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#34 いつか来る日のために

 どうして、性的な話をするのが恥ずかしいんだろう。

 海外では、日本よりもオープンなところが少なくない。

 だとしたら、この恥ずかしさは、絶対的な価値観じゃなく、相対的な価値観によるものなんだと思う。

 同じ国の人でも、各個人によって恥ずかしさの度合いが異なるもの……つまり、一般的な価値観をルブルムに教えて、それを基準に行動しちゃったら、もめごと必然な未来につながってしまう。

 恥ずかしさの価値観は人それぞれ。

 それを推し量れるような考え方を教えないといけない。

 つまりさ、性的な範囲に特化して教えるんじゃダメってことじゃない?


 ルブルムは、彼女がアルブムに言ってしまったことでずっと悩んでいた。

 はじめは無表情だと思ったのも、自分を押し殺していたのだとわかった。

 これから先、ルブルムが誰かを誤って傷つけてしまうようなことを防ぐためには……。


「う、うん……えーと、ね、ルブルム。俺はルブルムの勉強のために、こういう話をしているけれど、人によっては、性的な話については、話すことを望まない人もいる。裸を見せるかどうか、というのもそう。自分だけ、家族まで、親しい人まで、同じ村の人まで、同じ地域、同じ国の人まで……人には自分や、自分の親しい人の情報を、話せる範囲ってのがある」


「知らない人の前で魔法を使えることを話さないように、か?」


「それは、身を守るための方法かな。性的な話というのは、それとはちょっと違う……恥ずかしい、とか、共有したい、とか、そういう気持ちの問題なんだと思う。えーと……自分のしていることを伝えたとき、それをしている自分の真意を理解してくれる相手にだけ、誤解されてもちゃんと誤解を解ける相手にだけ、伝えたい、というか……そう、信頼。俺は、他の人には、見せてって言われても見せたくない。ルブルムが学びのために見たがっていることを理解していて、俺が見せたことをルブルムが利用して俺にとって不利益なことをしないという信頼があって、それで初めて見せている。ルブルムが今、そうやって裸を簡単に見せているけれど、世の中にはそういうものを見せられただけでルブルムに酷いことをするきっかけにしちゃう勝手な悪党もたくさん居る。だからこそディナ先輩もルブルムのことを心配していたし、最初、俺のことをあんなにも警戒していた」


 ルブルムの表情が変化する。

 昨晩の、アルブムを傷つけてしまった、と、言ったときの顔。


「……そうか。私は、情報としてしか、考えていなかった。アルブムを傷つけたときのように、ディナ先輩のことも傷つけていたのだな。情報の向こうにある、信頼とか、恥ずかしさとか、理解とか、そういうものが……なかった」


 ルブルムは、ディナ先輩のほうに向いてしゃがみ直す。


「ディナ先輩、ごめんなさい。私は」


「大丈夫だ」


 ディナ先輩は、ルブルムの言葉を遮って……立ち上がり、ルブルムに近づくと、ぎゅっと抱きしめた。


「ボクはルブルムの家族だろう? トシテルが言ったのは、家族じゃない相手に対して気をつけなさい、ということだ。だいたいあの話だって、ボクの方からしたんだ。ルブルムが尋ねてくる前に」


「ディナ……先輩……」


 ルブルムの声にすすり泣きが混ざる。


「ルブルム。失敗を悔やむのは大事だ。誤りを認めない者は成長できないからな。ただ、失敗に囚われてはならない。ボクからすれば、それは後悔ではない。後悔している自分に酔っているだけだ。後悔とは、自分が前へ進むための踏み台なのだ。だから泣きやめ。アルブムのときと、ボクのときとで、共通点を見つけ出し、それと類似したことに未来で遭遇したとき、対処できるように備えるのが、大切なことだ」


「……はい」


 そんなルブルムを見て俺が感じたのは、俺の今の言った内容こそ、ルブルムを傷つけてしまったんじゃないかってこと。


「ルブルム、ごめん。俺の言い方も、ルブルムを傷つけているね」


 ルブルムはすぐに立ち上がり、俺の顔を見ながら顔を上下に振る……リテルの記憶から、これは否定だとわかる。


「トシテルは、いろんなことを教えてくれる。私を傷つけてなんかいない。世界にいくつもある答えのうち、私の知らなかった答えを教えてくれただけ。感謝してる。私がモノを知らないだけなんだ。カエルレウム様の弟子なのに、申し訳ない」


