クインストラナイツの絆
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予想の通り、中年貴族の因縁に、赤髪の騎士は怯む気配がない。
うーん…見た感じ、あの赤毛の娘は負けん気が強そうだし放っておいても押し負けることはなさそう…。
赤毛の騎士の言葉を受けて、中年貴族は胸を大きく逸らすと彼女を睨んで言った。
「無礼者! 身分をわきまえよ! 私を誰だと思っている! 私はラヴェルヌ家文官長補佐、ベルナール・ライデン卿の縁者だぞ! 」
その名乗りを受けて赤毛の騎士の眉がピクリと動く。そして暫く貴族を見つめたまま何かを考え始めた。その緊迫した空気に周りの人達も固唾を飲んで見守っている。そして何を思ったのか赤毛の騎士は眼をゆっくり閉じると開いて言った。
「……申し訳ございません。ですが、それを落とされたのは――」
その後の言葉を告げようとして口を開いた彼女の姿に大きな男の影が重なった。よく見るとその男はいつの間にか近づいていた師匠だった。
「グダグダ言い訳せずに謝れ」
突然現れたと思いきや師匠は赤毛の騎士に面と向かってそう言った。
「…!」
その言葉に赤毛の騎士は目を剥いて何かを言おうとしてすんでで止まった。見ると赤毛の騎士の視線の先の向こうには副騎士団長が立って首を振っていた。それを見た赤毛の騎士は観念したのか、中年貴族に向かって頭を下げた。
「申し訳ありません」
頭を下げた赤毛の騎士の隣にいつの間にか近づいていたリリア団長が立つと彼女はやせ形の貴族に向かって言った
「申し訳ございません。その果物を損ねました非、まずは我が騎士団にございます。また、場に侍る者への礼節を徹底できておりませんでした。これは部下のみならず、団を預かる私の責にございます」
そう言うと団長はゆっくりと頭を下げた。
「どうかご容赦いただきたく存じます」
それを横で聞いていた赤毛の騎士の拳が強く握られる。
あ、ヤバイ。赤毛の人キレそう。
そう思って前に出ようとした私の肩に手がかかる。咄嗟に振り返るとそこにはマフディーさんが居て、軽く首を横に振っていた。視線を前に戻すと、頭を下げた赤毛の騎士にやせ形の貴族がふんぞり返って謝罪を受け入れていた。
「よかろう。今回の非礼、リリア・ブランジュ卿の謝罪に面して許すとしよう」
「ありがたく存じます」
やせ形の貴族は頭を上げたリリア団長の微笑みにニヤリと笑った後、ふと視線を外してギョッとした表情を作った。その視線の先を追うと団長の後ろで他の団員達がやせ形の騎士を睨んでいるのが見えた。
「ヒッ…! し、失礼する」
団員たちの視線に恐れをなしたやせ形の貴族は逃げる様にその場を後にした。少しして、頭を上げた赤髪の騎士は顔をあげて言った。
「団長…何故、頭を下げられたのですか? これでは団の威厳が…」
「何だと?」
それを聞いた師匠は低い声で答える。
「ヴァルナ・フロスト…」
困ったように微笑む団長の優しい声にヴァルナは強く歯噛みをする。師匠は悔しそうな赤毛の騎士を見下ろしながら言った。
「わからないのか?」
師匠はヴァルナの怒気そっちのけで答える。
「何だと…?」
「お前の団長がなぜあの貴族に謝ったのかわからないのか?」
それを言われて赤毛の騎士は師匠を睨む。
「アイツは文官だ流通も税も、全部ああいう連中の書類で回ってる。そんな奴に悪く思われたら団への抗議文が奥方の元へ届けば団の評価に関わる。だからお前らの団長は頭を下げたんだ」
その言葉を聞いて赤毛の騎士は顔を青くして団長を見つめた。私はその視線を受けた団長の表情を伺えないまま、彼女の言葉を聞いた。
「……ヴァルナ。悔しいと思ったのだろう?」
その言葉にヴァルナの肩が僅かに震える。
「だが、君が怒ってくれた事を私は誇りに思う」
リリア団長は静かにヴァルナの頬に触れた。
「騎士が誇りを失えば終わりだ。だからその怒りまで捨てる必要はない」
「団長…」
「だが、団を預かる者には飲み込まねばならない時もある
ヴァルナは悔しそうに唇を噛んだまま俯く。
そんな彼女を見て、リリア団長は困ったように微笑した。
「まったく…。君は本当に真っ直ぐだな」
そう言って、リリア団長は俯いたヴァルナの顎にそっと指を添えた。
「そんな顔をするんじゃない」
で、デター! 伝説のアゴクイだー! 実在していたのかぁー!
