69 魔道具『黒の防御球』
「ハウゼントゥルムの幹部がこんな所になんの用だ?」
部下を掻き分け前に出てきたケルドに問いかける。
攻撃してもよかったがこうして人前に出てきている以上何らかの対策はしているだろう。
「最後にお前の顔でも拝んでおこうと思ってな、何か言い残したい言葉があるなら聞いてもいいぞ」
「最後を拝みにねぇ……ケルド、お前は金儲けの事しか考えていないと思っていた、そんな感傷的なこと言うタイプだと思わなかったよ」
そう言うとケルドは鼻で笑い、こちらをあざ笑うかのような笑みを浮かべた。
「正直に言うと俺はお前を殺さなくてもいいと思っていたんだ、やり方はともかくハウゼントゥルムに貢献していたことは間違いないのだから」
「だったら部下を引かせてくれ、金なら払うぞ?」
「本来ならばそれでも良かった、だがそうもいかなくなってな、ボスがお前を殺すことに決めたのだ」
ボスがだと?あの常に魔道具の事しか考えていないようなアイツが?
「何故だって顔をしているなストーク、お前、敵対する組織の人間を殺さず部下にしているだろう?」
対立する組織に所属する人間の敵対心を削ぐ、そうして俺の部下として組み込むという事はよくやっていた。
この前引き込んだシェズもその内の一人だ。
「それが気に食わないんだってよ、ハウゼントゥルムに逆らう者は皆殺し、そうでなければ示しが付かない」
「馬鹿が、歯向かう者全員殺してたらキリが無い、以前はどうであれハウゼントゥルムに忠誠を誓うのなら有効利用するべきだ」
「その考えをボスは嫌っていた、ハウゼントゥルムは絶対強者だ、逆らうものは皆殺し。そこに慈悲や救いは無いのだよ」
本当にそうか?唯の建前のような気もする。あのボスがそんな事で俺を排除しようとするとは思えなかった。
始めてボスに会ったのは幹部に昇格して初めての定例会議の時だった。
予想より若かった事を覚えている。
驚いたのはボスの着ている服、靴、身につけているアクセサリー、その全てが魔道具だった事だ。
心の中ではどんな事を考えているのかと『岩鼠のイヤリング』で心を読むと奴は魔道具の事ばかり考えていた。
曰く魔道具は自身の地位を上げる道具だ。
魔道具は自身の命を守る物だ。
魔道具は組織の力を底上げするものだ。
そんな事ばかり考えていた。
新しい魔道具が欲しい、既に持っている魔道具も複数欲しい、まだ知らぬ魔道具を探して手に入れたい。
魔道具を使ってハウゼントゥルムを大きくする、その為に強力な魔道具が必要だ、心の中は常にそんな考えで埋まっている男。
顔を合わせたのはそれっきり、その後の定例会議でボスは現れなかった。
ハウゼントゥルムの本部にある会議室、そこに声を届ける魔道具を設置して自身の意思を伝えていた。
故にその後は心を読む事は出来なかった。
あれから数年、ボスの心境に何か変化があったのだろうか。
「歯向かう者を皆殺し、言うのは簡単だが中途半端に虐殺などしても手痛いしっぺ返しを食らうだけだぞ」
「確かに小さな仕返しはあるだろうな、だがハウゼントゥルムの強大な力の前にはそんな物、大海に血を一滴垂らすような物だ」
「ちょっと傲慢すぎないか?ハウゼントゥルムは唯の反社会勢力の一つだ、そんな事をしていたらその内潰れるぞ」
「それに関しては色々な意見があるがここでお前と議論するつもりはない。今大事なのはボスがお前を殺すことを決めたという事だ、俺達幹部はその指示に従うだけだ」
そう言うとケルドは一歩後ろに下がった、そうして前に出てきたのはローブを被った2人の武装した人物だった。
ローブを深く被りこんでいてその顔は見えない、共通するのはその手にナイフを持っていることだ。
