大地の報酬
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森から戻ると、既にカラリリの商隊は荷物を開拓地へと運び込んだ後だった。そこにカラリリが近づくと黒いシャツに茶色いズボンを履いた男が振り返って言った。
「お待ちしておりました。例の件ですが…」
「うん。話はまとまったから。ルリコ嬢に見せてあげなさい」
「かしこまりました」
そう言って神父が後方に目配せをすると、向こうから男たちがこちらに馬を引いてやって来た。
「約束の馬です。老いていますが性格は温厚ですよ」
そう言うと、カラリリは穏やかな笑顔で馬の鼻を撫でた。
「動物好きなんですね」
そう言うと、カラリリはフッと笑って「嘘をつきませんからね」と静かに答えた。そして手綱を引いて私の側に引き寄せた。馬が近づくと私の鼻孔に刈り取った草むらの青臭い匂いが漂ってきた。
…あれ、これクリシダと似た香水だな…。
その馬は私の前に止まるとお辞儀をするかのように頭を二回振って額を差し出した。
「…触ってもいいですか?」
「どうぞ」
と黒いシャツを着た人が頷いた。許可を出したのがカラリリではなく男の人だったので彼女の顔を見るとフッと笑って言った。
「馬に関しては私より馬回りの方が良く知っていますから」
それを聞いて私は馬の額に手を置いた。馬の脈動が私の手に伝わってくる。
「相性はいいようです。ですが、乗馬されるのであれば慣れるまではお渡しできません」
馬回りの男が言葉を聞いて私は首を振った。
「いや、この馬は畑に使いたいんですよ」
「畑に? 何故?」
何故って…。
「この馬をにスキをひかせて畑を耕した方が効率がいいかなって…」
馬回りが怪訝な顔をしているところにカラリリが割って入って言った。
「お前、スキの付け方を教えてあげなさい」
カラリリの言葉に馬回りは頭を下げて言った。
「い、いえ。そのスキですが…畑の者が勝手に持ち出して使っております。向こうの畑です」
そう言って指さした先にはモーフにスキをひかせた皮のヘルメットをかぶった若い男が立っていた。
「ああ、あんなふうにして使いたかったんです」
そう言って私達が畑に近づくと蒸し返すような土の香りが漂ってきた。田んぼには水が張れていて、中の泥は溶いた小麦粉の様にとろとろになっていた。見ているとヘルメットの男はモーフの引く鉄のスキの取っ手を持ちながら往復して耕していた。男は私達の目線などまったく気にしないまま、時々止まる牛を縄で叩いて田んぼを耕していた。
「のんびりとしていていいけどこれじゃあ馬力じゃなくて牛力だよ…」
私がそう呟くと、カラリリが振り返って言った。
「それの何が問題なのでしょう? というか牛でもできているのですから牛でよろしいのでは?」
ん? 畑って馬を使うのが主流じゃなかったっけ?
私が首を傾げると後ろに控えていた馬回りが言った。
「失礼ながら…。馬は田おこしにはむいてないんのではないでしょうか?」
「え?」
「モーフと違って馬は直ぐに疲れます」
「そんなハズは…」
そう思って馬を見回してから後ろ足を取って見ようとして誰かに首根っこを掴まれた。
「失礼。ルリコ様。お戯れはおよし下さい」
振り返るとそこには青ざめた顔をしたアキレアが立っていた。見るとその後ろでは今にも私にやめさせようと構えていたカラリリと馬回りの姿もあった。カラリリは頬を撫でながら大きなため息をついて言った。
「貴方は馬に蹴られて死にたいのですか?」
いやぁ…つい。
「えっと。この子の足に蹄鉄が付いてないんじゃないかと思って」
「ついているに決まっているでしょう。そうでなければ悪路を行軍させることなどできないのですから…」
「え、じゃあなんでだろう…?」
それを聞いた馬回りは手の帽子をいじりながら言う。
「恐らくハーネスかと牛用のだと馬が痛がります」
「成程…じゃあ馬用のハーネスを作ればよくないですか?」
「…重ね重ね失礼を承知で申し上げます。ルリコ様は馬がどれくらいの値段で取引されるか知ってますか?」
あー…。そういうことか。
「そちらの様な軍馬に向かない馬なら二百四十マナ。軍馬であれば六百が相場です。対して日雇いの人間は日給が三マナ程度。わざわざ馬を使う理由がありません」
確かにそれはそうかも。
「でも人間とかモーフに比べて馬の方が早く耕せますよね? だったら馬を使ってより沢山の地を耕せば畑から得られるものが多くなると思いませんか?」
「それは…」
馬回りがカラリリの顔色を伺う。カラリリは私を見ながら目を細めた。
「貴方はそんなに沢山の農作物を得てどうしようと言うのですか?」
「ええ…そりゃみんなで分けますよ…」
「何故?」
「何故って…一人じゃ食べきれないだろうし皆で分けた方が良いじゃないですか」
その言葉を聞いてカラリリは目を瞑ると再び開けて言った。
「素晴らしい考えです。しかし他の者はどうでしょう?」
「というと?」
「貴方の子供、孫はどうでしょうか? 沢山の土地を耕して得た穀物の倉庫を管理する者はいずれ王になる。しかし王の息子、孫が貴方の様に清貧で公平とは限らない。その食料をいずれは独占して仲間だけに分け与えるようになる」
ああ…そうか。エルフは長寿だけど人間はそうじゃないもんな…。
「だったらカラリリさんが見張ればいいんじゃないですか?」
「はあ!? 貴方は一体何を!?」
そう言ってピシャリと自分の顔を片手で叩くとうなだれた。
ええ…何で怒ってるんだろう…?
