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惑星戦線 -beyond the universe-  作者: 烏悔糸柳
Prologue-01 月 -the Moon- 1
7/8

7の大罪

[2204年5月12日11時53分 月 EAF基地 商業区画]


 最近、よく噂を耳にするようになった。それ自体は別段不思議なことではない。良い戦果を挙げた仲間が英雄のように称えられることや、失敗してしまった人が、気の毒そうに見られることはしばしばある。

 しかし、今回のものは少し違った。

 滅びをもたらす黒騎士、災厄を運ぶ死の王、死神。その余りにも酷い呼び名の数々が付けられたのは、紛れもなく仲間であるはずの人、黒鉄理駆斗だった。

 確かに、彼は嫉妬の対象になるような存在に違いないだろう。富裕層の生まれで、18歳にして小慰の階級につき、数々の作戦を成功に導いた軍の隠れた功労者。その存在を知るものなら誰でも畏まってしまうほどの経歴だ。今まで表に立って来なかったのも単独での任務が多く、上が情報を遮断していたからに違いないだろう。

 この話自体も、百合香が自らの手で集めた訳ではない。彼女の作戦管理オペレーターが丁度理駆斗のことをよく知っていただけだ。百合香自信、彼のことを耳にすることは全くなかったし、自分と同じ年代に既に正規兵となっていて、その上自分よりも階級が高い人物がいるなど考えもしなかった。しかし、興味本意から挑んだ模擬戦に負けた今なら理解できる。理駆斗の強さは、百合香が今の努力をあと何年繰り返しても到達できない場所にある。黒鉄理駆斗は"違う場所にいる"のだ、と。

 そんなことを考えながら商業区画を進むと、また噂が聞こえて来る。私は安易な考えで模擬戦をすべきではない、これは百合香が今回の一件を通して学んだことの一つだった。年齢的な面で目立つことは承知していたし、その上に幻繰武装持ちとなれば更に目立つ。その辺りを考慮して、なるべく慎重に手続きをしていれば、公開に制限を設けること位は出来たと思う。確かに前日にパンツを見られて、その上階級が下なのを知って気が動転していた。だが、結果として理駆斗が悪い噂の対象へとなってしまったのだから反省しなければならない。

 百合香はため息を吐くと、着ている制服を整える。前を向いて再び歩きだそうとして、周囲の中でかなり目立っている知り合いの男女二人組が目に映った。

 声をかけようか迷って立ち止まって考えていると、女性の方が気付き、百合香の元へ走ってくる。それから遅れて男の方も走り出す。

 丁度よく現れた謝罪の機会に感謝しながら、百合香は彼らの方へ歩き始めた。



[2204年5月12日11時53分 月 EAF基地 商業区画]


 理駆斗がその日、百合香と会ったのは、商業区画についた途端に沙夜が空腹を訴え、食事をとる場所を探し始めた直後だった。


「百合香おはよう、今日も元気?」

「えっ!?」


 一足先に百合香の元についた沙夜は、百合香に抱きつく。百合香は少し驚いたみたいで一歩分だけ後退してなんとか踏みとどまる。いつものことなのか落ち着くのは早く、沙夜を体から引き離してその場に直立させた。


「全く、びっくりするでしょう! 人の目もあるんですから」

「じゃあ、人の目のない場所なら良いの?」

「そんな訳ないじゃないですか!?」


 沙夜は反省する様子もなく、百合香のことをからかう。沙夜がこんな風な態度をするのは、いつも打ち解けた人だけだ。百合香と沙夜がお互いを信頼しあう良いコンビなのだと、少し離れて見ていた理駆斗は思った。


