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#37 乱入

 ウェスさんの顔がさらに近づいている気がする。

 目もとはキツめだけど美人だし、それにいい匂いがする。

 昨晩の経験からすると……これはからかっているとかじゃないんだろうな。


 紳士たれ、俺。


 心を落ち着けて、視界の端でウェスさんの動きに気を配る。

 そうだ。

 寿命の渦の視界も……。


「あの……ウェスさんも魔法を使えるんですか?」


「どうしてそう思った?」


「寿命の渦の形が……」


 『魔法偽装』をしているみたいに、不自然に小さくなっていたから。


「緊張しているのかと思ったが、ちゃんと周囲を見れているようじゃないか」


「き、緊張はしています」


「私は蝙蝠種(カマソッソッ)だぞ? 加えて半返りだ。そんな女に対しても緊張するのかい?」


 こちらの世界では、蝙蝠にどんなイメージがあるのだろう。

 少なくともリテルの記憶の中に、変なイメージは見つけられない。

 ただ、もしそんなものがあったとしても、俺は気にしないし、したくもない。


「俺は、半返りとか先祖返りとか、そういう線引きは嫌いです。俺の可愛い弟も先祖返りですけれど、とっても大切にしています……それに、ウェスさんは……その……美人ですから……緊張はしますよ」


「君のことだ。お世辞ではないのだろう。その言葉はありがたく受け取っておく。だがね、女であることを武器として使う者は、大抵が整った顔立ちをしている。もちろん、意図的に体を触らせたり、嫌がる素振りを見せながら結果的に接触させる者もいる。美人だからとか、胸が触れているからとか、そんな理由で緊張するくらいでは、肝心なときに困るのではないか?」


「……おっしゃる通りです」


「戦場以外では、素直さは武器にもなり得るが、戦いにおいては致命的な弱点となることの方が多い。君は人を信じすぎるんだよ。ニホンでは、君みたいなやつばかりだったのか?」


「いえ、悪党もたくさんいましたし、それに俺自身も……好きになった人に騙された経験があります」


「……そうか……それにしては君は、献身的すぎるようにも感じるのだがな」


「献身的なんかじゃないですよ。屋敷についてすぐの頃は、ディナ先輩の言動には、恐怖も怒りも感じましたし……ただ、カエルレウム師匠から、考えるのをやめるなと教えられてからは、人の行動について、上っ面だけを見て反射的に反応するのではなく、その言動の裏にある意思や想いをも考えるようになりました。そうしたら、ディナ先輩の場合……とても傷ついたいる人なんじゃないかというのを強く感じて……だから耐えられたんだと思います。実際、話していただいた内容は、俺の予想していたような生易しいものではありませんでしたけれど」


「すまないね。単なる直情的な愚か者かと疑った」


「い、いえ。若輩なのも経験や考えが浅いのも事実ですし……貴重な助言、感謝します」


 ウェスさんは急に笑い出した。


「怒らないんだな。君は本当に……」


 そのとき、ウェスさんの手が動くのを感じた……とっさにその手を受け止める。

 ウェスさんが寄り添って居るのとは反対側の手……呪詛の封印されし左手で……ウェスさんはそこに、何かを置いた。

 ひんやりとした感じ……金属? それも筒状の。


「相手が特に意識を引くような動作をした場合、その裏には隠したい別の行動が潜んでいるものだ。目を、耳を、意識を、奪われるものの、外側へ特に気を配ると良いだろう。今の君はそれに気づけはした……と思ったかい?」


 思った。

 まんまと思った。


「ほら、すぐに表情に出る。君は警戒していたと思っていただけ。実際は、ただ待っていただけだ。私が置いたものを何も考えずに握りしめただろう? 刃だったらどうするんだ?」


 そこまでするはずは……ああ、確かにそう考えていた。

 受け取る以外にも選択肢はあったんだよな。

 ウェスさんの手首をつかむとか。


「ご指導、ありがとうございます」


「本当に可愛いな、君は」


 ええっ?


「今、渡したモノの説明をする。命に関わるからしっかり聞いておけ」


「は、はい!」


 今の流した一言、なんだったんだ……というモヤモヤは置いといて、俺はウェスさんの説明へと耳を傾けつつ、手のひらへ渡されたものを確認する。

 金属製の筒……状の容器?

