『黒の眷族』
「<遡及>」
俺は腹に穴の空いた身体を数分前の綺麗な身体に戻した。
「馬鹿なっ!?」
「<火玉>」
火属性で最も簡単な初級魔法<火玉>を掌に出す。俺はそれにひたすら魔力を込める。サッカーボール程のサイズになった所で大きくさせるのを止め、中の魔力の密度を増やしていく。
「知ってるか?炎には限界温度がないんだぜ」
すでに手の上の<火玉>はドロドロになって時々我慢しきれないかのように炎が零れる。まるで小型の太陽だ。レスカーは黒氷で最大限の盾を作る。
俺は出来上がった凶悪な<火玉>をレスカーへと投げる。<火玉>は強大なエネルギーを撒き散らしながら氷の盾を蹂躙していく。
氷の盾を全て貫いた所で俺は<火玉>を消す。もしこれが直撃した場合レスカーは間違いなく死ぬだろう。しかしレスカーにはいくつか聞きたい事があるので殺す訳にはいかない。
間髪入れずに<鎌鼬>を放ち、レスカーの足を切る。まさか攻撃が足に来るとは思ったのかレスカーは無様にバランスを崩し倒れた。俺は倒れたレスカーの喉元に炎で作った剣を突き付ける。
「殺せ…」
何かを諦めたかのようにレスカーは呟いた。だが殺すつもりは毛頭ない。貴重な情報源だ。
「質問に答えろ。お前がさっきまで使っていたアレは<魔>か?」
「……敗者は勝者に逆らえない。アレは<魔>よりも邪悪な力<邪>だ」
<邪>という言葉に聞き覚えはない。しかし推測は出来る。あの<邪>という力は神器を動かしていた。レスカーは邪神器といっていたが大した違いはないだろう。魔剣と聖剣のようなものだ。通常神器を動かすのは<魔>でも<武>でもない。神々の力である<神>だ。
しかしレスカーは<邪>を使って神器を起動させた。という事はつまり<邪>は<神>と同質なものであるという事だ。恐らく<魔>と<武>が同質で対になっているのと同じで<邪>も<神>と同質で対になっている力なのだろう。
「そうか。なら『黒の眷族』というのは?」
「……『黒き獣』に力を与えられた者たちのこと。<邪>もその力のうちの一つ」
「なるほど。ならガルトの街に現れた影はお前らと何か関係あるのか?」
「あれは『黒の眷属』。あの力を抑え込めれば『黒の眷族』になれる」
なるほど。眷属と眷族の違いか。眷属は自我が無くただ破壊を尽くすだけの存在だった。力自体は大した事ないが祈祷魔法や精霊魔法、十神技くらいしか効かない厄介な奴だ。
一方、眷属の力を抑え込み眷族になれれば自我を取り戻せる訳だ。更に強靭な肉体と<邪>も手に入れられる。しかし不死身性はなくなる。
「次で最後だ。お前らの組織は何人いる?」
「…分からない。私が知っているのは黒氷の私と黒風、黒雷、黒炎、黒土だけ。黒風以外は貴方の仲間を殺しに行っているはず…」
黒風だけは動いてないのか。理由は弱いからなのか。それとも司令塔だからなのか。もし黒風が司令塔だというのなら他にも仲間がいる可能性が大きい。
「…終わったなら早く殺して」
レスカーはもう疲れたという風にこちらを無表情に見つめてきた。
「いやだ」
「…どうして。私は男に負けた…。それだけじゃない。汚れた力に縋り誇りを棄てた愚か者…だから殺して」
それは壊れたステレオなのか。ただ言葉を吐き出し続ける。聞いて欲しいから話すのではなく、話すという事自体が大切なのだろう。
「私は男という存在に耐えられない…。私をいやらしい眼で見てくる男…私より弱いと知って私を女のくせにとバカにする男…だから私は誓った…私を犯そうとした男たちに付けた傷と同じ傷を顔に付けて…男には負けないと……でも結局私はバカだった…純粋に強くなりたいという願いはいつの間にか男に負けたくないという憎悪にすり替わった…そして安易に汚れた力に手を出した…」
その呟きは走馬灯なのか後悔なのか。俺には知る事が出来ない。だがこれだけは言える。
「そんなん俺がお前を殺さなくちゃいけねー理由にはなんねーよ。第一、俺は人は絶対に殺さない。絶対にだ」
「………なぜ」
「人には無限の可能性があるからさ。例えどれだけ堕ちても人に道がないなんて事はない。人間はそういう風に造られてるからな。もし道がないなんて思ってる奴がいるなら、そいつは自分で勝手に選択肢を作って可能性を狭めているだけさ」
俺の言葉にレスカーは沈黙で応える。レスカーにはレスカーの考えが、いや選択肢がある。後は彼女がどれを選ぶか選ばないかだ。
「黒い力なんかを手にした私でも道はあるの…?」
「あるよ」
「普通の女にも…強い女にも…優しい女にも…なろうと思えば成れるの?」
「ああ」
「なら…戻りたい…私が黒くなるよりも前に…誰かを信じる事が出来ていた私に戻りたいっ…」
レスカーの瞳から涙が、唇から想いが溢れ出す。
「なら俺が少しだけ手伝ってやるよ」
倒れ込んで泣いたままのレスカーへ向け左腕を伸ばす。身体に<神>を纏う。俺の身体が純白に染まる。
「<浄化><治癒>」
するとレスカーの身体が暖かい光に包まれる。体内に巣喰う『黒い獣』の力が浄化され、身体と精神が癒えていく。レスカーは心地良さそうに瞳を閉じている。顔の傷が消え、黒い力も消え、後に残ったのはただ一人のレスカー・レインドという女性だった。
「あとはお前次第だ。好きに生きな」
そう言って俺は背を向ける。もうこれ以上ここにいても仕方がない。まずは仲間と合流してお互いの無事を確認しなければならない。
俺は<神域>の中にいたネミリアを回収し、とりあえず王都へと戻った。