「ルブルムっ……違う。申し訳なくなんてないよ! カエルレウム様は考えるのをやめたらいけないっておっしゃっていた。ルブルムはずっと学び続けるのをやめていない。だから知らないことに出会えているんだ。ルブルムは間違ってなんてないし、申し訳なくもない。俺の立派な姉弟子」


 俺が姉弟子という言葉を言い終わらないうちに、ルブルムは俺に抱きついた。


 一瞬、頭の中が真っ白になっていた。

 なんで?

 この流れで?

 え、でも、なんで?


 俺にしがみついているルブルムの肩越しに、何をどうしていいのかわからず持て余している自分の両手を見つめる。

 ディナ先輩に怒られるかもとか、全身で感じる女の子の柔らかさの衝撃とか、そんな想いがじわじわと俺の中に広がりつつある中、一つの想いが急激に膨らんだ。

 俺が、紳士で居られるのって、ただ単に呪詛のおかげなんじゃないの、って。

 だって、これ、もしもノーマル状態なら、反応不可避でしょ。

 そしたらきっとこんな冷静な対応できていたかどうか。

 俺は、最近、紳士に近づきつつある気持ちにすっかりなっちゃっていた。

 自分の力でもないのに。

 だってさ。

 俺は、ケティに何をしようとした?

 ケティとリテルの気持ちを踏みつけて、未遂とはいえ、自分の欲望を正当化しようとしたんだ。


 元の世界に戻れるかどうかはともかく、いつかは……リテルへこの体を返さないといけない。

 今の俺は、元の世界の人生の……ロスタイムみたいなものなんだから。


 ……ルブルムの肩をつかんで俺の体から離す。


「ルブルム……俺には、どんな質問をしてもいいよ。ルブルムが学ぼうとする気持ちで何でも尋ねたくなることを知っているし、理解しているから。ルブルムの質問で、俺は決して傷ついたりはしない。精一杯答えるから」


 いつか来るその時まで……調子に乗らず、真の紳士として……感謝の気持ちで生きていこう……。


「ルブルム、トシテルのことは信用していいぞ。ボクも、トシテルのことは信じている。呪詛が治ったあと、お前の性的な興奮がルブルムを傷つけそうになったなら、自らそれを切り落としてくれる男だと」


 は、はい。

 そうならないよう、死ぬ気で耐えます。


「しょ、精進します」


 今のラビツ一行追跡の任を終えたなら、次は俺がリテルの体から出てゆく方法を探そう。


「それとルブルム。知識としては性交をすれば孕む可能性があることを知っているとは思うが、子を孕んでいる間、子を産んで間もなくは、行動にも生活にも制限がかかることも覚えておけ。それを支えられる覚悟と、支えることができるだけの資産を持たない男に対しては、性交を許すべきではないし、ルブルムの魅力的な体を見せることで興奮を誘うこともよくはない。精を出したい時期の男は、木の(うろ)を見ても固くする見境なしもいる。そういう連中が欲望のみの衝動で女を襲った挙げ句の言い訳はいつも同じだ。自分が悪いのではなく、興奮させた女が悪いのだ、と。だからルブルム。お前が襲われかけたら、ためらわずに切り落とせ。『水刃』は液体ならばなんでも触媒とできる。触れている液体ならば酒でも血でもなんでもよい。そして切り落とした後にお前が言ってやれ。自分が悪いのではない。興奮したお前が悪いのだと」


「わかった!」


 そういえばあったな、なんかかっこいい魔法。

 『水刃』……あとで俺も教えてもらおう。

 暗器っぽくてかっこいいな……そうそう!

 さっき気付かれにくいって言っていたよね。

 魔法の発動を隠す方法とかあるのかな?


