第4話
「⋯⋯朝に話を戻すが、そもそも俺を誘拐したのはアンドジ・エンドじゃない。魔法界のブローカーだ」
昼下がりの日差しがガゼボの影との境界線をじりじり焼いていた。裏庭に人はほとんど居らず、防音魔法を掛けたのは念の為であった。
話を続けながらココロは耳のピアスを弄った。不安なときの仕草だ。
「魔法界は人間界とさして変わらない。善人はいるが悪人だっている。俺が目をつけられたのはそういう奴らからだ。⋯⋯で、ブローカーから俺をアンドジ・エンドが買い取って、洗脳調教されたって訳だ」
ツムギは言葉が出なかった。ココロが淡々と語るのは悲壮感を出さないためだろう。優しい彼女ならきっとまた優しい言葉をくれるが、それに甘えていたくはなかった。
「⋯⋯ツムギにこんなこと言うのは酷だが、数ヶ月前の時点で魔法界は異様に荒れてる。人間界からの誘拐、悪党の世界進出。魔法警察はろくに使えない。どう考えても上が腐ってるとしか思えない」
「それで魔法少女の負担が増えてるってこと⋯⋯?」
ツムギは恐る恐る聞いた。隣のミツルはつまらない顔で寝こけている。
「ああ。世間は魔法少女の増加を後押ししてる」
「じゃあなんで魔法少女と隔離されてある魔法界は荒れてるって?」
「⋯⋯⋯そこは関係がない訳じゃない」
そこでココロは目を伏せた。怜悧な美貌に影が射す。後悔と懺悔をグッとこらえて少年は吐き出した。
「魔法界が荒れている理由、悪党が増加している理由、魔法犯罪の横行が無視される理由、
それはアンドジ・エンドが崩壊したからだ」
「――――え?」
内臓が空っぽになった心地に見舞われた。ツムギは真っ白な顔をして固まった。口の中が一気に乾く。ココロの焦りを帯びた声すら耳から耳へとすり抜けていた。
「⋯⋯⋯続けるぞ。⋯⋯そもそもアンドジ・エンドのルーツは自警団だ。クズの集まりだが、生まれて数年ほどは自分たちなりの正義で魔法界へ悪さをする侵入者を裁いていた」
「過激になったのは1年前。ある人物が発端だ」
曰く、ひとりの魔法少女が世界の均衡を崩した。
その乙女は人間界一の戦闘力を有し、人間界に侵入する悪党を何百も打ち倒した結果、魔法界から恐れられることとなった。
そこで白羽の矢が立ったのがアンドジ・エンド。彼女との話し合いを魔法警察から命じられた。
「それって、もしかして」
「⋯⋯⋯そう、お前のことだ。魔法少女キラリブルー」
話を続けよう。ココロが前髪を払った。
「アンドジ・エンドはできれば平和的に終わらせるつもりだったんだろう。あちらとしても無駄な戦力を潰したくはないからな」
ツムギは震えていた。悪寒と吐き気が止まらない。断罪を待つ死刑囚の顔色だった。
だって、こんなの、覚えがありすぎる。
「⋯⋯先に言うが、ツムギは悪くない。汚い大人の責任だ」
「私刑で人間の悪党を打ち負かすアンドジ・エンド。私刑で魔法界の悪党を打ち負かす魔法少女。構図は似ていた。少しだけでもわかりあえるはずだったんだ」
「だが、人間のお偉いさんはゴーサインを出した。『悪の秘密結社が人間界を滅ぼそうとしている』ってな」
「それで、わたしが、アンドジ・エンドを」
ツムギは足元がガラガラ崩れ落ちる錯覚に陥った。今までの戦闘記録が次々に思い浮かぶ。人となりを見極めて戦ってきたつもりだった。それでも、罪は湧いてくる。
「アンドジ・エンドは自警団とはいえ子供を買って洗脳して兵士に仕立て上げる山賊だ。いつ滅ぼされてもおかしくない悪党だった。だからツムギが気に病む必要はない」
「でもアンドジ・エンドを倒したから! 私は世界間のバランスを崩した! 今も魔法界は不安で怯えてる!」
人間界の魔法界への侵攻が始まっていた。長年のタブーが破られて捨てられている。いま魔法少女が魔法界の悪党と戦う構図は、強者が弱者を追い詰めているのと一緒だ。
つまり、アンドジ・エンドが世界間のバランスを保っていた。ツムギがそれを倒したせいで魔法界は崩れてきている――――というまとめだ。
「そんな、私はその事実を今まで知らなかったってこと⋯⋯?」
「人間界は情報封鎖がかなり敷いてある。上層部を除いて知る人間はほとんど居ない」
「私は、一体なんのために戦ってきたの⋯⋯?」
【みんな】が笑顔になれればいいと思った。悲しいことが減って、おなかいっぱいになって、ありがとうが増えればいいと思った。それだけだった。
でも、その【みんな】には魔法界の人達は含まれてなかった。
「う、ううっ!」
胃がひっくり返る。黄色い胃液が喉を焼いて、白のスカートを汚した。ツムギは涙混じりに咳き込んだ。
「ツムギ!」
黙っていたミツルが背中を摩る。ココロは防音魔法を解き(この事を伝えるのは早かったか)と後悔した。
「は、博士のところに」
「まずは保健室だろ!」
ココロは制服が汚れるのも厭わず、ツムギを抱き上げて急いだ。
負けるなよヒーロー、その光だけは失うな! 救済された者として、未来を与えてもらった者として、ツムギが沈んでいくことだけは耐えられなかった。
◇◇◇
ツムギが目を覚ますと、アルコールの匂いが鼻を掠めた。鈍麻した身体と処理に追いついてない頭。ツムギが上体を起こしたとき、ベッドのカーテンがシャッと開いた。
