#40 略奪
もしもこいつらが囮で、別働隊が隠れていたら。
そいつらが俺たちじゃなく、馬車を襲ったとしたら。
今からの移動で間に合うのか……感覚を、極限まで『魔力感知』へと寄せる。
もっと広く……いや、円じゃなくていい。
楕円でもいいから、とにかく馬車まで範囲を……範囲だけじゃなく精度もだ。
『死んだふり』という魔法がかけられていると分かった状態で見れば、寿命の渦を隠す何かが在ることを感じられる。
原理は多分『魔法偽装』と同じなんだろうな。
在ると知っていれば見抜きやすくなる。
ならばその前提で、一つ一つ感じる寿命の渦を丁寧に検証しながら……いや、それじゃ間に合わない。
小さな範囲をまとめて見る……うわ、脳が要求に追いつかない……負けるな、俺。
ルブルムを、ケティを、守るんだろ、俺!
世界を俯瞰しているような感覚で『魔力感知』を広げてゆく。
しんどい。
自分の中にわずかに残る精神力が、目に見えて減ってゆくのを感じる。
睡眠不足から来る疲労もあるだろう……だけど、俺はやり遂げる……やり遂げるんだ……調べきるまでの時間稼ぎを……今度は俺が、会話を引き伸ばす番だ。
「その『死んだふり』は……もしかして『愛しの夢見』の前にも自分に対して使ったのか?」
チェッシャーが『愛しの夢見』を使ったとき、魔法代償の集中を感じなかったのも気になっていた。
魔法代償は寿命の渦から分かれさせて集中する。
もしも『死んだふり』の効果範囲が、魔法代償にまで及んでいるのだとしたら、随分と使い勝手が良い。
そんな効果までないのだとしたら、チェッシャー自身の技術か、もしくは特殊能力ってことになる。
「待ってくれよ。質問どれだけするんだい……全部終わったら殺すつもりかい? 命がかかっているからこそ、人には話さない秘密だって話しているんだ……約束してくれよ。喋り損にはさせないって……全部話したら、助けてくれるって」
メリアンは俺をじっと見ている。
判断をまかされているというよりは、俺の言動を見定めているようにも感じる。
「さっき俺が寝たら、どうするつもりだったんだ? そういうやりとりを仕掛けてきたってことは」
「傷つけるつもりなんてないよ! 私らは、フォーリーに行きたいだけなんだ。姉さんを助けるのにお金が必要なんだよ。アイシスでは半返りは差別されていて、寿命を売っても大した額になりゃしないんだ。フォーリーは半返りにも真っ当な金額を出してくれるって聞いてね……だけど乗り合い馬車が襲われて、裕福そうな商人さんと御者と馬とが連れてかれちゃったんだ」
「君らはどうして連れて行かれなかったんだ?」
「馬車が横転したとき、近くの茂みに逃げ込んで……追っては来なかったってだけ。理由なんて知らない。私らが半返りだからかもしれないし……ああ、でも、商人さんも半返りだったけど」
ポイントは裕福なってとこか……しかし、そもそもそんな話を信用するのか?
ちなみに、『魔力感知』には相変わらずそれっぽいものは何もひっかからない。
というか、会話をすると『魔力感知』へ集中できない……本当に足りてないな、俺ってやつは。
「そろそろどうするか決めてくれ。あんまり時間をかけたくない」
メリアンが会話を遮った。
そうだった。
俺たちが戻るのが遅かったら、こいつらが敵とか囮とかじゃなくともトラブルがあったと思われて馬車はフォーリーへ帰ってしまうかもしれない。
「待って……もう一つだけ言わせて……私が『愛しの夢見』を使ったのは……怖かったから……だってあなた、すごい怖い顔してたもの。殺されるかもって思ったんだ」
……俺が? 怖い顔?
俺はそんなに……ゆとりのない顔していたのか。
メリアンを見ると、静かに肯く。
不意に思い出す、元の世界の……姉さんを。
ゆとりがなくて攻撃的で、作る必要のない敵を作って余計にストレスを溜めて……その先にあるのは負のスパイラルだけだ。
油断はしないことと、恐怖に呑まれて何にでも咬み付きまくるのは違うよな……。
力が抜けたら、さっきよりも世界がすっと頭に入ってきた……『魔力感知』でここから馬車までとその周囲に、獣種以上の大きさの生き物も『死んだふり』を使っている形跡も見つけられなかった。
ならばどうする?
