37 つい出来心で……
富裕層が住む高級住宅街、その一角にナーデンの屋敷がある。
庭では使用人が花壇の手入れをしている。静かだが活気のある屋敷だった。
僕が門の前で立ち往生しているとタナートが走ってこちらに来るのが見えた。
「クロ殿?お久しぶりですな、何かありましたか?」
「久しぶりタナート、ちょっとナーデンに用があって」
「ナーデン様にですか、分かりました部屋までご案内しましょう」
タナートの後ろを歩く、以前と変わらぬ廊下、所々に美術品が置かれている。
一見美術品に見えるこれらが全て魔道具だという事をこの前タナートと雑談した時に伝えられていた。
数が多い。ここに見えるもの以外にも倉庫に何千という魔道具が眠っているらしい。
しばらく廊下を歩き続けると以前も来たことがあるナーデンの部屋の前まで辿り付いた。
「クロ殿、ここでしばらくお待ちください、ナーデン様、失礼します」
タナートは部屋に入っていく。
僕は部屋の前で待ちぼうけだ。
部屋の中からは小さな声が聞こえてくる。
なんだろう、何を話し合っているのだろう。
暇だ。
人は暇だと碌なことを思いつかない。
僕はちょっと悪戯心が沸いてしまった。
身につけている仮面とフードを取り払う。
少しだけ開いている部屋のドアに体を滑り込ませた。
部屋に入るとナーデンとタナートはなにやら難しい顔で話し合っている。
こっそり足音を立てないように進む。
そしてナーデンが座っている椅子の後ろまでたどり着き、ナーデンの耳元で声を発する。
「ナーデン久しぶり」
「ぎゃああああああああああああああああああ」
ナーデンが悲鳴を上げる。
悲鳴を上げた拍子に机の上に置いてあったインクを盛大に引っ繰り返し書類を汚してしまった。
まずいやりすぎた。
「クロか!?お前悪ふざけも大概にしろ!」
「ごめん、そこまでするつもりは無かったんだ」
部屋の扉まで戻り仮面とフードを身につける。
「まあいい、書類は何とかなる」
そう言うとナーデンは机の引き出しから白い鈴を取り出した。
鈴を右手に持ち書類の上で何度か鳴らす。
部屋の中には鈴の音が響いている。
そして書類に変化が起こった。インクにまみれていた書類から黒い部分が徐々に引いていくのだ。
そして机の上には綺麗な1枚の書類だけが残った。
すごいな、あんな魔道具まであるのか。
「それでクロ、何か用か?」
「仮面はどうなったのかなって、何か手がかりはあった?」
「仮面の大体の場所は把握している、だがどうも政治的に手を出しにくい場所にあるようなのだ、しばらく時間が掛かる」
政治的に手を出しにくい場所?
そうか、素晴らしい仮面だからな、国の権力者達も欲しくなってしまったのか。この国のお偉いさんは良く分かっている。
だけどあれは僕の仮面だ、返してもらわないと困る。
「なぜか違う解釈をされた気分だ」
ナーデンが僕をみてそんな事をいいだした。
何かおかしかっただろうか。
「仮面はまだ時間が掛かる、すまないがもう少し時間をくれ」
「分かった待ってるよ、あと用件がもう一つあってさ」
「なんだ、何かあるのか」
「これ見つけたから渡しておこうと思って」
僕は懐から『聖人のロザリオ』を取り出す。
それを見たナーデンとタナートの動きが固まる。
「クロ、これを何処で手に入れた」
「街娘から譲ってもらいました」
「それは何処の誰だ」
「さぁ、一期一会の出会いだったし」
これは嘘だ、なぜかエリアの事は言わないほうがいい気がしたのだ。言ったら面倒な事になりそうだと。
「タナート、これは本物だろうか」
「うーん、私には判断がつきません」
「本物だと思うよ、それをスラムの怪我人に使ったら手足が生えてきたし」
ロザリオをナーデンに手渡す。
「使ったのか、ロザリオを」
「うん」
ナーデンはロザリオを見つめ何かを考え込んでいる。
「このロザリオ、私が預かってもいいか」
「もちろん、教会の人に渡しちゃっていいよ」
「そうか助かる、仮面も全力で探すことを誓おう」
「うんお願い、じゃあ僕も帰るよ」
そう言って部屋から出て行こうとするとナーデンが声を掛けてきた。
「クロ、お前ここで働かないか?」
「ここでってナーデンの屋敷で?」
「屋敷というか私の部下になってほしい、そして各地で諜報活動を行ってほしいのだ」
「僕が諜報?できるかな?」
「お前ほど適任者はいないと思う、姿が見えない、それだけで素晴らしい能力だと思っている」
諜報、ナーデンの所でか、今のゴミ拾いよりはいいと思うけど。
「ちょっと考えさせてもらっていいかな」
「ああ、返事はいつでもいい。待っているぞ」
ナーデンの部屋をでて屋敷からも出る。
屋敷を振り返る、綺麗で大きな屋敷だ。
ここで働く、悪くは無いと思う。
ただ、心に引っかかる物があった。
だから僕は即答出来なかった。返事は保留だ、寝床に帰ろう。




