手足、そして腹部にうがたれた痕跡
[2204年5月9日12時40分 月 EAF基地 第3訓練場]
揺れる地面。大きな音と共に二人の体が中心から離れる。
一人は前方へ、もう一人は後方へ。
高速で後ろへ移動する中、照準を合わせ、理駆斗が引き金を引く。撃ち出された弾丸が、正確に百合香の心臓の辺りを狙う。その弾丸の方へ飛び込んで来る百合香の体。
持っていた刀を閃かせ、真っ二つに切断される銃弾。
(真っ向から斬って落としたのか!?)
理駆斗の思考に衝撃が走る。速度を落としもせずに百合香は前進する。
正直、詠みが甘かったと理駆斗は唇を噛む。再び正確に放たれる第二射。しかし、百合香の体が空中に踊り出すことによって難なくかわされる。回転しながらも、彼女の刀が理駆斗の姿を捉える。地面を転がって斬撃をかわす理駆斗。刀は先ほどまで彼が立っていた地点で空を切る。
間一髪で避けた理駆斗は跳び上り、壁に杭を突き刺してぶら下がる。着地する百合香の体。二人の視線が鎧ごしに交錯する。
未だ損害率は共にゼロ。しかし、こちらが押されていることは認めなければならない。
(少し作戦を変えないといけないな……)
対する百合香も、理駆斗の正確な射撃に舌を巻いていた。
理駆斗は高速な移動の中でブレを補正して心臓を狙った。
その技術は計り知れない。
百合香は手に持った刀を握りしめる。杭を外し、落ちてくる理駆斗の体。しかし、その次の動きを見せない。誘っているのだろうか。百合香は思考を巡らせるが、結論がでない。
(やるしかないの……)
理駆斗の持つ拳銃の照準は、下を向いている。沈黙は緊張感を高めてゆく。百合香は刀を構え直すと、一気に駆けだした。構えられる理駆斗の拳銃。中心に百合香を捉える。
そして破裂音と共に飛び出す銃弾。今までと違って足を狙っている。着弾の直前で切り伏せ、効力を失った鉄の塊が地面へと落ちる。
それと同時に、視界が捉える動き。理駆斗の脚部の装甲が展開し、中から何かが回転しながら飛び出してくる。それは3丁目の拳銃。
理駆斗はそれの引き金に指を引っかけ、数度回して掴む。
最填の時間を無視し、放たれる銃弾。着弾予想地点は心臓付近。百合香は急停止し、刀を切り上げて弾を防ぐ。
『損害率0.8%。一撃目は僕が貰った』
通信が入り、理駆斗の声が聞こえる。百合香が自分の肩を見ると、弾の破片が掠っていたようで少し傷が入っていた。
「0.8%? その程度で喜んでいるなんてあなたも悲しい人ね」
「僕は派手に戦うことが出来ないからね」
理駆斗は上を向くと小さく呟く。ゆっくりと動き出す手。拳銃がこちらを向いて狙いが定まる。百合香も刀を持つ手に力を入れる。
「始めよう、第二ラウンドだ」
理駆斗の足が地面を蹴る。その姿は上空へと舞い、空中で右左の引き金を引く。飛び出した弾丸を百合香が斬り伏せ、再び全意識を理駆斗に向ける。
その瞬間、目の前に現れる理駆斗。今まで距離を取っていたはずの彼の突然の動きの変化に、百合香は驚く。しかし思考も行動も途中で停止する訳にはいかず、理駆斗に向かって刀を振りかぶる。
本来ならかわしようのない攻撃を、理駆斗は右手に持った拳銃もって防いでいた。
「なっ!?」
完全な思考の停止。百合香は刀を引くと跳躍して距離を取る。
さっきまで百合香が立っていた位置で両手に持った拳銃を回す理駆斗。
そのまま音も立てずに風を切って百合香の元へと到達する。
理駆斗の銃を使った体術。それは驚く程に完成されていた。百合香の刀での切り付けを、刀の側面を弾いて流す。時に足での蹴りや至近距離での射撃なども組み込み、一つとして隙を見せない。既に研ぎ澄まされ完成した才能。実戦の中で磨かれてきた繊細な技術。そのどれもが、”黒鉄理駆斗”という人間の一部分であり全て。1欠片であるからこそ、一つでも欠いてはいけないものなのだろうか。
百合香は思索の中で平坦に落ち着いて思考を整えながら、理駆斗の変則的な動きを紐解こうと試みる。間近で炸裂する弾丸をギリギリの地点で弾き、その直後に襲う打撃を辛うじて避ける。数センチ、数ミリ単位での攻防。自らの持つ技術と感だけを頼りに、ひたすら突破口となる切り口を探す。
(やっぱり幻繰武装を使うしかない!)