こいつらは……敵じゃないのか?
敵じゃなかったとしたら……殺すのか?
チェッシャーを見つめる。
俺がもしこの子を殺したら……俺は自分を誇れるのか?
そんなことをするのは紳士か?
違うだろう?
俺は、守るために全力を出すんだ。
この子たちを殺そうとして、失敗したら?
かえって敵を増やすだけだろう?
額と目を手のひらで覆う。
集中力がもう限界だ。
再び視界を開き、チェッシャーたちを見つめた。
「わかった。じゃあ、今回はお互いに悪かったということで、平和的に別れよう……彼らの縄も解こう」
「へ?」
「え?」
メリアンとチェッシャーが同時に変な声を出す。
俺は静かに肯いた。
ディナ先輩には激怒されそうだけど、でも俺が人を殺すときってのは少なくとも今じゃない。
チェッシャーの言うこと全てが本当でないとしても、姉さんのために金が必要だと言った時の真剣な表情に嘘はないと信じたい。
「守りたい人が居るのも、そのためならどんなことでもするという覚悟も、わかるよ……だから、君らから攻撃してこない限りはこちらも応戦しない。フォーリーからここまで馬車で半日ほどだ。乗せてくれる誰かを待つよりは、徒歩でもさっさと向かった方がいいだろう」
チェッシャーは瞳を潤ませながら立ち上がり、両手を広げた。
「大好き!」
集中力が途切れてかけていたせいか、チェッシャーが俺に飛びつくのを、避けるのも防ぐのも失敗した。
短剣と手斧の鞘だけはとっさに押さえたけれど、チェッシャーの攻撃は俺の無防備の唇にヒットした。
柔らかいものが俺の唇を覆ったあと、下唇を名残惜しそうに何度か甘噛みされる。
呪詛のことを思い出し、慌ててチェッシャーを引き剥がして距離を取った。
「えー……もしかして、女がダメで男が好きな人?」
「そ、そういうわけじゃない。事情があるんだ」
「そっか。それなら良かった。今のは本気のキスだから、嫌だったのと違うんならよかった」
本気の?
「……今のあなたの顔は怖くない……っていうか優しいよ。今の大好きは、社交辞令抜きだから。ありがとうね、本当に……恩にきる。でさ、あなたの名前、教えて!」
メリアンが首を振るより前に、俺は首を縦に振り否定を示す。
偵察を開始してからメリアンが俺の名前を突然呼ばなくなったのは……元の世界で言う個人情報的な考え方だと思ったから。
そういう意味でも、この子たちにはプロフェッショナルさを感じない。
「事情ってやつだね。いいよ。そこまでわがままでも野暮でもないから……でも、これくらいはもらってよ」
手渡されたのは、年季が入った小さな髪飾り……おそらく銀製の。
「アイシスに来ることあったら宵闇通りを尋ねて。私が居なくても、これ見せてチェッシャーの紹介って言ってくれたら大サービスするから!」
元気よく手を振りながら街道へと戻ってゆくチェッシャーたち。
「馬車に戻ったら、大変なものを奪われましたって、密告していいか」
「や、やめてくださいメリアン……事故ですよ」
くっくっくっと笑うメリアンと一緒に街道まで戻ると、なぜかチェッシャーたちが待っていた。
横転した馬車を脇にどかそうと思ったらしいが、三人では動かなかったとのこと。
それならと五人で横転している馬車を街道脇まで押して退かす。
いったんお別れを言った直後の再会でつい浮かんでしまう苦笑いを、馬車をどかした達成感で誤魔化したところへ、ルブルムたちが合流する。
ニヤニヤ笑うメリアンが余計なことを言い出さないうちに三人へ手を振り、とっとと見送ったあと、俺たちの馬車はようやく再出発した。
「リテル、起きて」
ケティの声で目を覚ます……え、俺、寝ていたのか?
いつの間に……飛び起きて周囲を確認する。
馬車は止まっている。
マドハトとルブルムは後方を警戒していて、メリアンは前方を……街道のちょっと行った先に馬車が横転している。
え?