「ディナ先輩……あの、さっき、気付かれにくいっておっしゃってた件ですが……」


「ああ、知っておいた方がいい……が、このままだと体が冷える。もう一度、体を温めろ。外に出てからだ」


 それは確かに……もういい加減、服を着たい。


「タオルとお着替え、お持ちしました」


 タイミングよくノックの音がしたあと、ウェスさんが前室へ入ってきた。

 木の棚に何かを置き、すぐに出ていってしまう。


 俺たちは浴室を出て、木の棚に置かれたタオルで体を拭く。

 うわ、この着替え、ほんのり温かい……そこでハッと気づく。

 その着替えが、さっきまで自分が着ていたリテルの服だということに。

 俺の股間が教材として弄ばれていた間に、洗濯と乾燥までしてくれていたのか……ウェスさん、プロフェッショナル過ぎる!


「ディナ先輩、服が温かいです」


「ああ、浴室で使われる湯は、地下水を窯で温めて湯に変えている。その窯の前に干せば、洗いたてでもあっという間に乾く」


 この世界は、魔法が普通に溢れている世界だけど、寿命を消費するという激渋コストのせいで、日常生活ではそれほど気軽に魔法が使われるわけではないらしい。

 元の世界で抱いていた「異世界」のイメージとはかなり違う……なんかやけにリアルなんだよな。

 でも、そういうものなのかな。


「トシテル。寿命の渦を偽装する方法を思い出せ」


 唐突に、ディナ先輩の講義が再開する。


「はい」


 魔術特異症の二重の渦を、普段は一般の猿種(マンッ)へ偽装している。


「その要領で、寿命の渦から引き剥がして集中した魔法代償部分に対してのみ、正反対の渦を重ねるようにしてみろ」


 言われたとおりにしてみる。

 寿命の渦から一ディエスだけ集中し、同時にその一ディエスに対して正反対の寿命の渦を一ディエス分だけ集中して重ねてみる。

 ……んー……なんか二ディエス分を集中しているように見える。

 ルブルムも同様だ。


「集中してはダメだ。正反対なんだから、拡散というか……ボクの手を握って、感じてみろ」


 ディナ先輩の差し出した右手に、俺とルブルムが触れる。

 俺はもちろん『虫の牙』の傷ムカデを封じていない右手の方で。


「こうだ」


 ディナ先輩の中で魔法代償が集中されるのを感じるが、その集中されている魔法代償が『魔力感知』で全く見えない。


「魔法代償の集中を開始すると同時に、その魔法代償と正反対の渦を作り、重ねる。そして魔法を使用するのと同時にその正反対の渦を解放する。これを熟練すれば魔法代償の集中を悟られずに魔法を使用できる。ただし、正反対の渦がズレていれば相手には魔法代償の集中が見えてしまう。それにこの重ねる制御は、魔法代償量が多ければ格段に困難になるし、魔法の使用とは別制御しなければならない。いかに訓練しても実戦で使用できるのは一ディエス止まりだろう。カエルレウム様でさえ、確実に偽装できるのは三ディエスまでとおっしゃっていた。それにこの正反対の渦は、重ねた魔法代償を消費したと同時に解放するせいか……まあ、使い捨てになる。そういう意味でも使うのならば一ディエス魔法なんだ」


 しばらく練習はしたものの、そう簡単にできるわけもなく、この『魔法偽装』の技術は今後の課題となり、解散に。




 感覚的には、もう深夜よりも夜明けが近そうな。

 さすがに脳みそもクタクタだし、いい感じに温まっているし、俺はベッドに入ってすぐ、睡魔に身を委ねる。

 この眠気、もう『虫の牙』がウゾウゾ動き回っているのも乗り越えられそう……なーのーにー、聞こえるノックの音。

 今から?

 というか誰?

 寝たフリでスルーしたい……けど、曇ガラス越しの淡い月明りの中、ドアが確かに開かれてゆくのを見ると……これ、やっぱり起きなきゃだよねぇ?


