リリア団長のサロン
次回の更新は5月18日(月)です。
日曜は所用があり更新を一日ずらさせていただきます。
鳥車がカラリリのテントの庭園に戻ると、そこではカラリリとパツパツの貴族服を着せられたアキンボが一緒にお茶を飲んでいた。フランは鳥車から降りてアキンボの姿を認めた途端『何よあの格好…』と呆れ声で呟いた。私達が茶の席に近づくとカラリリは眼をギョロリとこちらに向けて言った。
「おかえりなさいませ。どうでしたか? 垂乳根の方は」
それを聞いて私は眉をひそめる。
「ねえ、カラリリ。やっぱりマーガレットさんのところと争わないと駄目なの?」
それを聞いたカラリリは口元に手を当てて含み笑いをした。
「ルリコ。貴方は垂乳根に何と言ったのです? 我々が道路を作り税を取る。そのことに彼女は苦情を申し立てたのですよね?」
私はそれを聞いてムッとしながらカラリリの使用人が引いた席に座る。
「そうだよ大変だったんだから。仕方ないからラヴェルヌ家の人達の税の免除は取り消させてもらう…もらってもいいよね…?」
私を見つめるカラリリの眼が怖くてつい下手にでてしまう。しかし彼女はその言葉に動じず「そうですか」とだけ答えて飲み物を口に含んだ。
「そうですかって…それでいいの?」
「はい。別にお家にはまだ報告してないので…」
カラリリはそういうと陶器のカップを小さな音をさせて置いた。
「…なんで? それってカラリリにとって損じゃないの?」
「ラヴェルヌ家にとっては損ですが…私は…どうでしょう?」
それを聞いたフランも着席しながら笑う。
「何? 友情にほだされちゃった?」
その言葉にカラリリはニコリと笑うと言った。
「きっと貴方達は知りたくないでしょう。だから、教えません」
「…?」
カラリリの言葉にフランは小首をかしげる。対して私は自分のイライラを自制しながら言った。
「それ本当に私の為に言ってる?」
すると彼女は笑って言った。
「いずれわかります」
「…そう…でもカラリリが無茶するようなことはしないでよね?」
その言葉を聞いてカラリリはキョトンとする。
「私の心配ですか? エルフではなく?」
その言葉に頷いて。
「そう」と答えた。
それにカラリリはフッと小さく笑うと言った。
「無茶かどうかは私が決めることです」
「…はぁ?」
私の上げた素っ頓狂な声にカラリリはクスクスと笑う。
「ねえ、あなた本当に何を企んでいるの?」
それを聞いたカラリリはフランを見つめた後、笑って言った。
「いずれわかります」
それに私は何か言い返そうとしても、言葉が見つからなかった 。
『何を揉めているんだ?』
テーブルの端で肩身を狭そうにしていたアキンボが、私達に話しかける。
『ていうかアキンボ明日の準備は出来てるの?』
そう言うと彼はぶっちょ面のまま『知らん』とだけ答えた。
『いい? ああいう場ではいかに減点を防ぐかだから。爪とか、髪、服の清潔感が大事。声は小さく、常に笑顔で』
そう言うとアキンボは首を傾げる。
『沢山は無理だな』
そのアキンボの言葉に私は頭を抱える。
『ルリコ違うって』
私のアドバイスにフランが口を挟んでくる。フランはアキンボを指して言う。
『コイツの場合、減点式は無理! だってアキンボがやらかさないなんて無理でしょ!?』
そんなことは…なくもないかも。
『だからコイツの場合。加点式にする。デカくて頼れる! それだけを見せる!』
『それなら…出来る 』
…大丈夫かなぁ…。
『身分があるのですから、それを使えばよろしいのでは? 』
端で聞いてたカラリリは淡々とそう呟く。それをフランは驚いた表情で見つめる。
『え、アンタいつエルフ語話せるようになったの?』
『何日も近くで話されていれば嫌でも覚えます』
いや、ムリだろ…。
隣でフランもカラリリから身を離す。
『こわ…』
『安心してください、盗み聞きは趣味じゃないので』
カラリリの言葉にフランが三白眼を向ける。
『へー? アンタって趣味とかあったんだ?』
二人の応酬を他所にアキンボは居住まいを正して言った。
『身分なんて関係ない。選ぶのはアイツだ』
その言葉に私とフランは驚いて顔を見合わせる。
『おっきくなったねぇ…』
アキンボの頭を撫でようとするフランの手を彼はそっと払う。
『大丈夫? アキンボ?』
心配して覗き込む私を彼はギロリと睨む。
『告白が成功でもダメでも、とりあえず飲みましょうね』
フランの言葉にアキンボは『うるさい』と一蹴する。
そんな私達の席にアキレアが近づいて言った。
「よろしいでしょうか」
その言葉に私達が頷くとアキレアは言った。
『私はアキンボ殿の愛に感動しました。真の愛に言葉は無粋。ただただ愛していると伝えることが寛容かと存じます』
す、凄い! アキレアまでもが…エルフ語を…!?
