表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/94

#36 近すぎる

 凄まじい激痛で目を覚ました。

 見開いた目に、最初に飛び込んできたのは、同じ様に目を見開いたルブルム。


 ……ああ、そうか。

 きっと、ルブルムが『同じ皮膚』を使ったんだ。

 魔術特異症のせいで俺に定着してしまった『虫の牙』の呪詛ムカデは、もはや『同じ皮膚』では移らなくなってしまった。

 ただし、俺か、俺に触れている人が『同じ皮膚』を使った場合、俺とその人が触れ合っている間、呪詛ムカデの痛みだけは共有される。

 もちろん、向こうが使った場合は触れ合いが離れた途端、痛みは終わるのだがって、おい!

 二回触るな! 二回は! 一回で目が覚めるって!


「起きた起きた! もう起きたから!」


「トシテル、おはよう。この痛み、慣れない」


「ルブルム、おはよう。俺も全然、慣れないよ」


 ベッドに腰掛け、ブーツを履こうとして気づく。

 んー?

 ルブルムのブーツのつま先あたり、こんな模様みたいなのついてたっけ?

 顔を上げると、ルブルムの格好が全体的に、昨日とは全く違う。

 服なんかはボタンで留めるタイプのちゃんとしたやつだし、フリルみたいな飾りまで付いている。


「服装か? 虹爵様にお目にかかるということで、ディナ先輩に用意してもらったんだ」


「似合ってるよ」


「でも、胸が苦しい」


 そう言いながらも、頬にほんのり赤みがさすルブルム。

 うん。

 ルブルムは、可愛い。


 そんな魅力に見入っちゃわないよう、俺はディナ先輩が昨晩言っていたことを思い出す。


 アールヴのような長命種族は、生殖にそれほど熱心ではないせいか、体の構造もそれに対応している、と。

 種族的に胸は小さく、性欲も基本的にはほぼないらしい。

 生産に使用するエネルギーを、肉体の維持に割り振っている、みたいなことを言っていた。

 そこでルブルムが、自分もアールヴだったら邪魔な胸がなくて良かったのに、みたいなことポツリと言ったんだよな。


 ディナ先輩はアールヴと獣種とのハーフだけど、肉体的な特徴はかなりアールヴよりらしい。

 もっとも、アールヴと獣種のハーフは滅多に見ないし聞かないから、平均的にどうなのかはわからないとのこと。

 そういえば、異なる獣種同士の子が生まれる場合、子は親のどちらかの獣種を受け継いで生まれる。

 例えば猿種(マンッ)犬種(アヌビスッ)の子は、必ず猿種(マンッ)犬種(アヌビスッ)のどちらかの獣種となる。

 必ずどちらかが100%で、ディナ先輩のように両方の特徴が残るってことはないっぽい。

 獣種の受け継ぎはそれだけハッキリしているのに、先祖返りとか半返りの法則性はまだよく分からないんだって。


 そういや、アールヴ・ハーフのディナ先輩は、生理も数年に一度しか来ないらしく、ルブルムが羨ましがっていた。

 きっと姉さんも羨ましがるだろうな。


 ……元の世界では普段は考えないようにしていた家族のことを、この世界に来てからはよく思い出す。

 自分では、あの家族ともう二度と関わらないだろうという安心感のせいじゃないかなと感じている。

 絶対に襲ってこないとわかっているからこそ向き合うことができる動物園の猛獣みたいな。

 姉さんの言っていたことも、あの頃はただただ盲目的に受け入れていたけれど、今はわかるんだ。

 正しいことの中にずいぶんと単なる八つ当たりが混ざっていたことが。

 きっと姉さんは、母さんからのプレッシャーや、他の演奏が上手な人から受けるストレスを、俺にぶつけることで自分を保っていたんだと思う。

 だからといって許せるかどうかは別の話だけど。


 今は、あの頃では考えられないほど冷静に、自分とあの家族との関係性を分析できている。

 これだけの心の強さを得られたのは、この世界で死線を越えてこられたからだけじゃないだろうな。

 きっと、丈侍のとこに避難させてもらえていたのが、とてつもなく救いだったんだ。

 あの家族も、俺が憎かったというわけじゃなく、ただ「自分の思い通りにならない」ことを持て余して、放置するか八つ当たりするか……でもおかげで、丈侍の家に入り浸ることが許容されていたのかも、とも思える。