百合香は結論を出し、理駆斗に向けて斬撃を放つ。理駆斗の体が後ろに下がり、反撃に転じるまでの僅かな、決して十分とは言うことの出来ない間隔。そこへとねじ込むように、自らの反撃への糸を手繰り寄せるための一手を高らかに叫ぶ。
「村雨、展開!!」
変化は明白だった。空気が正体不明の水気を帯び、今まで認識していた世界が歪みを見せる。百合香は頭の中へと入り込んで来る幾つもの情報を飲み込み、一定の速度で消化していく。
理駆斗は追撃の直前で急停止し、飛び上がって後方で着地する。冷たく光る蒼白い光が、その中心に百合香の握った刀を据える。
全ての変化の中央に位置するもの。
それは刀。幻繰武装『村雨』と呼ばれるこれは、通常の武器に幻想子の制御機構を組み合わせた連合軍の武器。
理駆斗は空気を大きく震わせる程の力の波動に目を細める。それは、力を持つもののみしか扱うことの出来ない、まごう事なき才能所持者の証。
次第に百合香の周りへと水滴が集まり始める。一つの形を作らず、空中に浮く無数の水の塊。まるで無重力であるかのように漂っている。百合香は刀を構え、標的に狙いを定める。理駆斗が拳銃の先を百合香の方向へと向ける。
「村雨……」
水の不規則だった動きに統率の色が現れ、8つの形を作る。それは三日月型の不思議な水の集まり、戦いの中で在る場所を間違えたかのような、美しい形。
だが、決して忘れてはいけない。水は柔らかい物ではないということを。自然が起こした嵐が、水が、人を殺すことが出来るということを。
三日月の形をした8つの水の刃が虚空を激しく回転する。敵の体を断ち切るその時を、今か今かと待っているかのようだ。
「群れる雨のように、その鋭利さをもって敵を切り裂け!」
百合香の足が地面を蹴り、それに追従するように水刃が宙を舞う。
空中に弧を描くは水の刃。それをたずえて駆ける百合香。対する理駆斗も百合香の方へと駆ける。水刃は百合香を追い越し、急激に加速、そのまま理駆斗の体を襲う。理駆斗は右に跳び退いて三日月型の刃の一つをかわし、照準を百合香に合わせて引き金を引く。弾かれる弾丸。引き裂かれる地面。理駆斗は再び飛び上がると、壁に杭を打ち付けて体を揺らすようにして移動する。
不意に軌道がぶらつき、体が落下。杭につながっていたロープが切断されているのが目に移る。壁を蹴って回転しながら地面に着地、その直後に横凪ぎに襲う刃を頭を屈めてスレスレで回避する。
「……」
百合香は無言で思索し、理駆斗へと接近する。懐へと潜り、刀を振り下ろすが、拳銃によって側面を弾かれ、斬撃は理駆斗を逸れて空を切る。理駆斗が発砲し、弾丸が水の刃によって擦り潰される。しかし、その1秒もない時間を使って、次の水刃を回避する。後退する理駆斗に刃を差し向けながら、百合香は焦りを感じていた。
(まずい……幻装武装の使用限界が近づいてる。このままじゃ勝つどころか互角の戦いですら……)
しかし、負けたくない。百合香は決意を新たにし、理駆斗の元へと突っ込む。待ち構える理駆斗を8本の刃が狙い、襲いかかる。
しかし、理駆斗の流動的かつ迷いのない動きに、また1つ、また1つと、水の刃が回避され、軌道を変えられ、不発に終わって行く。百合香自信、そんな光景に感じるのは落胆以外の何でもない。自分の今まで培ってきた才能、戦略、技術、努力。その全てを一瞬のうちに否定されてしまった気分さえする。だが、その程度のことは最初から理解していたことだ。だからこそ、今までにないようなことをする必要がある。即興でも偶然でも構わない。ただ、目の前の相手を倒すためだけの一撃を。
百合香の思惑とは裏腹に散っていった水の刃達。それらが静かに元の形を整えて行く。
(絶対に負けたくない!)
