33 謎の出所
ダンテはラントが送っていった。
事を起こす前に少女の様子を確認する
「姉上?」
少女が目を覚ましたようだ、あれだけ騒げば当然か。
「姉上、どこ」
僕の事は良く見えていないようだった。
少女の手が姉を探して虚空を掻いている、姉か、いったいどこへいったのか。
見捨てられたか、それとも姉に何かあったのだろうか。
どのみち今ここにいない人物を頼っても仕方がない、いなくなったのなら病気が治ってから探せばいい。
ダンテが少女に掛けたのだろう、毛布がずれていたのでかけなおし、天幕を閉めた。
一日中被っていたフードと仮面を外す、僕の手には先日キアラから譲ってもらった『深淵狼の短剣』が握られていた。何も知らない他人が見たらナイフが浮いているように見えるだろう。
僕は自分の体について一度おさらいする事にした。
自分の体は透明だ、だがどこまでが透明なのだろうか。食べたものは?抜けた髪の毛は?
前者は透明のままだった、食後全裸で街を徘徊したが胃の中身が見えている様子はなかった。
そして後者は透明ではなくなった、体から離れてしばらくすると自分の抜けた髪の毛が目に見えるようになった。
ならばと切った後すぐに捨てていた爪を観察してみた、しばらくすると切った爪が肉眼で観察できるようになった。
自分の体から離れたものは見えるようになる、それが自分の体だ。
だから僕は一つの仮説を立てた、自分の体のどこかに身体を透明にする何かがある、その効果はしばらく続くが身体を離れた時点で透明にする何かが供給されなくなる、故に身体から離れた身体の一部は見えるようになるのだろうと。
だから僕がいまからやろうとしている事は無駄ではないはずだ。
どうせ四本あるのだ、一本くらい無くなってもいいだろう。そのうちまた生えてくる。
僕は持っていた『深淵狼の短剣』を右側頭部に当てる。
ナイフの柄をひねる、ナイフは青白い光を放っていた。
角に神経が通っていない事を祈る、痛いのは嫌だ。
そう祈りながら自分の頭に生えていた物を一気に切り落とした。
*
医者であるダンテ・フィンチは朝から各所を走り回り白火病特効薬の素材を集めていた。
決して安くはない、本当に薬を作れるのだろうか。
よく考えてみれば身元も分からないスラムの子供だ、それも仮面で顔を隠している怪しい子供。神斬剣の剣士と縁があるようだが偶然ということもありえる。
これで鬼人の角を持って来なかったら無駄金を使った事になる、日はもうすぐ中天を指すがクロはいまだに現れない。
くそ焦って安請け合いするべきではなかった、せめて現物を確認するべきだった。
だが仕方がないだろう、俺はこれ以上あいつの苦しんでいる姿なんか見たくなかったんだ。妻の苦しむ姿を。
妻は白火病だった、半年ほど前にしつこい風邪に罹ったと思った、だがいつまで経っても熱は下がらずそのうち顔に白い斑点が浮かんでくるようになった。そこで始めて白火病に罹った事に気がついた。
妻の病気を治したい、その一心でスラムの子供の戯言に付き合ってしまった。
「ダンテ」
「うおっ」
急に話しかけられたと思ったら目の前には件の子供がいた。
「お前どこから入った」
動揺を誤魔化す為に質問をぶつける。
「裏口から、娘さんがいれてくれたよ」
あいつ俺の断り無しに、まあいい。
「それで黒角族の角は手に入ったのか?」
「うん、はい」
一瞬本当に手に入ったのかと思い喜んでしまったがすぐにそれがぬか喜びだと悟った。
クロが持ってきたその角は俺が知っている黒角族の角とは姿形がまるで違ったのだ、本物の角はこんな巻角ではないしここまで光沢はない、高級そうな角ではあるがこれは黒角族の角ではないだろう。
「おいクロ、こいつは黒角族の角では無い、お前騙されたんじゃないか」
少し語気を強めて問い詰める。
今回薬の素材を集める為にいくらつぎ込んだと思っているんだ。
「これは間違いなく黒角族の角だよ、早く薬を作りにいこう」
こいつまだいうか。
「いいかクロ、俺は実際に黒角族の角を見たことがある、黒角族の角はここまでワザとらしい光沢は無いし形もしていない」
「大丈夫だよ、正真正銘黒角族の角だよ、ちょっと形は違うかもしれないけれど効果は同じだから、薬師さんの所にいこう」
「いやだから」
「ほら、薬師の人は薬の専門家だからみれば分かるって、いこういこう」
そこまで言うなら素材を持っていくが、俺の心は冷えきっていた、妻の病気を治せるかもしれないと思ったがぬか喜びだったようだ。
結論から言おう、薬は作れた。
長い付き合いのある薬師のトルテ。そいつが言うにはあれは正真正銘黒角族の角らしい。
形が違うと思ったのだが、何でも個人差があり、あのような形もあるとの事だ。
黒角族の角は通常よりも大きかったので薬もかなりの量を用意出来る、それこそ街で抱えている患者を全て治療できるくらいに、街での患者は二千人は超えていたはずだがそれでも余る量だ。
とにかく助かった、これで、これがあれば俺は妻を助ける事ができる。
なぜ発病したのか、どうすれば治るのか、他の患者、娘にも移ってしまうのではないか。
白火病の知識がなかった俺は調べに調べた。そして自分では何一つ解決できない事を理解してしまった、医者なのにだ。