私は頭を掻きながらカラリリさんに言った。
「まあ、そういうのは独占できるだけの食料を作った後に考えればいいじゃないですか」
そう言って私が近づくと彼女は手をピクリと震わせてたじろいだ。そして私から目を逸らすと背中を向けて馬回りに言った。
「ルリコ嬢の言う通り、馬用のハーネスを開発しなさい」
「承知しました」
そう言うとカラリリは私の方を軽く振り向いた。でもその表情は髪に隠れて見えないままだった。
「ルリコ様」
声のした方を向くと、カラリリ達の後ろからデサが駆け寄って来ていた。
「あ、どうも。どうですか? あれ」
私が背後のスキを指し示すとデサは真面目な顔で答えた。
「あれで畑の田おこしが大分楽になります。ありがとうございます」
「まあ、用意したのは私じゃないけどね」
そう言って振り返ると、兜の男性と眼が合った。彼は目をそむけつつこちらに頭を下げた。
「彼は?」
「奴はハット・ガードです。水車小屋の農家の三男坊ですよ」
ああ…ウチのクリシダが迷惑かけてる家の…。
私はデサさんを振り返って言った。
「ええとあの…デサさん。今すぐじゃないんだけど…。ゆくゆくはここら辺を一帯を農地にできる?」
デサさんは私の下に跪くと言った。
「やります。あのスキを使えば皆の手が空くので他の作業に手を回せるようになりました。ありがとうございます」
「いやだから、あのスキは私じゃなくて…」
デサさんは私の言葉を手の平で制すと開拓地の方を指さした。そっちの方を見ると砦から上がるいくつかの煙が見える。
「本来ハット・ガードがやる田おこしは複数人がクワをもってやる仕事。それがスキのお陰でやらなくて済んだ。その空いた時間で家の仕事をすることできるようになりました」
いや、仕事してるじゃん…。
「それと私のやったことは関係ないような…」
「いえ、普通空いた時間があれば領主は他の仕事をやらせます。しかし貴方達は仕事を終わらせたら家の仕事をして良いと言いました。ノグルス様もルリコ様もそうおっしゃったと聞いています」
そんなこと言ったっけ…? ってああ、紙作りの時に早く終わったら帰って良いみたいなことは言ったか…。
「元々このスキの使用許可をくださったのはノグルス様です。そして一部の女から力仕事を無くして家事をする余力をくださったのがルリコ様です。エルフ様達のおかげでああして家族の団らんがつくられたのです。このことについて開拓団を代表して礼を言って欲しいと皆から言われました。これはその感謝のしるしでございます」
そう言うとデサはその場で平伏した。私をそれを見て笑って頷いた。しかし内心では本当にそうなんだろうかという気持ちが渦巻いていた。
確かに私は女の人が力仕事をしているのが見てられなくて紙作りを任せたけど…。そこまでデカいこと考えてなかったんだよな…。紙だって私一人じゃなくて皆で作ったし、スキだって私の発明品じゃないし。
でも開拓地の煙の下で各々の家庭が団らんの時を過ごせている。その光景を考えると何か温かい気持ちになる。
「そんなことが何になる?」
私の横でカラリリが唸るような声を上げる。
「家族の団らん、余暇。それが何になる?」
カラリリは私を淡々と見つめて言った。
「もし、今期の農作が上手く行かなければその家族が死ぬ。ひもじさに耐えられない者達は奪い、私腹を肥やし、飢えて沢山の民が死ぬ」
カラリリは地面を見つめて言う。
「どんなに働いても届かない。だから私達は祈る」
カラリリは目をつむると静かに言った。
「それでも神は応えない」
うなだれるカラリリを見るとなんだか可哀そう感じがする。それをみてつい私はポロッと口にしてしまった。
「それは…」
「貴方が何もしないからじゃないですか?」
それを聞いたカラリリは目を見開いて顔を上げた。その目は私より後ろのどこか遠いところを見ているかのように焦点が合っていない。その表情は呆然としている様でどんな感情も浮かんではいない。それを見て私はゾッとしてしまった。
や、ヤバイ。こ、この世界に来て、母さんとか師匠とか怖い人に沢山会って来たけど…。この人は別角度で怖い。怖すぎる。もしかしてこれが噂のメンヘラ彼女ってやつなのかなぁ…。まあ、この世界にはそんな言葉ないんだろうけど…。とにかく怖いから謝ろう。
「すみません。失言でしたごめんなさい」
そう言って謝る私をカラリリは不思議なものを見るかのように首を傾げる。
ど、どうしよう…。変になっちゃった? 放っておけば治るかな?