「彼らはボスの部下でね、お前を殺すために人を派遣してくれたんだ、魔道具を装備し使いこなす精鋭だ」
「どうせボスのお下がりの魔道具だろ、そこまで脅威には思えないな」
そういいながら神の収納箱から複数の魔道具を取り出す。
先手で魔道具で攻撃した方がいい。
「まあ脅威かどうかは実際に味わってみるといい、行け」
そうケルドが言った瞬間ボスの部下2人が前に出る。
『暴風竜の大剣』を振ってケルドとボス二人に風の刃を飛ばす。
だがボスの部下二人は風の刃をスルリと避け、後ろにいたケルドは自身が持っていた白い杖を掲げて透明な壁のような物を出現させた。
透明な壁に阻まれ風の刃は届かない。
そうしている内にボスの部下2人は姿勢を低くしながらこちらに向かってくる。
そのスピードは人間が出せるものではない。何かの魔道具で身体能力を上げているのだろう。
迎撃しようと構えるが、ボスの部下の一人が何も無いところでいきなり転び、頭が胴体から転がり落ちた。
おそらくクロがやったのだろう、俺は残りの一人を倒せばいいだけだ。
先程『神の収納箱』から取り出した魔道具の一つ『蜘蛛の格子』を構える。
狙いを定め発動のトリガーを引き、前方に粘着性の網を発射した。
発射された粘着性の網に囚われ地面にひざまづいた、苦し紛れに持っていたナイフを此方に向けて投擲したが首を動かしてそれを避ける。
ケルドは後ろのほうで白い杖を構えるだけで動かない。
ならばと『蜘蛛の格子』で捉えた敵にトドメを刺そうと近づく。
その時強い風が吹いた。
風は捉えていた敵が深く被っていたフードを捲り上げる。
そうしてその顔が露になった。
その顔にはあるべき物が付いていなかった。
顔がないのだ。
口だけはついている、だが目や鼻がついていないのだ。
(人間ではない、人型の魔道具だ!)
そう気が付いた瞬間、人型魔道具の上半身が此方に飛んできた。
動けなくなった下半身を地面に残してだ。
上半身の部分を切り離して飛び掛ってきたのだ。
慌てて下がろうとするも足を絡め取られる。
引き剥がそうにも脚を必死に押さえつけて離さない。
持っていた大剣でなんとか人型魔道具の顔面を叩き、口の部分を破壊するが人型魔道具の両手は相変わらず俺の脚を掴んで離さない。
どうするべきか、そう思って辺りを見渡すとケルドの上空に無数の火の玉が浮かんでいるのが見えた。
ケルドの後ろに控えていた数人の部下が空に向かって手を伸ばしている。
皆が手鏡のような物を持っていた。
火の玉の数はどんどん増えている、上空を覆いつくす数の火の玉が辺り一帯の空を埋め尽くした。
「最初からこうするつもりだった、一斉に攻撃を浴びせれば貴様も持つまい」
そうしてケルドが腕を振り下ろしたと同時に無数の火の玉が此方目掛けて落ちてくる。
(避けるのは無理だ)
見ればクロが仕留めたであろう首のない人型の魔道具が立ち上がり此方に迫ってきている。
頭を無くした人形がナイフを構えながら迫ってきていた。
(予定より早いが使うか)
使うのは黒い八面体の魔道具。
『黒の防御球』と呼ばれる使い捨ての魔道具だ。
この八面体を握り潰すと自身を覆うように黒い球体が表れる。
その球体は外からの攻撃一切中に通さないという守りの魔道具だ。
一度使うと解除するまでその場からは動けない、逃走用としては使えないが敵の攻撃は全て防げる。
黒い球体の中に留まって反撃のチャンスを伺う、『黒の防御球』はそういう魔道具だ。
『黒の防御球』を握りつぶす、すると体全体を覆うように黒い球体が出現する。
黒い球体が体全体を包み込むのと同時に複数の火の玉がこちらに着弾した。
激しい攻撃に周囲の地面が抉られるが球体の中までは攻撃は届いていない。
球体の中から外の様子を観察する。
