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第5話

 矢見コトリは医者の父と看護師の母から生まれた。

 富裕層であり容姿端麗、運動能力もテストの成績も満点。幼い頃から欠点など何一つない。周りからはちやほやされて当然。唯一無二の完璧な乙女、それこそがコトリだった。

 転機は三年前、ある毛玉に出会ってからだ。


 『あたしの隣で、魔法少女やってよ!』


 毛玉の名前はモフリンと言った。陳腐な名前ね、とコトリが思ったことを言うと噛み付かれたので捨てようかと思った。そのモフリンとか名乗るちんちくりんは、少女にアイアンクローをされながらモガモガ話し始めた。

 

 曰く、コトリには常人より多くの魔力があると。

 曰く、その力は正義のために振るわれるべきだと。

 曰く、故に魔法少女として戦ってほしいということ。


 コトリはいくつか疑念が湧いた。手を離してモフリンに問いかける。

 

 『なぜ貴女は敵対してる世界の人間に付くの?』

 『そういう【使命】だから』

 『使命ってなにかしら』

 『妖精は魔法少女といっしょに戦い悪を倒す。昔からの取り決めさ!』

 『そんな封権的な決まりだけで私を選んだの? 残念だわ』

 『ちっちが! あたしはあんたの、【完璧】なところが気に入って⋯⋯!』


 その言葉に機嫌を良くしたコトリは、毛先を弄りながらゆっくりソファに腰掛けた。苛烈な王妃の気風。


 『いいわ、魔法少女やってあげる。ちょうど飽き飽きしてた頃だしね』

 『ほんと? やったあ! よろしくコトリ!』


 あの日、あの手を取ったのは果たして正しいことだったのか。もっと最善で温い道があったんじゃないか。

 そう考えでも、己が歩みを止めることはない。





 ◇◇◇





 「魔法少女ロイヤルパープル! 現着しました!」


 住人の悲鳴が広がるビル街。敵の狂った笑い声が響いていた。コトリが現場に到着すると同時、赤が膨れ上がる。正確には中規模の爆発。敵の火の粉で目が開けられず攻撃に移行できない。無闇に攻撃を振りまいて味方に当たったら大惨事だ。


 「シャハハハハ!! 我が爆破魔法はどうだ魔法少女たちよ! これでこんがり丸焼きにしてくれるわ!」

 「くっ⋯⋯爆発のせいで近づけない」

 「水魔法が足りないよ⋯⋯っ!」

 「誰か遠距離系魔法得意な子居ないの!?」

 「治癒魔法急いで!」


 ヴィランは無差別に爆破を繰り返し、辺りを八大地獄へと変えていた。敵の体躯は一戸建てほどのサイズであるため的は大きい。しかし周囲に爆破の粒を纏っており、攻撃の前に爆破で撃ち落とされるだけ。ジリ貧に追い込まれる魔法少女たち。

 パープルは得意の防御魔法で対爆発シールドを展開。少ない魔力だから範囲は狭いし硬度は低い。しかしどこまでも正確に敵の爆発を防いでいた。

 トップレベルの魔法少女ですら息を飲む精細な技術。少ない魔力故の一切の無駄のなさ。


 「私が援護します! 皆さんは攻撃を!」


 盾の魔法少女。同業間で囁かれるロイヤルパープルの二つ名は、文字通り皆の守護者となる。

 しかし、コトリの隣のモフリンは嫌な予感がしていた。敵はレベルファイブ、最上級の強敵。No.2魔法少女の呼び声も名高いキューティイエローの光線も、避難が完了してなけば本領発揮することも出来ず。

