56 怪傑の最後
日は沈み辺りは闇に満ちている。
孤児であるチェスはスラムの路地裏を一人駆け回っていた。
寝ている者や意識の無い者から財布の中身を盗む、両親が居なくなってから半年、生きる為繰り返してきた日常だ。
こんな暮らしが長く続けられるとは思ってはいない、だがチェスはこの生き方以外知らなかった。
同じところで盗みを行わない。
以前チェスと同じように盗みを行っている者がいた。
そいつは何度も同じ人間から盗みを行い、そして待ち構えていた用心棒に捕まり殺された。
その現場を目撃したチェスは同じような失敗はしないと誓った。
この辺りではそれなりの数の盗みを行った。そろそろ別の場所に移動しなければ。
そうして今まで行った事の無い場所、危険地帯とされるスラムの奥へと足を踏み入れる事にした。
スラムの奥に入って数分、人の気配は殆ど無くなった。
辺りに人の気配はない、音すらも聞こえない、生き物の気配が無かった。
不安に思いながらも足を進めると、据えた匂いが鼻をついた。
その匂いは歩みを進めるたびに強くなっていく。
あたり一面に血の匂いが充満し、不快な匂いが漂ってくる。
引き返そうと思った、だが今日の食い扶持を稼がなければという思いが足を進めてしまった。
そして見てしまった、血溜まりに沈む一人の男を。
その男はフードを深く被りその顔はよく見えない。
胸は上下に動いていることから生きていることは分かる。だが辺り一面に広がった血の量からはもう長くは無いだろう。
「そこに誰か居るのか」
男が話しかけてきた、だが恐怖で返事をする事はできない。
「悪いがもう何も見えないんだ、まだそこにいるのなら俺の話を聞いてくれ」
男は同じ姿勢のまま言葉を続ける。
「俺はあるお方に仕えていた、だがある日突然暗殺者を向けられた、あっさりとやられてしまった、暗殺は得意だったのに自分に暗殺者が向けられるとあっさりとやられてしまった」
言葉を途切れさせながらも、その男は喋り続けた。
喋るたびに血を吐き喉を鳴らしながらも男は言葉を続ける。
「主は怖かったのだろう、俺はどんな暗殺もこなしてきた、殺せない奴はいないと信じていた、自他共に皆そう思っていんだ」
「だから怖かったのだろう、いつ俺が裏切り主に刃を向けるか分からない、そんな恐怖に怯えていたんだ、俺が裏切るはずなどないのに」
男はそこで一度言葉をとめた。
何を喋るか考えているのだろうか、それとももう喋れないのだろうか。
「まだ、そこにいるか」
「え、ええ」
今度は返事が出来た。
声は震えていた、だが返事をすることだけはできた。
「俺の最後の言葉を聞いてくれた礼だ、これをやる、自分で使うなり売るなり好きにしろ」
そう言って男は自身の首にかけていたネックレスを取り外し、こちらに渡してきた。
男が差し出した血まみれのネックレスを恐る恐る受け取る。
ネックレスを受け取ったと同時に男の体から力が抜けるのが見て取れた。
今度こそ男は何も喋らなくなった。
そうしてチェスの手には血まみれのネックレスだけが残った。
また週に1回か2回くらいのペースで更新していきます。




