第6話
「会いたかったよ。お前は変わらないね」
底なしの闇を思わせる男だった。立ち姿だけでわかる。彼は次元が違う。ツムギの手で全回復したにも関わらず、コトリはその場で立ち尽くす限界だった。背中に冷や汗が流れる。この場でツムギとラストだけが息をすることを許されていた。
「なぜ生きてるのか聞きたいところだけど、それは独房で聞くよ」
「つれないね。可愛げのない女だ。そんなに僕が憎いか」
「憎くないわけがない。あなたは罪のない多くの人を弄び傷つけた。許さないよ、ラスト」
「くだらない」
ラストは吐き捨てた。あまりにも温い思想だ。反吐が出そうなほど。ラストはこういうツムギの甘いところが嫌いだった。
「お前が救うものは本当に価値あるものか? 全て救うなんて無理さ。悪党さえ救わんとするお前は甘いよ。なにかを救うにはなにかを捨てるということだ。
⋯⋯その娑婆っ気のある信念を叩き潰したら、少しは僕の話を聞くか?」
暗く、昏く、冥く。ラストの足元から闇が広がった。空すらも覆い尽くす影。希望を飲み込む絶望の具現化。
ふっとラストの影が消えた。突如としてツムギの眼前に現れた彼。反応すらできなかったコトリは数秒遅れて小刻みに震えた。
ツムギが意志を持った強い瞳でラストを見上げる。
「瞬き一つしないか、見上げた覚悟だ」
「あなたは今度こそ私が捕らえる、覚悟するのはあなただよ」
先手はツムギだった。拳がラストの腹を穿つ。一気に上空まで吹っ飛んだ影を追撃する。聖剣を構え斬撃を確実に叩き込む。
(⋯⋯ラスト、あのとき私が確かに倒したはず。時空の彼方に飛ばされて消滅したはずなのに⋯⋯一体なぜ?)
もともと最終決戦は人間界と魔法界の間に存在する次元の裂け目で行った。常人が立ち入ってしまえば即消滅しかねないその舞台で一騎打ちだった。完全な消滅までこの目で見たのに。
「あのときより魔力が跳ね上がっている。強くなったねキラリブルー」
「⋯⋯まあ、そう簡単には上手くいかないか」
ツムギは剣を構えた。ラストは杖を一向に出さない。彼は両手を上げて首を振った。
「そう本気になるな。今日は様子見さ」
「わざわざ出向いたのにそれはないでしょ?」
「爆破魔法の彼、そんなに救うべきものだったか?」
街の上で対峙するふたり。突然の問いかけにツムギは目を見開いた。ラストは愉快そうに地上を指差した。
「民間人を傷つけ、魔法少女を追い詰めた。味方を嬲る敵をそれでも許そうとするのか」
「許す訳じゃないよ。それでも事情があったなら、」
「事情があったならヒトを傷つけていいと?」
ツムギは息を詰まらせた。心の裏側を爪で引っ掻いてくる不快感に顔を歪める。
「お前は強いよキラリブルー。けど全てを救おうだなんて思うな。切り捨てろ。命を選別しろ。それが強者の努めだ」
「〜〜ッ!!! みんなを傷つけたその口で! ものを語るな!!」
「逆上するなよ、ほら見ろ」
聖剣を避けたラストは上を指さした。バララララ⋯⋯!と報道ヘリが唸っていた。レポーターの持つカメラがキラリと反射する。
『私が目にしているのはまさしくキラリブルーです! 引退した伝説の魔法少女が敵と対峙しています!