「トシテル、笑ってる?」


「あ……うん」


 元の世界に残した唯一の未練が、丈侍や丈侍の家族にもう会えないことだなって気付いたから。

 自分の家族よりも、よその家族に会いたいってのも変だよなって。


「胸が苦しいのは、おかしいことか? ディナ先輩もなんか変な反応だった」


「あ、いや、そういうことじゃなくて……えーと、これは元の世界での価値観なんだけど、女性の場合は胸とか、男性の場合は股間のこれとか、その大きさで他人に対して優越感や劣等感を覚える人が少なからず居て、だからそういう部分の話題を気軽にすることに対して敵対心を持つ人が居たんだ。だから、そういう話はティーピーオー……えーと時と場所と場合を踏まえた上でする方がいいと」


 まあ、ディナ先輩の場合はそういうのではなく、ルブルムにどうやって空気を読むことを教えようかと悩んでたんじゃないかと思うけど。


「傷つけてしまう話題ということか?」


 ルブルムの表情が見るからに凹んだ感じに。

 ディナ先輩が気にしていたのはこれか……ルブルムは、傷つけちゃうかも不安症、みたいなのになりかけているのかも。

 これだけ連続してダメ出ししたみたいになっちゃうと、ルブルムがまた臆病で無表情になってしまうかもしれない……それは、ルブルムにとって幸せなことじゃないはず。


「えーと……そういう恐れもあるけれど、あんまり気にしすぎて変に話題を避け過ぎても、相手に気を使っていることを気付かれちゃって面倒くさいことになる場合もある。そういうこともある話題なんだということを知識として覚えたあとは、相手の様子やその場の雰囲気を見て、発言内容を調整できるようになればいいんじゃないかな……その……ルブルムは相手を傷つけてしまうかもということに囚われ過ぎて、ルブルム自身を傷つけてしまいそうだから」