そんな、百合香自信でさえ意外と思ってしまうような思考が頭の中を巡る。その熱に支配されそうになりながらも、百合香は理駆斗へと肉薄し、刀を下方から切り上げる。後一歩で届かない刃。その無念を全て、8本の手足へと託す。
理駆斗がその存在にようやく気付く。しかし、もはや回避できる場所に刃はなく、あと少しで鎧へと突き刺さるような距離、対処のしようがない。
「もらった!!」
百合香が叫ぶと共に刀を振りかぶり、勢い良く振り下ろす。前後方共に、理駆斗の下へと刃が殺到する。
全てにおいて必中の完璧な距離の中、百合香は勝利を確信する。
「終わりだ。もう、飽きたよ……」
だからこそ、その時発せられた言葉が誰のものなのかを、瞬時に理解することが出来なかった。
「本当に馬鹿で救いようがないなあ……だから、私が見せてあげるよ。君の結末を、ね」
理駆斗が冷たく言葉を紡ぎ、嗤う。百合香の思考を空白が支配し、頭が動かなくなる。
(知らない!? あんな理駆斗、今まで見たことがない!!)
心の中で喚く自分を必死になって押さえつけて黙らせ、9本の刃でもって刃理駆斗を狙う。百合香の中で思考がまとまるよりも先に、刃は理駆斗へと到達してしまった。
待ちかまえる死神の元へと……
百合香は、刃を操作しながら、強大な違和感が身体を撫でるのを感じていた。それはまぎれもなく才能の証明。『村雨』を越える幻繰武装、その能力が解き放たれた合図だった。もう攻撃を止め、後に戻ることは出来ない。
(それに、ここでどう足掻いたとしても、刃を防げる筈がない!)
しかし、それは間違っていたと知る。理駆斗に触れようした水刃は、急にその形を崩して制御から離れ、刀は理駆斗の拳銃によって防がれている。
理駆斗が百合香へと銃を向ける。もはや、抵抗する意志すら、百合香には残っていなかった。
引き金が引かれる。
『戦闘鎧の損傷値が規定値を超えました。これにて、戦闘訓練を終了します』
赤と銀の光が散って行き、元の姿へと戻った百合香はその場に膝を付く。その目の前では、黒い鎧に身を包んだ理駆斗が、未だ銃の照準を百合香へと向け、立っている。勝負が終わりを迎えても、歓声一つ湧かない。全てが凍ったまま、沈黙が場を支配している。
不意に理駆斗の鎧が光の粒へと変わり、彼の体がその中から現れる。黒い光の所為で百合香からは、その顔に映る表情を伺うことは出来なかった。
理駆斗は歩いていた。沢山の感情が頭の中で渦を巻き、漂っている。その中でも一際大きな一つの感情。それは、歓喜だった。理駆斗は言い表しようのない喜びに身を震わせていた。
「やっとだ……やっと見つけた! まさか、こんな所で見付けることが出来るなんて!! これで……ようやく私の願いが果たされる」
そして興奮の余りに、その背後に忍び寄る影に、気付くことが出来なかった。
気付いた時には既に遅く、理駆斗の首筋に何かが突き立てられる。
そのまま、理駆斗の意識は闇の中へと落ちていった。
金髪の女性は理駆斗が倒れたことを確認すると、静かに眠る理駆斗の姿を、憂いの表情で見つめると
「黒鉄少尉、少しだけ眠っていて下さい」
小さく呟く。女性は扉に手を翳して外に出ると、静かにその場を去っていった。
[XXXX年XX月XX日XX分 地球XX]
雪の降る公園で、少年は少女と二人で遊んでいた。
「もう少しで出来そうだね!」
少女が少年に言う。地面に転がっているのは大きくなりすぎた二つの雪の玉。二人の手は、それを持ち上げるには小さすぎて、力が足りなすぎて、完成を遂げることはないであろう雪だるまの部品。
「うん」
少年は明るい声で言う。決して頷くことはなく、目は降る雪を見ながら。
「あっ! りっくん今嘘吐いたでしょ!」
少女が声を大にして言う。ばれた方の少年は何を言ったら良いのか分からず、その場で沈黙する。
「りっくんてさ、嘘吐くときにいつもすることがあるんだよ! 知りたい?」
少女の言葉に、少年は頷く。
「ほらっ、そうやって!」
少女が上に手を突き上げ、何かを指さす。少年は引き付けられるように、その指が指す場所を見た。
見えるのは白く降る雪と、雲に覆われた雲だけだった。
[2204年5月9日15時5分 月 EAF基地 医務室]
理駆斗が最初に感じたのは、背中を包み込む柔らかな感覚。それで、自分がどこかに寝ていたと自覚する。
(僕は何をやっていた?)
