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 どこが、と言われば困るほどの小さな違和感……いつものように目覚ましの音で目が覚め、慌しい朝食を胃袋に流し込んで家を出た。ホームで同校の某有名バカップルがバカのようにいちゃついているのもいつものことだし、息苦しいほどすし詰めにされた乗客だって見慣れた風景だ。

 あ、一つだけ違うことがあったわ。今日は偶然にも、座席に座ることが出来た。

 いつもは立ったままの時間を座って過ごすというのは、なんとも優雅な気分だ。おまけに電車は人身事故とかで20分ほども止まっているのだから、ますますありがたみも増す。

 急停止の直後は騒然としていた車内も、今は静かな苛立ちに満ちている。スーツ姿の男が隠れるように電話をかけている声が筒抜けなのがオオウケだ。どうせ見えやしないのに、反射的にぺこぺこと頭を下げているのがさらに笑えた。

 大人は大変だな。こっちは遅延証明さえもらえれば、それを学校に提出して終わり。1時間目のクソねむたい授業がサボれるのはなんともありがたい。

 暇をつぶそうとモバイルをいじる。何気なくツイッターを開けば、リア友のツイートにハッシュタグがついていた。


《電車動かねー!! #人身 #○○線》


 そうか、あいつもこの電車に乗っているのか。ハッシュタグをつけて俺もツイートする。


《遅刻だよ~(><)でも、無事でありますように~ #人身 #○○線》


 この#をハッシュタグというのだが、便利な機能だ。検索ボックスに『#人身』と入れれば、このハッシュタグをつけたツイートがどばーっと表示されるのだ。もちろん、情報収集にも役立つ。

「おなか減った、トイレ行きたい……ろくなこと呟かねえな。いつになったら動くか、とか事故の画像とか、有益なツイートしろっつうの! お?」

 新たなツイートの中に、再びリア友が入る。


《この時間帯とか、どんだけ迷惑だよ #人身 #○○線》


 彼はこれで良かろう。本音丸出し暴走キャラなのだから。だけど、俺はそこまでの本音など吐けない。

本名ではなくアカウント名でやり取りする匿名性がツイッターの強みだ。中には好き放題を書き散らす奴もいるが、それが何人の目に止まるか考えてのことだろうか。

 少なくとも俺は、顔も知らない大多数に本音なんて晒せない。どうしたって取り繕う。

 無意味な検索を諦めて人気のハッシュタグを見れば、面白そうなのがいくつかある。実はこのハッシュタグ、実用よりも遊びに使われることのほうが多い。例えばケータイの予測変換と絡めて、《#おとうって最初に出たものがお前を殺しにくる》なんて……


《男 #おとうって最初に出たものがお前を殺しにくる》


 後ろに一言くわえたりもするのだが、こいつは当たり前すぎて何も思いつかなかったのだろう。画面に指を滑らせて、他をゆっくりと鑑賞する。


《大阪 #おとうって最初に出たものがお前を殺しにくる なんでやねん!》


 自分でツッコミかよ。お疲れさん。


《おっぱい #おとうって最初に出たものがお前を殺しにくる こ、これはっ!(*´д`*).》


 いいねえ。幸せな死に方だねえ。

 所詮はお遊びだ。主義も主張もなく、本音を語る必要も無く、暇つぶしには最適だろう。俺はツイートボックスを開き、『お』と打ち込んだ。ずらっと下に並んだ予測変換のトップに表示されたのは……


《オラヌさん #おとうって最初に出たものがお前を殺しにくる 誰だよwwwww》


 笑いを含みながらそれを送信した瞬間、呼吸の隙も無いほどに詰め込まれた人いきれの中に、風がふいた。決して爽やかな風ではなく、鉄錆びた生臭さを含んだ空気の流れ。数駅を走り抜けてきたエンジンの下で感じる熱風が。

 いや、間違いなく吹いたはずだ。前髪が踊るのを感じたのだから。だがそれを指摘する声はどこからも上がらない。それに、風はひどく熱かったのに……

(寒っ!)

 口に氷を流し込まれたように、内臓の底からの震えが立ち上ってくる。

 ぼつっとアナウンスが流れ、車体がごつんと跳ねて動き出した。

「皆様~、長らく~、ご迷惑を~」

 間延びした声が妙に気に障る。

 何気なく手元を見れば、俺のツイートに返事リプがついていた。


《おまえ、学校に来たらまず俺のところに来い》


 相手は友人だ。オカルト研究部なんて怪しいところに所属してはいるが、気さくで付き合いやすく、何より面倒見がいい。


《あと、今のツイートは消しておけ。念のためだ》


 今の……オラヌさんってやつか? 

 俺は震える指でさっきあげたツイートを探した。

(無い!)

 俺が書いた、俺のツイートだ。それなのに画面のどこにも、それを見つけることはできなかった。


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