第三章「夜に紛れし狩人」一節
「おーい。アルバート~?」
船内の物置き。その中で眠っているアルバートの体を誰かが揺さぶる。
「……ルナー?」
目覚めたアルバートはこの船のキャプテン、女海賊ルナーを見つめる。アルバートの目はどこか寂しそうで、目覚めはあまり良くなかった。
「どうしたの?何かうなされてたけど?あとあんたお寝坊さんだよ。」
「そうか…すまん。」
アルバートは起き上がると物置きから出た。
(結局、最後まで俺を認めてくれなかったな……)
心の中でアルバートは、夢の中を思い出してどことなく寂しくなっていた。
「けどアンタタイミングが良かったね。ちょうどできたてらしいから。」
「なにが?」
「朝ごはん。」
外に出ると洞窟の拠点。その岩場の方で船員が何かを鍋で煮込んで、それを木の皿に盛りつけて各自に配っていた。
「どぞ。」
そして最後にアルバートへ配った。
「ありが…ん?」
朝食を受け取ったアルバートは中身を見た瞬間言葉が途切れた。
「どうしたん?キノコはムリ?」
朝食を食べながらルナーが話しかける。アルバートは顔がひきつっていた。
「ルナーおまこれ…まさか青豆か?」
「そうだけど?船員が昨日野良で生えてきてるのを見つけたから入れたらしいよ。」
「あぁ…そうか…」
アルバートは絶望を顔に浮かべていた。
「まさか食べられないとか言わないよね?大事な食料なんだから。」
「ああ…食べられるよ。」
アルバートはなんとか誤魔化すと食べるフリをした。そしてグリーンピースを避けながら魚肉煮を食べ、グリーンピースは隙を見ては水場に来る魚達にあげていた。
「ちゃちゃっと食べ終わってね。今日も城下町を探索するんだから?」
「また行くのか?別に俺一人で代わりに行くが。」
「ダーメ。船長たるもの周囲の状況をしっかり把握しとかないと!」
(船長だからこそあまり活発に動かない方がいいと思うんだが…)
アルバートは乗り気ではなかったが、ルナーはすっかり行く気になっていた。そしてアルバートの不安は的中する事になるのだった。
◇
朝食を済ませたルナーとアルバートは早速城下町へ来ていた。ルナーはあの貴族のドレスを着ており、賑やかな町並みに溶け込んでいた。
「町では何をするんだ?あまり目立つ事は控えるべきだと思うが・・・」
「アルバート。アンタが警戒しすぎるのよ。アタシの衣装は完璧なんだからバレないよ。この間に道具を調達して王国兵の兵舎を叩く準備を…」
「ルナー。」
突然ルナーの言葉をアルバートが遮った。市場の手前にある広場に、以前アルバートに手紙と毒薬を手渡してきたあの女騎士がパトロールをしていた。しかもこちらに向かって歩いて来ていた。
(あまり喋り過ぎたらまずい。)
アイコンタクトで伝えるとルナーも何となく察して、貴族と護衛を演じ始めた。そして女騎士は二人の目の前まで歩いてきた。
(大丈夫…バレないバレない。)
(ああ。今のところ大丈夫だ。)
やり過ごせたのか、女騎士は素通りしていった。ほっとした二人は足早に市場の外へと行った。
「いや~バレるかと思ったけど、やっぱりいけたね!」
(お前…今言ってた事と違うじゃないか!)