「二人ともそろそろ止めなよ……沙夜姉は昼ご飯食べるんじゃないの?」


 理駆斗は人目が、とか何とか言っていたのに騒いでる二人に制止を呼びかける。二人とも我に帰ったのか、すぐに静かになって小さくなった。


「それで、百合香はお昼はまだ?」

「ええ、食べてないわ」


 沙夜の表情が少し明るくなった気がした。


「良かったら三人で一緒に食べないかな?」

「私は良いけど理駆斗達はいいの?」


 百合香が沙夜の方に視線を投げて問いかける。


「大丈夫だよ。むしろ一緒に来て欲しいな」

「そう、ならご一緒するわ。それで、どこに行くつもりなの?」


 百合香の問いかけに対し、理駆斗と沙夜は顔を見合わせ、二人揃って両手を上に上げた。百合香の無言で向けられる視線が、痛いほど背中に刺さるような感覚がする。


「わかった……何となくわかってきたわ。それじゃあ、私のオススメのお店に連れていってあげる」


 そう言って百合香は歩き出す。その後を追うように、二人の男女も続いた。



[2204年5月12日12時5分 月 EAF基地 居住区画]


「そば屋?」


 理駆斗は連れて来られたお店を見て、驚きを顔に表している。


「こんなお店あったんだ……」


 沙夜もここは知らなかったようで、周囲とあまり合っているとは言えない外見を見て、驚きを声に漏らしていた。


「沙夜が知らないなんて珍しいこともあるのね。日本区画出身の人には結構有名なお店なの」

「そうなんだ」


 引き戸を開けると、中には結構な数の客が珍しい木の椅子に座り、同じく木の机でどんぶりで蕎麦を啜っている。食べているのは、日本人ばかりだ。


「どう?」


 百合香が得意気に理駆斗の方を見て笑う。理駆斗はそれを見て笑顔を浮かべる。


「それじゃあ、そこの端末を使って注文するみたいだし、早くお願いして席を取ろう!」

「ちょっと沙夜! あんまりうるさくすると怒られちゃうでしょう」


 理駆斗は一人急ぐ沙夜とそれを納める百合香と共に、端末の方へ向かう。

 ところで、沙夜の方が年齢上なんだよな? 本当に……

 百合香が端末に手を翳し、空中でいくつか操作をする。どうやらARIVS経由で注文をするらしく、沙夜、理駆斗もその後に続いて手を翳す。視界に切り替わって現れた情報は勿論メニューで、頼むものを選択して決定すれば良いらしい。

 理駆斗はどれも美味しそうなメニューの数々を見て悩みながら、最終的に温かいとろろ蕎麦を選ぶ。他の二人も既に選び終えていたみたいで、理駆斗が顔を上げると目が合った。

 四人掛けの机を見つけて三人揃ってその場所へと向かい、百合香と沙夜が隣、理駆斗が百合香の向かい側という形で座る。


「理駆斗も今日は暇な日だったの?」

「うん、重力慣れの訓練とかが昨日の内に全部終わっちゃってさ、今日が一日空いたんだ。本当は部屋でゆっくりしているつもりだったんだけど、沙夜姉が外に出ろってうるさいから出てきた」

「うるさいって何よ……」


 理駆斗は沙夜が睨んでくるのを無視してそっぽを向く。そんな光景を見てか、百合香が笑い声をこぼす。理駆斗が百合香の方を見ると、何処かつぼにはまった様で、笑うのを必死に堪えていた。


「どうしたの?」


 理駆斗は落ち着いた百合香に問いかける。


「ううん、なんか本物の姉弟みたいって思って……」


 そんな百合香の言葉に、沙夜と共に理駆斗は笑みを浮かべる。


「まあ、本物の姉弟みたいなものだしね。従姉弟だけど会う機会は多かったし、他に同じ年代の親族もいなかったし」

「うん、僕の父さんはいつも忙しかったから、その度に叔母さんに来てもらって沙夜姉と……あっ」


 理駆斗が不意に驚いたような声をあげる。そんな姿を見て、百合香と沙夜が首を傾げる。


「どうかしたの?」

「いや、連絡が来てさ……」


 理駆斗は百合香の問いに答える。その声は何処かさっきまでの明るさが無くなっているように見えた。


「誰から?」


 沙夜の問いに、壁にかかったポスターを見て理駆斗が答える。


「父さんからだ……」


 沙夜が少し不思議そうな表情をする。


「おじさんから? 何だろうね」

「うん、よくわからない……」


 視線を落とさずに理駆斗は嘯く。

 状況を飲み込めていないらしい百合香は何か言いたそうな表情だが、気を使っているのか無言でいる。


「あ、食事が来たみたいだよ」


 理駆斗は自分たちの席に向かってくる従業員を指さして、話題を逸らした。



[2204年5月12日13時14分 月 EAF基地 居住区画]


