男避けの作法
次回の更新は5月10日です
「御歓談中失礼します。ルリコ様、では我々ストンハース家の徴税は許していただけると…?」
さっきから私達の様子をうかがっていたマーガレットさんが近づいて来た。
「ああ。そうですね。カラリリに掛け合ってみます」
うーんそういえばマーガレットさんは私達より身分が下でエルフを信奉しているんだよねだったら…。
「ねえ、マーガレット」
「はい、なんでしょうルリコ様」
「地主ってカラリリに譲れないの?」
それを聞いたマーガレットは表情を変えないまま、私をまっすぐ見て言った。
「それは承知いたしかねます」
「…? 何で?」
「ルリコ様は、“衝突すれば被害が出るかもしれないから、避けられないか”とお考えなのですよね」
「え? あ、うん…そうだけど」
「そのご懸念は、もっともでございます」
そう言うとマーガレットは視線を外して壁画を見上げた。
「ですが、そのお尋ねでは、相手は動けません」
「危険を避けることは大切です。ですが、それだけで退けば、後にもっと大きな損を招くこともございます」
「損って…例えば?」
「立場や信用は、一度手放せば、元には戻りません」
…言われてみればそれもそうか…。
そう言うと暫く私はマーガレットさんと一緒に壁画を見続けた。
「ルリコ様はお優しいのですね」
そう言われて私はマーガレットを横目で見る。
「そんなことないと思うけど…」
「誰も傷ついて欲しくないと考えていらっしゃいます」
「…それはそうでしょ」
「ええ。私も、そうありたいと思っております」
「そうなの? なんていうか…マーガレットさんって頑固だと思ってた。平気でカラリリと戦ってたし。怖くないの?」
「確かに守り切れるかはわかりません。ですが…ここが、私の家でございますので」
ああ、そうか…。マーガレットさんにとってはここは家なんだ。それをいきなり譲れなんて言われて譲れるわけないか…。
「それもそうだね。ゴメン」
そう言うと、マーガレットさんは私の方を向いて言った。
「いいえ、謝らないでください。何故なら私は貴方達に慈悲を乞おうとしているからです」
「慈悲?」
「私達を守っていただきたく存じます」
私は振り返る。マーガレットさんは私に微笑んでいる。
「え…。でも私にそんな力なんてないし…」
「力ではありません。側に居ていただけるだけでいいのです」
そう言うとマーガレットさんは私の手を優しく取って言った。
「ルリコ様は、そのままでよろしいのです」
そう言われて私は胸がチクリとして目を伏せた。
「…わかったよ…私…マーガレットさんには死んでほしくないしね」
そう言うと暫くしてマーガレットさんは静かに言った。
「…ありがとうございます」
暫くして穴倉から出るとそこにはマーガレットにどこか似た若い男二人が立っていた。
顔立ちが似ているし、マーガレットの息子さんかな?
マーガレットさんは若い男二人の前に立つと二人を見比べて言った。
「息子です」
「ご紹介に預かりました。レオン・ストーンハースです」
「同じく、次男のジェレミー・ストーンハースです」
そう言って頭を下げる二人のつむじを見下ろしながら片手を上げて言った。
「よろしく頼む」
長男のレオンは髪を後ろに撫でつけたオールバックの真面目そうな男性で、次男のジェレミーはセンター分けの髪型で顔立ちにどこかまだ幼さが残っていた。二人はどちらも緑を基調とした豪華なジャケットにズボンを履いていていかにもお坊ちゃんという印象だった。
「どうでしょう? 当家自慢の庭園を見ながら御歓談というのは…」
そうレオンに誘われて私は頷く。
「ああ、悪くないかも。この庭キレイだしね」
そう言うと私とフランはマーガレットの息子二人に誘われて日本っぽい庭園をゆっくり歩きながら話した。
「本日はお越しいただき、誠にありがとうございます。この地を預かる者として、エルフの皆様をお迎えできること、これ以上の名誉はございません 」
「うむ、どうぞよしなに頼む」
「道中はいかがでしたか。この辺りはまだ整備が行き届かず… 」
「道中、大変でしたでしょう? 我々もそれを憂慮しているのですが…」
レオンの言葉に弟のジェレミーが言葉を差し挟んでくる。
「ジェレミー。今はその話はやめろ」
「ですが兄さま…ラヴェルヌ家の件、触れずに済ませるおつもりですか 」
そう言いながらジェレミーは私達の方をちらちらと見てくる。
うわぁ…。随分とあからさまだな…。まあ、こういう時は…。
