真似をする輩も居ますから」


「そっか」


 私は石壁を見上げた。


「ねえ、もしだけど明日アタシが居なくなったら…アキレアはどうするの?」


「え…?」


 そう言われたアキレアは唖然とした面持ちのまま固まる。


「いや、ホラ。アキレアって騎士として有能じゃん? でも私はあんまり戦う気ないから…。このままだとずっと私の護衛で一生終わっちゃうじゃん? それってどうなのかなって…」


「私はそれで構いません」


 そう答えるアキレアの顔色が薄暗い廊下の影のせいか青白く見えた。

 

「あ、はい…」


 真っすぐに見つめる彼女の瞳から逃れる様に私は顔を背ける。


「いやでもなぁ…それは…どうなのかなぁ…って」


「……なにがでしょうか?」


「だって勿体ないじゃん」


「勿体ない……?」


「アキレアならもっと色んなことができるのに」


「しかし私は貴方の側にあれば…」


 そのアキレアの言葉に沈黙でしか返すことが出来なかった。


 多分アキレアは何も言わなければずっと付いて来てくれると思う…。でも…。このままだとアキレアは、ずっと私の後ろに立っているだけで終わっちゃう。いや、ていうか……多分、私はそれがなんか嫌なんだ。


 あごに手を当てて小首をかしげる。


 ていうかそもそも…アキレアって騎士でも護衛でもないとき、どんな感じなんだろ? ちょっと見てみたい…。


「よし、わかった。アキレア。今度釣りに行こう」


「…釣りですか? 構いませんが…」


「そう。ただしルールがある。その釣りは趣味である。だからその日は一切仕事をしない」


「はあ…」


「護衛も禁止、騎士も禁止」


「…私はルリコ様をお守りしたいんです」


「それ以外は?」


「…」


「ほら、そういうところ。アキレアって、私の前では騎士の話しかしないじゃん」


「それが私の務めですから」


「でも私は、騎士じゃないときのアキレアを知らない」


「騎士ではない、私……?」


「うん。だから釣りに行きたいの。護衛してほしいんじゃなくて、私はただ、アキレアと一緒に過ごしてみたい」


「…………」


「アキレア?」


 彼女は私を凝視したまま、やがて逃げるように顔を伏せた。


「……貴方はずるい」


「え?」


「騎士ではない私と過ごしたいなどと、簡単に仰らないでください」


「なんで?」


「理由は申し上げられません」

 

「…いや、意味わからないんだけど。私と行きたくないの?」


「…」


「え?」


 なんか嫌われることしたっけ私…?


「そういう意味ではありません」


「じゃあ行こうよ」


「ですが、護衛を放棄することはできません」


「そこは譲らないんだ」


「条件の再考を求めます」


「却下します」


 私のダメ押しに彼女は大きくため息をついた。


「承知しました…。では釣竿を握りながら護衛します。これが私の最大限の譲歩です」


「そっか」


 私は少し考えてから笑った。


「まあ、来てくれるならいいや」


「……そういうところです」


「何が?」


「なんでもありません」


 そう言った途端、アキレアの顔から動揺が消えた。もういつもの騎士の顔だ。


 え、もう終わり?


 なんだ、もう終わりか。 少しつまらなくなって、私は微笑みながらアキレアの頬を人差し指で軽くつついた。


「ふーん。じゃあ、これは?」


「な、何をなさるのですか」


「いや。まだ騎士のままかなって」


「お戯れはおよし下さい…!」


「よいではないか、よいではないか」


 そう言って笑っているといつの間にか横にフランが立っていた。


「わあ、びっくりした!」


 咄嗟にアキレアの頬から指を離す。


「急に現れないでよ……」


「いや、アンタ達こそ何やってんの」


 フランはげっそりした顔で私たちを見た。


「よりにもよって、トイレの横で……」


「……あ」


 隣の扉を見て、急に顔が熱くなる。


「……見てた?」


「見たくなかったわよ」


 恥ずかしくなって目を伏せると、珍しくアキレアも顔を背けていた。その耳まで真っ赤に染まっているのが、なんだか妙に可愛らしく見えた。

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