 容器の口には、コルクっぽい蓋がはまっている。


「時には魔法を使えないこともあるだろう。そんなときに役立つものだ。症状としては体が麻痺して硬直し、傷口は壊死してしまう。(やじり)につけてもいいし、刃に塗っても構わない。獣種相手ならば一滴で充分だ。少し粘り気があるが、水にはとても溶けやすい。おまけに熱にも強い。これを溶かした鍋の湯気を吸い込むだけでもかなり危険だ。もちろん、自分の傷口には絶対にこぼすな。皮膚に付着しただけならばすぐに水で洗い流せば爛れる程度で済むが、傷口や口の中へ入れたら最後、取り返しがつかないことになる」


「……毒ですか」


「ああ。狩りには使うなよ。この毒で死んだ獲物の肉ですら、食べた者の喉を悍ましく焼くからな」」


「気をつけます……それと、ありがとうございます。いただいてばかりですみません」


「そうでもないぞ」


 ウェスさんは再びフードを深くかぶり直す。

 ちらりと、また笑顔を見せてもらえた……ような。


「ほら、ディナ様たちが帰ってきたぞ」


 ウェスさんにうながされて馬車から降りる。

 すると遠くの方に、ルブルムとディナ先輩とが見える。

 あんな遠くの足音まで聞こえるのか……しかも馬車の中から……ウェスさん、やっぱりすごいな。




「ト……リテル、マウルタシュ様は寛大なお方だったぞ」


「ウェス、先ずはいったん屋敷へ戻る」


「はい」


 ウェスさんは御者席へと移動し、ディナ先輩、ルブルムに続いて俺も再び馬車へ乗り込む。

 屋敷へ着くまでの間に、今後の予定を先に確認する。

 屋敷で着替えて装備を整えたら、まずは衛兵の詰め所へと行き、マドハトを解放する。

 その脚でロズさんの用意してくれた馬車に乗り、フォーリーの街を出てラビツたちを追いかける……実際、それは滞りなく行われた。

 途中までは。


 屋敷ではディナ先輩が、ルブルムのお母さんかってくらいにルブルムに忠告を色々と繰り返していたし、「どうするか迷う前に殺せ」なんかは五十回くらい言っていたし、ウェスさんは葉っぱにくるんだ携帯用の昼食を用意してくれたし、マドハトはどこのフェスかってくらい飛び跳ねて喜んでたし、ロズさん達にはまたからかわれたりもした。


 用意されていた馬車は、ストウ村から乗ってきた荷運び用の馬車より一回り大きいやつだった。

 こっちは二頭立てで、しかも屋根枠がしっかりと設置されている。

 幌だって、ストウ村の取り外し可能だったのとは違う。

 しかも敷き藁の代わりに座布団のようなもの……座布団よりはクッションかな、匂いからすると中に藁が詰まった袋……が幾つも用意されている所に都会みを感じる。


 でもどちらかというとストウ村の馬車の方がイレギュラーっぽいんだよね。

 ディナ先輩たちが口を酸っぱくして訴えるフォーリー以北の治安の悪さは、北側が危険なのではなく、ストウ村やゴド村のある南側が特別なんだって。

 理由は、寄らずの森があるから。

 自分で働かずに他人の上前をはねて楽して生きたがるクズに限って自分の身が大事だから、たまに魔物が出るような危険な場所には近寄ならい……んだって。

 荷馬車が幌屋根を標準装備なのは、周囲の野盗から中を……荷物の中身や護衛の交代要員などを、窺い知られないようにするため。

 基本的には野菜とか干し藁とかしか運ばないストウ村のとは用途が違うもんな。

 幌屋根外せるのだって、つけちゃうと藁を運べる量が減るからだし。


「リテルさまっ! まだ行かないんですかっ!」


 ディナ先輩が手配してくださった護衛の到着を待っているのだとさっきも説明したんだけどな……マドハトは見るからにはしゃいでいる。

 この様子は散歩を一日休んだ翌日の散歩前のハッタと一緒だ。

 異世界なのに、出会ってから数日だってのに、マドハトの喜んでいる顔を見ているとなぜか懐かしさを感じてうっかり頭を撫でそうになる。

 というか撫でてしまった。

 するとなぜかルブルムが隣に頭を出す。

 これは……撫でろということなのか?