「よし。こっちは危ないから今度は向こうの市場に行ってみよう!」
そう言ってルナーはアルバートの返答を聞かずに西側の市場に向かって歩き始めた。
「魔獣を討った二人組ね?」
突然二人の背後から声が聞こえた。
「……何の事か分からないな。」
「報告も上がっているわよ。サムソンと行動していた国民ではない二人組の男女が、牛の魔獣を倒したと。男の方は私が手紙を渡した人物で間違いない、とね。」
「っ!」
アルバートは警戒をしつつ後ろを振り向いた。青い鎧に緑色の瞳。銀髪をまとめたポニーテールの女騎士は、あの時手紙と毒薬を渡してきたあの騎士だった。
「貴殿は……」
「囚人から聞いた時はまさかと思ったけれど……報告がある以上間違いないわね。」
「えへへ。そうでしょう?」
ルナーが誇らしげに笑った。
「それで、王国騎士が俺らに何の用だ?」
「ええ。それに関しては…」
女騎士はそこまで言うと指を鳴らした。すると町角から次々と兵士達が現れた。気付けば二人は兵士達に包囲されていた。
「一緒に来てからじっくり聞かせてもらうわ。」
「は?」
ルナーがキョトンとしていると、突如兵士達が背後に回って彼女に手枷を付け始めた。
「ちょ、ちょっと!アルバート!」
「おい待て!俺達は捕まるような罪を犯した覚えは無いぞ!」
アルバートが抗議するも、兵士は聞く耳を持たないまま彼にも手枷を付け始めた。
「ごめんなさいね。国王の命令だから。」
拘束された以上成す術もなく、二人は大人しく女騎士に連行されていくのだった。
◇
二人が連れて来られた場所は城の地下に造られた牢獄だった。脱走を企てないように取り調べは別々で、牢屋も別々だった。取り調べでアルバートは自分の身に起きた事全てを話した。途中から来たサムソンが「筋肉に悪人は居ない」という謎の証言で、ひとまずアルバートの言葉は嘘ではない判断されたが、アルバートは牢屋の中に居た。
(ルナーも取り調べを受けているのだろう。しかし王国の騎士が海賊を放してくれるとは思えない…)
鉄格子から入る陽射しを見上げながらアルバートがルナーの身を案じていると、あの女騎士が牢屋の前へ来た。
「出してくれるのか?」
「その前にもう一度聞くけど、貴方"あの国"出身なのよね?」
「ああ。それがどうした?」
アルバートが答えると、女騎士が横に居た兵士に「合ってる?」と兵士は頷き、女騎士は突然牢屋を開けてきた。
「何のつもりだ?」
「協力してほしいことがあるわ。返答次第ではもう一人の方を免罪になるよう口利きしてあげてもいいわ。」
「……内容は?」
「それは歩きながら話す。」
そして女騎士は強引にアルバートを引き出し、彼はそのまま別の場所へ連れていかれるのだった。
◇
「なあ、一つ良いか?」
牢獄の一本道の途中、アルバートは女騎士に話しかけた。
「許可するわ。」
「俺も名乗ったんだ。貴殿の名前を聞いておきたい。何と言うか、気まずいんだ。」
アルバートが心境を語ると、女騎士は一瞬だけ歩みを緩め、アルバートを横目に見た。
表情は崩さず、しかし無礼だと断じる様子もなかった。
「ビリーブよ。」
「ビリーブ。ルナーは生きてるのか?拷問とかかましてないよな?」
「女海賊の事ね?以前兵舎襲撃と窃盗と生涯。いずれも税を水増し税収してる騎士だったりがほとんどだから、まず死刑にはならないでしょうね。」
「それなら、良いんだが。」
「そんなに心配なら、面会する?」
「出来るのか?」
「ええ。五分くらいならいいわ。」
そしてビリーブはアルバートをルナーが居る牢屋へ連れていった。アルバートの牢屋と同じくじめじめとして暗い牢屋で、鉄格子の奥には隠していた銃を没収されたルナーが座っていた。
「ルナー!生きているか?」
「アルバート!」
アルバートが呼ぶと、気づいたルナーが鉄格子まで歩いてきた。彼女の右足には鉄球付きの枷が付けられていた。
