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美少女天使(中身おじさん)は、できるだけ頑張らず楽しく生きたい  作者:


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第47話 図書室――古い記録

 月曜の朝、星ヶ丘の住宅街は週末の余韻をわずかに残し、(せわ)しい平日が戻っていた。


 まだ少し冷たい空気。家々の窓に残る朝の気配。坂の上へ伸びる道の先に、白い校舎の輪郭がぼんやり見えはじめる。シエルは結衣と並んで歩きながら、胸元のロザリオに一度だけ意識を向ける。


 土曜に持ち帰った二文字 “ぬ” “ひ” は、まだ胸の奥に残っている。

 意味は分からない。けれど、何もなかったかのように蓋をすることもできない。そんな重みだけが、輪郭を持たないまま胸の底に沈んでいた。


「眠そう、ではないね」

 隣で結衣が言った。

「そう見えますか?」

「うん。ぼんやりしてるっていうより、考えごとしてる顔」

 シエルは考えてから、小さく笑った。


「否定は、できません」

「まあ、土曜の続きは今日やる必要ないし」

 結衣は前を見たまま続ける。


「学校で何か見えても、一人で追わないで。そこだけは覚えておいてほしいな」

「……うん。分かってる」

 答えると、結衣がちらりとこちらを見た。

「今の、けっこう自然だった」

「何がですか?」

「返事」

「採点基準が細かいですね」

「近いから」


 (また、そう言う……)

 シエルは視線を逸らした。以前なら、それだけで胸の奥が落ち着かなくなったはずだった。けれど今は、困るのに、嫌ではない。


 坂道を上り、小さな公園の脇を抜ける。何度も通った道が、ようやく通学路として認識をし始めていた。徒歩で十五分か二十分か、その日の歩調で少し変わる時間。朝の住宅街の匂いも、風の通り抜け方も、体が覚えつつある。


 校門をくぐると、週明けのざわめきが広がっいた。

 昇降口、廊下、教室へ向かう階段。誰かの笑い声と、椅子を引く音と、朝のホームルーム前の落ち着かない空気。それら全てが、徐々に生活の一部として受け入れ始めていた。


 教室に入った瞬間、前の席が勢いよく振り返る。

「おはよ、シエル!」

 相田ほのかは、今日も元気だった。

「おはよう、ほのか」

「なんか今日、静かな顔してる」

「静かな顔って、どういう顔?」

「こう……ちゃんと向き合ってて、でも頭の中で別のことも考えてる顔」

「細かいなあ」

 笑いながら鞄を机に置くと、ほのかが満足そうに頷いた。

「でも機嫌は悪くなさそう。そこ大事」

「機嫌はいつも悪くないよ」

「よし。じゃあ今日も合格」

 何に合格したのかはよく分からない。けれど、その雑さがありがたかった。


 ホームルーム前の短い時間、教室はまだゆるい。誰かが週末のテレビ番組の話をしていたり、誰かが提出物を慌てて確認している。高梨先生が来るまでの、その少し曖昧な時間帯の中で、シエルはようやく席に腰を下ろした。窓の外には、中庭の木々が春の光を受け淡くきらめいている。


「そういえばさ」

 ほのかが身を乗り出す。

「昨日、伊東からメッセージ来た」

「伊東さん?」

「うん。"筋肉痛になったけど、変な筋肉痛じゃない" って」

 思わず、シエルは吹き出しそうになった。


「何その報告?」

「うん。しかも "火曜よりはちゃんと立てた気がする" って。だからたぶん、あの子なりに楽しかったんだと思うよ」

 弓道場の木の匂いと、静けさの中に沈んでいく呼吸の感覚が、ふっと胸の中に蘇ってくる。あそこも、学校の中で選んだ場所のひとつだった。


「それなら、よかった」

「でしょ! やっぱり勢い担当の功績!?」

「まだ言うんだ」

「言うよ。ちゃんと働いたもん」

 そのやり取りの途中で、高梨先生が教室へ入ってきた。ほのかが「はいはーい」と前を向き、朝のホームルームが始まる。


 月曜らしい連絡事項がいくつかあって、委員会、提出物、今週の予定。授業はそのまま始まり、ノートを開き、板書を追い、気づけば授業は何事もなく平和に進んでいく。シエルは普通に授業を受けられることが、今日は不思議に思えた。