記憶を整理するが、何かが抜け落ちている感覚が、理駆斗の心の中で渦巻いていた。目を開くと、眩しさで少し目が眩んだ。
「起きた?」
理駆斗の戻ってきた視界に百合香が映る。見下ろすようにして立っていて、白銀の髪が理駆斗の視界の中で揺らめく。
「おはよう、相当お疲れだったみたいね」
「おはよう……百合香?」
百合香が理駆斗へと笑いかける。その瞬間、理駒斗の脳裏によぎる白銀の鎧と刀。そして8本の水刃。
(そうか……僕は百合香と……)
「百合香、僕はどのくらい寝ていたのかわかる?」
僕の問いに、百合香は少し首を傾げる。
「わからないわよ。でも、13時に訓練が終わって、私が控え室に行った時には地面で寝ていたから、2時間位かな……」
「そっか……」
僕は地面で寝ていたということに疑問を覚えながら、体を起こす。
「……」
「……」
2人の間に流れる沈黙。部屋に置かれているものを見るに、ここは医務室のようだ。
「それじゃあ、私はこれから少し用事があるから……」
百合香が控えめに言う。
「そっか……それじゃあ、また」
「ええ、また今度」
百合香が部屋から出ていく。それを手を振って見送る理駒斗。
(やっぱり模擬戦のことかな……)
脳裏を過ぎるのは前後方から襲う刃。そして、暗くなってゆく視界。
(負けた……僕は負けた、のか?)
疑問と悔しさだけが心をえぐった。
[2204年5月9日13時40分 月 EAF基地 第1研究室]
『博士、入ります』
「ああ……」
部屋の中に一人の女性が入って来る。オペレーターの制服、長く伸ばした金髪。女性は部屋の中にいた白衣の男に話しかける。その男は煙草を灰皿に擦り付けると、その女性へと向き直る。
「それで、様子はどうだ?」
「はい、現在は安定しているようですが、極度な使用は危険になると考えられます」
「そうか、次の段階に移るには、少し課題が多いようだな」
「はい。それと……別件なのですが、耳に入れて頂きたい話があります」
「それは?」
男が新たな煙草を取りだし、火を付ける。灰皿には、既に5本の煙草が、溢れるように乗っていた。
「はい、月に向かって5つの物体が火星から飛んでいるようです。4日後には月に到着するかと」
「わかった対策を考えておく」
「はい、よろしくお願いします」
それだけ言うと、金髪の女性はコンピュータだらけの乱雑とした部屋から出ていく。1人残された男は、ゆっくりと煙草の煙を吐く。
「それにしても、献体の脳に穴を空けて渡すとは、俺への仕返しか?」
そして、灰皿へと煙草を落とす。
「まあ、別に怒ってはいないがな……」
こんにちは、烏悔糸柳です。第五部、お楽しみ頂けたでしょうか。
今回から後書きの部分に解説を書いていこうと思います。また、疑問などがあったら感想に書いて頂ければ、答えられる範囲で回答していきたいと思っておりますので、良ければどうぞ。