「その様子だと、とりあえず無事そうだな。」
「まあね。てか何であたしには鉄球付きでアンタには付いてないのよ!?」
ルナーが鉄球の不満を言い放つと、ビリーブは冷静な表情一つ変えずに答える。
「少なくとも貴方よりかは信頼できるからよ。貴方は海賊。それも国に一番楯突いているから尚更よ。」
「はあ!?あたしは義の海賊よ!海の平和と貧民守って何が悪いのよ!?」
「あんまり噛みつくと後に響くわよ。港での労働に割り当てられたくないならね。」
「港での労働?罪が重くなってもその程度なんだね?」
ルナーが余裕ぶると、ビリーブはため息をついた。
「何も分からないようだから言うけど、正しくは正しくは港周辺の海の警備。ここ最近海にも魔物が出てくるようになってきたから、死んでも構わない罪人が適任って事よ。」
「は?ちょ、おまそれ下手したら……」
「まあ、有事になったら尖兵として突っ込んでもらうでしょうね。」
ビリーブの無情な返答を聞いたルナーは顔が段々と青ざめていった。
「ちょっとアルバート!アンタはあたしのこと見捨てないよね!?船長見捨ててどっか行かないよね!?」
鉄格子を掴みながらアルバートに訴えかけるルナー。それを見たアルバートはどう返事しようか分からなかった。今の彼は半ば強引にルナーの部下になっているようなもの。今ここでルナーを見限れば、自分は自由の身となるだろう。しかし彼は首を縦には振らなかった。
「貴殿に協力すれば、ルナーを解放してくれるんだな?」
「……」
アルバートの目を見たビリーブは軽く息を吐いた。
「とにかく人に会ってから。話はそれからよ。」
そう言ってビリーブは歩き始めた。アルバートもその後に続いていった。
「アルバートぉ!見捨てたら幽霊船長になって化けて出てやるからなぁぁ!!」
後ろからはルナーの叫び声が虚しく響いていた。
◇
アルバートが連れて来られたのは他の牢屋よりも窓があって、太陽の光が届く牢獄だった。ここまでの一本道も他と比べて装飾も目立つ。だがそれ以上にアルバートは不思議な気配を感じていた。それはアルバートにとっては良いものではなかった。
(この陽だまりのような魔力……これってまさか!)
「貴方に客人よ。」
ビリーブはオレンジ色の鉄格子の前で囚人を呼んだ。牢屋の中は本が山積みに重なった書斎だった。そして奥の机では一人の女性の囚人が本を開いていたがビリーブの声に反応すると、立ち上がって真っ先にアルバートの方に近づいてきた。
「誰かと思ったら、イケメンさんじゃない?」
赤色の服を纏い、 赤色のとんがり帽子から覗いてくる赤色の瞳がアルバートを見つめる。その身なりから魔女であることが伝わった。
「サン……」
見る者を惹き付けるその目を見てアルバートは嫌そうに魔女の名を言った。反対にサンは嬉しそうだった。
「久しぶり~♪八年くらい経った気がするけど、すっかり男前じゃん!あ~でも辛気くさい所は変わらない?」
「……お前は相変わらず言いたい放題だな?それに昔よりは老けてると思ったが。」
「老けるわけないじゃ~ん?あなたの初恋の女なんだからさ~?」
「お前、まだそれ言ってるのか?」
「そうよ?それにそれに~?妾は正真正銘魔女なんだから、たかだか八年程度でおばさんになるわけないでしょ?」
オホホホ♪と上機嫌に笑うサン。アルバートは頭を抱えながらため息をつく。
「というかお前、何でこんな所にいるんだ?また人の家を太陽光で照らして火事になりかけたのか?」
「失礼じゃない?もしかして昔妾が仕掛けたナンパを忘れられないの~?」
「質問に答えろ!あとお前のアレはナンパじゃなくて一種の放火だぞ!」
「もう~。て・れ・や・さ・ん♡」
アルバートが怒りを見せてもかえって嬉しそうにするサン。埒があかないからかビリーブが間に入った。