『アキレアわかるの?』
そう聞くフランに『ちょっとだけですが…』と直立不動のまま頬を染めた。そしてはにかんだ口元を引き締める様に結ぶと言った。
「ルリコ様にお仕えするのですから、当然です」
するとさっきまで黙っていたアキンボがアキレアを見て言った。
『お前のような騎士にそう言ってもらえるのは光栄だ。俺も正直であることが重要だと思う』
アキンボのその言葉にアキレアが頷くと、テントの扉に使用人の影が映ると言った。
「失礼します。お嬢様」
「何?」
使用人の声にカラリリが気だるそうに答えると、天幕の影は言った。
「ルリコ様の師を名乗るエルフの方がお見えになっております」
「そう、お通しして」
師匠が…?
そう言われて私の脳裏にシーブ長老が倒れた時に見た師匠の虚ろな顔が浮かぶ。
そういえばあれから師匠とは会ってないけど大丈夫かな…?
そう思ってテントの扉を見ていると、扉が引き上げられた。ズカズカとゴツいブーツの足音をさせながら不機嫌そうな顔のヒゲのエルフが入室してきた。入ってきて早々師匠は不愉快そうに鼻を鳴らしながら言った。
『女臭い』
その大胆不敵で空気をよまない感じはいつもの師匠だった。
『師匠。いつ帰ってきたんですか? シーブ長老はどうしたんです?』
私がそう声をかけると、師匠は私を睨んで言った。
『ふん。いつまでも帰ってこないお前の様子を見て来いとアイツがうるさいからわざわざ来たんだろうが』
『そ、そうだったんですね』
そう言って私に一瞥をくれた後、師匠はアキンボに目を向けて言った。
『おい、アキンボ』
『はい』
アキンボが背筋を伸ばしたのを見て師匠は口元を緩めて笑うと言った。
『お前、人間の女にホレたらしいな。どんな女だ?』
その師匠の顔にアキンボは俯いてから再び顔を上げて言った。
『エルフの女ほど美しくはありません。しかしどのエルフの女より気高く自由に見えました』
それを聞いた師匠はニヤリと笑った。
『人間は直ぐ老いる死ぬのも早い、だからこそ美しい』
師匠の言葉を聞いて私はハッとした。
まさか師匠からそんな言葉が聞けるとは…。
『お前を男にしてやる、アキンボ、ついてこい。…そのおかしな恰好はやめてからな』
その言葉を聞いてアキンボが立ち上がったのを見て、私は二人の間に割って入った。
『し、師匠! アキンボは後日サロンに参加することになってるんですが…』
そう言い切る前に師匠の片手が私の両頬を掴んだ。
『やかましい』
そう言うと師匠は首を傾げて私の目線に合わせる。師匠の指で私の口が大きく締め上げられて行く。
『おい、ルリコ様から手を放せ。今すぐ』
後ろからアキレアの冷たい声が聞こえる。その声に私は後ろのアキレアを後ろ手で静止する。すると師匠は後ろに居るアキレアを覗き込むように首を傾けて言った。
『どうしてこうなったと思う?』
その言葉にアキレアは刀の鯉口をきる音で応える。
『話にならねぇな』
そういうと師匠はそっと手を放すと、私の回答を待つかのようにじっと見てくる。その視線に私は自由になった口で恐る恐る答える。
『私が不用意に前に出たから…ですか?』
『さぁな。ただ、お前らの中でそこの女だけは別だ』
そういうと師匠は背後のカラリリを見据えている。うろたえる私達の中でカラリリだけはまるで何事も無かったかのようにテーブルに座っている。
えっと…これって…要するに貴族の対応ができてないってこと?
