第3話
泣く泣くツムギと別れたミツルは、背中を丸めてB組の教室へと入っていった。その姿を見送って、ツムギはココロに向き直った。聞きたいことはまだまだある。
朝日に照り返された壁に背を寄せて、ココロはふっと顔を緩めた。
「⋯⋯また会えたな、ツムギ」
「うん、会えて嬉しいよ。ココロ」
思えば初対面は最悪だった。意味もなく街へ攻撃を繰り返す仮面の敵、それがハデス改めココロだった。かつてのココロはアンドジ・エンドのボスにより深い意識の混濁にあった。内に潜む悪意を取り出され、ボスの思いのまま動かせる人形にされていた。
だが最後にはツムギのおかげでココロの中の勇気を振り絞り、共にボスを倒したという功績がある。ツムギはココロを戦友のように思っていた。
ツムギは防音魔法と幻覚魔法を張る。簡単な魔法ならコンパクト無しに使える。それくらいツムギは魔法少女としての素体に適性があった。もっとも二重の魔法をコンパクト及び詠唱なしに使うのが天才たる所以なのだが。
ココロはそれに感嘆しながら静かに口を開いた。
「⋯⋯俺は罪を償う、と別れ際に言ったよな」
「うん」
六歳のときに誘拐され、アンドジ・エンド社のボスの元魔法界で凄惨な日々を過ごし、数々の激闘の末やっと人間界帰れたココロ。その表情は以前より少し明るい。
でもツムギは知っている。あの日のココロが酷く憔悴していたことを。
教室の中へ入り、ツムギはカバンを下ろし自分の席に着いた。ココロがその横で話を続ける。
「故意ではないとはいえ、多くの人を傷つけた。許されることじゃない」
ハデスとしてのときの己は、堕天的な快楽のまま人々の希望を奪っていた。記憶は残るものだ。毎夜彼らの恨みがましい目を想像する。
「罪を消したいわけてもない。ただ、傷付けた人より多くの人を助けたいんだ」
ココロは数ヶ月前のことを思い出していた。全ての戦いが終わり、魔法警察提携の人間界の病院でのこと。
治癒魔法で身体は全快だったが、心が追いついていなかったとき、ベッドの上のココロは呆然と下を向いていた。
(母さんと父さんが来るらしい)
(もう何年ぶりだ? 顔も曖昧だ)
(幻滅するだろうか。世界を追い込んだ敵のひとりだもんな)
(嫌われてるかな、もう息子じゃないって、思われてんのかもな)
(そりゃそうだろ、こんな奴誰も欲しくない)
(そもそも忘れられてるかもな)
『ココロっ!!!』
そんな絶望を裏切るかのように、悲痛で甲高い声が場を切り裂いた。
看護師の制止も聞かずドアを開け放つ母。そんな彼女を宥めるも涙が止まらない父。夫婦はココロに駆け寄って「痛いところは」「ごめんね、ずっと探してたの」「もう怖くないよ」とたくさんの言葉を投げかけた。
「あ⋯⋯⋯」
ココロの冷え固まった涙腺が熱を持つ。息子に釣られてぼろぼろ泣き始めた二人はぎゅうぎゅうとココロを抱きしめてくれて、二度と離れるものかと腕の中にしまっているようだった。
『か、かあさ、とうさん、』
『よく、よく帰ってきたわね⋯⋯っ!!』
『〜ッココロ! 本当に生きててよかった⋯⋯!』
『っああ、あああ、あ゙あ゙ぁあ゙あ⋯⋯!!!』
濁音混じりの嗚咽が喉を劈く。ほとんど悲鳴だった。この瞳から溢れる正体はきっと心の毒だった。
生きてていい、生きてていいんだ。あの日魔法少女が言ってくれた【生きて】が明確に形を成したときだった。
「ツムギ、お前に感謝してるよ。俺の父と母に誓って、お前の力になろう」
「〜っうん! こちらこそありがとうココロ!」
ツムギはどん!と胸を叩いた。眩しく光るハピネス学園の徽章。