 いったん深呼吸する。

 リテルの記憶の中で、この世界における「頭を撫でる」行為に含まれる意味を探してみると、目上の者が目下の者への親愛の情を表現するものだと分かる。

 だとすると、マドハトはともかく、ルブルムの頭を撫でるのは……アレだよね?

 リテルとルブルムは年齢が一緒だし、カエルレウム師匠のところで最初に魔法講義を受けたとき、隣に椅子を置いて座ったりしたから、勝手にクラスメイトみたいに思ってタメ口できちゃったけれど、よくよく考えてみれば俺にとってはディナ先輩と同様、姉弟子なんだよな。

 昨晩の勉強中、いったん敬語に切り替えたときのことを思い出す。

 ルブルムの強い要望でタメ口に戻すことになったんだけど……ルブルム、けっこう頑固なんだよな。

 自分がこうと決めたらなかなか変えてくれない。

 う。

 ルブルムがちらりと上目使いに俺を見る……わかったよ……。


 俺はそっと右手をかざし、ルブルムの赤い髪の中へそっと下ろした。

 ふんわりと柔らかく、手のひらにルブルムの温度を感じる。

 そのまま何度か撫でる……マドハトを撫でたときとはまた違う、じんわりとした温かいものが胸の奥に染みてゆく。


「へー。いいなぁ。私も撫でてもらおうかなぁ」


 あまりにも聞き慣れた声にビクついた俺は慌ててルブルムの頭から手を離し、声の方向へ勢いよく振り返った。


「おまたせ。私と、こっちのメリアンが護衛だよ!」


 笑顔のケティが馬車に乗り込んできた……目だけ全然笑っていないケティが。


「え? ケティ? ……なんで?」


「なんで……って言う? え? もしかして逢いたいって思っていたの私だけ? それとも来たらなにか困ることでもあるのかな?」


 ケティは俺のすぐ前に膝をつく。

 そして俺の頬に頭をすりつけてきた。


「な・で・て」


「は、はい」


 なぜか勢いに呑まれてケティの頭を撫でる俺……だけど。

 待って待って。

 頭が追いつかない。

 ケティは……呪詛を解除する魔術研究のために、カエルレウム師匠のとこに行ったはずで……え、どういうこと?


「おーや。あたしも撫でてもらわないといけない流れかね?」


 笑いながら馬車に乗り込んできたのは、体が大きく、やけに胸板の厚い牛種(モレクッ)の……角があるから半返りの女性。


「ん? あたしの胸が気になるかい? 副乳を見るのは初めてかい?」


「副……乳?」


「おっぱいが四つあるのさ。あたしたち牛種(モレクッ)猫種(バステトッ)、そこにいる犬種(アヌビスッ)もそうだね。先祖返りや半返りだとおっぱいの数が増えるんだよ」


 そこでハッと気付く。

 ルブルムとケティの俺を見る目……い、いや、おっぱいに夢中なんじゃなく、副乳なんてものを純粋に知らなかっただけで。


「旦那ぁ、お揃いですね。じゃあ、出ますよ」


 馬車がようやく出発したばかりというのに……なんだこの疲労感は……。



● 主な登場者


利照(トシテル)/リテル

 利照として日本で生き、十五歳の誕生日に熱が出て意識を失うまでの記憶を、同様に十五歳の誕生日に熱を出して寝込んでいたリテルとして取り戻す。ただ、この世界は十二進数なのでリテルの年齢は十七歳ということになる。

 リテルの記憶は意識を集中させれば思い出すことができる。

 ケティとの初体験チャンスに戸惑っているときに、頭痛と共に不能となった。

 魔女の家に来る途中で瀕死のゴブリンをうっかり拾い、そのままうっかり魔法講義を聞き、さらにはうっかり魔物にさらわれた。

 不能は呪詛によるものと判明。カエルレウムに弟子入りした。魔術特異症。猿種(マンッ)