「私自身を……」


「うん。周りの人も大事だけど、ルブルムはまず自分自身を大切にしていいんだよ。俺は、ルブルムに傷ついてほしくない」


「……トシテル、ありがとう」


 ルブルムが泣きそうな笑顔で、俺に飛びついてくる。

 昨晩の浴場でのあのときと同じように。


 なんだろう。

 俺の胸の奥が熱い。

 幸せな気持ちと……ヒリヒリと痛い気持ちも混ざっている。


 ルブルムが抱きついてくるの……癖にならないように、忠告した方がいいのかな。

 でも、元の世界でも欧米ではハグは挨拶だったし、家族のように接していいと言ったんだし、意識しすぎる俺の方が……ああ違う違う違う……まただよ。

 そうじゃない。

 俺だ。

 俺がしんどいんだ。

 ルブルムに惹かれてしまわないようにしておきたい利照(おれ)が、この距離感を怖がっているんだ。


 心の中で深呼吸をする。

 紳士として生きるなら、安易に他人のせいにしちゃダメだ。


 俺は、リテルの家族のことを思い出す。

 リテルの記憶の中にある、家族へのハグを。

 そして、ルブルムのことを優しく抱きしめる。

 リテルが家族とハグしあっていたときのように。


「ルブルム……俺も、着替えるよ」


「ああ、ごめんなさい。そうだよね。なんか……トシテルと一緒に居ると安心する」


 もう一度、抱きしめたくなった気持ちを笑顔の底に隠して、俺はルブルムから離れる。

 それから、出かける準備を始めた。




「じゃあ、ト……リテル、行ってくる」


 ルブルムが振り返って俺に手を振る。

 俺も笑顔で手を振り返す。

 ここは、虹爵様のお屋敷前の駐車場スペースみたいな場所。


 着替えの時点でうっすら予想していた通り、謁見はディナ先輩とルブルムだけだった。

 俺は、カエルレウム師匠の弟子ではあるものの、まだ弟子免状の申請が終わってないので、対外的な扱いとしては弟子見習いになる。

 となると、身分としては単なる領民。

 虹爵様に直接お会いするにはそこそこ面倒な手続きが発生するらしく、急な事態である今回はお留守番となったわけ。


 ルブルムがトシテルではなくリテルと言い直したのは、ディナ先輩に忠告されたから。

 俺の真の素性が知られないようにするため、「ストウ村のリテルに対して」接しなさいと。

 人に知られていない情報というものは、情報自体の価値と、知られていないということ自体と、二重に価値がある、みたいな言い方をしていたっけ。


「リテル、乗らないのか?」


 馬車に乗り込みかけたウェスさんから声がかかる。

 昨晩のカミングアウト以降、久々に利照(おれ)で居られたせいか、リテルと呼ばれることに再び戸惑いを覚えるようになっている……いけないな、これじゃ。

 ストウ村の人と再開する前に、俺自身もリテルに戻っておかないと。


「いいんですか?」


「ディナ様の許可が下りている。だいたい来るときだって乗ってきただろう?」


「いえ……ウェスさんご自身に、何かご迷惑をかけてしまったら申し訳ないなって」


 初めて会ったときのウェスさんの態度も、相当筋金入りの男嫌いだったもんな。

 もしも、男で嫌な想いをしていたら、馬車のような狭い密室で二人きりなんて嫌だろうなって思ったから。


「ほう。リテルは私のことも守ってくれるのではなかったかな」


「は、はいっ」


 そうです。言いいました……確かに。

 ……ディナ先輩に言われたから俺への当たりがソフトになったというんでもないのかな。


 ウェスさんに続いて馬車へと乗り込み、扉を閉める。

 そう、扉が付いているんだ。

 屋根だって、ストウ村から乗ってきた荷運び用の馬車とは違い、立派な木製のがついている。

 あっちのは日差しや弱い雨風を避けるため、枠棒に巻き付いている厚手の布を垂らしているだけだった。

 中も全然違う。

 こちらは元の世界で地方の鉄道で見るボックス席みたいな四人がけ……それよりかはゆったりとしているけど。

 座席と背もたれには、クッション性のかなり高い素材が使われているみたいで、石畳の上を走っているのに振動はそこまで酷くはない。

 あっちは藁を敷き詰めているだけ。


「カーテン、閉めてくれ」


「はい」


 俺は窓に付けられたカーテンを引く。

 この馬車がすごいのは、扉にガラス窓がついていること。

 しかも屋敷の窓に使われていたのに比べ、透明度が高い。

 外を確認してからカーテンを閉めた……のだが、さて。


 こんなにも馬車の構造のことを考えているのは、ウェスさんが近いから。


 四人がけなんだから、向かい合う座席の、ウェスさんの正面じゃない側に座るものじゃない?

 そうやって座ったら、ウェスさんはわざわざ俺のすぐ真横に座り直したんだよ。

 それも肩と肩とが触れ合いそうな距離。


「リテル、そんなにかしこまらなくともいい」


 ウェスさんはかぶっているフードを外す。

 ミニウサギみたいな蝙蝠耳がぴょこんと動く。


「は、はい」


 とは答えたものの、俺の横顔をじっと見つめている……その顔もけっこう近い。

 これ、どう対応するのが正解なのだろうか。

 しかも、当たってます……ええ、立派なのが俺の二の腕に。

 なんなの? この世界の女の人って、気軽に胸を当ててくる文化でもあるの?

 リテルの記憶の中に、そんな文化も挨拶も見つけられない。


「ふふ。君は良くも悪くも素直だな」


 良くも悪くも?

 それって、褒められているのとは、ちょっと違うよね?

 ということは、アレか。

 また、何かを試されているのか、何かの訓練か……。


「すみません……未熟者で」


「緊張し過ぎだよ、君は。私はまだ脱いでもいないのに」


 ぬっ?

 う、ウェスさんまでっ?