『ふん。さっさと行くぞアキンボ』
『はい、師匠』
そういうと師匠は入って来た時と同じようにアキンボを連れてズカズカと外へ行った。師匠が出て行ってから暫くの静寂の後、アキレアが私の前に出て跪くと言った。
「申し訳ありませんルリコ様。先ほどの失態をお許しください。貴方を守れなかったばかりか…拘束された貴方の身を危険にさらしてしまいました。私は…彼に貴方の命乞いをするべきでした」
そう言われた私は口元を拭いながらアキレアに言った。
「いや、師匠は多分私が前に出たことを怒ったんだと思うよ。少なくとも私は師匠が何かしてくるかもって思ってたんだから…。油断を叱られたんだよ」
そう言うとため息を吐いた。アキレアの後ろでフランは怯えた表情のまま顔色を青くしている。その中でカラリリだけは淡々とした表情で言った。
「随分とお優しい方なのですね」
いや? どこが!?
「ウチの教育係ならムチが飛んでるところです」
そう言われて私は何の反論も思いつかなかった。
「…まあ、私もアキレアにも至らないところがあったってことで…次に活かそう?」
そう言ってアキレアの肩に手をかけると彼女は眉尻を下げたまま私の顔を見上げた。彼女は目元に涙を浮かべながら私の頬に手を当てると静かに言った。
「誓います。もう誰も貴方に危害を加えさせません」
そして彼女は少し俯いた後、再び顔を上げて言った。
「その為に、ルリコ様の護衛を増やすことを命じて下さい」
「ええ…いいよ別に。増えると面倒だし。アキレア一人でなんとかなるでしょ?」
それを聞いたアキレアは顔を上げると眼を見張った後、眼を瞑ったまま顔を伏せた。
「ルリコ様…。どうか命じてください」
「わ、わかったよ。じゃあアキレアが必要だと思う護衛を見つけて来てね」
「承知」
アキレアが深く頭を下げると、後ろで見ていたフランが近づいて来て言う。
『ねえ、ルリコ。ヒゲの方ってアキンボをどこに連れて行ったんだろう?』
フランの質問に肩をすくめる。それをみてフランは頬に片手を当てながら言った。
『…とにかく。もうここから離れましょう? 私何だか怖くなっちゃった。早く帰ろう?』
そう子供みたいに裾を引っ張るフランを見ていると何だかとても可愛く見えてくる。
『大丈夫だよ。流石に帰ったと見せかけてまた襲ってくるなんて師匠は…』
いや…やりかねないな…。少なくとも私がどうするかを離れた場所から見ているぐらいはやりそうだな…。
『…やっぱりフランの言う通り帰ろうか』
それを聞いていたカラリリは両手を鳴らして外の使用人を呼ぶと言った。
「お客様がお帰りになります。鳥車を中に」
そう言ってから暫くすると、テントの中に鳥車が入って来て、その後ろから副団長が付いて来た。副団長は私と眼が合うと眉をひそめて言った。
「アキレア、どういうことだ? ルリコ様の顔が腫れているじゃないか」
それを聞いたアキレアは姿勢を正して言った。
「申し訳ありません。ルリコ様の師を名乗るエルフの男にやられました…。全ては私の失態です」
それを聞いた副団長は頷くと言った。
「そうですか。しかしそれは彼を通した私の失態でもあります。武器を預かれば足りると思ったのですが…。エルフの方にも粗暴な方がいるのですね…」
そう言うと副団長はアキレアと共に地面に跪いて言った。
「この度の失態。どうかお許しください。以降、ルリコ様の面会を求めるモノには騎士団の者を二名付けて案内させます」
その仰々しい立場に小さく両手を振る。
「いえ、師匠が特別おかしいだけですから。師匠の時だけつけてください」
まあ…師匠だと二人でも足りるかどうかって気がするけど…。
「承知しました。そのように部隊に周知いたします」
そう言うと、副団長はテントの外に向けて声をかけた。
「おい、エルフ様がお帰りになる。二名中に入れ!」
副団長を他所にカラリリが近づいて来て言った。
「ではルリコ様。名残惜しいですがしばしのお別れです」
そういってから彼女はニヤリと笑って言った。
「彼の恋、良い結末になるといいですね 」
私はそのカラリリの言葉が妙に頭にこびりついた。テントから出る鳥車の中、私を見送るカラリリの言葉が妙に頭の中で響いていた。
カラリリあんなこと言ってたけど…もしかしてアキンボと鎧の少女ソルヒルドの恋が上手く行かないって思ってるのかな?