「ねえ、百合香はこれから何処かに行く予定はあるの?」


 食事が終われば話は次第に次の予定へと変わっていき、既に目的が一致している沙夜と理駆斗とは違う立場の百合香へと話題が振られる。


「いいえ、私はただこの辺りをぶらぶらしていただけだから、特に予定は無いわよ」


 百合香が沙夜に答える。


「それじゃあ大丈夫そうね、これから理駆斗の服を買いに行こうと思っているんだけどいい?」

「ええ、楽しそうだから混ぜてもらうわ」


 さっきまでの百合香は理駆斗と沙夜の間に入ることを躊躇って、少し引いているところがあったが、今ではそんな必要はないと思ったのか、距離感が近くなった。

 沙夜もそんな百合香の空気を察したのか、躊躇い無く話を進めている。

 そんな現状が嬉しいことには嬉しいのだが、理駆斗はどこか落ち着かない。自分が一人取り残されている感覚がするのが一つ。そして、


(何だこの強烈なデジャヴ……)


 最初に三人で話をしたときから感じていた既視感が、二人の距離が縮まっていくたびに強まっていた。

 あまり重要なことではないと思うのだが、忘れようと思う度に頭の中を掛け巡る。


「理駆斗?」


 百合香に呼ばれて理駆斗は顔を上げる。心配そうな表情をしている。


「りっくん、顔色悪そうだけど大丈夫?」


 理駆斗は笑顔を作ると、無言のまま頷いて席を立つ。うかない顔だった二人も、すぐに顔に笑みを浮かべて出口へと向かう。


「それじゃあ、りっくんの服を探しに行こうか」

「お手柔らかにお願いします」


 どうやら店は外に出て少し歩いた所にあるらしい。理駆斗は百合香と沙夜が自分に似合う服の話をしているのを見ながら、一人笑みを浮かべる。前途多難な休日も、たまには悪くないだろうと思っている自分がいるのを何となく感じる。全員どこかしらの制服姿なのに、ファッションの話をしているとは不思議な光景だ。


 気が付けばお店は目の前で、その後もあっという間に過ぎていった。

 理駆斗は着せ替え人形の様に二人に何着もの試着をさせられ、そのくせ、買ったのは上下合わせてたった数着程度だった。



[2204年5月12日18時27分 月 EAF基地 商業区画]


「楽しかったね」


 沙夜が満足そうに呟く。


「良い息抜きが出来たわ」


 その横で百合香が晴れ晴れとした笑顔を浮かべている。


「疲れた……」


 そしてその横では、理駆斗がげんなりとした表情でベンチに座っていた。

 もう時間的には夜で、地球なら日が落ちている頃だろう。しかし、ここは月で、どこまでも白い光が空間を覆っていた。


「そろそろ夕飯の時間だけど、二人はどうするつもりなの?」


 沙夜が理駆斗と百合香に聞く。


「私は大丈夫よ」


 百合香が即答し、二人の視線が理駆斗の方へ向く。理駆斗は何度か躊躇った素振りを見せ、口を開く。


「ごめん、僕は研究区画によらないと……」

「そういえば昼食の時に言ってたね……」


 沙夜が残念そうに言う。


「それじゃあ沙夜、私たちはどこか探して夕食をとりましょう」


 百合香が沙夜のフォローに入る。本当に良いコンビだと思う。


「それじゃあ二人とも、多分また明日合うことになるよ」

「ええ、理駆斗も体調を崩さない様に気を付けて」

「りっくんまた明日」


 理駆斗は手を振りながら商業区画の人混みへと消えていく二人を見送る。

 束の間の平和もやがては消える。明日は、火星からの飛来物が月に到達する日。

 紛れもない開戦の時がそっと近づいていた。



[2204年5月12日18時58分 月 EAF基地 第1研究室]


