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【完結】誰が王女を消したのか  作者: 藤井 紫
妖精の国

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第23話 ズレた真相

 翌日、エマは朝にエリザベートの髪を梳かしていた。


 窓の外では灰色の霧が庭を覆っている。

 エリザベートは椅子へ座ったまま、鏡越しにエマを見ていた。


 ふと思い出したように口を開く。


「昨日の王女様、眠っていたというより、眠らされていたのかもしれないわね」

「……王女様に、会われた時のことですか?」

「ええ」


 鏡の中で、エリザベートが静かに目を伏せる。


「ずっと眠っていたわ。とても深く眠っているようだった」


 エマは櫛を動かす手を止めなかった。

 エリザベートの明るいブラウンの髪は香油で手入れされていてとても手触りが良かった。香木の微かな香りがエマの思考を邪魔してくる。


「それに、不思議だったのだけれど、ずっと乳母のような方がそばにいたの」

「乳母……」


「ええ。優しそうな方。ずっと王女様の髪を撫でていたんだけど、わたくしを見るなり、急に取り乱して」


 エリザベートは少し首を傾げる。


「伯父様のお名前を呼んだのよ」


 あの夜のことを、エマは思い出した。夜番で、間違えて王女様の部屋へ入ってしまったときのこと。


「そして『お許しください』と謝るの」


 エマの背筋を、冷たいものが這い上がった。


「マリアンヌ様がそばでなだめたら落ち着かれたのだけど、あまり刺激してはいけないと思って、すぐに退室させていただいたわ」


 きっとジャンヌのことだ。

 エマは無意識に櫛を握る指へ力を込めていた。


「エマ?」

「あ……すみません」


 慌てて髪を梳かし直す。

 だが胸のざわつきは消えなかった。


 エリザベートが王女だと思っているのは間違いなくマリーだ。

 マリーの様子が気にかかる。

 本当に眠っていただけなのだろうか。


 エマは急に、あの『灰色の瞳』を思い出した。三日前に「確かめておく」と言って、その後どうなったのだろうか。

 あの人なら、マリーの状態を知っているはずだ。




† † † † †




 午後からエマはシギュールを探したが、見つからなかった。

 前に行った場所にも、厨房にも、中庭の井戸にも、馬屋にもいない。


 仕方なくエマは、王子の書斎を訪ねた。

 もしかしたら王子の傍に居るかもしれにいし、居なかったとしてもエマが王子を訪ねたことが伝わればいいと考えた。


 今度は迷子にならずにこの場所まで辿り着けたことに安堵する。

 扉を叩くと、低い声が返ってきた。


「入れ」


 部屋へ入ると、バルテレミは机の前で書類を読んでいた。

 窓辺には誰もいない。

 シギュールは不在らしかった。


 バルテレミは顔を上げる。今日は眉間に皺はなかった。


「梟娘か」

「あの……シギュールさんに用事があったのですが」

「今はいない」


 短く返される。

 エマは一度口を閉じ、それから思い切るように言った。


「あの、マリーさんのことなんですけど」


 バルテレミの青い瞳が、ゆっくりエマへ向けられる。


「王妃のお気に入りか」

「はい……。最近、すごく様子がおかしくて……」


 エマは、マリーが夜更けまで刺繍を続けていたことや、指先が傷だらけだったことを話した。

 バルテレミは黙って聞いている。


「王妃様、マリーさんに刺繍を覚えさせていて、……まるで、本当に王女様みたいに」


 エマは言葉を選ぶ。


「それと、エリザベート様が、この間、『王女様に会った』とおっしゃっていました」

「……何?」


 エマは顔を上げた。


「王女様は、具合が悪くて眠っていたそうです。乳母のような人が付き添っていたと」


 バルテレミはすぐには口を開かなかった。


「その乳母と言うのはジャンヌさんで、もしかしたら、その王女様って、マリーさんなんじゃないでしょうか……」

 エマは続けた。

「それにその乳母みたいな方が、エリザベート様に『リュシアン様、お許しください』と言ったそうです。ジャンヌさんがわたしに言ったのと、同じです」


 書斎の空気が静まり返る。

 バルテレミはすぐには答えなかった。