あれは⋯⋯まさかアンドジ・エンドのボスでしょうか!? かつてキラリブルーによって倒された魔王が、陽の目を浴びています!』
「お前の高校生活は終わりそうだな、日花里ツムギ」
「誰のせいだと⋯⋯ッ!」
剣を握る手に力がこもった。ツムギは目の前の敵を睨みつけ、再度聖剣を振り上げる。
風圧から違った。音速を超えた激闘のリズム。最強同士の死闘が始まる。
「結局あなたは何が言いたいの!」
魔法の詠唱も無しに避け続けるだけのラストは、目を細めてとんでもない事を口にした。
「キラリブルー。共に世界を正さないか?」
「⋯⋯なにを」
衆愚は僕に従っていればいい。そうラストは言った。凡人は一握りの天才に従っていれば幸せになれる。それは鈍い頭で考えるよりずっと楽で最前の道だ。
差別主義、理想主義、そしてリアリストであるラスト。その答えにツムギは理解ができなかった。
「僕たちは強者だ。人間界と魔法界に秩序を築こう。悪党をこの手で排除し、善人だけの世界を作るんだ」
「⋯⋯破綻してるね。そもそもあなたが悪人だよ。そんな話乗るわけないじゃないか」
「僕の正義が君にとって悪なように、君の正義だって誰かにとっては悪さ。ようはどこまで割り切れるかだよ。正義のためには犠牲は必要だからね」
ツムギの脳内に過ぎるココロの告白。アンドジ・エンドは両者の世界の秩序だった。魔法界の砦である彼らを、自分は滅ぼした。
「あなたは、私を恨んでいないの」
「恨む恨まないじゃない。僕は僕の理想のために生きていて、邪念に取り憑かれている暇はないんだ。
まあ僕の理想郷を邪魔するなら、次からは容赦しなくていいね」
既に避難は済んでいる。ツムギが全力で備える。
禍々しい杖を天に掲げ、邪悪な力がラストの身に満ちたとき――――赤いシルエットが現れた。
「ラスト!!!」
ルビーの瞳が憎悪で染まった。張り裂けんばかりの叫びに、ラストは機嫌を良くした。変身状態のココロは怒りで拳を握りしめ、ツムギの隣に現れたミツルは静かに敵を射抜いている。
「やあココロ、それから妖精くん。仲良くはしてくれなさそうな顔だね」
「誰がお前なんかと⋯⋯!」
「それから魔法少女のみんなも」
怯えを押し殺してコトリが立ち上がった。その場には魔法少女数十人が既に現着している。そのほとんどが最終局面にてツムギに協力した者たち。
「さあ大人しくして、あなたは包囲されてる」
「馬鹿だねキラリブルー、お前と俺の戦いなら彼女たちはお荷物であるのに」
ラストは目尻の古傷を撫でた。この身に刻みつけられて焼かれてズタズタに切り裂かれた魂の形。
「戦争は近いよ。せいぜい準備したまえ、魔法少女たち」
鴉のようなコートを翻したラストが消えていく。ツムギを主導に一斉に攻撃する魔法少女たち。しかし手応えはもうなかった。その場には影ひとつ残っていなかった。
この一件は世を揺るがすニュースとして世界中に放映されることとなる。
「〜〜ッ!!!」
血が滲むほど唇を噛み、腕を振り下ろすツムギに周りの誰も声が掛けられなかった。
魔法少女の決定的な敗北が、この歴史に刻まれることとなる。
◇◇◇
『速報です。つい数ヶ月前、人間界を滅ぼそうとし侵略を企てた魔法界のアンドジ・エンド。その倒されたと思われていたボスが今日15時頃、東京都花泉市に現れました』
『現場は引退した伝説の魔法少女キラリブルーの登場により事なきを得ましたが、取り逃したようです』
『こちらがWMOの会見です』
テレビの画面の中では激しいフラッシュが焚かれていた。マイクが置かれた白いテーブルの前に座るスーツの重鎮たち。局長と思われるアジア系の女史が口を開く。
『私たち国際魔法機関は、世界の皆さまの安全のため、再度アンドジ・エンドの首魁たるラストを討伐します。現在は残党への聴取、魔法少女の再編成を行っている所存です。一刻も早い人間界の平和を祈ってこれからも活動して参ります』
記者の質問が始まった。ほとんど詰問の域だった。
――――ラストはかつて伝説の魔法少女、キラリブルーが討伐したはずでは?