「よいよい、レオン殿。ジェレミーとやら申してみるが良い」
私がそう言うと、二人の男の子達は困惑したようにお互いの顔を見合わせた後、レオンが一歩前に出て言う。
「失礼を承知で申し上げます。ラヴェルヌのカラリリは、地方の商人を市場から排除しています。このままでは、いずれエルフの方々にも悪影響が及ぶでしょう 」
「悪影響ってどういうこと?」
その言葉と共にフランがニコリと笑うと私を押しのけるようにして前に出る。見るとその口元は、わずかに緩んでいる。 突然前に出て来たフランに驚いたのかジェレミーは顔を上げた。
「そ、そうです。でもエルフ様方は悪くありません。あのカラリリという女が …」
そう言いかけて、ジェレミーの声が一瞬だけ詰まった。
ジェレミーとフランの視線が一瞬交差する。すると、ジェレミーは目を逸らして、言葉を継いだ。
「…げ、原因です」
ジェレミーがそう言うと、その肩にレオンが手を置いて言う。
「市場がラヴェルヌ家の商人で満たされてしまえば価格操作される危険があります」
それを聞いたフランは「まあ」と笑って軽く目を細めた。しかしその目はジェレミーから外されレオンに向けられた。
「それではどうすればいいかしら?」
フランがレオンにそう問うと彼は淡々と言った。
「簡単なことです。市場にカラリリ以外の商人を参入させるべきでしょう」
すると、ジェレミーはレオンの手から逃れる様に離れると言った。
「ですが兄さま。この地は戦時下です。物資の奪い合いが起きている。これでは――エルフ様が損をいたします 」
それを聞いたフランはジェレミーを微笑んで見た。見つめられたジェレミーは口を開けたまま言葉が続かなかった。そのままフランはかすかな笑みだけを残して再びレオンに目を向けた。
「レオン。続きを」
そのフランの言葉を後にジェレミー君は俯いたまま黙ってしまった。
…え? ん? 今の何?
気になってフランの顔を盗み見ても、その笑顔はいつものままだ。なのにジェレミー君は曇ってしまっている。
…もしかしてフランはジェレミー君を振った? レオン君の為に?
そう思って顎を撫でていると、横からフランが話しかけて来た。
「ねえ、ルリコ。どうすればいいと思う?」
「何が?」
「ちゃんと聞いてた? レオンもう一回説明してあげて」
フランに言われてレオンは私に向き合う。私はそれを見ながら思った。
…いや、レオンが好きにしては扱いが雑だな…。じゃあさっきの何だったんだろう。…わからん…。
そんなことを思いながらもレオンは話を始める。
「はい。現在周辺の地では、戦争による不安から物資の奪い合いが起きています。短期の買い付けは出来ても恒久的な商品の買い付けは難しいでしょう」
私は浮足立った思考をムリヤリ抑えつけて、レオン君の話に集中することにした。
「えっと…逆に何ならあるんでしょうか?」
「ありふれたものは荒れ果てた土地や畑、腐った収穫物、難民、老人、子供や老婆。…ぐらいでしょうか…」
人間かぁ…。エルフの人口の為には居た方が良いけど…。エルフはプライド高いから多分良しとしない気がするんだよなぁ…。
「その難民とかって開拓地の労働力に使えないんですか?」
そう聞くとレオンは眉をひそめて言う。
「可能ではありますが、どこの誰とも知れない者達を受け入れるのは管理と維持の負担が大きすぎます」
「そっかぁ」
そうなると他にあるのはゴミかぁ…。そういえば江戸時代にゴミを買う人がいるって聞いたことあるけど…。
「…因みにゴミって買うことできますか?」
「ご、ゴミをですか…?」
突然の提案に冷静だったレオン君が困惑する素振りを見せる。
「ルリコ。なんでゴミなんか買わないといけないのよ。真面目に考えて」
フランの冷や水を浴びせるような声にたじろぎながら答える。
「ふ、ふざけてないよ。私が居たところではよくオジサンたちが空き缶を集めて…」
ん…? ちょっと待てよ?
「レオンさん。もしかしてそのゴミの中には武器とか鎧みたいな金属もある?」
そう言うとレオンは頭を深々と下げて言った。
「さん付けなんて恐れ多い。どうかレオンと及び下さい」
「う、うむ…」
レオンは下げた頭を上げると言った。
「ゴミについてですが…。その様な価値のある金属や武具は拾われてしまって残っていないでしょう」
「そ…そう…」
う、うーん。やっぱりこういうのはもの知りそうな人に聞くのが一番だけど…こういうのに詳しそうなのは…エイリス?