● 主な登場者


利照(トシテル)/リテル

 利照として日本で生き、十五歳の誕生日に熱が出て意識を失うまでの記憶を、同様に十五歳の誕生日に熱を出して寝込んでいたリテルとして取り戻す。ただ、この世界は十二進数なのでリテルの年齢は十七歳ということになる。

 リテルの記憶は意識を集中させれば思い出すことができる。

 ケティとの初体験チャンスに戸惑っているときに、頭痛と共に不能となった。

 魔女の家に来る途中で瀕死のゴブリンをうっかり拾い、そのままうっかり魔法講義を聞き、さらにはうっかり魔物にさらわれた。

 不能は呪詛によるものと判明。カエルレウムに弟子入りした。魔術特異症。猿種(マンッ)

 フォーリーの街に来てから嫌な思い出が多いが、修行として受け止めている。

 異世界から来たことをとうとう打ち明け、そして新たな呪詛をその身に宿した。

 夜更しが続いているので、今なら熟睡できる……はずが。


・カエルレウム師匠

 寄らずの森に二百年ほど住んでいる、青い長髪の魔女。猿種(マンッ)

 肉体の成長を止めているため、見た目は若い美人で、家では無防備な格好をしている。

 お出かけ用の服や装備は鮮やかな青で揃えている。

 寄らずの森のゴブリンが増えすぎないよう、繁殖を制限する呪詛をかけた張本人。

 リテルの魔法の師匠。

 『魔法偽装』を三ディエスまで使えるらしい。


・ルブルム

 魔女の弟子。赤髪の美少女。リテルと同い年くらい。猿種(マンッ)のホムンクルス。

 かつて好奇心がゆえにアルブムを泣かせてしまったことをずっと気にしている。

 カエルレウムの弟子を、リテルのことも含め「家族」だと考えている。

 質問好きで、知的好奇心旺盛。驚くほど無防備。


・ディナ先輩

 フォーリーに住むカエルレウムの弟子にしてルブルムの先輩。

 男全般に対する嫌悪が凄まじいが、リテルのことは弟弟子と認めてくれた様子。

 アールヴと猿種(マンッ)のハーフ。壮絶な過去を持つ。


・ウェス

 ディナ先輩の部下。肌が浅黒い女性で、男嫌いっぽい。

 兎よりもちょっと短い耳をしている蝙蝠種(カマソッソッ)


・ケティ

 リテルの幼馴染。一歳年上の女子。猿種(マンッ)

 ラビツに唇を奪われ呪詛に伝染。

 リテルがずっと抱えていた想いを伝えた際に、呪詛をリテルへ伝染させた。

 二人の関係は今ちょっとギクシャクしている。

 カエルレウムが呪詛解除のために村人へ協力要請した際、志願した。


・ラビツ一行

 兎種(ハクトッ)のラビツをリーダーに、猿種(マンッ)が二人と先祖返りの猫種(バステトッ)が一人の四人組の傭兵。

 そのラビツが、リテルのファーストキスよりも前にケティの唇を奪った。

 北の国境付近を目指す途中、ストウ村に立ち寄った。

 村長の依頼で村の近くに出た魔物を退治したあと一晩はお楽しみして、翌日の朝、旅立った。

 ゴブリン魔術師によって変異してしまったカエルレウムの呪詛をストウ村の人々に伝染させた犯人。



● この世界の単位

・ディエス

 魔法を使うために消費する魔法代償(寿命)の最小単位。

 魔術師が集中する一ディエスは一日分の寿命に相当するが、魔法代償を集中する訓練を積まない素人は一ディエス分を集中するのに何年分もの寿命を費やしてしまう恐れがある。


・ホーラ

 一日を二十四に区切った時間の単位(十二進数的には「二十に区切って」いる)。

 元の世界のほぼ一時間に相当する。


・ディヴ

 一時間(ホーラ)の十二分の一となる時間の単位(十二進数的には「十に区切って」いる)。

 元の世界のほぼ五分に相当する。


・アブス

 長さの単位。

 元の世界における三メートルくらいに相当する。


・プロクル

 長さの単位

 一プロクル=百アブス。

 この世界は十二進数のため、実際は(3m×12×12=)432mほど。


・通貨

 銅貨(エクス)銀貨(スアー)

 十銅貨(エクス)(十二進数なので十二枚)=一銀貨(スアー)


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