 土曜に向こう側へ問いを投げた自分と、二日後に高校で板書を写している自分が、きちんと一つに収まっている。以前なら、その異質性をもっと重く受け止めていた気がする。けれど今は、手順があり戻る場所もある。その違いが大きく思えた。




 二限と三限の間の休み時間、ほのかが後ろを振り返って小声で言った。

「ねえ、お昼どうする?」

「いつも通りでいいけど」

「了解。結衣ちゃん来るかな?」

「来るんじゃないかな」

 そう答えると同時にチャイムが鳴った。


 教室のざわめきが静かになり、次の授業へ流れ込んでいく。シエルは開いたノートの端に、指先をそっと置いた。そこに書かれているのは、これまでの授業内容だけで、土曜の二文字はどこにもない。

 それでも、胸の奥には確かに刻まれている。

 “ぬ” “ひ”




 昼休みになると、教室の空気は、一気に軽くなる。

 椅子を引く音。弁当箱の蓋を開ける音。購買へ向かう足音。授業のあいだはきちんと整えられていた教室が、昼休みになった途端、それぞれの過ごし方にほどけていく。


 結衣はいつものように一組へ顔を出した。ほのかは「今日も三人席作るぞ!」と宣言しながら机を寄せる。

「宣言しなくても、だいたいいつもそうなってるよね」

 シエルが言うと、ほのかは満足そうに頷いた。

「習慣化って大事だから!」

「そこ、そんなに自信満々に言うところかな?」

 結衣がサラダ容器の蓋を開けながら笑う。


 三人で机を寄せる昼休みは、もう特別なことではなくなりつつあった。教室の中に、ここだけ呼吸の合う場所ができている。その雰囲気が、シエルにはありがたかった。

「そういえばさ」

 ほのかが卵焼きをつまみながら言った。

「うちの学校って、思ったより古いんだね」

「急にどうしたの?」

「さっき委員の子が言ってた。創立記念の展示やるかもって。昔のパンフとか、写真とか、図書室の奥にけっこう残ってるらしいよ」

 その言葉に、シエルの指先がわずかに止まる。


 図書室。

 たったそれだけの単語なのに、胸の奥がわずかにざわつく。例えるなら水面に小さく波紋が広がる程度の揺れ方だった。


「へえ」

 結衣が興味深そうに眉を上げる。

「創立記念って、礼拝堂とかそのへんの話も出るのかな?」

「出るんじゃない!? 星女って、昔はもっとミッション校っぽかったんでしょ?」

「今も名残はあるけどね」

 結衣はそう言って、フォークでサラダを刺した。

「校歌より聖歌のほうが似合いそうな雰囲気の場所、たまにあるし」

「それ、分かる」

 ほのかが頷く。


「礼拝堂までいかなくても、廊下の角とか、図書室の奥とか。なんか "昔からこうでした" って顔してる場所あるよね」

 その言い方が、妙に耳に残った。

 昔からこうでした、という顔。

 たぶん人は、長く置かれたものや、長く繰り返されたことに、そういう空気を感じるのだろう。シエルには、その空気がただの雰囲気ではなく、もっと別のものに触れる入口になりかけている気がしていた。