 魔法少女たちは歯がゆい思いで地に伏せていた。敵の不快な叫び声がコトリの頭蓋の裏をガンガン叩く。


 「こんなものか魔法少女! キラリブルーの伝説はこれじゃ眉唾物だな! シャハハハハ!」

 「私の友達を、バカにしないで⋯⋯!」


 立ち上がったシルエットは向日葵の色。キューティイエローのまっすぐな瞳が敵を射抜いた。その目の先には思い浮かぶ友人の姿がある。

 この場にいるトップクラスの魔法少女はイエローのみ、救援はまだ時間がかかる。


 「あ? お前ナンバーツーとか言われてた奴か。雑魚共気にすることなきゃ俺に少しは傷を負わせてたかもな。哀れなこった」

 「〜〜ッ!!」


 激闘が始まる。魔法少女のステッキが振り抜かれた。しかし敵の反応の方が早い。火薬の臭いが一瞬掠めて、黒い手のひらからカッ!と閃光が迸った。


 「イエロー!」


 周りから悲鳴が上がる。目を塞ぐもの、背けるもの。希望の象徴の墜落を目の当たりには出来なかった。


 「ぐっ⋯⋯⋯ッ!」

 「つまんねぇや。もういいぜ」


 魔法少女の肢体を片手で握り、ぐぐ⋯⋯と力を込める敵。イエローの骨の軋む音、口端から溢れる鮮血。

 そのとき、敵の巨体を突き刺す杭が降ってきた。ほとんど棘みたいな、ちっぽけな飛び道具。コトリのただでさえ少ない魔力は底が見えていた。


 「⋯⋯――っその人を、離しなさい」


 ぜぇ、はあ。パープルの呼吸が荒い。激しい運動後で気管支が急激に弱まっているからだ。中学三年生から発病した喘息症状。日常生活に問題はないが魔法少女としての活動時間は大幅に減った。もう【みんな】の望む完璧じゃなくなった。

 

 (違う⋯⋯⋯最初から、私は完璧なんかじゃなかったのよ)


 根本的な魔力の少なさ。キラリブルーの台頭。気管支の弱さ。挫けそうなときは何度もあった。守りたいものとか無いくせに、なんで私は頑張れたんだろう。


 『コトリ、魔法少女を辞めなさい』


 思い出すのは父の声。あれはきっと医者としての意見とだけじゃなくて、親としての心配だった。


 『なっなんで! 私まだやれるわ! 途中で投げ出すのはよくないって、あなたたちが教えてきたことでしょう!?』

 『それとこれとは話が別だ。これ以上身体が壊れたらどうする』

 『完璧じゃないから?』


 完璧じゃなくなったから、これ以上無様を晒すなってこと? コトリは震える声で言った。


 『ああそうよね、わかっているわ。足手まといだもの。ええ』

 『コトリ、』

 『⋯⋯⋯でも私、諦めたくなんかない』


 だって、自分だけ背中見せて逃げ出すなんてできないもの。

 同胞の少女たちの懸命な勇気を見て、モフリンのサポートに励まされ、市民の応援に力を貰って、そうしてやってきた。

 やっぱりコトリが守りたいもののなんてない。けど、守るべきプライドがある。私は私のために戦う。


 (私は己が弱いことを知った。私は強くないし、完璧なんかじゃない)


 けれど。


 (私はいつもここで戦うことを選んだ! それだけは変わらない!)


 限界を振り絞る。魔力を高め、身体許容量を超える魔法を展開。せいぜい数秒の足止めだけど、代償は重い。

 ビシリ。コンパクトにヒビが入る。身体中が軋むように痛い。


 祈り手を組むロイヤルパープルは光り輝き、悪しきものを近寄らせない。

 それは教義。魔力は血。肉は鎧。魂は巡り、宿り、境界を越え奇蹟を呼び覚ます。


 「ヴァイオレット・エスパーダ」


 ―――御業。空に召喚された膨大な数の大剣(クレイモア)が敵を切り裂いた。刺し、斬り、貫き、意識が保つままに剣を操る。

 鼻血が唇に垂れてきたのを舌で拭って、瞬きすら忘れ舞台に集中する。


 「もう、いっぱつ⋯⋯⋯!」

 「パープル! 待って! 取り返しがつかなくなる!」


 モフリンが叫んだ。

 パープルは笑った。

 

 私って、本当に馬鹿ね。向いてないくせに泥臭く必死になっちゃって。魔法少女なんか諦めて勉強とか容姿とか、そっちに振り切っちゃえば楽だったのに。これだから変な噂なんか出るんのよね。

 いいなあキラリブルー。日花里ツムギとかいったかしら。貴女がくればみんな安心するわよね。

 いいなあ、いいなあ、いいなあ。私、貴女に嫉妬してるのでしょうね。


 (でも、貴女の努力と苦悩も知らず嫉妬する私が一番醜い)


 朦朧とする意識の中、逃げ遅れた子供が瓦礫の隅で縮こまっているのが見えた。

 爆破の衝撃でコンクリートが揺れ、歪み、男児に直撃する――――はずだった。


 「だい、じょうぶ」


 それで終わり。瓦礫を剣で吹っ飛ばし、彼の命を救ったのでもう限界だった。精神の話ではない。肉体と魔力の崩壊が理由だった。


 (傷でぼろぼろで、髪も乱れて、完璧に固執してた私が見たらどう思うのでしょうね)


