#35 新しい魔法品
ドアが少しだけ開き、そこからひょっこりと顔が半分だけ見えた……ルブルムだ。
「トシテル、もう寝たか?」
寝たフリしたいぐらい疲れているけれど……ここはっ。
「まだだよ」
「よかった」
ルブルムは室内へ静かに入ると、音を立てないようにドアを閉め、俺が寝ているベッドの方へ歩いてくる。
何か言いたげな表情。
俺が起き上がり、ベッドの縁に腰掛けると、ルブルムはすぐ隣にすとんと腰を下ろした。
うーん。妙な既視感を感じる……ような。
「トシテル……私……」
「うん」
なんだろう。言いにくいことなのかな。
「……さっきの続き、もう少し、したい」
さっきの? さっきのって……どれ?
浴場でのルブルムの姿が、次々と脳内再生される。
「寝る前に、しておきたい」
な、何を、ですか……ああ、なんか手のひらに汗かいてきた。
突然、ルブルムが俺に向かって左の手のひらを見せる……何これ……手汗がバレた?
「私、考えたんだ。二人で、それぞれ逆向きの渦を作って重ねたら、作る渦は一つで済むし、集中できるんじゃないかって」
あー……そうですよねぇ。うん。
そういうこと……うんうん。確かに。わ、わかっていましたよもちろん最初から。
「そうだね。やってみようか」
右の手のひらを、シーツで軽く拭いてから、ルブルムの左の手のひらへと重ねる。
ルブルムはすぐに魔法代償を集中する……一ディエス分。
俺も一ディエス分の魔法代償を、ルブルムのとは逆向きに作ってみる……一人で二つ作ってたときに比べたら、かなり一致させることができた。
今度は役割を入れ替え、ルブルムが合わせる方に。
おお、いいぞ……なかなか綺麗に重なってきている……けど……どうして……ルブルムの顔がだんだん近づいてきているのかな?
「トシテル、どうして下がる?」
「どうしてって……今は、手のひらに集中したくって」
「そうなのか。私は……体の、重なっている部分が多いほど、魔法代償もうまく重ねられる気がして」
「……なるほど」
納得感はある。ただ、かなり気恥ずかしい。
ルブルムは、反対の渦の形を整えながら、少しずつ、俺の上に覆いかぶさってくる。
平常心を保って魔法代償を集中しているけれど……人の重みを、体温を、柔らかさを、香りを、息を、こんなにも近くに感じる状態で……かなりの精神修行です。
次第に絡みついてくる腕、脚、そして頭。異様な密着感。
うーわ。ダメだ。
眠たいこともあって、集中が厳しくなってきた。
「トシテル。服を脱いで直接触れ合った方が、もっとうまく重ねられるかも」
ちょ、ちょっと。何を言い出すのか、この子は……おかげでちょっと目が覚めた。
いくら魔法の訓練とはいえ、そこまではさせちゃいけない気がする……そう、俺が紳士であるがためにも。
「ルブルム……体をたくさん重ねるよりも、接する部分は一か所の方が集中しやすいんじゃないかな」
正直、苦し紛れの一言だった。
しかし、それは思いのほか、うまくいってしまった。
俺たちは反対の渦の形を整えることばかり考えていたのだけれど、魔法代償の方も形を整えることで、両方の形を綺麗に揃えられるようになったのだ。
「やっぱりトシテルはすごいな。とても合わせやすくなった!」
「いやいや、元はと言えば、ルブルムが二人で一つずつ作って合わせてみようって提案してくれたからだし」
「でも、トシテルの方がすごい」
ルブルムの満面の笑みが、やけに可愛い……ああ。
ダメだよ、利照。
利照は、いつか、この体をリテルへ返すと決めたんだから。
「お前らっ! 睡眠は取れるときに取れと!」
勢いよく扉が開き、ディナ先輩が入ってくる。
「ディナ先輩、すみません」
「ディナ先輩、できるようになった!」
俺とルブルムの返事が噛み合っていない。
まだ笑みが抜けないでいるルブルムを、ディナ先輩は優しく諭しはじめた。
「いいか、ルブルムはまだ経験がないから分からないかもしれないが、敵の来襲を心配せずに眠れる場所というのは、本当に貴重なんだ。これから先、気の抜けない夜も少なくないだろう。例え町の中の宿屋であっても、旅人から金品を奪おうとする盗人が現れないとも限らない。寝る時は交代で見張りを立ててもいいくらいだ。睡眠不足は集中力や判断力を阻害する。寝られるときにしっかり寝ることも、生き延びるための大事な手段なのだぞ」
「そうか……ごめんなさい。ちゃんと寝る」
ルブルムは素直に謝り、上がっていたテンションも元へと戻る。
俺たちに「おやすみなさい」を言った後、自身にあてがわれた部屋へ戻っていった……けど、ディナ先輩はまだ出てゆく気配がない……どころか、こちらへ近づいてきてますよね……あー、これはお叱りを受けるのか……。
覚悟して構えていた俺のすぐ目の前に、何かが突き出された。
……剣先ではない……何だこれ?