するとふと、ツムギは困った顔をしてココロを見上げた。躊躇いがちに口を開く。
「それで、なんで昨日はあんなに、その、トゲトゲしてたの?」
「⋯⋯放課後話す。予定は無いよな?」
「大丈夫だよ」
「なら一緒に帰るぞ。その時言う」
当然のように下校の約束を結び付けられたので、ツムギは(ミツルを宥めるのが大変そう⋯⋯)とひとり頭を抱えた。
ホームルーム開始の時間だ。ココロは席に戻り、ツムギは魔法を解いた。隔離世界から現実世界へ戻るときの客観的な認識違いもなめらか。流石救済の魔法少女。
「皆さん昨日ぶりですね。担任の湯崎モモコです。今日も一日頑張りましょう! ええと、休みは⋯⋯矢見コトリさんだけですね」
矢見コトリ。どこかで聞いた名前だな⋯⋯とツムギは思った。すると小さな囁き声がクラスから上がった。こっそり耳を傾けるツムギ。
(矢見さんってあれでしょ? この街の魔法少女)
(英雄の日花里さんと一緒のクラスにされてかわいそ〜)
(敵にやられるくらい弱いんじゃなかったっけ)
「こら! ホームルーム中ですよ。それに噂話はやめなさい」
モモコの一声で生徒たちは静まり返った。新入生にも分別なくいくタイプだな、とココロはひとり彼女の評価を上げた。
「ごほん、続けます。今日の予定は――――」
春の陽気な日差しがツムギを射る。特徴的な青髪がエメラルドやスカイブルーに透けて、ツインテールは熱帯魚の鰭のようだった。
ここから本格的に新生活が始まるんだ! ツムギは胸を高鳴らせ、教壇に目を向けるのであった。
◇◇◇
「まずは中央委員会の担当を決めましょう。学級委員長に立候補してくれる子はいますか?」
中央委員会、給食委員会、体育委員会⋯⋯とモモコがサラサラ黒板に書いていく。癖のないキレイな字を見るに大方書道でも習っていたのだろう、とツムギは納得した。
「はい先生! 推薦でもいいですか!」
「ええ、葉山さんどうぞ」
葉山ノノカは挙手をして、丁度後ろの席に位置するツムギに振り向いた。キラキラした目で期待を寄せる彼女に、ツムギはある未来を予測した。
「学級委員長なら日花里さんがいいと思います! 元魔法少女だから人をまとめるの向いてそうですし!」
ま、本当はキラリブルーちゃんが先頭にいて欲しいだけなんだけどね。
葉山ノノカは魔法少女オタクであった。
「だそうだけど⋯⋯日花里さんはどう? 他にやりたい人も居ない?」
「日花里さんがいいでーす!」
「キラリブルーしかいねぇよな」
「やっぱ魔法少女だもん」
「意義なし!」
クラス中の視線が己に集まっているのを感じて、ツムギはパッと笑顔を作った。魔法少女としてのキャリアに裏打ちされた分厚いメイク。
「はい! 私でよければやらせてください!」
途端に教室から巻き起こる賞賛の嵐。口笛すら聞こえてきた。ノリがよすぎる。
ツムギは笑顔のまま着席し、優等生の顔でその後の司会を務めた。世界で一番テレビ慣れした魔法少女であるからして、30人ぽっちの注目などぬるいぬるい。
と、思っていたときもありました。
「(つ、疲れた⋯⋯⋯)」
「ねえねえ日花里さん! なんでこの高校にしたの?」
「テレビあれから全然出てなかったから心配した!」
「そーそー、日花里さんの戦い見たよ。凄かった!」
「てかツムギちゃんって呼んでもいい?」
なんやかんやで昼休み。ツムギの机の周りには人だかりができていた。
高校生の活力を舐めていた、とツムギはババくさいことを思った。なんせ今まで相手にしてきた相手はテレビ番組の大人か話の通じない敵ばかり。こんな弾けるエネルギーを全力でキャッチボールしようとするタイプだなんて聞いてない! 同年代の魔法少女とは遊びに行く余裕なんてなかったし⋯⋯とツムギはニコニコしたまま腹の底でボヤいた。