そんなことを考えていると、フランが私の腕を手に取ると身を寄せて来た。
『どうしたのフラン?』
私の言葉にフランは子供の様に顔を埋めて言った。
『なんか…ルリコが死んじゃうかもって考えたら…急に怖くなって…』
『お、大げさだなぁ…。そんなことないって』
その言葉にフランは上目遣いで私を見上げて言った。
『うん…』
そう言うフランの目は本当に怯えの色が浮かんでいた。
『わ、わかった…。今日はもう帰ろう?』
私が詫びジーちゃんの家に帰った後、フランはずっと私から離れず、アキレアもずっとピリピリした雰囲気のまま明日を迎えることになった。
翌日、詫びジーちゃんの家の前に副団長と以前アキンボと拳闘していた赤髪の騎士ヴァルナがシュラに乗って鳥車で迎えに来た。その時私の両隣には昨日から私にべったりなフランと、寝ずの番をして顔色が悪いアキレアが立っている。
いや、師匠のせいとはいえ…。ちょっと大仰すぎない?
副団長に近づくと彼女はシュラから降り立った。
「あ、あのロゼ副団長。ちょっと護衛が大げさすぎません? 本当にあれは師匠なりの可愛がりっていうか…修行みたいなものだから…」
「たとえそうだとしても起きてしまった不祥事は二度と起こさせるわけにはいきません。あの方が他の貴族の方、あるいはそのような不祥事が起きたと聞いて何の対応もしてないと知れたら騎士団の名誉に関わりますから」
ああ…まあ、言われてみればそうか…。
「ウチの師匠がすみません…」
そう言って頭を下げようとする私の肩を抑えると彼女は言った。
「謝罪は不要です。…とにかく行きましょう。既に皆さま来場なさっています」
私達が鳥車に乗り込んで動き出すと、副団長はシュラで追随しながら、説明を続けた。
「場内ですが、開拓地の関係者を集めた立食会になっております。しかしご安心ください。エルフ様方は我々がお守ります」
いや、そこは別に不安に思ってないんだけど…。
「なんか最初は身内の集まりみたいな感じじゃなかったっけ?」
「最初はそのつもりでしたが…。サロンの料理を頼んだ商人たちの口から漏れたらしく…いつの間にか祭りのように人が集まってしまい。急遽大がかりな立食パーティーになってしまったのです」
う、うーん。まあ…だだっ広いところだし地元でイベントがあれば嗅ぎつける人がいてもおかしくないか…。
「しかしそれはそれで好都合です。これならエルフ様方が身分分け隔てなくお声がけいただけますから」
「あの鎧の少女…ソルヒルドも来るんですよね?」
「そのようですね、しかし任務に支障はありません」
そう言う副団長の眼には言外の意がありそうな雰囲気がある。まあ…アキンボとソルヒルドの身分は違い過ぎるから気を利かせてくれたんだろうな…。
「そういえばアキンボは?」
その言葉に副団長は首を横に振る。
「会場にいらしたとの報は聞いておりません。昨日のエルフのヒゲの方い付いて行ったままのようです」
う、うーん。あの二人はどこへ行ったんだよ…。
そんなことを話していると、鳥車が森を抜けて草原をぐるりと迂回し始めると、遠目に立食パーティーをする人混みが見えた。森を背景に何個も置かれた白いテーブルクロスを引いた丸い机の間に貴族や商人と思われる人達がひしめき合っている。その向こうの天幕の向こうには即席の厨房のようなモノがあって、農民と思われる人達が野菜を洗ったり肉を捌いて焼いたりしていた。その料理を使用人らしき者たちが皿に乗せて会場の人達に配っている。
なんて言うか、普通の立食パーティーだな…。
そう思っていると、副団長が窓に手をかけて言った。
「そろそろエルフの方々の入場となります。会場の中央を開かせますので向こうの上座に座ってください」
そう言って指で指し示された向こうには白いテーブルクロスがかかった長いテーブルが見えた。
「あ、はい。わかりました」
そう答えると副団長の手によって鳥車の窓が閉められる。
『結局あそこにアキンボはいなかったね。マフディー様も。待ってれば来るのかな?』
一緒に窓から覗いていたフランは小首をかしげる。
いや、なんか何もかもがぶっつけ本番すぎて…。いや、前世のパーティーが整い過ぎてただけで本来はこれが自然なのかも…?