ディナ先輩が俺の鼻先に突き出したのは、魔石のはまったベルト……と指輪?
ベルトは二本がクロスしてX型になっているもので、交差部分の金具に魔石が取り付けられている。
部屋の仄かな明るさを反射するその色は赤……紅魔石!
カエルレウム師匠からいただいた白魔石よりもさらに希少な魔石!
「使い方の説明をする。ベルトの方は、生命持たなき物へ装着しろ。このベルトが装着できるものならば何でもよい。装着されたものは、ゴーレムとなる」
「ゴーレム! 確か無機物を肉体にしたものがゴーレムで、有機物を肉体にしたものがゾンビーですよね」
「そうだ。この指輪をはめている者がゴーレムの主となる。本来ならば、可動部分や顔を備えた人形を造り、それをゴーレムとするものだが、そんな人形を用意する時間はないだろう。そこいらの石でもよい。動くことと、そのゴーレムを起点として寿命の渦を感知することは可能だから、離れた場所の見張りとして使うことができる」
「本来は顔を備えた……ということは、顔があれば、もしかして視覚や聴覚なんかも……」
「ああ。だがそれを目や耳と認識できなければ同調は困難だ。それに動くといっても、ゴーレムの内部からしか動かすことはできない。例えば石にしても、石の内部で重心をずらして転がることは可能だが、外から石に力を加えて動かす……例えば石を投げる類の動作はできない」
「石を動かす、ではなく、石が動く方法なんですね。試してみてもよいですか?」
「それをずっとゴーレムとすると決めたならよいぞ。一度共有した感覚を切断し、また別のものに接続するというのは、慣れていても戸惑いがある。魔法品の機能としては可能だが、それを操る者の感覚がついていかない。お前は目玉を他の生き物のものと取り替えて、すぐに使えるようになる自信はあるか?」
「ないです……かなり一心同体になるのですね。だとすると、ゴーレムが受けたダメージは指輪の使用者にも?」
「話が早いな。肉体は傷つかない。しかし、寿命の渦には傷がつく……寿命の渦が痺れるような感じとなり、しばらくの間は、魔法代償の集中が困難になる」
「ありがとうございます。大切に使わさせていただきます」
「ゴーレムは最初に発動させた瞬間と、それから一日が経過する毎に、魔法代償を一ディエスずつ消費する。あとはなんらかの動きを命令したとき、その動作の運動量に見合う量のディエスを消費する。動作の命令は、条件付けでの発動も可能だし、予め封じておくならば魔法の使用も可能だ。ただし、魔石の空き容量に収まる魔法代償量の魔法でなければ封じることはできない」
「条件を付けられるってすごいですね……誰かが前を横切ったら、とかですか」
「何をもって前とするか、ゴーレムを通して認識できれば、だがな。それに誰か、というのも簡単でもない。ゴーレムの知覚で感知できるものでないといけない。ゴーレムに命令をする時点でその者の寿命の渦を見せ、認識させる必要がある」
なんかプログラミングみたいだな、と、思った。
そう考えれば、使い勝手はもっと広げられるかも。
「魔石への魔法代償の封じ方は習ったか?」
「いえ」
「魔石に触れて、自分の体の一部だと想うのだ。そういう認識ができたら、魔法代償を魔石の中に集中する。魔石の中には、寿命の渦のようなものを感じることができる。そこに集中した魔法代償を合流させれば、魔石に魔法代償を蓄積できる」
「魔術師組合でしか充填できないと思ってました」
「ああ、あれは、他人の魔法代償を抜き出して魔石へ封じる魔術だ。それも効率よく、な。自分で封じる方法は、魔術師なら誰にでもできる」
「そうなんですね……封じるのを、やってみても良いですか?」
ディナ先輩が頷いてくれたので、試しにやってみる。
手のひらに握り込むと、魔石の中に寿命の渦を感じる……これ、触れていないと感知されないのか。
そうだよな。そうじゃないと、罠としての設置がバレバレになっちゃうもんな……逆に言えば、そういう罠が設置してあることも今後は考慮の中に入れていかないといけないってことだな。
魔法代償を一ディエス、魔石の中に封印するのは簡単だった。
魔石の中の魔法代償残量もそのタイミングで知ることができた……百十二ディエスも入っている。
「あ! 今、魔法代償を消費したのに、『虫の牙』の傷ムカデに咬まれていません!」
「そうだ。魔法を封じる場合、その命令を行う時に魔法を使用する必要があるので咬まれるが、それ以外では咬まれない。魔法代償の消費は魔石に蓄えられた魔法代償から自動的に消費される」
ああ、それで……『虫の牙』の傷を左手に封じてしまった俺のために……。
しかも、相当に高価なものだってのは、俺ですらわかる。
「すみません。俺なんかのために、こんなありがたいものを……」
「結果的にお前に『虫の牙』の呪詛を押し付けた。そのくらいの補助をしてやらねば、ルブルムのことを守るのは困難だろう。ほら、指輪はもうはめておけ」
指輪の方も、特に装飾もなくシンプルなもの……ちょっと小さめだけど。
右手にはめてみる……小指ならなんとか入るかな……おおっ! いける!