「私です」

「入れ」


 端末に手を翳して喋りかけると、応答が帰ってきて扉が開く。理駆斗は躊躇いもなく中へと入る。


「珍しいな、私の所に訪ねに来ることなど滅多にないのに」

「ただの気まぐれですよ。お父さん」


 中にいた男は不快そうな顔をして理駆斗を睨む。


「その呼び方はやめろ。それに、あいつはどうした?」

「来たがりません。あなたのことが大層嫌いなんでしょう」

「そうか、それで用件は」


 男は煙草の煙を吐いて理駆斗に聞く。


「シルビィを探しに来ただけです。ここにいるはずなんですけど……」

「ああ、彼女ならその辺にいるはずだ。話なら外で宜しく頼む」

「わかりました」

 

 理駆斗はポケットに手を入れると男の横を通って金髪の作戦管理オペレーターを探す。横目で、山盛り灰皿に煙草が一本追加されるのが見えた。

 しばらくして、白衣を着た男と何かを話しているシルビアを見つける。相変わらずの無表情に無機質な目だ。


「シルビィ」


 理駆斗が呼びかけると、彼女もこちらに気が付いたようで男に礼をして理駆斗の方へ歩いてくる。その姿を横目で見ながら出口に向かい、手を翳して開いたドアをくぐる。


「彼は?」


 理駆斗は外にでると、横を一定の距離で歩くシルビアに問いかける。


「彼は研究者の一人で山辺真治朗。他の部署から黒鉄誠一博士に引き抜かれた人材で、プログラム、火星人類の脳を利用した兵器開発の面で手をかしています」

「父さんのお墨付きの科学者か……」


 理駆斗はその男の名前を記憶する。シルビアがマークする人間は、大なり小なり何かがある。それは、理駆斗自信もそうだ。


「それで、報告は?」

「はい、先日の火星人類について何点か報告があります。まずは地球に侵入した経路ですが、その数週間前に月の周囲を回る衛星の一つが故障し、包囲網に穴が空いた可能性があります。現状も故障の原因は調査中、技術スタッフは何の手がかりも見つけられていません」

「つまり、そこから火星人が侵入していたと……何とも出来すぎた話しだ」


 シルビアは無言で頷く。理駆斗はその先を促した。


「その数日後に、中国の港で月から到着した貨物船一隻が炎上する事故が発生しています。こちらも今のところ発火の原因が不明です」

「つまりシルビィは、火星人3人が包囲網の穴を丁度よく抜けて基地内部から貨物船に侵入し、炎上事故をおこしながらもステルス迷彩を拝借して逃げ仰せたとでも言う訳かい?」


 理駆斗は歩きながら横のシルビアに問いかける。その表情は、どこか楽しそうだ。対するシルビアも、無表情な顔に少しばかりの笑みを浮かべている。


「いえ、地球の何処か、またはこの月の何処かに、火星人類とつながった内通者がいれば話しは別です」

「同意見だ。しかもそいつは足跡1つ残さずにハッキングが出来、ステルス迷彩を拝借しても怪しまれない軍の上層に位置する人間だと……引きずり出すのが難しい引きこもり野郎だな」

「はい、どうにかして証拠を掴むことが出来れば良いのですが」


 俯くシルビアに対して理駆斗は笑う。


「問題ないさ……文化も生体系も違う他の人類と立場が悪くなってでも内通する奴なんて限られてる。加えてこの瞬間ときを選んだんだ。明日始まる戦闘がどう転がったとしても、そいつは絶対に動くよ」


 平和は長ければ長いほどその尊さを忘れさせる。平和が長ければ長いほどその後の絶望は増していく。

 絶望が、始まる……

第7部、『7の大罪』どうでしたでしょうか。

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