「お、お戯れを! 団の長ともあろう御方が、一団員にそのような御振る舞いをなさらないでください! 」
赤面しながらリリア団長にくってかかるヴァルナ。そして何となく蚊帳の外の師匠。その師匠の背中を見て私は何か寂しい気持ちになってしまった。師匠もこれ以上は余計と見たのか踵を返してその場から離れようとする。するとヴァルナは師匠の背中に声をかけた。
「待ってくれ。エルフの御仁」
背中越しに振り返る師匠にヴァルナは頭を下げる。
「先ほどは助かった。貴殿の言葉が無ければ、私は危うく団の信頼を損なうところだった……礼を言う 」
その言葉に師匠は振り返らずに答えた。
「気にするな。俺はそこまで考えたわけじゃない。ただ、あんなのに頭を下げるのは美しくないと思っただけだ」
それを聞いたヴァルナは顔を赤くして叫んだ。その表情を見ているとやっぱり彼女は年相応の女の子という感じがする。
「な、何を! からかうのはよせ!」
それを見た師匠はフッと笑うと言った。
「そうやって噛みついてる方が、さっきみたいに落ち込んでるより余程マシだ 」
その声と共に周りに居た騎士団の女子たちがヒュー! とはやし立てる。
いや、女子高かなんかかな?
「静粛に! 貴殿らは持ち場に戻れ!」
色めき立った騎士達を副団長が一括すると、その場は収まるが女騎士達はヴァルナと師匠を見ながらにやけ顔でヒソヒソと語り合う。
「この屈辱…覚えていろよ、貴殿!」
震えながら師匠の背中を指さすヴァルナに「エルフ様に失敬だぞ貴殿!」と副団長が叱咤する。それを聞いてヴァルナは副団長に背を向けると言った。
「失礼。こちらの御方は正直が好みとのことなので」
それを聞いて師匠は背中越しに口元を緩めた。
「貴様…!」
「ヴァルナ! もういい! 貴殿は下がっていろ!」
副団長に叱られて不機嫌そうに肩を怒らせて天幕の裏に消えて行った。
うわー。覚えてろなんて言葉はじめて聞いちゃった…。
「…醜いな」
ヴァルナの背中を見送っていた私の隣でマフディーさんが悩まし気な声をあげた。
ええ、アレを見て何でそんなこと言うのこの人…。
私の非難の目つきに気づいたのかマフディーさんはつば広帽を目深に被った。
「すまないな。あの貴族の居丈高な振る舞いが、醜悪に思えて、な」
ああ、さっきのやせ形の貴族か…。
「あの貴族の男は先の女に比べて強さも美しさも誠実さもない。貴族としての本分も責任もない。そのような人間が上に立つのだろう? と思ってな」
それを聞いて私は内心ため息をついた。
「でも師匠の言うことも一理ありますよ」
その言葉にマフディーさんは私の顔を覗き込む。
「もし私達エルフがあの人が落とした果物を無礼と糾弾したら…彼はカラリリに叱られていたかもしれませんからね。だから女騎士を叱って自分の潔白を証明しようとした。仕方なかったんですよ」
それを聞いたマフディーさんは目深に帽子を被って言った。
「あやつにも事情があったということか…」
「……皆、自分の立場で必死なんですよ」
そう呟いてから私は自分の手を握りしめる。
「誰だって怒られたくないですよ」
懐かしいなぁ。ミスを怒られたくなくて隠したことのが部長に見つかって…。
それを思い出すとつい笑みがこぼれてしまう。
「でも不思議ですよね。厳しく怒ってくれる人の方が、やけに記憶に残るんですよ」
それを聞いてマフディーさんは小さくため息をつくと言った。