 フォーリーの街に来てから嫌な思い出が多いが、修行として受け止めている。

 異世界から来たことをとうとう打ち明け、そして新たな呪詛をその身に宿した。

 ゴーレムを作ることができる紅魔石(ポイニクス)をディナよりもらった。

 ルブルムのことが気になりはじめているし、ケティの合流に動揺もしている。


・カエルレウム師匠

 寄らずの森に二百年ほど住んでいる、青い長髪の魔女。猿種(マンッ)

 肉体の成長を止めているため、見た目は若い美人で、家では無防備な格好をしている。

 お出かけ用の服や装備は鮮やかな青で揃えている。

 寄らずの森のゴブリンが増えすぎないよう、繁殖を制限する呪詛をかけた張本人。

 リテルの魔法の師匠。

 『魔法偽装』を三ディエスまで使えるらしい。


・ルブルム

 魔女の弟子。赤髪の美少女。リテルと同い年くらい。猿種(マンッ)のホムンクルス。

 かつて好奇心がゆえにアルブムを泣かせてしまったことをずっと気にしている。

 カエルレウムの弟子を、リテルのことも含め「家族」だと考えている。

 質問好きで、知的好奇心旺盛。驚くほど無防備。

 ディナの屋敷でトシテルとの距離がぐっと近づいた。


・ディナ先輩

 フォーリーに住むカエルレウムの弟子にしてルブルムの先輩。

 男全般に対する嫌悪が凄まじいが、リテルのことは弟弟子と認めてくれた様子。

 アールヴと猿種(マンッ)のハーフ。壮絶な過去を持つ。

 ゴーレムを作る魔法品をトシテルへくれた。


・ウェス

 ディナ先輩の部下。肌が浅黒い女性で、男嫌いっぽい。

 兎よりもちょっと短い耳をしている蝙蝠種(カマソッソッ)の半返り。

 何につけてもプロフェッショナル。


・マドハト

 赤ん坊のときに取り換え子の被害に遭い、ゴブリン魔術師として育った。犬種(コボルトッ)の先祖返り。

 今は本来の体を取り戻している。

 ゴブリンの時に瀕死状態だった自分を助けてくれたリテルに懐き、やたら顔を舐めたがる。

 リテルにくっついてきたおかげでちゃっかりカエルレウムの魔法講義を一緒に受けている。

 フォーリーの街中で魔法を使ってしまい、三年分の魔法代償徴収刑を受けた。


・ハッタ

 元の世界において弟の英志が拾ってきた仔犬コーギー

 拾ってきたので血統書はないが、純血っぽいと判断されている。

 利照にすごく懐いていた。

 利照が高校へ入学する前に、天へと召された。


・ケティ

 リテルの幼馴染。一歳年上の女子。猿種(マンッ)

 旅の傭兵に唇を奪われ呪詛に伝染。

 リテルがずっと抱えていた想いを伝えた際に、呪詛をリテルへ伝染させた。

 カエルレウムが呪詛解除のために村人へ協力要請した際、志願した。

 リテルとの関係はちょっとギクシャクしていたのだが、再会したときにはなんかふっきれていた。


・メリアン

 ディナ先輩が手配したっぽい護衛。

 体格がよく、角と副乳を持つ牛種(モレクッ)の半返りの女性。




● この世界の単位


・ディエス

 魔法を使うために消費する魔法代償(寿命)の最小単位。

 魔術師が集中する一ディエスは一日分の寿命に相当するが、魔法代償を集中する訓練を積まない素人は一ディエス分を集中するのに何年分もの寿命を費やしてしまう恐れがある。


・ホーラ

 一日を二十四に区切った時間の単位(十二進数的には「二十に区切って」いる)。

 元の世界のほぼ一時間に相当する。


・ディヴ

 一時間(ホーラ)の十二分の一となる時間の単位(十二進数的には「十に区切って」いる)。

 元の世界のほぼ五分に相当する。


・アブス

 長さの単位。

 元の世界における三メートルくらいに相当する。


・プロクル

 長さの単位

 一プロクル=百アブス。

 この世界は十二進数のため、実際は(3m×12×12=)432mほど。


・通貨

 銅貨(エクス)銀貨(スアー)

 十銅貨(エクス)(十二進数なので十二枚)=一銀貨(スアー)


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