第3話 工藤の悩み
年下の一般社員なので2人分の食事代を出そうと言ったが丁重に断られてしまった。
警戒されている感じがする。
たかが食事代なのでこれで話が円滑に進むのであれば安いと思ったが作戦失敗である。
佐伯君と鈴木君は並んで座り、自分は向かいの席に腰を下ろす。
最初から会話を始めるのもがっつきすぎと思われるのでまずは黙々と食事をとることにした。
花音のことを聞きたいが社員食堂だと人目がある。
いや、あえて人目にさらすことで白黒はっきりするかもしれない。
きっと周りの経理チーム課長が交際疑惑のある佐伯と会話しようとしていると聞き耳を立てている可能性
は大いにある。
これで彼らが付き合っているとなったら俺は潔く手を引こう。
彼女が幸せならそれでいい。
3人とも食事がある程度進んだところで会話を振ってみた。
まずは2人の年齢からだ。そんなものは知っているので聞く必要もないのだが会話とは無難な物から始めるに限る。
お互い簡単な自己紹介なような言葉を交わすことになったがその後はただの男性社員の砕けた会話になった。
新課長は業務を変革しようと考えている節があるらしく、それがベテラン社員の為末さんが不満を述べて拒否しているという。
為末さん、勤続22年になるベテラン社員である。40代半ばの女性だ。
花音が社内ではお局と言われているが本来ならこの為末さんこそお局と呼ばれる人物である。
課長の陰に隠れて後輩いびりや仕事の拒否などをしているのは見かけている。
課長になったばかりの頃正義感から前課長にそのことを指摘したこともあったが暖簾に腕押しと言った感じで改善は全くなかった。
為末さんが高橋の悪い噂を流して余計に評判を落としているいうもの知っていて何もしてやれなかった自分を恥じたこともあった。
新課長が彼女と戦おうとしていると聞いて話題にしてよかったと思う。
ぜひとも応援したい。
「ところで・・・これは・・・聞いた話なんだが、経理の高橋さんと君が仲良く話しているらしいんだが。」
「あー、高橋さんですね。いえ高橋先輩ですね。はい、よく話しています。」
はっきりと答える子だ。これが犬系男子と言うやつか。
「2人は付き合っていたりするのか?」
気取られないようにさっきと同じ声音で話しかける。
「え?なんでですか?そんなわけないですよ。」
佐伯君は慌てたように手を振ってNoと言っている。
横にいた鈴木君がニヤニヤしている。
「いやね、こいつ高橋さんの友達と付き合っているんですよ。」
鈴木君が代わりに話す。それをバカ、止めろと言って佐伯君が止めようとしている。
2人を見ていると辞めていった同期との日々を思い出す。
正直現場系の部門は土日出勤があったり夜遅くまで働いていたり、現場によっては夜にしか作業ができなかったりと事務系部門と大きさな差がある。
そんなことも知らなかった研修期間の短い時間、同期とこんな感じで会話していたなと懐かしい思い出に浸っていた。
と、浸っている場合ではない。
「高橋さんの友達と付き合っている?」
「最近できたんですけど、前にこの会社に勤めていた人で。」
毎年現場からは人が辞めていくので誰のことだがわからないが元社内の人なのか。
花音自身ではないということで安心した。
花音の友達なのだから彼らが親しく話しているのも頷ける。
きっと彼女も知っている間柄なのだろう。
「そうなのか、それはおめでとう。」
定型句を返しておく。
後輩がせっせと恋人を作っているのにそれすらもできていない自分が情けなく感じてしまう。
彼女と付き合っているわけではないと確認出来て一安心である。
その後は私の経理としての仕事の話になった。
彼らは提出した領収書に指摘などでがないと安心したのかいろいろと経理業務の質問をしてくれる。
質問に答えながら雑談をしつつ昼休みを終えた。
たまには花音と一緒に帰ってみようと思って業務終了間際にそわそわして彼女を見ていた。
昔はよく一緒に帰っていた時もあった。それを思い出す、今一緒に帰っても何も不自然ではない。
定時になり彼女が帰る支度を始める。
それに合わせる形で私も帰り支度をする。
一足早く彼女がオフィスを出て行った。
それから少しして私も席を発つ。
会社を出ると彼女が歩いているのが見える。
隣にいるのは管理チームの源さんだ。
彼女は若い女性社員からはボディガードと呼ばれて怪しい男が近づかないように守っていると言われている。
源さんも守っている1人なのだろう。