「強いな、お前は。…普通は、そんな記憶は笑えん」
そう言うと、マフディーさんはそれ以上何も言わなかった。そんな彼の横顔を横目で見るとどこか寂しそうな感じがした。それを見るのが耐えられなくてアキンボ達を振り返るとソルヒルドはカームの旦那さんのカンティオスが動物の氷の彫像を作る様子を地面に駄弁りながら見入っていた。
なんか…カオスだなぁ…。
そう思って視線を戻すと、向こうでリリア団長がこちらを見て意味深に微笑んでいた。私の視線に気づいたマフディーさんはリリア団長を見つめるとぼそりと言った。
「そう言えばお前は何か用事があったんじゃなかったのか?」
それを言われて私は思い出した。
ああ、そういえばクラリネに会いに行こうと思ってたんだった。
私は団長の目線に誘われるように側に近づくと同時に向こうから給仕に扮した女騎士がクラリネ達を引き連れて来る姿を見た。私はクラリネに近づくと彼女の手を握って言った。
「クラリネ…! 来てたんだ。久しぶり…って程でもないかな?」
そう言うとクラリネはクスクスと笑って言った。
「はい。お互い忙しいと時間を忘れてしまうものですね」
そう言うと、いつの間にか後ろに隠れていたポテを横に立たせてから軽く頭を下げた。
「ルリコ様、この度は守護者エマ様及びエルフの皆さまに感謝を捧げます。あれから夫にはお城の件で仕事を回してくださって。おかげで職人たちも忙しくしております」
それを聞いて私は小さく手を振る。
「いや、それは私よりノグルスに言ってあげってって…クラリネはノグルスと会ったことないか…」
それを聞いたクラリネははかなげにニコリと笑う。
「遠巻きに御拝顔されたことはあります。しかし、直接礼を伝えるなど恐れ多き事でございます」
その言葉を聞いてつい笑みがこぼれる。
「うん。じゃあ私から言っておくよ」
「ありがとうございます。このようなことを話せるのは貴方だけです。ところで貴方はご存じですか? 最近資材の流通に乱れがあることを」
あー…これはあれか。カラリリとマーガレットの話題かな?
「大丈夫。その件は私の友達が関わってるから。それも伝えておくよ」
そう言うとクラリネは顔をほころばせる。
「ありがとうございます。貴方は私達に恵みを与えてくれる森の様」
そう言うと、クラリネは片手を大きく上げてから胸に手を向けてお辞儀をした。
「カラリリ様は外から新しきものを運んでくれる風、マーガレット様はそれらを育む大地。どれも欠かすことはできません」
あ、あー成程…こういう挨拶みたいなもんかな? だったら…
「ええと…。じゃあクラリネやデサ達は、私にとって毎日のご飯みたいなものかな… 」
…。
一瞬の沈黙の後、私の言葉にクラリネはコテンと小首をかしげる。
いや、何で森とか風が良くて御飯じゃ通じないの?
「ま、まあ。冗談なんだけどね」
咄嗟にそう言って私は誤魔化す。
「まあ、ウフフ」
クラリネの可愛い笑い方で滑った空気が一瞬で朗らかになる。そして彼女は私を見つめると言った。
「ルリコ。私…今、幸せです。不思議ね、色々悩んでたことが今では遠く感じるの」
そういうクラリネの笑顔は以前と違って作られた誰かの為の笑顔じゃない気がした。その笑顔を夫のラッセルに向けながら彼女は言う。
「しかし妹のファインが心配です。エマ様の統治にはいずれ娼館が必要と言って聞かないんです」
クラリネの妹って確か嘘が趣味の子だっけ…?