 最後に苦笑する。もう目は見えなかった。

 ああでも、代わりにひとり救えたかららもういっか。


 「――――諦めないで!」


 そこに、青い光が降ってきた。宝石のティアラにたっぷり実ったツインテール。煌びやかな戦闘用衣装はみんなの憧れ。愛を宿す瞳はだれより輝く。

 無敗の象徴、伝説の魔法少女キラリブルーが現着した。


 「大丈夫だよパープル。みんなあとは任せて」

 「お前! まさかキラリブルーか!?」


 ロイヤルパープルの大剣を食らった敵が立ち上がった。これでほとんどダメージを負っていないのが恐ろしい。それを気にすることなくキラリブルーはパープルに治癒魔法を行使した。

 一瞬ですみずみまで行き渡る清廉かつ高純度の魔力。傷のひとつも見当たらない。意識を取り戻したパープルは目の前の光景にか細い悲鳴をあげた。


 「なんで、あなたが⋯⋯!」

 「ごめんね、でも私がいかなきゃ」


 語尾は躊躇いを孕み震えていた。そこにいるのはキラリブルーではなく日花里ツムギだった。

 私の救い方が間違ってるかもしれない。また誰かを傷つけるかもしれない。そんな恐怖に押しつぶされそうになっても、ツムギはここに来ることを選んだ。


 「よくぞ来たキラリブルー! 俺の力を試させてもらおう!」


 それはプロミネンス。太陽の眷属。今までの攻撃が生温いほどの爆発がツムギに向けられて、辺りの魔法少女が目を瞑ったとき。

 ツムギはゆっくりと、剣を鞘から抜いた。

 

 ――――(ざん)!!!


 爆発という事象が、ツムギの聖剣によって断ち切られた。これこそが因果と概念を断絶するツムギの特質的魔力。この反則がツムギを最強たらしめる要因のひとつ。


 「さあ行くよ」


 跳躍。空飛ぶツムギに向けて爆発のガトリングが撃ち乱れる。回避回避迎撃回避斬撃斬撃斬撃。確実にカウンターを叩き込む。目まぐるしい戦闘のワルツは完全にツムギが主導権を握っていた。


 「やっちゃえ、ブルーエクスカリバー!!!」


 それは天の偉業。聖剣が唸る。蒼い光があたりを反射し、一瞬にて街が咆哮した。最強の名を冠した魔法少女は、文字通り次元が違う。なにをしたのかすらも分からない。

 

 パープルがまばたきしたあと、そこに居るのは地に倒れ伏した敵の姿だった。

 勝った、と誰かが零した。助かった、と誰かが涙を零した。わああああ――!!! 声援と拍手が喝采となって街を包む。


 「勝った! 勝ったんだ!」

 「よかった⋯⋯ああ、嗚呼!」

 「キラリブルー! ありがとう!」


 しかし本当の戦いは終わらない。ブルーはすぐさま救助者を助けに向かい、皆の傷をどんどん癒した。全ての魔法に秀でる彼女は治癒魔法だってだれより上手だった。

 市民を見送り、魔法少女も警察に報告後各々解散というところ。意識がないまま警察によって拘束され、魔法の檻に入れられた敵を、ツムギはじっと見つめていた。


 (また、私は敵を傷つけた)

 (街のみんなと魔法少女は救われたけど、あの人は救われてない)


 ああ救われない。救われない。救われない! 世界を隔てたあの人たちが救われない!

 私がみんなを救わなくちゃいけないのに、なんで私は傷つけることばかりしてるの?


 正義が歪む。救済依存は加速する。

 ぐっと拳を握り込むツムギを、パープルが心配した顔で駆け寄ろうとしたとき。


 「や、久しぶりキラリブルー。お前は変わらないね」


 知覚と迎撃は同時だった。前戦より火力の高い斬撃を食らわせるのは必然。

 男のマントが切り裂かれ、その顔が顕になった。聖剣をもろともしない力、嘲笑うような声色、この世の絶望を煮込んだ瞳、黒光りする角。


 「――――ラスト! なんであなたがここにいる!」


 にぃ。悪魔のように男の口に三日月が描かれた。

 アンドジ・エンド社のボス、ラストがそこにいた。

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