「じゃ、じゃあウチの情報に通じた人に聞いてみます。その人だったら何か詳しいこと知ってそうなので」
「わかりました」
レオンがそう言うと、フランが両の手を合わせて言った。
「じゃあ、その件は一旦帰って確認しないといけないし。そろそろ私達はお暇しましょう?」
お、フランいきなり仕切るじゃん。
そう思ってフランの顔を見ると彼女は首をコテンとして私の顔を覗き込むようにして言った。
「あれ? そういえば…。ルリコ。私達ってそもそもマーガレットをサロンに誘いに来たんだよね?」
ああ、そう言えばそうだった。
そう言われて私はマーガレットに向き合うと言った。
「えっとマーガレット。実は私達…貴方をクインストラナイツの団長のサロンに誘いに来たんだ。で、よかったらこれ…」
そういうと私は昨日書いた紙の招待状を渡す。
まあ、招待状って言っても紙に炭で書いただけの粗末なものだけど…。
それを受け取ったマーガレットは微笑んで言った。
「ありがとうございます。……ルリコ様もいらっしゃるのですよね?」
そう言われた私は早口でまくしたてるように答える。
「うん。まあ…ちょっとした親睦会っていうか…私達の幼馴染の為っていうか…」
続けてフランも言う。
「ご縁を繋ぐためのお席、といったところでしょうか」
それを聞いたマーガレットさんはまあ、と驚いて頬に手を当てる。
「ご縁を繋ぐ場、でございますね。でしたら――どのような方々がいらっしゃるのか、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「私達が知る限りではエルフの本家の人達と私達の幼馴染、クインストラナイツの外様ぐらいですかね…。
そう答えるとマーガレットは「承知いたしました。では――ご一緒させていただきます」と答えて優雅にスカートの裾を広げてお辞儀した。
「うん、私はマーガレットと一緒に行けることを楽しみにしているから」
そう言って私達はマーガレットたちと共に庭を後にすると、門の外まで送られた。門の外には副騎士団長が護衛する鳥車に乗った。
「ではまた明日。ルリコ様」
マーガレットの別れの挨拶と同時に彼女の息子二人も頭を下げる。その三人に見送られながら私達の馬車はマーガレットの館を後にした。帰りの鳥車の中、私は今日のやらかしについてずっと考えていた。対してフランは私の事なんてしったこっちゃないとでも言う様にずっとアキレアと話し込んでいた。それを見て私は両手で顔を覆って深くため息をついた。
「私って外交むいてないのかなぁ…」
いや、別に外交しに来たわけじゃないんだけど…。なんか私すっごいやらかした感じがするんだけど…?
それを聞いたフランはこちらを見て言った。
「そんなことないんじゃない? ただルリコは社交が致命的に下手なんだと思う」
「ええ…外交と社交って何が違うの?」
「外交は損得。社交は好き嫌い」
それを聞いた私の中に何かがストンと落ちる感覚がした。
「そう言われると…確かにわかるかも…」
「でしょ? でもルリコって嘘つくの嫌いでしょ?」
う…そうだけど…。
「私だってフランに嘘はつかせたくないよ」
「ありがと。でもさ、ルリコってそういうの向いてないじゃん? いきなり変なことを思いつく方が得意でしょ。多分そっちの方で頑張った方が良いよ」
それを聞いて私は頷いた。すると横に居るアキレアが口を開く。
「…失礼ですがルリコ様の嘘はかなりわかりやすいです」
ええ…?
「ルリコ様は罪悪感のある話をする時、眼を逸らしたり、自信なさそうに感じます。多分それは大勢の方が感じていることかと存じます」
うそやろ…。
「しかしルリコ様が正直に話されている時はとても真っすぐで自信に満ち溢れています。そういう時は、周りも納得しやすいように見えます」
なんだよそのストレートしか投げれないピッチャーみたいな…。
『まあ、ルリコのそういうところは多分皆好きだと思うよ。私もだし』
そう言ってにこりと笑うフランを見て私は思い出して聞いた。
『そう言えばさっきマーガレットさんの息子さん居たじゃん? なんでフラン、あの子と急に変な感じになったの?』
それを聞いたフランは困ったように笑って言った。
『え、それは別に良いじゃん』
『まあ…。別に話したくないなら別いいけど』
そう言うとフランは小さくため息をついて笑うと言った。
『いや、あの子、ちょっと優しくすると好きになるタイプなのかなって。でも変に期待させたら悪いでしょ? だから、ああするのが一番いいの。まあ、面倒くさいけどね』
『え? そういう話だったの?』
『そういう話』
『ふーん…じゃあお兄さんの方はどうだった?』
『えー? ルリコはどうなのよ?』
『そんなの…正直息が詰まりそうっていうか…』
『あれはダメ。女を飾りって思ってるタイプ』
だよねぇ。
そう言うと私達は笑い合う。
そっかーフランってそういうの全然知らないって思ってたけど。意外にしっかりしてるんだな…。ん、ていうか待てよ…。
『ねえ、フラン…』
『なに?』
『さっき勘違いしやすいタイプとか言ってたけど…。なんか妙に男に詳しすぎない?』
『…そう?』
…怪しい。
『ねえ、貴方もしかして…前に誰かと付き合ってたんじゃない?』
『…さあ? どうでしょう?』
『怪しい!』
それを聞いてフランは笑う。
『ルリコこそニコラスとはどうなの? っていうか城の方にはイケてる男はいなかったの?』
『いや、それは…』
そう言われて私は腕に鳥を乗せた褐色肌の王子ヴァリスを思い出す。
『…え。何!? 浮気?』
『違うって! でもフランさんにはおすすめの物件の話がありましてね…』
気づいたら帰りの鳥車の中、私はフランにヴァリスについて話さなくてはならなくなっていた。




