第六話 はんぶんこ
#第六話 はんぶんこ
エイル たぶん八歳
お兄ちゃんは毎日来てくれる。
もちろん僕の日だけど。
お兄ちゃんは馬にも乗れたのだけど、僕が大きくなるまでは我慢してくれていた。
それでようやく一緒に馬に乗れる歳になったので、屋敷から出て遠くまで行けるようになった。
正確にはお兄ちゃんの乗る馬に乗せてもらっている。
二人掛けの前に座り、鞍の端を掴んで馬が走るリズムに合わせる。
背中のお兄ちゃんと同じリズムで動けるようになると一緒に乗っているという実感が湧いて来る。
左右からは両腕で守られていて落ちる心配はもちろんない。
それでも二人きりは危険だからと使用人も一緒に付いて来てくれる。
「山の上からなら遠くまで見られるぞ」
僕はわくわくして馬に乗った。
(坊主、怖くないか?)
「うん、楽しみ!」
お兄ちゃんも馬も僕を気遣ってくれて、山の上に着いても全然疲れていなかった。
少し風があって草がなびいて、髪がぐしゃぐしゃになってしまうのでお兄ちゃんのマントで覆われて領地を見渡した。
お兄ちゃんは少ししゃがんで僕の目線に合わせて街のちっぽけな家々を指さす。
「あそこがルヴァンの街だよ」
お父様が治める街。時々出掛けてはお土産を買って来てくれる。
「あんなに小さかったんだね」
そう、もっともっと大きくて全ての店を見て回る事なんて出来ないと思っていたけれど、こうして見ると小さく縮こまって集まっているみたいだ。
そこから少しだけ指を動かして、街のお店よりも大きいお家を指さす。
「あそこがエイルの家だ」
バタバタと走り回った廊下や、広い階段もあってかくれんぼするには広い家なのにこうして見るとやっぱりちっぽけだ。
「小さいね。お兄ちゃんのお家は?」
指が少しだけ上に動くと、もう少し大きいお家がある。
「あそこがお兄ちゃんの家だ。そうだ、馬に乗れるようになったし家にもおいで」
いつも見慣れた自分の家ではなくまだ行った事のないお兄ちゃんの家に行けるなんてとても楽しみだ。
「うん、行く!」
マントの中で向きを変えてお兄ちゃんにしがみ付いた。
それからもっと遠くにある王城を見て、こんなに遠くなのに大きく見える事にとても驚いたり、更に遠く山を越えた辺りから隣の国に変わる事を教わったりした。
草原まで走りに行った事もある。
見渡す限りの草原で、山の上から見えていた街並は見えない。
「ここは僕とお兄ちゃんだけの場所だね」
両手を広げてぐるぐる回ってそのまま草の上に寝転がった。
お兄ちゃんもぐるぐる回って倒れて来る。しかも上に覆い被さられ少し重かった。
でも、嬉しくて抱き付いた。
川に行った時には石を投げて何回跳ねるか競ったり、靴を脱いで水遊びをしたりした。
澄んで流れの穏やかなところに見える大きな魚を釣ろうと頑張ってみたけれど、結局釣れなかった。
それでもお兄ちゃんと一緒にいられるだけで楽しい。
でも、本当は外に行く理由は別にあった。
帰ってから馬の世話をして、終わると干し草の上に一緒に寝転ぶ。
お兄ちゃんはいつもお菓子を持って来ていて、はんぶんこしてくれる。
ううん、『はんぶんこ』は二人の秘密の合言葉で、本当は別の意味がある。
あれは一ヶ月程前の事。
馬の世話を終わって牧草に寝そべってポケットからお兄ちゃんが瓶を出した。
中にはグミが入っていて、一つつまみ出して僕にくれようとした。
僕はいつものように半分こしたくてグミを噛んだ。
半分に千切れてお兄ちゃんが半分食べた。
グミはすぐになくなって、今度はお兄ちゃんが僕に瓶から取り出させる。
お兄ちゃんに差し出したグミを指ごと口に入れてペロペロ舐められた。
「くすぐったいよ」
僕は咄嗟に手を引いた。
お兄ちゃんはいつの間にか二つに割れたグミを舌の先に乗せて口から出していた。
「エイル、半分こだよ」
お兄ちゃんのはんぶんこは僕がお兄ちゃんにとって特別だという事。それが嬉しくて、抱きついてせがんだ。
お兄ちゃんはグミを口移しで入れてくれる。
凄く甘くて、嬉しくて、しあわせな味がする。
お兄ちゃんは時々僕の事をわんこみたいだと言う。
僕が嬉しいとしっぽを振っているみたいに見えるし、悲しい事があると耳を伏せているように見えるみたい。
満月の夜は月を見て吠えたくなるのもそのせいかも知れない。
僕ははんぶんこする時寝転がったお兄ちゃんの上に乗ったりする。
するとお兄ちゃんはお尻のちょっと上をぽんぽんと叩く。
そんな事をされると何故か頭の中がぐちゃぐちゃになって吠えたくなる。
「エイルはわんこだな」
はんぶんこはお兄ちゃんが僕の事を大切に想ってくれる証拠。
ぽんぽんは僕の事を好きにしようとする証拠。
だって僕はお兄ちゃんにしがみ付くし、やめて欲しかったらはんぶんこ、と言われて何もないのにはんぶんこする。