「ご安心くださいルリコ様。このアキレア。今度こそルリコ様をお守ります」
そう言うアキレアは昨日カラリリから借りた男物の紳士服に身を包みながら腰の刀に手をかけて言った。
「う、うん」
そう答えると同時に馬車の扉がノックされた。
「では入場です。ルリコ様を先頭にフラン様とアキレアの順に入場してください」
「わかった」
その返答と共にゆっくりと鳥車の扉が開くと、私は鳥車から芝生に降り立った。見るとさっきまで乱雑だった立食パーティーの人混みが中央から割られて人々が上座まで人垣の道を作っていた。
「皆、静粛に」
そう言うとパーティーの人達が一斉に沈黙した。
「たった今エルフご一行様が到着された」
そう言うと、団長は上座の椅子を手で示して言った。
「本日はこの開拓の宴にお越しいただき、誠に光栄に存じます。どうか、こちらへ」
その言葉と共に、私達は人垣の道を進む。同時にパーティーの人達からわれんばかりの拍手が起きる。 その万雷の拍手に圧倒されながらも私はにこやかに歩きながら人の道を歩いた。上座にはテーブル席から立ち上がったリリア団長が柔和な笑みをたたえながら席へと誘った。奥から順に席の前に立ってもなりやまない拍手に手を振り続けていると、更に大きな拍手が会場から起こった。見ると、会場の後ろの天幕からマフディーさんが現れて上座へと向かってきた。マフディーさんは拍手に全く反応しないまま私の隣に来ると私の席の隣に立った。マフディーさんはつば広帽を取ると、その白い耽美な顔と濡れたようなウェーブが買った黒髪が日の元にさらされた。その顔を見た人間達は一様にほぅ…とその美貌に酔いしれるようなため息をもらした。
まあ…人間がマフディさんを見たらそうなるかぁ…。でもイケメンすぎるし、いつも仏頂面だから怖いんだよね…。
「静粛に」
団長の声と共に会場の拍手がピタリと止まる。すると団長は人々の顔一つ一つを見渡した。
「この地は未だ若く、道も整いきってはおりません。されど本日、エルフの皆様をお迎えできましたこと、それ自体が我らにとって何よりの導きにございます。いかなる道を選ぶか…その御判断に、我らは静かに従い、支える所存です 」
そう言うと彼女は私の方を見て頷く。そして席に置かれた黄金色のグラスを手に持つと、会場の皆も木の杯を手に持った。私達も遅れて宝石の装飾が施された杯を手に持つと、団長は高らかに杯を掲げた。
「乾杯」
カンパーイ!
その声と共に互いがグラスを鳴らして再びパーティーに活気が戻った。私は隣のフランと杯を鳴らして正面を向くと、私の手元にもう一つに杯が近づけられた。見ると、マフディさんが見つめながら杯をこちらに向けていた。黒い濡れ髪のふちから覗く黒の長いまつ毛に縁どられた瞳に思わずドキリとしてしまう。
うーわ。ビジュアル系バンドも形無しの顔。でも顔が良すぎて逆に不安になる…。
段々と静まる胸の高鳴りに合わせて私はヒクついた笑顔をマフディさんに返した。
すると、マフディさんは私の椅子を引いて座る様に促したので「あ、どうもありぃがとござます…」と消え入りそうな声で礼を述べて座った。私が座ると遅れて彼も隣に座る。
………。
いや、何話して良いかわからない! よく考えたら私! この人のこと何も知らんのだった…。いや、ここは無難に…。
「いいお日和ですね…?」
そう言うと彼は「ああ」とだけ言ってその後黙ったままになってしまった。
いや、何だこの会話!? 老夫婦かなんかなの!? いや、ダメだ…このままだと話が終わって気まずい雰囲気になる。それは嫌! な、なんか話さないと…。
「ま、マフディさんって肌白いですよね…。日焼けとかしないんですか…?」
うん。何だこの会話。
「ああ…だからこれを…」
そう言うと彼は椅子にかけたつば広帽を手に持って私に向けた。
「そ、そうだったんですねー」
「ああ」
そこで私達の会話は終わった。それからずっと私は何を話したらいいか考えながらひたすら口元に酒を運んで沈黙を誤魔化し続けた。
ああ、どうしよう。団長が用意してくれた酒の味が全然わからないぐらいなんだけど。異性と話すのってこんなに大変だったっけ?
そう思いながら杯の縁を指でなぞっていると、突然後ろからがさりという音が聞こえた。気になって振り返ると、遠くの森の茂みが大きくたわんで大きな音を立てている。その音にすかさず団長が立ち上がって口を開いた。
「皆様、そのままお食事を。森側の風が少々騒がしいようです。ただ今騎士が確認に向かいます。」
その団長の鈴が成るような声はまるで私の耳元にささやかれたかのようだった。
え、なにこれ…。そう言えば初めて団長と会った時も…。遠くなのに耳元でささやくような音がしていたような…。もしかして神器?