このくらいキツめの方が、簡単には抜けなくて良いかもしれない。
「端の指でやっとか? 少し広げたのだがな……貸してみろ」
ディナ先輩はいったんドアの外に出ると、台座付きの細長い金属の棒を持ってきた。
台座が付いていない方は先細りになっていて、俺の右手から指輪を引き抜き、そこに指輪をはめる。
さらに台座を机の上に立て、指輪にノミを当て木槌で叩きながら、台座を何周かくるくる回した。
すげぇ。指輪のサイズ調整しているのか!
「指輪は、ただの銀の指輪だ。この指輪を魔法と紐付けているのは、紅魔石内に格納されている魔術だ。だから魔石さえ守れるのであれば、指輪は奪われても構わない」
再び渡された指輪は、薬指にちょうどいい。
「端の指につけておくと、何かにひっかけたりする恐れがある。それに端の指は落とされやすいからな」
落とされやすいって……怖い世界を垣間見た。
「何から何まで本当にすみません」
「ルブルムは素直がゆえ人の悪意に疎い。お前が居なくなったらルブルムは誰かに騙されると思え……だから、トシテル。ルブルムが無事に帰ってこられるように守り抜け」
「はい」
ディナ先輩が部屋から出ていった後、ゴーレム作成ベルトを畳んで、武器装備用ベルトの隠しポケットへしまうと、俺はようやく泥のような眠りの底へ身を沈めた。
● 主な登場者
・利照/リテル
利照として日本で生き、十五歳の誕生日に熱が出て意識を失うまでの記憶を、同様に十五歳の誕生日に熱を出して寝込んでいたリテルとして取り戻す。ただ、この世界は十二進数なのでリテルの年齢は十七歳ということになる。
リテルの記憶は意識を集中させれば思い出すことができる。
ケティとの初体験チャンスに戸惑っているときに、頭痛と共に不能となった。
魔女の家に来る途中で瀕死のゴブリンをうっかり拾い、そのままうっかり魔法講義を聞き、さらにはうっかり魔物にさらわれた。
不能は呪詛によるものと判明。カエルレウムに弟子入りした。魔術特異症。猿種。
フォーリーの街に来てから嫌な思い出が多いが、修行として受け止めている。
異世界から来たことをとうとう打ち明け、そして新たな呪詛をその身に宿した。
ゴーレムを作ることができる紅魔石をディナよりもらった。
・カエルレウム師匠
寄らずの森に二百年ほど住んでいる、青い長髪の魔女。猿種。
肉体の成長を止めているため、見た目は若い美人で、家では無防備な格好をしている。
お出かけ用の服や装備は鮮やかな青で揃えている。
寄らずの森のゴブリンが増えすぎないよう、繁殖を制限する呪詛をかけた張本人。
リテルの魔法の師匠。
『魔法偽装』を三ディエスまで使えるらしい。
・ルブルム
魔女の弟子。赤髪の美少女。リテルと同い年くらい。猿種のホムンクルス。
かつて好奇心がゆえにアルブムを泣かせてしまったことをずっと気にしている。
カエルレウムの弟子を、リテルのことも含め「家族」だと考えている。
質問好きで、知的好奇心旺盛。驚くほど無防備。
ディナの屋敷でトシテルとの距離がぐっと近づいた。
・ディナ先輩
フォーリーに住むカエルレウムの弟子にしてルブルムの先輩。
男全般に対する嫌悪が凄まじいが、リテルのことは弟弟子と認めてくれた様子。
アールヴと猿種のハーフ。壮絶な過去を持つ。
ゴーレムを作る魔法品をトシテルへくれた。
・ウェス
ディナ先輩の部下。肌が浅黒い女性で、男嫌いっぽい。
兎よりもちょっと短い耳をしている蝙蝠種。
● この世界の単位
・ディエス
魔法を使うために消費する魔法代償(寿命)の最小単位。
魔術師が集中する一ディエスは一日分の寿命に相当するが、魔法代償を集中する訓練を積まない素人は一ディエス分を集中するのに何年分もの寿命を費やしてしまう恐れがある。
・ホーラ
一日を二十四に区切った時間の単位(十二進数的には「二十に区切って」いる)。
元の世界のほぼ一時間に相当する。
・ディヴ
一時間の十二分の一となる時間の単位(十二進数的には「十に区切って」いる)。
元の世界のほぼ五分に相当する。
・アブス
長さの単位。
元の世界における三メートルくらいに相当する。
・プロクル
長さの単位
一プロクル=百アブス。
この世界は十二進数のため、実際は(3m×12×12=)432mほど。
・通貨
銅貨、銀貨。
十銅貨(十二進数なので十二枚)=一銀貨