「てかツムギちゃんキレイな髪〜」
染めたてらしい金髪の男子生徒がツムギのツインテールに触ろうとした。しかしその日に焼けた手を叩き落とした影があったからだ。
「おい⋯⋯女の髪を勝手に触んな」
ぎろり。スグリの目は猛禽類の鋭さ。男子生徒は「あ、ごめん!」とすぐに手を引っ込めた。
「ココロ、どうしたの」
「用がなければ来ちゃあだめか」
「んーん」
「ツッムギー!!!」
ガラガラガラ! 星の暴君がやってきた。しなやかに揺れる金髪は稲穂のよう。特徴的なオッドアイにはミルキーウェイが流れていてドラマチック。制服の下にパーカーを着込んだシルエットは長身だから様になる。
二人を除き、A組のクラスメイトの誰もがその青年に釘付けになった。それほど美しい完成体だったのである。
「ツムギ! 一緒にお弁当食べよ! おんなじ博士が作ってくれたやつ」
「み、ミツル! ダメだよ勝手に他の教室入っちゃ」
「え、そうなの?」
わかったなら出て! いやだよ数時間ぶりのツムギだもん。
ツムギに絡みつく長い手足。妖精時代はよくくっつかれてたけど、人間の姿でやられると暑いし重い。ツムギはいやいやしてひっぺがそうとした。
「⋯⋯俺の目の前でベタベタすんじゃねえ」
べりっ! ミツルはツムギから剥がされて不機嫌な顔のままミツルを睨んだ。ほとんど嫉妬だった。
「なに、ハ⋯⋯狂瀬くん、君に関係ある?」
「ある。四葉よりよっぽどな」
狂瀬ココロと四葉ミツルの間にバチバチ火花が走った。間に挟まれるツムギはしょも⋯⋯と梅干しを食べた顔をして静かにしている。
「ツムギちゃんたちって」
こっくり。ノノカが周りと目を合わせて頷いた。
キラキラドキドキした瞳で三人を見つめるは女子たちの熱烈な期待。
ツムギちゃんたちって⋯⋯! もう一度念を押すように繰り返すノノカ。
「「「そうゆう関係ーーーッ!?」」」
黄色い声が一気に弾けた。女子高生とは恋バナに目がない生き物なのである。ターゲットに狙いを定めた彼女たちは次々に質問攻めをし⋯⋯というところまで察したツムギは二人の手を取り急いで教室を抜け出した。後ろからの声援は無視することにする。魔法少女やめてまでスキャンダル撮られてたまるか!
ツムギに連れられるまま犬猿の二人は裏庭へと到着した。登校二日目にて大変スムーズな移動である。ツムギは入学時点でこの校舎の図面とクラス全員の名前を覚えていた。
「ツムギ、おい」
「あっ急に連れてきてごめん! ここなら静かにできるかなって」
「ツムギが行くなら僕はどこにでも着いてくよ」
「⋯⋯キメェ」
「品性の無さが口に出てるよ」
「へえ⋯⋯いい度胸じゃん」
「コラコラコラ! そこ喧嘩しない!」
ツムギの膨れた頬っぺたをツンツンして、悪戯なミツルはまた怒られた。
「で、ココロは話ってなに? 放課後じゃなくても今なら時間あるよ」
「⋯⋯⋯コイツも居るのか?」
べったりツムギの隣を独占するミツルを見て、ココロは己の表情が引き攣るのを感じた。ふん! と自慢げにミツルが笑う。
「だってツムギに話があるなら僕を通してからじゃないとね」
「お前はツムギのなんなんだよ」
「唯一無二の相棒でパートナーだけど???」
花壇に囲まれたガゼボの中で、三人は優雅とは程遠い会話をしていた。イライラしたようなココロが頭を掻きむしる。
「クソ⋯⋯まあいい。話を始めるぞ」
ツムギは程なくして、ココロの語る内容に言葉を失うことになる。
それはあまりに残酷で、悲しみに満ちた宣告であった。