「ごきげんよう魔法少女キラリブルー。機嫌はいかが?」
それは紫の髪をした少女であった。制服は同じ白のワンピースに一年生の色付きリボン。前髪が長くてわかりにくいが、よく見るとものすごく綺麗な顔立ちをしていることがわかる。
「えっと微妙です。それであなたは」
「私は矢見コトリ。魔法少女ロイヤルパープルよ」
同業と言っても、天と地の差があるけれど。
そう自嘲したコトリと名乗る少女に、ツムギはクラスメイトの最後のひとりであることに気づく。
「今は14時37分。お昼休みはとっくに終わっているわ。体調が戻り次第授業を受けなさい」
「矢見さんは授業受けないの?」
ぽんと出た疑問だった。口を滑らせたか、と動揺するツムギにコトリは静かに答える。
「受けないわ。そもそも高校生の範囲は履修済だし、あの場にいても楽しくないもの」
「それは、あの噂?」
「あなたに言う必要があるかしら」
「ご、ごめんね⋯⋯⋯えっと、赤と黄色の髪をした男の子見なかった?」
コトリは無言でカーテンの向こうを指を指した。見ればこちらを恐る恐る覗く二対の少年。
「うるさかったから黙らせといたわ。保健室のマナーも守れないなんて、あなたあの二人にどんな教育してるつもり?」
「申し訳ない⋯⋯」
「謝らないで頂戴。英雄が易々頭を下げるとむず痒くなる」
来ていいわよ。コトリの一言でココロとミツルはツムギのそばに寄った。ふたりとも上手い言葉が見つからないようでモゴモゴしている。
「⋯⋯まず、体調はどうだ」
「結構回復したよ。多分もう動ける。これでも元魔法少女だからね」
「お、お腹痛くない? ツムギ、怖いことない?」
「大丈夫だよミツル」
金髪の頭をさすって、体操着姿のツムギはベッドから下りた。洗濯機が回るにすでに洗い落としてくれたようだ。
「三人ともありがとう。不甲斐ないところ見せちゃったね」
「⋯⋯お前が不甲斐ないと思ったことはない」
「んーん、ツムギが元気になったならいい!」
「三人? おかしなこというのね。私は何もしてなくてよ」
澄まし顔のコトリにツムギはキョトンとした。涙のあと浮かんだ皮膚の擦れ。
「え、だって私が起きたときカーテン開けてくれたじゃん。それって音とか気にしてないとできないことだよね? ありがとう矢見さん」
コトリはボッと赤くなった。耳から足までトマトの色をしている。案外単純な女だな、とココロは毒にも薬にもならないことを思った。
「べ、別にいいわよ。まあ救世主サマの有難いお言葉、特別に受け取っておくわ」
するとカーテンの奥から壮年の養護教諭が「そろそろ⋯⋯」と声をかけてきたので、ココロとミツルは教室に戻ることになった。そもそも付き添いというだけで授業をサボれるのがおかしいのである。(ツムギのそばにいる!とミツルが駄々を捏ねていたためココロが引き摺っていった)
ツムギはまだ安静に、ということで今日いっぱいは様子見だ。また布団を被って大人しく寝ようとしたそのとき。
【魔法少女要請 魔法界要請】
【ハザードレベル・V】
【現地の魔法少女はただちに画像の地点まで急いでください】
甲高いアラーム音がコトリのスマホから鳴った。緊急要請のサイン。ハザードレベルは最上級、つまりトップクラスの魔法少女数人がかりの敵の出現だ。
コトリはコンパクトを開いて即座に変身し、窓を開いて飛び立とうとした。
「もう行くわ。またね」
「待って、私も行く!」
「やめて! 来ないで!」
悲痛な叫びだった。魔法少女ロイヤルパープルの後ろ姿は、小刻みに震えていた。ツムギのコンパクトを開ける手が思わず固まるほど。
「頼むから、来ないで。私と他の子たちでやるわ。貴女は安静にしていなさい」
体調と魔力は密接な関係にある。弱体化したツムギでも十分な戦力にはなるが、コトリは病人を無理に動かしたいわけではないらしい。そもそもツムギは魔法少女を卒業した身、コンパクトは博士に作ってもらった私物だ。性能は本物より落ちる。
でも、コトリの本心はそこではないことにツムギは気づいていた。
「待って、矢見さん!」
ツムギが窓のへりに駆け寄るも、コトリはすでに小さいシルエットになっていた。
「ッ私も」
コンパクトを開ける。キラキラな宝石のシャワーを浴びて変身完了と共に、ツムギの脳裏にはココロの話が残っていた。
(私は浅はかな判断で敵だった人達が守りたかったものさえ追い詰めた。そんな私が、また戦いに出る? また誰かを傷つけるだけかもしれないのに?)
「わ、たしは⋯⋯⋯」
合理的判断を下せ。感情を飼い慣らせ。今すべきことを考えろ。味方の死人が最も少なくなる選択肢はなんだ。
戦闘の回避? いいや違う。その手に武器はあるはずだ。知恵も力もある。このままじゃ本当に守りたいものすら取りこぼすぞ。
「⋯⋯⋯行こう。私がみんなを、救わなきゃ」
その【みんな】には、誰が含まれてるの?
なんて心の内側の呟きは誰にも聞こえなかった。
日花里ツムギは救わずには人をいられない。それは一種の強迫観念だ。救世主として祭り上げられた聖女は、ただの女の子には戻れない。