すると横で見ていたフランが近づいて来て言った。
「まあ、とにかくさぁ。飢饉がどうのとか独占がどうのとかって起きてから考えれば良いって意見は賛成」
そしてフランは身をかがめてカラリリの頭を撫でながら言った。
「そもそも私達があくせく働いたって実が成るのが早くなるわけでも多くなるわけでもないじゃん? だったら閑散期ぐらいは余暇があっても良いでしょ別に。ね?」
フランに頭を撫でられて正気に戻ったのかカラリリは顔を赤くしながらその手を軽く振り払った。それを見てフランは笑って言った。
「ねえ、ルリコって面白いでしょう? いっつもズレてるのに相手の逆鱗に触れるのは上手いんだよ」
それを横目にカラリリがスカートの土を払いながら立ち上がった。
「…ルリコ嬢は正直すぎます。それが許されてきたのはこれまで会った皆さんの度量が大きかったお陰でしょう」
うん。まあ…それはなんとなく気づいていた。
「もし貴方が社交界の顔になったらエルフの命運はいとも容易く尽きるでしょう。最低限の礼儀作法は覚えてもらいます」
「いや、別にそれは…」
私が何か言う前にカラリリは指さして言った。
「私は貴方という神の徴から、御心を探る義務があるんです。その前に勝手に自滅されては困るんですよ」
いや、なんですかその某ツンデレ王子みたいなセリフは。
「それに飢饉になってから考えるのもダメです。そうなる前に備蓄をすること。いいですね?」
「あんたそれって…」
フランが何かを言いかけて、アキレアが彼女の肩に手を置いて首を横に振った。カラリリは自分の髪を直すと息を吸って言った。
「ルリコ様。つきましてはこの地の開拓にラヴェルヌ家も尽力したいと思います。この地に至るまでの街道の整備と月に一度の物資の供給に際しての免税の許可を頂きたく存じます」
それを聞いて私は内容を覚えようと必死に頭の中で反芻していたが、時間が経つほどにどんどん消えていった。
「ルリコ様?」
カラリリの言葉に我に返った私は頭を下げて言った。
「すみません、一度持ち帰ってもよろしいですか?」
「いや、持ち帰ってどうするのよ…」
「ノグルスに聞こうかなって…」
「ルリコが外交でしょ! ノグルスがルリコに任せたんだから決めちゃいなよ!」
う、う~ん。そう言われてもなぁ…。要は税金でしょ? 免除するからには交易が前提だけどカラリリが何かする可能性があるとしたら…。仲良しの間は免税とか? これでいいよね…?
「え、ええとでは…。ラヴェルヌ家とエルフが同盟を結んでいる間は流通は免税…とします」
言葉をしゃべりながらアキレアの顔を盗み見て彼女が頷いたのを見てからそう言い切った。
「承知しました」
それを聞いて私は肩を落として額の汗を拭おうとした。しかしその手をカラリリに取られてると彼女は笑って言った。
「ルリコ様。たとえどんなことがあっても淑女はそのように姿勢を崩してはいけません」
「いや、だって…カラリリは友達だから無礼講みたいなものじゃない…?」
「そのような風習は社交界にはございません。是非改善してください」
「はいぃ…」