日に日に容態が悪くなる妻、娘に移ってしまうのではないかという不安、何もできない自分の情けなさに押しつぶされそうな日々が続いていた。
だがそれも今日で終わりだ、この薬があれば妻を助ける事ができる。
「薬はいつ頃できる?」
居ても経ってもいられず調合中のトルテに話しかける。
「もう既に50個ほど出来てるよ、調合料金はもらっているし、持っていくかい?」
「ああ」
「ダンテダンテ」
俺の名前を呼ぶ声がした、声がした方をみるとクロが不審気な顔をしてこちらを見ていた。
「すまんすまん、薬はクロからの依頼だったな、これから薬を順次卸していくから、金も払う」
「え?お金をくれるの?」
「もちろん薬は渡すよ、だが何千個も薬が作れるからな、余った分は市場に流す、その料金だな」
「あ、そうなんだ」
「もちろん嫌だって言うなら流さないが」
「売っちゃっていいよ、それより薬頂戴、ちょっと多めに」
「ああ、何個いる?」
「10個あればいいや」
「待っていろ今包む」
「薬の料金の取り分はどうする」
「半分頂戴」
「分かった、纏めて渡すからしばらくしたら取りに来い」
「え?いいの、大分吹っ掛けたんだけど」
「黒角族の角は高級品だぞ、まあ納得いかないなら今度話合うか」
「ほら包んだぞ、常温保存で大丈夫だがあまり暑い所には持っていくな」
「うん」
クロは何か考え事をしているようだったがやがて口を開いた。
「これ先に飲んでおけば白火病にかからないって効果あったりする?」
「そんな効果は無い、健康な人間が飲んだら体調崩すだけだぞ」
「残念」
ワクチンじゃねえんだから。
「しかし鬼の角なんて何処で手に入れてきたんだ?スラムのマーケットで少し流れたって噂はきいたがとんでもない値段だったらしいぞ」
「これは生えてたのを持ってきただけだよ」
「生えてたって何処に」
「その辺に」
「その辺に!?」
その辺に生えてるもんじゃないぞ黒角族の角は。
「取り敢えずこれはもらっていくよ、早く薬あげたいし、また近いうちにくるよ」
「ああ」
「またね」
そう言ってクロは去って行った、結局黒角族の角の入手法は教えてくれなかったな、まあいい。
「おいダンテ」
トルテが疲れた顔をして話しかけてきた。
「おつかれ、ずっと作業してるだろ、少し休んだらどうだ」
「一段落ついたらな、それよりさっきの子供が黒角族角を持ってきたのか」
「ああ、何処で手にいれてきたのかはしらんが」
「あの子供は角の価値を分かっていたのか」
「一般には出回らない貴重品だと言うのは伝えているから分かっていると思うが」
そう言うとトルテが変な物を見たような顔でこちらを見続けている、何だ、変な物でも食ったのか?
「ダンテ、お前まさか」
「ん?どうした」
「黒角族の角には種類があるのを医療学校で習っただろ?」
「種類?」
「まず俺達が学生時代に使った事がある角、黄土色が混じった黒色で真っ直ぐな角、それが以前は流通していた鬼人の角だ」
「ああ」
そうだそれは覚えている、だからあの角を見たとき偽物だと思ったんだ
「だが今回使った角は漆喰で捻れがある、この違い、お前は覚えていないのか」
違い?習ったか?
「その様子だと覚えていないな、いいか、まずこの漆喰の角が市場に出回る事はない、法で角の取引が規制される以前であってもだなぜなら現存数が非常に少ないからだ」
「貴重品って事か?」
「確かに貴重品だが問題はそこではない、いいか、黒角族にとって角は誇りであり、その人物の歴史だ、彼らは故人になったとき、体は骨まで灰にするが角だけは残し供養する、そしてこの漆喰の角は黒角族の中でも一握り、遥か昔に黒角族の祖とされる者、アルデラの血を引くものにしか発現しないと言われている」
アルデラか、確か歴史の教科書にそんな名前があったような。
「そして黒角族の国では代々アルデラの血を引くものが国を治めている、当然角は残し、王国墓地にて永遠に奉公される。分かるか?俺達は他国の王族の遺骨を削って薬にしたんだ」
そこまで言われて自分が不味いことをしたことを理解した。
「やべーじゃねーか!」
「そうだよ!ヤバいんだよ!ばれたら完全に外交問題だよ!」
「お前そこまで分かっていて何で薬作った」
「お前だってうちの事情はしっているだろ!こうするしかない」
そうだ、こいつの家の事情は知っている、トルテは両親共に白火病にかかっている、二人共もう年で体力も落ちている、今年の冬は越えられなかっただろう、それにトルテだけではない、俺だって立場は似たようなものだ、妻の白火病を治すには薬が必要だった。
「ど、どうする」
「どうするも何も隠し通すしかない、何の為に朝から効率も悪く一人で薬を作っていると思うんだ、あの角の存在を隠すためだ」
そうだ、こいつには弟子が何人かいる、だがそいつらに手伝わせていない、弟子は店頭に立って接客をしている。
「今度あの子供と会うのだろう、どうやって手に入れたか聞き出すしかない、それが無理ならしっかり口裏合わせした方がいい、捕まるぞ」
「あ、ああ」
薬は手にはいったが新たな問題が出来てしまった。だがなんとかなるような気がしていた、スラムの子供が手に入れた物だ。
案外その辺りの露天で手に入れてきたとかそういう所だろう。何とかなる。
この時はそう思っていた。