『こちらとしてもイレギュラーでした。二度同じことがないよう当局の全霊をもって努めさせていただきます』
――――このようなことも予測して対策するのがその努めじゃないでしょうか。
『予測、対策には限りがあります。物資も戦力も足りない中、それでも今回【最悪】に至らなかったのは一重にキラリブルーのおかげです』
――――ラストが復活したのは【最悪】ではないと?
『今回の死傷者はゼロ。最悪はあの場で為す術なく民間人が殺されていたことです』
――――引退された魔法少女キラリブルーは現在高校生として生活中のようですが、引退させることは間違いだったのでは?
『キラリブルーは今後魔法少女として再起用する方針で進めています。魔法少女の戦力不足を補ってもらう形です』
事情聴取が終わり、ツムギは花泉警察署の待合室で呆然とテレビを見つめていた。ミツルが声をかけようとするのを、ココロが睨みつけて止めた。こちらに近づく足音に気づいたからだ。
「っツムギ!!」
「⋯⋯⋯⋯ママ⋯⋯」
青髪を振り乱したミナミは自分の娘を腕の中に閉じ込めた。ツムギは脱力したままで抱きしめ返すことも出来ない。今だけは世界が真っ白に見えた。
リモコンが見当たらなかったため、ココロがテレビの配線を切った。この二人の世界に雑音はいらなかった。
「がんばった、がんばったわね⋯⋯! ツムギ、もう十分がんばった⋯⋯!」
「ママ、わたし⋯⋯がんばった?」
「うん、とってもがんばったわ。ママなんにも出来なくてごめんね⋯⋯ッ!」
「そんなことないよ⋯⋯」
ミナミの流れ出る涙がリノリウムの床に落ちた。ツムギは涙腺が潤むことすら出来ない。泣いていいのか、泣く権利があるのか、それすらもわからない。
だって、ヒーローは泣かないから。
「なんで、ツムギばっかりこんな目にあうのかしら⋯⋯、ねえツムギ、ママテレビ見てすごく酷いこと思ったの。あなたがもう、魔法少女をやめてくれたらって⋯⋯⋯」
「、え⋯⋯」
「酷い親よね。最初は応援してたくせに、今笑わなくなってるツムギを見て、もういいんじゃないかって思った」
なにもできない自分が悔しかった。娘に守られる民衆が憎かった。そんな中の一人である自分が嫌いになった。母親のミナミは、娘に守られることを良しとしない。
「ダメだよ、ママ」
天使のように優しい声だった。ツムギは腕から抜け出してミナミのお腹に縋った。急いで来たのだろう、エプロン姿のままだ。
「私ね、みんなの為に戦うことが好き。みんなが笑顔になるのが好き。だからね、私は魔法少女に戻るよ」
高校生として自由に生きること。憧れてたこと。それら全てを投げ打っても、一人の少女の人生より救うべき価値がこの世界にはある。
「〜〜ッそんな価値ないだろ! こんな世界、なんでお前が助けなきゃいけない! 子供に押し付けんなよ! 他の大人がやれよ! なんでツムギも、ツムギの母さんも、こんな思いして⋯⋯」
ココロが顔を真っ赤にして叫んだ。その言葉にミツルがぽろりと涙を零した。
ツムギが立ち上がって笑いかける。広い待合室は窓ガラスから夕日が射し込んでいた。白陶器の肌がサッとオレンジの艶やかさを帯びる。
「ねえココロ」
救世主。それは世界のために命を燃やすためのもの。効率化されたヒトの最先端。全人類を乗せた列車のガードレール。
ツムギは泣いていた。ただひとりの為に涙を消費していた。その潤んだ真珠はどんな札束にも変えられない。
「私、どうやったらラストを救えると思う?」
許せるわけない。罰は必要だ。それでもツムギは⋯⋯否、キラリブルーは彼に悔い改めて欲しいと思う。
ココロはそんな彼女にゾッとした。救済の権化と化したキラリブルーは目に見えるもの全て、宿敵すらも拾いあげようとする。
憎悪と怒りすら無に帰して、世界の歯車となる。
だって、救世主は【みんな】を救わなくてはいけないのだから。
歪む。歪む。歪む。心の傷口が広がっては膿んで、消毒では間に合わない。




