第五話 特別
#第五話 特別
お兄ちゃんがいつものようにお家にやって来た。
いつもなら見上げて手を差し出すとその手を握って微笑んでくれるのに、今日は怖くて俯いたまま手を出せずにいる。
「エイル、どうした?」
どう言ったらいいのか分からずに僕は泣いてしまった。
お兄ちゃんが慌ててしゃがんで、僕の顔を両手で挟む。
「どこか痛いのか?」
ううん、どこも痛くない。首を左右に振る。
「嫌な事があったのか?」
ううん、お兄ちゃんに会えて嬉しい。けど、お兄ちゃんはルークとレオンと仲良くしたいから仕方なく僕に会っている。
首を左右に振る。
「分かった。エイルは特別だからおんぶして馬のところに行こう。そして馬にも話を聞いてもらおう」
お兄ちゃんは背中を向けて両手を後に差し出した。
そこに乗っかるとよろよろと立ち上がる。
もたれ掛かるようにした背中は大きくてなんとなく暖かい。
そして落ち着く。
玄関から出ると庭を抜けて馬舎に向かう。
揺られながら、いつもより高い視線に少し嬉しくなる。
普段触る事のないお兄ちゃんの髪に触れる事も出来るし、首筋や肩に力が入っているのが見えるし呼吸も感じる。
「お兄ちゃん」
おんぶされたまま、僕はお兄ちゃんを呼んだ。
「なんだ、エイル」
いつもなら僕を見て微笑みながら言うけれど今日は前を向いたまま。だけどいつもの声。
その声を聞いてとても安心した。
「お兄ちゃんはルークの事を知ってる?」
「ああ、知ってるよ」
良かった。お兄ちゃんは嘘を付いてごまかしたりしない。
「じゃあレオンは?」
「もちろん、知ってるぞ」
当たり前に言うお兄ちゃんに、ようやくどう言えばいいか分かり始めた。
「僕ね、毎日が僕の日だと思ったんだ。でもね、明日はルークの日で、その次はレオンの日なんだって」
「うん、だからエイルの日は毎日会いに来てるよ。ルークもレオンも好きだけど、エイルが一番好きだよ」
ああ、なんて嬉しいんだろう。お兄ちゃんは僕が一番好きって言ってくれた。
ルークとレオンのおまけじゃない。
馬舎に着くとまだ背中に乗っていたいけれど降ろされた。
でももう不安はなくて、お兄ちゃんの顔を見上げて手を繋ぐ事が出来た。
(よう、坊主。今日も元気だな)
馬は僕を見下ろしながらそう言った。さっきまで元気が出なかったけれど、お兄ちゃんのおかげで元気になった。
「うん、僕もお兄ちゃんだーい好き」
お兄ちゃんと馬に言った。
二人して馬の世話をした。ブラシで体を擦ってあげて、敷き詰めてある汚れた下草をスコップですくって外に運び出す。
それから新しい草を敷いて水を交換して、少しだけおやつに飼い葉をあげた。
馬はずっと気持ちいいとか嬉しいとかありがとうとか言ってた。
「ね、お兄ちゃんは優しいでしょ?」
「なんだ、エイル、馬に話してるのか?」
「うん、そうだよ」
(ああ、そうだな)
馬はブルブルと鼻息を鳴らしながら応えた。
馬の世話を終わらせてから干し草の上に並んで寝転がった。
「ね、お兄ちゃん。ルークとレオンの事を教えて」
何でも聞いてみる事にした。
「最初はルークだけだった。もちろん一緒に遊んでたんだよ」
「うん」
最初から三人ではなかった。最初はルークだけ。
「それがある時、エイルとレオンが出来た」
「ふーん、僕とレオンは途中から」
途中で三人になる事なんてあるのかな?
でもあるんだよね。実際僕がそうなのだから。
お兄ちゃんが望んだからなら、嬉しい。
「ねえ、お兄ちゃんは僕が出来て嬉しかった?」
「もちろんだ。初めて見た時の事は今でも覚えてる。赤ちゃんは驚かせちゃいけないから、うるさくしちゃいけないんだ。だから心の中でたくさん可愛いを言った」
そうなんだ。僕の知らないところでもお兄ちゃんは可愛いと思ってくれた。
「それにエイルの名前はお兄ちゃんが付けたんだぞ」
「そうなの?」
そんな事があるのか不思議でそう応えた。
「ああ、エイルは途中で生まれたから、赤ちゃんと呼ばれていたな。けど見た時にエイルだって呼んだんだ。それでエイルになった」
最初から生まれていたらお父様とお母様で名前を付けるけれど、途中で急に生まれたから名前を考える時間がなかったのかも知れない。
「お兄ちゃんが付けてくれたんだね。ありがとう」
お兄ちゃんは僕に名前をくれた。名前を付けてくれたのがお兄ちゃんでとても嬉しい。
「だから、三人の中でもエイルだけは特別だよ。そうだ、クッキー持って来た」
特別って何だろう。僕はお兄ちゃんの言葉を頭の中で繰り返していた。
そうしている間にお兄ちゃんはポケットからハンカチに包まれたクッキーを取り出した。
ハンカチを広げるとポロポロと端が崩れているけれど、一枚のクッキーがあった。
それをどうするのか見ていると、両手で持って半分に割ってくれた。
「ほら、エイルと半分こだよ」
ああ、お兄ちゃんは僕だけに大事な半分をくれた。
それが特別って事なんだと分かった。
「特別?」
「ああ、特別だ」
僕はそのクッキーがとても嬉しくて、何度もお兄ちゃんが持った半分と割れた部分を合わせた。
「はんぶんこ!」