● 主な登場者


利照(トシテル)/リテル

 利照として日本で生き、十五歳の誕生日に熱が出て意識を失うまでの記憶を、同様に十五歳の誕生日に熱を出して寝込んでいたリテルとして取り戻す。ただ、この世界は十二進数なのでリテルの年齢は十七歳ということになる。

 リテルの記憶は意識を集中させれば思い出すことができる。

 ケティとの初体験チャンスに戸惑っているときに、頭痛と共に不能となった。

 魔女の家に来る途中で瀕死のゴブリンをうっかり拾い、そのままうっかり魔法講義を聞き、さらにはうっかり魔物にさらわれた。

 不能は呪詛によるものと判明。カエルレウムに弟子入りした。魔術特異症。猿種(マンッ)

 フォーリーの街に来てから嫌な思い出が多いが、修行として受け止めている。

 異世界から来たことをとうとう打ち明け、そして新たな呪詛をその身に宿した。

 ゴーレムを作ることができる紅魔石(ポイニクス)をディナよりもらった。

 ルブルムのことが気になりはじめている。


・カエルレウム師匠

 寄らずの森に二百年ほど住んでいる、青い長髪の魔女。猿種(マンッ)

 肉体の成長を止めているため、見た目は若い美人で、家では無防備な格好をしている。

 お出かけ用の服や装備は鮮やかな青で揃えている。

 寄らずの森のゴブリンが増えすぎないよう、繁殖を制限する呪詛をかけた張本人。

 リテルの魔法の師匠。

 『魔法偽装』を三ディエスまで使えるらしい。


・ルブルム

 魔女の弟子。赤髪の美少女。リテルと同い年くらい。猿種(マンッ)のホムンクルス。

 かつて好奇心がゆえにアルブムを泣かせてしまったことをずっと気にしている。

 カエルレウムの弟子を、リテルのことも含め「家族」だと考えている。

 質問好きで、知的好奇心旺盛。驚くほど無防備。

 ディナの屋敷でトシテルとの距離がぐっと近づいた。


・ディナ先輩

 フォーリーに住むカエルレウムの弟子にしてルブルムの先輩。

 男全般に対する嫌悪が凄まじいが、リテルのことは弟弟子と認めてくれた様子。

 アールヴと猿種(マンッ)のハーフ。壮絶な過去を持つ。

 ゴーレムを作る魔法品をトシテルへくれた。


・ウェス

 ディナ先輩の部下。肌が浅黒い女性で、男嫌いっぽい。

 兎よりもちょっと短い耳をしている蝙蝠種(カマソッソッ)

 馬車の中で急接近。


幕道(マクドウ) 丈侍(ジョウジ)

 元の世界における利照の親友。

 小三からずっと同じクラス。頭が良い。

 実家に居場所がなかった利照は、学校帰りはしょっちゅう丈侍の家に入り浸っていた。


・姉さん

 元の世界における利照の実姉。

 才能に恵まれた完璧主義者だが、それでもプレッシャーやストレスをかなり抱えていた。

 生理や、生理に対して理解のない男性に対し怒りを覚えている。


・アールヴ

 天界(カエルム)から来てこの世界に棲み着いた種族の一つ。

 保守的で閉鎖的でよそ者を嫌う。

 魔法精霊と契約するという、獣種とは異なる独自の魔法体系を持つ。

 種族的に胸は小さく、性欲も生理もかなり少ないらしい。




● この世界の単位

・ディエス

 魔法を使うために消費する魔法代償(寿命)の最小単位。

 魔術師が集中する一ディエスは一日分の寿命に相当するが、魔法代償を集中する訓練を積まない素人は一ディエス分を集中するのに何年分もの寿命を費やしてしまう恐れがある。


・ホーラ

 一日を二十四に区切った時間の単位(十二進数的には「二十に区切って」いる)。

 元の世界のほぼ一時間に相当する。


・ディヴ

 一時間(ホーラ)の十二分の一となる時間の単位(十二進数的には「十に区切って」いる)。

 元の世界のほぼ五分に相当する。


・アブス

 長さの単位。

 元の世界における三メートルくらいに相当する。


・プロクル

 長さの単位

 一プロクル=百アブス。

 この世界は十二進数のため、実際は(3m×12×12=)432mほど。


・通貨

 銅貨(エクス)銀貨(スアー)

 十銅貨(エクス)(十二進数なので十二枚)=一銀貨(スアー)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