「……俺は、もう長くジャンヌに会っていない」


 バルテレミは手元の書類を無意識に握りつぶした。


 静かな書斎に、緊張するエマの呼吸だけが聞こえる。

 暖炉の火だけがゆらゆらと揺れていた。




 ――よく見てごらん




「殿下……、わたし――たぶん、こうだと思うんです」



 妖精嫌いのバルテレミの前で、エリュディウスの名を出さないように注意する。



「ヴァレンヌ帝国に、王女様の死は伝わっていない――と言うことは」

 エマは、自分の考えを整理するように言った。



「王妃様は、向こうには王女様が生きているように見せたいんだと思うんです」



 バルテレミは机に片肘をついたまま、じっとエマを見ていた。


「殿下は以前、孤児名簿を調べたとおっしゃいましたよね? 王女様を探すために……」

「……ああ」


「マリーさんは王様によく似ています。もし、本当に王女様だったとしたら……」


「違う」


 すぐに断言され、エマは目を瞬かせる。

 バルテレミは低い声で言った。


「マルグリットは、『灰色の瞳』じゃない」


「ですが、王家の肖像画では――」


 王子も王女も、『灰色の瞳』と王と同じ淡い金色の髪で描かれていた。


「肖像画など当てにならない」


 珍しく強い口調だった。

 言われてみれば、書庫にあった肖像画にバルテレミの『碧玉の瞳』は一枚も描かれていなかった。


 バルテレミは少し黙り込み、それから疲れたように息を吐く。


「……幼い頃の記憶だ。マルグリットは身体に痣があったのを覚えている。自分では見えない場所に」


 エマはマリーの背中に痣があったのを思い出し、目を見開いた。


「あります! マリーさん、背中に痣がありました! やっぱりマリーさんが王女様なんじゃ……」

「違う。痣の場所は背中じゃない」


 否定され、エマは口を閉ざした。


「それに、妹は、王よりもエリザベートに似ていた気がする」


 エリザベートと言えば、蜂蜜色の瞳。美しく明るいブラウンの髪。

 そして、リュシアンの姪だ。


 エマの頭の中で、断片がゆっくり繋がっていく。


「……王妃様は、きっと……知っていたんですね」


 思わず口から零れた。


「王女様が、リュシアン様の子だったことを」


 バルテレミは何も言わない。

 エマは止まれなかった。


「だから隠そうとしたんじゃないでしょうか。ヴァレンヌ帝国との問題になりますし、もし陛下に知られたら――」


「やめろ」


 エマははっと口を両手で押さえた。

 バルテレミは俯いたまま、額を押さえていた。


「……それ以上は言うな」


 その声は怒りではなく、どこか苦しげだった。

 エマは、今自分が何を口にしたのか、ようやく理解した。


 書斎の空気が重く沈む。

 やがてバルテレミが顔を上げた。


「梟娘、お前はこれ以上関わるな。自分の役目を果たせ」


 バルテレミはエマを見て低く命じた。

 そう言われて、ここに来た目的を思い出した。

 マリーのことを確認したかったのだ。

 だが、ここにも、シギュールはいない。


「……殿下は、北塔へは入れますか?」


 バルテレミは視線を伏せる。


「……王妃は、あそこへ俺を入れない」


 その声は、エマの耳には少し苦しそうに聞こえた。


 だが、マリーのことは心配でならなかった。

 エマの顔にはその色が浮かんだ。


「マリーのことが何かわかれば、シギュールから伝えさせる」


 エマは小さく頷く。

 関わるなと言われ、もうこれ以上ここへ居てはいけない気がした。




† † † † †




 エマは午後から再びエリザベートの元に居た。

 その日の仕事を終えて客間を出る。

 扉をそっと閉めた瞬間、ようやく息を吐いた。

 その時だった。


「エマ」


 低い声に呼び止められる。

 振り返ると、侍女頭が立っていた。

 いつからそこにいたのかわからない。


「エマ、王子殿下がお呼びです。今すぐに来るようにと」

「わかりました」


 マリーのことがわかったか、シギュールに会えるのかもしれない。

 エマは迷わず、バルテレミの書斎の方へ向かおうとした。


「エマ、そちらではありません」


 侍女頭は静かに答える。


「北の塔の『王女様の遊び部屋』に来るようにと」

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