火の玉の攻撃に巻き込まれたのかこちらに近づいてきていた頭のない人型魔道具も粉々になっていた。
これでしばらく安全だろう、まずは自身の足にしがみついている人型の魔道具を大剣で叩き潰す。
何度も叩き付けていると人型の魔道具が足を押さえつける力は無くなった。
外ではいまだに無数の火の玉が『黒の防御円』が作り出した球体に直撃しているが、宙に浮いていた火の玉の数も確実に減っていた。
ケルドの様子を見る。
ケルドは此方を見ながら顎に手を添えている。
奴が考え事をする時によくするポーズだ。
宙に浮いていた火の玉が尽きるとケルドは部下を先頭に立たせてこちらに近づいてきた。
「その魔道具は知っている、『黒の防御球』だな?その魔道具を解いた瞬間がお前の最後だ」
ケルドとケルドの部下が魔道具を構えながら此方に近寄ってくる。
その歩みは勝ちを確信しているような足取りだった。
だがその手は悪手だ。
先程の火の玉でやられていなければクロが今も虎視眈々と命を狙っているはずなのだから。
ケルドの部下が球体の近くまで来る、包囲をしようと展開した瞬間だった。
ケルドの部下の首が転がり落ち血しぶきをあげる。
「な、なんだ!?」
ケルドは困惑からか足を止めた、そして慌てて白い杖を掲げて透明な壁を作り出す。
「何か魔道具を配置しているのか!?探せ!見つけて破壊しろ!」
そう部下に命令するケルド、見当違いな命令に苦笑しつつもそのまま様子を伺う。
ケルドの部下はどうしていいのか分からず右往左往している、そうしている内にクロは他の部下を一人ずつ仕留めていく。
部下の数が片手で数えるくらいの人数になった頃、ケルドが持っていた白い杖が急にその手を離れ、遠くへと転がっていった。
そしてその直後だった、ケルドが装備していた指輪が音を立てて割れ始める。
「なっ!?」
ケルドが困惑の表情で自身の手に持っていた指輪を見る。
転がっていった白い杖を拾おうと必死にあがいている。
これでケルドを阻むものは何もない、仕留めるなら今だ。
『黒の防御球』を解除して黒い球体から飛び出る。
そしてケルド目掛けて『暴風竜の大剣』を振りかぶった。
『岩鼠のイヤリング』は困惑する敵の思念しか拾っていない。
(仕留めた!)
そう確信した。
だが訪れたのは何かが自分の腹を貫く感触だった。
あまりの激痛に『暴風竜の大剣』を落としてしまう。
(何だ?何が起こった?)
攻撃が飛んできたであろう方向を見る。
そこには最初にクロが仕留めた人型の魔道具の頭が転がっていた。
人型魔道具の口の部分、そこから煙が立ち上っている。
(あそこから凶器を発射された?)
「がはっ」
口から血が溢れる、まずい、致命傷かもしれない。
攻撃された場所を手で押さえその場で蹲る。
(傷を治す魔道具を取りださねば、だが傷が深い、治しきれるか?そもそもそんな暇をケルドが与えてくれるか?)
冷や汗を流しながらケルドの方をみる。
ケルドは遠くにある白い杖を拾うのを諦めたようだった。
顔に汗を垂らしながら事態が好転したことに気が付いたようだ、残り少ない部下に囲まれながらこちらに向かってくる。
「惜しかったなストーク、守りの指輪が全て壊された。後一撃入れられていたら死んでいたのは私だった」
ケルドが何か言っているが耳に入ってこない、その上痛みで体に力が入らない。
「さらばだストーク、何か少しでもボタンの掛け違いがあれば、ハウゼントゥルムのボスになるのは君だっただろう」
(俺はこんな所で死ぬのか?)
ぼやける視界。
気を失いそうになる腹部の痛み。
そんな中、どうにか意識を保とうとケルドから視線だけは外さなかった。
目の前が霞んで見える、最後に目に入ってきた光景はケルドとその部下の首が転がり落ちるところだった。