そう思って二人が帰るところを後ろから見ていた。
もうすぐしたら分かれ道である。彼女と私は使っている路線が同じなのでその分かれ道で曲がることになる。
源さんが違う道だったら彼女一人になる。そうなったときに話しかけようと様子を伺っていた。
分かれ道で曲がるはずの彼女はそのまま道を直進していく。
「どういうことだ?」
引っ越したなんて話は聞いていない。いや5年間は業務レベルの会話しかしていなかったからわからない。
いつの間にか引っ越しをしていたのかもしれない。
花音は基本寄り道はほとんどしない性格だったはず。
これは何か事情があるに違いない。
彼は2人に気づかれぬように距離を保ちながら付いて行くことにした。
時折花音か源さんのどちらかが後ろを振り返る。
その場で足を止めて探るように視線を動かす。
見つかっても問題ないはずなのにどうしてか隠れてしまっていた。
むしろ見つかったほうが会話に入りやすくなるのでそっちの方が得なはずである。
なのに2人が足を止めて振り返るとき近くの物陰に隠れてしまう。
1回隠れると次から見つからないように注意しながら進むようになり、2回、3回と振り返りを気づかれなくなると隠れることに気分が良くなってくる。
自分は何か良くない感情に吞まれている気がする。
そんなことを考えてながら歩いていた時、花音が足を止めることなく首だけを動かして振り返った。
咄嗟に電信柱に隠れたが一瞬遅かったような気がした。
心臓の鼓動が波打つのがわかる。
全身で脈を打っているような気分だ。
彼女たちはもう行っただろうかと思っていた時、足音が近づいてきた。
一直線に向かってきている。
私のために歩いていると感じた。まさか見つかったのか??
先にこちらから出てしまって気さくに挨拶をしようか、それならまだ間に合うかもしれない。
いやまだ見つかったと決まったわけではない、きっと別の人の足音なのだ。
そうに決まっている。
私の真横で誰かが止まった。
恐る恐るそちらに顔を抜けると憤怒の顔をした花音が立っていた。
その後ろには源さんがショックを受けた表情で佇んでいる。
「お前が犯人だったのか。」
え?と思うと同時に胸ぐらをつかまれる。
「見損なったぞ、工藤!」
最近普通に会話ができるようになっていたのに一瞬にして好感度がゼロを突き抜けてマイナスにまで落ちてしまった雰囲気だ。
花音に腕を掴まれながら駅前の喫茶店に連行された。
店に入るなり空いているテーブル席に座らせられてしまった。
店員さんも何事かといった感じで見ている。とても恥ずかしい気分だ。
正面には憤怒の顔をした花音に悲しそうな表情の源さん。
ただ後ろから後をつけていただけでここまでされてしまうのかと困惑してしまう。
胸ぐらを掴まれたときにシャツのボタンが弾き飛んでしまいシャツは形も崩れている。
店員さんに3人分のアイスコーヒーを注文してそれが届くまで無言な状態で過ごした。
最初の会話は3人分のアイスコーヒーが届いたと同時だった。
「工藤君がストーカー犯だったのね。見損なったわ。」
「いや待ってくれ、確かに後をつけたのは悪かった。ごめん。
でもストーカーってのは言いすぎなんじゃないか。」
昨今ストーカーという言葉はとても危険な単語になっている。
単なる痴情のもつれなどでは片づけられない、殺人事件にまで発展するケースがニュースで報道されている。
こんな人目があるところでその単語を口にするのは非常によろしくない。
会社の人が見ていたら一巻の終わりだ。
周りのお客さんの視線が痛い。
お客さんのほとんどは女性客だが睨んでいる人も少なくない。
「あなたも課長のグルだったの?」
「課長?課長ってどの課長だ?」
「管理チームの”前”課長よ!」
”前”の部分だけを強くアクセントをつけて発音している。
私としてはあの人かーくらいな印象しかない。
いつもニコニコしていて温和な人だった。
万年課長と揶揄する人もいるが仕事ぶりは良かった、まじめで期限を守りルールを順守している。
ただ1カ月前に会社のビルから転落して高橋と佐伯君に対して暴力を奮ったことが明るみになった。
そして5年前の橘さんの件にも関わっていたということも判明し社内は騒然となっていた。
今は沈静化しつつあるがそれでも週刊誌の記者と思わしき人からインタビューを依頼されたという社員がちらほらいるらしい。
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