そんなことを考えている間に団長が口元で何かを唱えると、会場に居た給仕ふんする女騎士達が貴賓たちをしゃがませて、それを背に身を呈しての隊列を組み始めた。
そうか…あの団長の声を聞いて皆動いているんだ。騎士団たちが構える中、私も立ち上がろうとすると隣のマフディさんが先に立ち上がって私を制した。マフディさんが見上げる森の木々がざわざわと大きな音を立てる。団長が片手を上げると共に緊張で会場が一斉に静まる。団長の手が一番上まで上がって今にも振り下ろされそうとなるとマフディさんが声を上げた。
「待て!」
その声の後に、マフディさんが木を指し示すと、そのうごめく木の枝から姿を現したのは金髪モヒカンのエルフ、エミールさんだった。
『失礼、騒がせてしまったかな?』
エミールさんは手に取った短槍を背負うと額に指を当てて空に空に放る様に放った。私は咄嗟に騎士団長にエミールさんの言葉を翻訳して伝えた。その言葉を団長が会場の皆に伝える。
『エミールさん!? なにやってるんですか!?』
私の声を聞いたエミールさんはこちらを見て言った。
『やあルリコ。見違えたね』
私の言葉を聞いて団長がエミールに語り掛ける。私は彼の言葉を聞くと即座に団長に翻訳して伝えた。その言葉を聞いて団長は頷くと彼女は微笑みをたたえたままエミールさんに語り掛けた。
「予期せぬご客人。ようこそお越しくださいました。失礼ながらお名前とご用向きをお聞かせいただきたい」
その言葉を翻訳して聞かせるとエミールさんはニコリと笑って言った。
「奇異なことを。この森は我らのもの。開拓地も守護者エマの庇護下にある。そこにエルフが訪れるのに、いちいち理由が要ると? 」
た、確かにエミールさんの言うことも一理あるな…。
それを聞いたリリア団長は柔和の笑みを崩さずに優美に礼をした。
「私も森の理については興味が尽きません。ですが、今この場は、我らが預かる宴の最中だ。客の安全を脅かすのであれば何者であっても容赦はしません」
エミールさんとリリア団長の視線が交差する。
「改めて問う。御名とご用向きを」
それを聞いて観念したのかエミールさんは片手を上げて言った。
「我が名はエミール。今日のところは案内役をおおせつかった。ご安心を。まもなく我らが同胞が参ります。争いのためではなく、皆様に贈り物を携えて。どうか、そのままの席で温かくお迎えいただければ幸いです」
その言葉を聞いて会場内がざわめく。それと同時に森の茂みを切り開く音が聞こえた。木々の間の茂みから姿を現したのはダリアの旦那さんのヴァルドリクだった。彼の手には森の茂みを切り開くためのナタが握られていた。
『やっと着いたか…』
その声と共に後ろからアキンボが現れる。
『お疲れ様です』
アキンボが切り開かれた道から退くと、後ろから緑の葉っぱを巻きつけた大きなものを背負ったネムの旦那さんのネスフィルとカームの旦那さんのカンティオスの二人も現れた。見るとネスフィルさんの頭は葉から滴る液体のような物でぐしょぐしょで頼りない頭髪がみっともなく頭から額に垂れ下がっていた。
「おお…」
今まで美麗なエルフばかり見て目が肥えていたのか、ネスフィルさんのみっともない姿を見て会場の者達がどよめく。
「エルフ様が困っておられる! 皆、手を貸せ!」
副団長の声と共に数人の騎士が武器と盾を置いてネスフィルさん達に手を貸しに走る。一人の女性騎士がネスフィルさんにマントを頭から被せると、後ろから現れた師匠が偉そうに女騎士達に指示を飛ばし始めた。
「丁度いい、お前ら。この葉を地面に敷いてこれをた立たせろ。ああ、そこでいい」
師匠の指示に困惑しながらも棒状のモノが立てられて葉を避けられて行くと中から出てきたのは巨大な透明な氷のつららだった。師匠はこの氷のつららを指さして言った。
「これはあの遥か高い山の極寒の頂上から俺の弟子、アキンボが取って来たモノだ。この会場の中に居るたった一人の女の為に贈る為にな」
その師匠の言葉に会場は更なる騒然に包まれた。
それを見ていた隣のフランは額に手を当てて言った。
「なあにれ。ルリコ、アイツの出会いがあれじゃ絶対うまくいかないよ」
それを聞いて私も頷いて言った。
「マズいね…あれは…」