「気になるなら、昼休みのうちに見に行ってみれば?」

 結衣が、軽い調子で言う。

「今すぐじゃなくてもいいけど」

「……少しだけ、見てみたいかも」

「じゃ、行こっか」

 ほのかが即答した。

「ちょうど食べ終わったし。あたし、そういう学校の昔話、ちょっと好き」

「以外!?」

「いいじゃん。どんな話題でも興味が湧くのが、私の長所です」

 胸を張って言われると、反論する気も失せる。




 弁当箱を片づけ、三人で教室を出る。昼休みの廊下には、教室の熱気が流れ出しているような気さえする。誰かが窓際で立ち話をしていて、別の教室からは笑い声がこぼれてくる。その中を抜けて、図書室のある棟へ向かう。


 階段を上がるにつれて、空気が変わっていった。

 教室の匂い――ノート、チョーク、昼休みのざわめき――が薄れ、代わりに乾いた紙と木の匂いが静かに前へ出てくる。弓道場の静けさとは違う。あちらが息を置くための静けさなら、こちらは頁と頁のあいだに時間が取り残されているような静けさだった。


 図書室の扉を開けると、その感覚はさらに濃くなる。

「やっぱ、ここだけ別空間だよね」

 ほのかが声を潜めた。

「図書室ってそういうものでしょ」

 結衣はそう返したが、声量はきちんと落としていた。


 シエルは一歩、室内へ入る。

 金曜にも来た場所だ。けれど今日は、見え方が違う。前回は、自分を落ち着かせるためにここへ来た。今日は、自分の中にできた型を、使う気はないくせに、無意識に確かめたくなっている。


 受付近くの棚には、新刊や貸出ランキングが並んでいる。そこを抜けて奥へ進むと、本の色が落ち着いていく。学校史、宗教、古い文学全集、寄贈本。背表紙の布地や紙の色が、手前の棚より一段だけ重くなる。


「うわ、ほんとにある」

 ほのかが指さした先に、古びたファイルボックスがいくつか並んでいた。

背に貼られたラベルは、若干黄ばんでいる。

「創立記念誌……学校沿革……礼拝堂関係資料」

 結衣が読み上げる。

「けっこう本格的」

「こういうのって、ちゃんと残してあるんだね」

 ほのかは感心したように目を丸くした。


 シエルは棚の前で足を止めた。

 古い紙の匂いが、わずかに濃く感じる。新しい本の乾いた清浄さとは違う、誰かの手を何度も渡ってきた物の匂いだ。背表紙にふれると、布張りの質感が指先をなぞる。

 学校史。創立記念誌。礼拝堂改修記録。

 どれも、普通の本に見える。見えるのに、その奥に何かが沈んでいる気がする。


「シエル、こういうの好きそう」

 ほのかが小声で言った。

「好きそうって?」

「なんか、"読む" より "拾う" って顔してる」

 その言葉に、シエルは一瞬だけ目を瞬かせた。

「それ、どういう顔?」

「んー……ちゃんと見てるけど、見すぎてない顔?」


「説明が雑すぎる」

「感覚派だから、私」

 ほのかはそこで笑っていたが、的外れでもなかった。シエルは今、本の内容そのものより、棚の奥に積もっている時間を見ていた。


 手近な一冊を抜き取る。

 濃紺の表紙に、金の箔押しで『星ヶ丘女学院 創立五十周年記念誌』とある。重さはそこそこあるのに、開く時の手応えは意外とやわらかい。

 頁をめくる。創立当時の白黒写真。礼拝堂の外観。今より樹木の多い校舎まわり。制服の意匠も若干違っていて、どの頁にも、今とは違っているのに、現在へとその意思を紡いでいるかのように見えた。


「へえ……なんか、今より厳しそう」

 ほのかが肩越しに覗き込む。

「昔の制服って、だいたい今より厳しそうに見えるよね」

 結衣が言う。

「たぶん、写真写りの問題もあるけど」

 そのまま何頁かめくっていくと、途中に小さな礼拝堂の内部写真があった。木の長椅子。正面の祭壇。窓から差す斜光。今の学校生活の中では、ほとんど知ることもないのに、かつて確かに存在したのだと伝わってくる。