私の脳裏に寝間着みたいな服を着た金髪の少女が思い出される。
「ありがとうございます。ルリコ様にはお世話になりっぱなしで……できれば、私達からも何かお返ししたいのですが」
クラリネはそこで、少しだけ首を傾げた。
「そういえば、以前お作りしたお家。工房としてお使いになっていると聞きました」
「ああ……ラッセル達が作ってくれた家だよね。色々置いてたら、なんかそのまま工房みたいになっちゃって」
その言葉にクラリネはウフフと含み笑いをしてから背筋を伸ばす。
「でも、暮らしづらくはありませんでしたか?」
「いやぁ…今はちょっと…家について考える余裕が…」
「ルリコ様。それではいけません。上位者たる者。振る舞いも家も民に規範を示してていただかなくては」
「う、うん…」
そう言うとクラリネは口元に手を当てて困ったように笑った。
「なんて言ってしまいましたが…私も実はよくわかってないんです。主人は大きな家を建てるなんて言ってますが…」
その言葉を受けてラッセルも微笑んで言う。
「別に僕は君と一緒ならどんな家でも構わないんだけどね…。でも君がこの先出世したら応接間も無いような家だと困るだろうし、そうでなくたって家族が増えたら手狭は嫌だろう?」
その言葉にクラリネは「はい」と頷く。
「そうですね……。でも私は、夫の妻としてどう在るべきか……。家を守るべきなのか、それとも主人と並んで外に立つべきなのか。どうするべきか…まだ定まらないのです 」
彼女は私に視線を向けると言った。
「ルリコ様のご家族は……どのような方でいらっしゃいましたか?」
うーんクラリネはこれからどうやって生きていくか迷走している感じなのかな? でもウチの母さんや父さんはあんまり参考にならない気がする。
「私のお母さんは立派な人だね…。子育ても仕事も両立しているし。まあ、でも特に仕事は…偉大過ぎるぐらいかな」
その言葉にクラリネは頷く。
「でも…母さんは父さんとはうまくいかなかったみたい」
それを聞いたクラリネは小首をかしげる。
「お二人の間で、何か行き違いがあった…ということでしょうか?」
別に何もない。ただ…。
「うん。母さんは正しかった。父さんも別に悪い人じゃなかったし、多分ちゃんと母さんのこと好きだったと思う 」
私は少しだけ視線を落とした。
「でも、それが……夫婦円満につながるってわけでもないみたい。私も娘としてあんまり上手くやれてなかったのかも」
そう言うと私の脳裏に前世で別れた夫が浮かぶ。
「それは…随分とお辛いことを聞いてしまい。申し訳ありません」
頭を下げるクラリネに私は首を振る。
「ううん。私の経験を話すことで、クラリネが失敗を回避できるならそれに越したことないし」
クラリネは不安そうに口元に手を当てると首を傾げた。
「しかしそれでは…。夫婦とは、家族とは。どうすれば上手くいくのでしょうか?」
いや、そんなの私が知りたいぐらいだけど…。でも、前世の両親は最後まで一緒だった。
私の脳裏に前世の人間の母の後ろ姿が思い浮かぶ。台所にエプロンを付けて立っている母。母は結婚してからずっと専業主婦で何か人生で成し遂げたわけじゃない。
でも…。私はお母さんが好きだった。
「なんていうか…そこに居て安心する感じが…私は好きだったかな」
その言葉にクラリネは小首をかしげる。
「安心する感じ…ですか…?」
「…クラリネが気にしてるのって、前にどうだったかじゃなくて、これからちゃんと奥さんでいられるかどうか、でしょ? 」
その言葉にクラリネはゆっくり頷く。
「私は家に帰ったらおかえりって言ってくれる人がいる。それが好きだった」
「はあ…」
そう言うとクラリネは困ったように頬に手を当てて小首をかしげた。
「ただ居るだけでいい。何もしなくていい。……でしたら、わたくしは何のために前の仕事を辞めたのでしょう?」
その言葉に私はハッとして顔を上げた。クラリネは私を値踏みするような目でジッとこっちを見ていた。




