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 オカルト研究部なんて名乗っているが、実質は同好会扱いだ。与えられている活動の場は理科準備室のみ。機材と誇りで手狭い空間の主と成り果てた友人は、授業中にもかかわらずのんびりとオカルト紙をめくりながら座っていた。

「優雅だな」

 少し不機嫌に声をかければ、彼はちらりと俺を見て肩をすくめる。

「そうでもない。お前のためにずっと調べ物をしていた」

「何の調べものだよ」

「『オラヌさん』」

 少しだけ、心が縮こまる。

 あの瞬間に恐怖を感じたのは確かだ。理由もなく膝が震える感覚は、座っていなければ立ち崩れていただろう。だが、そんな本音を人に晒すなんてみっともない。

 俺は平静を装って彼を見下ろした。

「それで?」

「俺の言うこと、聞かなかっただろ」

 彼が鼻先に突きつけたスマホには、俺のツイートがしっかりと表示されていた。


《オラヌさん #おとうって最初に出たものがお前を殺しにくる 誰だよwwwww》


 さっきあれほど探しても見つけられなかった。何かの拍子に消したのだろうと諦めていたツイートが、なぜ!

「だいたいがお前さあ、予測変換の時点でおかしいと思わなかったの?」

 確かにおかしい。予測変換とは良く使う単語、もしくは直前に打ち込んだ単語から構成されるものだ。打ち込んだことも無い言葉がトップに来ることなどあるはずが無い。

 確かにツイッター上では自分を装うものも多いゆえ、どこかの世紀末覇者のように『居らぬ!』と書くものも居るが、それは俺のキャラじゃない。『おらぬ』という文字列自体が使わないものだ。それなのに、わざわざカタカナ表記で、ご丁寧にさんづけだったとはどういうことだ?

「今、すごく流布してる噂があってさあ、このハッシュタグで『オラヌさん』をだしたヤツは三日以内に死ぬらしいんだよね」

「そんなの、聞いてない!」

「そうだろうね。知っていたら慎重派の君のことだ、こんなツイートはあげないだろう」

「ばかばかしい! 所詮は噂だろう」

「まあ、ツイッターなんて噂の巣窟だからね」

 彼がついついと打ち出したのは『#オらヌさん』。一文字だけひらがなにされているのは、せめてもの厄除けのつもりか。その検索結果をついついとたどる。


《例のハッシュタグの後から見かけなくなったよね~。まさか……》


 画面についた指紋のあとが妙に大きく見える。


《マジで! リア友だもん。葬式行った》


 なぜ、あんなど真ん中にこれ見よがしに、指の痕なんかつけているんだ。薄白く、幻のようにも見える誰かの指先の形。


《今朝、○○線が止まっていたでしょ? あれに……》


 待てよ。こいつの指は男らしい無骨な形だ。やや小ぶりな指紋は華奢な女を思わせる。そう、しなやかで、細い……爪の長い……

「おい、大丈夫か?」

「!」

 彼の声が、俺をかろうじて現につなぎ止める。

 覚めて見やればそれは、ただの白ちゃけた汚れだ。誰の指の痕かなんて解かるはずがないというのに邪推なぞして、消耗してしまったじゃないか。

 俺は精一杯に笑ってやろうと頬を動かした。だが、妙に引き攣れた筋肉の硬さと、何よりも口渇をごまかすことは出来ない。

 舌が僅かにもつれる。

「たちの悪い遊びだ」

 流言飛語に便乗して死者を捏造しやがったな。

「都市伝説ってのはそうやって創られていくものなんだろ」

 少しいきり立つ俺の言葉にも冷静を崩さず、友人は画面の汚れを指先で拭う。

「そうだね。匿名でやり取りされるネットの上でのこと、死人がでたという裏づけをとるのも困難だろう。だけどね、それは逆に『死人が出なかった』という裏づけもない、ということなんだよ」

 風が、また吹いた。

「この世とあの世の境は実に曖昧だ。民間信仰はそのことを感覚的に認識し続けていた。だから注連縄で境を仮定する。ところが細縄一本の境なんて、越えようと思えば簡単に越えることができる。つまりね、あちら側とこちら側は本当に近しいものなんだよ」

 頬を吹き叩く豪風は、熱い。

「だから誰も気づかず、区切られることすらない境がそこここに潜んでいる。注意して歩かないと解からない小さな段差のように、ほんのちょっとした躓きだけで簡単にあちら側へ届いてしまうんだよ」

 どこかで発情猫が喚く声。遠く、かすかな耳鳴りのように聞き取れるそれは、赤ん坊のむずがる声に良く似て……いや、赤ん坊が泣いている。それも、一人や二人じゃ……無い?

「本当は、気づいているんじゃないのか? 境を越えた躓きに」

 そうか、これか? 

 地獄の底から死霊どもの苦悶を巻き上げて吹く熱風。責め苦に焼け、爛れ落ちた皮膚が放つ腐臭が鼻腔に届く。

「仮にもここはオカルト研究部だ。何かの異常があるなら対抗策を全力で調べて……」

「やめてくれよ、そんな大げさな」

 頭を振れ、振り払え!

 あれは死者の声なんかじゃなく、校内に入り込んだ猫のアヘ声だ。この匂いだって、誰かが不精で片づけ忘れた弁当の残りの腐敗臭、そうに決まっている。

 ほら、もう怖くないだろ。あいつに向かって言ってやれ!

「ご期待に添えなくて悪いが、何も無い」

「本当だな?」

「まあ、お前は自分の趣味のために何かあったことにしたいみたいだけど? そんな言葉一つで何かあってたまるかっつ~の」

「そうか、やっぱり単なる噂か」

 安堵に表情を緩める友人への申し訳なさが、取り繕いの言葉をからかいにかえる。

「お前の研究材料にされるほうが怖いよ。脳まで開かれそうだ」

「そんなスプラッタな趣味はさすがにないねぇ」

 別に友人として信頼していないわけじゃない。むしろ親友だ。それでも本当のことを言えないのは、実にちっぽけなプライドだとも思うけど……仕方ないじゃないか! それが俺の性格ってやつなんだからさ!


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