 シエルは、その写真の上に視線を置いたまま、息を溜めた。

 紡がれてきたもの、という言葉が、まだ形にならないまま底に沈む。


「シエル?」

 結衣が、名前を呼ぶ。

「……大丈夫」

 顔を上げて答えると、結衣はそれ以上踏み込まなかった。ただ、近くにはいる。


 そこへ、図書室の入口から小さく名前を呼ぶ声がした。ほのかが振り向く。

「あっ、やば。委員会の子だ」

「呼ばれてるの?」

「うん、たぶん学級委員のほう。ちょっとだけ行ってくる」

 ほのかは申し訳なさそうに肩をすくめた。

「ごめん、先に戻るかも。二人はそのまま見てていいよ」

「うん。ありがとう」

 シエルが答えると、ほのかは「あとで昼休みの延長戦しよう」とよく分からないことを言い残して、小走りで去っていった。


 残されたのは、シエルと結衣の二人だけだった。

 図書室の奥は、さっきまでより静かに感じる。人が一人いなくなっただけなのに、頁の重なり合う気配が前面へと出てくる。


「あまり無理はしないでほしいかな」

 結衣が静かに言った。

 あくまで、置いてくる言い方だった。

「……うん」

 シエルは頷き、創立記念誌をいったん閉じた。

 

 その隣の棚に、細い台帳が何冊か立っている。寄贈本目録。旧蔵書カード整理簿。礼拝堂資料保管記録。

 その中の台帳に、自然と指が伸びた。表紙の紙はざらついていて、角が丸く擦れている。何人もの手に開かれてきた本の手触りだった。


 シエルはロザリオの存在を胸元に確かめながら、ゆっくりとその一冊へ指先をかけた。

 ざらついた表紙の感触が、指先から静かに伝わってくる。次の瞬間、視界の端が、ほんのわずかに白んだ。

 前回、図書室で見た時のような、不意打ちの立ち上がりではない。土曜に鳴瀬で触れた時のように、浅く、細く、こちらの意識の縁だけをなぞるような開き方だった。


 四角い輪郭が、ごく薄く浮かぶ。

 その台帳の頁の上に、別の層が重なる。読めない列。こちらの文字ではない何かが、規則正しく、けれど追えば遠ざかりそうな距離で並んでいる。

 シエルは目を凝らさなかった。

 見ようとしない。追わない。欲張らない。

 土曜に宗一から繰り返し言われたことを、そのまま頭の中でなぞる。ロザリオに触れた指先へ、冷えた感触がはっきりと返ってくる。ここへ戻れる。そう思えるだけで、呼吸がぶれにくくなる。


 隣で、結衣は何も急かさなかった。ただ、近くにいる気配だけが、現実の輪郭を保たせてくれる。

 シエルは息をひとつ置いた。それから、心の中で問いを小さくする。

(この図書室で前に見えた "まだ書かれていない" は、何を指すのか。一語だけ)

 問いを投げた、というより、そっと水面へ置いたような感覚だった。


 四角い輪郭の奥で、列がかすかに揺れる。一か所だけが、ほかより濃くなる。そこに意識を寄せすぎないようにしながら、シエルはただ待った。

 やがて、一語だけが、音より先に胸の奥へ落ちてきた。


 “継承”