馬車ってそんなコロコロ街道に横転しているもの?
それとも俺は、時間を巻き戻す能力でも……いや、そうじゃない。
街道の両側はいつの間にかほぼ森になっているし、馬車も街道を完全に塞ぐ形に置かれている。
さっきとは状況が違う。
「メリアン……馬車って、こんなにもしょっちゅう襲撃されるものなのですか?」
「いや、一月に一度でも多い方だよ。さっきの連中、金持ちの商人がどうこう言っていただろう。そいつを狙って片っ端から馬車を襲撃して回ったってんなら筋は通るが……」
「でもそれなら、フォーリーへ向かってる馬車が通り過ぎた後で道を塞ぐってのも変ですよね?」
さっきのは横転したのを放置って感じだったが、今度のはがっつりバリケード作りましたって感じなんだよな。
「ああ、そうなんだよ。考えられるとしたら、その商人の救出を邪魔する目的とかかな」
だとしたら、付近には見張りが残っている可能性は大だよな。
「メリアン、また偵察しながら近づいてみますか? 馬車はここに置いたままで」
「それは慎重になった方がいい。さっきの襲撃場所と、この場所と、両方とも同じ犯人の仕業だとしたら、敵の人数は少なくない」
「メリアン、普通はどうしてる?」
俺とメリアンとの会話にルブルムが混ざってきた。
「普通は、危険に首を突っ込んで得することは何もない。最寄りの管理官が居る街や村まで引き返して報告すれば領兵が派遣される。得にここはフォーリーから首都キャンロルまで通じる主要な街道だ。もう少し行けばクスフォード領と王国領との領境だし、そいつらとやり合う覚悟があるってんなら、単なる盗賊なんかじゃない。一つの軍隊って言っても言い過ぎじゃあない。だがそれならいくら裕福って言っても個人の商人レベルを相手にするのも妙だ……この辺にある村を一つまるごと襲うくらいの……」
なんだか物騒な話になってきた。
「ちなみに、普通じゃない方法ってのは……」
「押し通る」
うん……予想通りです。
でもメリアンがいくら強いって言っても、相手の人数や武装の度合いも分からない。
それにこちらは戦闘の素人ばかり。
メリアンの足を引っ張るのが目に見えている。
かと言って、今から引き返すのもなぁ……ラビツ一行との距離は開くし、何より今からだとフォーリーに戻っても深夜過ぎだろう。
何より、戻っている途中でさっきのチェッシャーたちの馬車のように横転させられたら……。
「メリアン、領境って領兵が詰めているものなんですか?」
「ああ。この国はよそに比べて平和な方だから、そこまでの人数は配置していないと思うがね」
「知らせるのって、やっぱり直接行くしかないですよね……でも、あの馬車の向こう側か……」
あの馬車を燃やしたら狼煙代わりになるかなと一瞬考えもしたが、あそこで盛大なキャンプファイヤーやったら、近くの森に飛び火しかねない。
森やその近くでの火の扱いについては、マクミラ師匠にさんざん叩き込まれたからなぁ。
「旦那がたぁ……ここで野営ってのだけはご勘弁願いますよ……」
なかなか結論が出ないことにシビレをきらしたのか、御者さんがボヤく。
「御者さん、ここらへんの道幅なら、馬車の向きを反対向きに戻すのって、すぐにできますか?」
「うーん……あっ、あそこに見える小道を使えば簡単に」
小道?
……確かにある。
街道から入り込む小道はここからでも見えるけど……だからこそあえてこの場所を封鎖したって考えたら……今度こそ罠だよね?
