77 とある市民から見た変化
目の前の男に上納金を納める。
大通り沿いで商売を営む男はハウゼントゥルムの構成員にお金を渡した。
この店は彼らが所有する建物ではない。
だがここで商売をする以上、彼等にお金を払わなければ商売の邪魔をされるのだ。
悪いことばかりではない、他の反社会勢力が店に嫌がらせをすれば追い払ってくれるのだ。
そう思うことで苦しい生活から捻出したお金を渡すことを無駄ではないと正当化する。
「お待たせして申し訳ありません、今月の分です、どうぞ」
「ん?ああ……」
上納金を渡すといつもならばにやにやと気持ち悪い笑みを浮かべる男は所在なさげだった。
彼は常に高圧的な態度で接してくるのだが、なにやら心ここにあらずといった感じだった。
「何かありましたか?」
男の様子が気になり声をかける、普段ならばこのように声は掛けない。
だが先月、新聞記者として働き出した息子がハウゼントゥルムの情報を欲しがっていたのを思い出した。
何か少しでも情報を得られないかと、相手を刺激しないよう慎重に言葉を選んで問いかける。
男は人間的にも性格的にもいい人間ではない、それでもハウゼントゥルムの情報を流してくれる貴重な情報源だった。
「……最近ハウゼントゥルムの幹部が抗争の末に亡くなってな、幹部が二人も亡くなった」
「亡くなった?どなたが亡くなられたのですか?」
「ストークとケルドだ」
そう語る男の表情は何処か不安げだった。
(ストークが?)
ストーク・シュテット、史上最年少でハウゼントゥルムの幹部にまで登りつめた男だ。
ストークはこの町でも有名だった。
彼は反社会組織の看板を背負って仕事をこなしていたが、彼が施錠する仕事は一般市民が従事している仕事となんら変わらなかった。
仕事をなくしたものがいれば仕事を与え、怪我で動けなくなった者がいれば治療費をだす。
怪我が治るまで面倒をみてくれるのだ、そうして回復すれば社会復帰を助けてくれる。
やっている事は慈善事業と変わらない。
性格も情に厚く、人の心が分かるかのように言葉を投げてくる。
店主は直接会った事は無かったが、市民の一般人の中にもストークを敬愛しているものも多い。
「なぜ、ストークが……」
「他の幹部と揉めたそうだ、結果組織全体を敵に回すことになって粛清だ」
ハウゼントゥルムを悪く言わない人もこの街には少なからず居る、その人達は決まってストーク・シュテットの信者だった。
だがストークが亡くなった以上、ハウゼントゥルムへの風当たりは強くなるかもしれない。
「ではケルドも組織を敵に回していたのですか?」
「ケルドはストークを殺そうとして返り討ちになっただけだ」
そういわれて納得する。
ケルドの評判はあまり良くない。
ギャンブルの元締め、接客業の強引な客引き、持ち主の同意無しの不動産の買収。
違法な薬物販売などと、とても全うな仕事をしているようには思えなかった。
「幹部二人が亡くなっただけならいい、新しく幹部を据えればいいだけだからな。問題はその後だ」
「その後?」
「ああ、先日ハウゼントゥルムの構成員が大量に殺された、殺されたのはストークに敵対していたものばかり、そのせいで連中はストークの亡霊が復讐しているのではないかと騒いでいる」
「ストークの亡霊……」
そう言うと男は立ち上がり溜息をつく。
その息は臭かった、薬物に犯された人間が発する匂いに似た臭さだった。
男は手にしていた上納金を入れた袋を懐にしまい、店の出口へとフラフラと歩いていく。
「じゃあまた来月な、しっかり収めろよ」
そういって男は去っていく。
その後ろ姿を、冷めた目で見送る。
来月も上納金を払わなければならない、そう思うと憂鬱だった。
男の後姿を再び眺める。
そうすると違和感があった、近くで誰かの足音が聞こえた気がしたのだ。
男の足音と重なるように、別の足音が聞こえるのだ。
男の後姿を再び見る、その後ろには誰も居ない。
誰も居ないはずだ、先程ストークの亡霊の話を聞いたから、神経過敏になっているのだろうと思う事にした。
だから、店主は少しだけ感じた違和感を無視する事にした。