 文字として見えたのか、意味として触れたのか、一瞬では分からない。ただ、その語だけが、ほかの列から浮き上がり、確かにこちらへ届いたのだ。


 同時に、四角い輪郭がわずかに深くなる。

 引かれる、と思った。

「シエル!」

 結衣の声は小さかったが、シエルの意識に届く。

 ロザリオを握る。銀の冷たさが、頁でも記録でもない、今ここにある手触りのある現実を教えてくれた。


 吸って、吐く。

 そして、戻る。

 紙の匂い。木の棚。遠くで誰かが本を閉じる音。図書室の静けさが、順番にこちら側へ戻ってきた。


 シエルは目を開けた。

 真正面には、古びた台帳がある。頁は開いていない。指先はまだ表紙の角に触れたままだった。

「……大丈夫」

 結衣に向かってそう言うと、自分の声が思ったより安定しているのが分かった。

 結衣はそれでようやく息を吐いた。

「戻れてるね」

「うん」


 シエルは制服のポケットから小さなメモ帳を取り出した。鳴瀬で、掬ったものはすぐこちら側の形に落とすようにと言われていたため、その続きをなぞるように――

 ページを開き、シャープペンを走らせる。


 “ぬ” “ひ” その下に、“継承” 。

 書いてしまうと、その語は現実のものになる。逆に、胸の奥で曖昧に膨らんでいたものが、輪郭を持ってしまう怖さもあった。

 それでも、書く。こちら側へ持ち帰るために。


 結衣が、メモ帳を覗き込む。

「継承、か」

「……うん」

「学校史とか、礼拝堂の資料を見てる時に出てくるとか、ちょっとそれっぽいね」

 軽く言っているようで、流しはしない。その距離感がありがたかった。


 シエルは、まだ閉じたままの台帳を見た。

「たぶん、本そのもののことじゃないんだと思います」

「うん」

「本とか、記録とか、そういう形で残ってるものの……もっと奥にあるもの、というか……」

 言いながら、自分でもうまく掴めていないのが分かる。けれど、さっき触れた語は、ただ古い資料が並んでいるというだけの意味ではなかった気がした。


 誰かが残したもの。受け継がれたもの。失われずに次へ渡ってきたもの。

 学校の空気そのものが、そういう層を抱えているように思えた。

「今日は、それ以上見ないほうがよさそう?」

 結衣が尋ねる。


 止めるでも、促すでもなく、判断をこちらへ返してくる聞き方だった。

 シエルは少し考えてから、頷いた。

「今日はこれで十分だと思います」

「じゃ、それでいいと思うよ」

 結衣はそう言って、棚の背表紙へ視線を移した。

「ちゃんと一語で戻れたんだし」


 その言葉に、シエルは息を吐いた。

 先週の金曜は、図書室で不意打のように頁の向こう側が立ち上がった。土曜は、鳴瀬で宗一と結衣の見守る中、一文字だけを掬った。そして今日は、学校の中で、自分の足で立ち、一語だけ持ち帰った。

 大したことではないのかもしれない。けれど、前とは明らかに違っていた。


 二人で図書室を出ると、昼休みの時間は残り少なかった。廊下にはまだ生徒たちの話し声が流れ出ている。教室へ戻る途中、窓の外に見える中庭も、さっきまでと何も変わらない。

 なのに、シエルの目には違って見えた。

 白い校舎。長い廊下。昼のざわめき。弓道場へ続く棟。図書室の奥に沈んでいた古い記録。


 星ヶ丘女学院は、教室と授業と部活だけでできているわけではない。その下に、誰かが残し、受け継ぎ、今まで途切れずに紡がれてきたものが、静かに沈んでいる。

 単に通う場所だと思っていた学校に、もう一つ深い層があると知ってしまった。

 シエルは胸元のロザリオに、服の上からそっと触れた。銀の冷たさはもう、ただの気休めではなかった。

 戻るための目印であり、触れたものを、こちら側へ持ち帰るための小さな錨だ。


「午後の授業、ちゃんと受けれそう?」

 結衣が、笑って聞いた。

「大丈夫」

 シエルも笑う。

「なら上出来」


 廊下の先で、昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴りはじめる。

 その音を聞きながら、シエルはメモ帳の中の一語を思い出していた。

 “継承”

 それが何を指しているのか、まだ全部は分からない。

 けれど、図書室の奥に沈んでいた静けさは、もうただの静けさではなかった。

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