● 主な登場者
・利照/リテル
利照として日本で生き、十五歳の誕生日に熱が出て意識を失うまでの記憶を、同様に十五歳の誕生日に熱を出して寝込んでいたリテルとして取り戻す。ただ、この世界は十二進数なのでリテルの年齢は十七歳ということになる。
リテルの記憶は意識を集中させれば思い出すことができる。
ケティとの初体験チャンスに戸惑っているときに、頭痛と共に不能となった。
魔女の家に来る途中で瀕死のゴブリンをうっかり拾い、そのままうっかり魔法講義を聞き、さらにはうっかり魔物にさらわれた。
不能は呪詛によるものと判明。カエルレウムに弟子入りした。魔術特異症。猿種。
フォーリーの街に来てから嫌な思い出が多いが、修行として受け止めている。
異世界から来たことをとうとう打ち明け、そして新たな呪詛をその身に宿した。
ゴーレムを作ることができる紅魔石をディナよりもらった。
ルブルムのことが気になりはじめているし、ケティの合流に動揺もしている。
・ルブルム
寄らずの森の魔女カエルレウムの弟子。赤髪の美少女。リテルと同い年くらい。猿種のホムンクルス。
かつて好奇心がゆえにアルブムを泣かせてしまったことをずっと気にしている。
カエルレウムの弟子を、リテルのことも含め「家族」だと考えている。
質問好きで、知的好奇心旺盛。驚くほど無防備。
ディナの屋敷でトシテルとの距離がぐっと近づいた。
・ディナ先輩
フォーリーに住むカエルレウムの弟子にしてルブルムの先輩。
男全般に対する嫌悪が凄まじいが、リテルのことは弟弟子と認めてくれた様子。
アールヴと猿種のハーフ。壮絶な過去を持つ。
ゴーレムを作る魔法品をトシテルへくれた。
フォーリー以北への旅について、大量の忠告をしてきた。
・マドハト
赤ん坊のときに取り換え子の被害に遭い、ゴブリン魔術師として育った。犬種の先祖返り。
今は本来の体を取り戻しているが、その体はあんまり丈夫ではない。
ゴブリンの時に瀕死状態だった自分を助けてくれたリテルに懐き、やたら顔を舐めたがる。
リテルにくっついてきたおかげでちゃっかりカエルレウムの魔法講義を一緒に受けている。
フォーリーの街中で魔法を使ってしまい、三年分の魔法代償徴収刑を受けた。
・ケティ
リテルの幼馴染。一歳年上の女子。猿種。
旅の傭兵に唇を奪われ呪詛に伝染。
リテルがずっと抱えていた想いを伝えた際に、呪詛をリテルへ伝染させた。
カエルレウムが呪詛解除のために村人へ協力要請した際、志願した。
リテルとの関係はちょっとギクシャクしていたのだが、再会したときにはなんかふっきれていた。
鍛冶に使っていたハンマーを武器として使う。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。
リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。
ものすごい筋肉と、角と副乳を持つ牛種の半返りの頼もしい傭兵。
円盾と小剣を二つずつ持ち、手にはスパイク付きのプレートナックルを装備。
・御者さん
ちょっと訛ってる。
・チェッシャー
横転した馬車の近くに居たアイシス出身の猫種の半返りの女子。
あざといくらいに無防備な姿をしているが、魔法を使う。
姉のために寿命を売りにフォーリーへ向かう途中で襲撃され、なんとか逃げ切った。
チェッシャーたちの命を取らなかったリテルの唇を奪い、銀の髪飾りをくれた。
・ビルルとマウスー
チェッシャーの仲間の爬虫種と鼠種。
共に半返り。
・裕福な商人
チェッシャーたちと同じ乗り合い馬車に乗っていたが、襲撃され、馬や御者と共にさらわれた。
獣種は聞き逃したが半返りらしい。
● この世界の単位
・ディエス
魔法を使うために消費する魔法代償(寿命)の最小単位。
魔術師が集中する一ディエスは一日分の寿命に相当するが、魔法代償を集中する訓練を積まない素人は一ディエス分を集中するのに何年分もの寿命を費やしてしまう恐れがある。
・ホーラ
一日を二十四に区切った時間の単位(十二進数的には「二十に区切って」いる)。
元の世界のほぼ一時間に相当する。
・ディヴ
一時間の十二分の一となる時間の単位(十二進数的には「十に区切って」いる)。
元の世界のほぼ五分に相当する。
・アブス
長さの単位。
元の世界における三メートルくらいに相当する。
・プロクル
長さの単位
一プロクル=百アブス。
この世界は十二進数のため、実際は(3m×12×12=)432mほど。
・通貨
銅貨、銀貨。
十銅貨(十二進数なので十二枚)=一銀貨