「国王陛下は魔法を忌み嫌う方なの。何があったかは知らないけど、異端で知られる呪術よりも邪悪な物だと言ってこの王国では犯罪として扱われているわ。」
「そうなんだよ~お陰で妾魔術が使える上に美人だから即逮捕だよ~?ひどいと思わない?」
「お前の態度も原因な気がするけどな。」
アルバートが即答すると、サンは不満をさらに吐き始めた。
「全部"あの女"のせいよ。彼女が余計な事ばかりするから~。」
「……」
「本当イヤになっちゃうよね~。"娘ちゃん"の方は良い子で友達だったけど、問題はやっぱ母親だった"あの女"だよ~。「星と共にあり続ける国」とか言って"永劫の夜"なんていうナンセンスな魔術を生み出すなんて。お陰で妾の愛おしい太陽が姿を消しちゃったじゃん?」
「おい…」
「ひどいよね~?民を愛してるって言ってたクセに一緒に国を築き上げたお仲間の事なんか用済みとか。本当人間性疑うよね~。」
「おい!」
突然アルバートは壁を強く殴って話を遮った。突然の事にサンもビリーブも固まった。アルバートは深く息を吸ってサンを睨んだ。
「それ以上あの人の事を悪く言うな。」
「あ、アルバート?」
サンが少し戸惑いながら話しかける。アルバートはビリーブの方を見た。
「ビリーブ。何故俺をこいつに会わせた?"あの人"の悪口を聞かせる為か?」
「誤解よ。サンも彼に本題を……」
「もういい!コイツの声なんか聞きたくもない!」
「え?ちょっと!」
ビリーブが呼び止めようとするも、アルバートは背を向けて立ち去ろうとしていた。
「友達を助けたいんじゃないの?」
サンのその言葉に、アルバートの足は止まった。
「…何故知っているんだ?」
「妾に隠し事は出来ないのは、あなたが一番分かっているでしょ?」
図星を突かれて立ち止まるアルバート。やがて渋々とサンの方に振り向いた。
「それで、俺に用があるのか?無いのか?」
「焦らない焦らない。ビリーブちゃんからどうぞ。」
サンはアルバートを煽ると、ビリーブに話しかけた。ビリーブはため息をつくと、何かの書類をアルバートに見せた。
「これは…報告書か?」
「町の方で相次いでいる殺人事件よ。貴方が殺した魔獣と時期が近いから同一犯かと思ったけど、あれは力で戦士達を殺していた。こっちは現場で見つかった物を見る限りその可能性は無くなったわ。」
「どういう事だ?」
アルバートが聞くと、ビリーブは彼に現場に残っていた物を渡した。それは銀色の弾丸だった。
「これがあった事から犯人は銃を持っている事が分かる。だからピストルを持っていたあの女海賊が犯人だと睨んでいるわ。被害者も共通して貴族の位をもつ女性だったから黒だと思っているのよ。」
「違う。」
ビリーブの言葉をアルバートは即座に否定した。
「これは俺の祖国で造られていた弾丸だ。魔力が込められた火薬で撃たれれば普通の弾よりも強いダメージを与える。」
「貴方の国そんな恐ろしいのを造っていたの?」
「いや。これは個人が造っていた物だ。だがこの弾丸を使う奴は祖国に仇なす者だけを殺す。無意味な殺人を好むような奴ではないはずだが……」
「あー、"彼"で間違いないわよ。」
サンが鉄格子越しに話しかけてきたので、アルバートは顔をしかめた。
「どういう事だよ?」
「分かるんだ。ここ最近"彼"の気配がするの。特に夜になるとこの城下町でね。」
「何?」
顔をしかめていたアルバートだが、サンの感知魔法が優れていることも分かっていた。
「アイツもここに来ているという事か?」
「妾が嘘をつくと思う?」
「…いや。アイツだとすれば何故貴族の女性ばかり狙うんだ?誰かに新しく雇われているのか?」
「あの目は誰かに従っている目じゃないわ。"彼"は妾を狙ってる。」
「お前を?また男に色仕掛けをしていたのか?」
「もーう!妾がアルバート以外に色目使うわけないでしょ?」
サンは否定しながらアルバートに投げキッスを送る。それを受けたアルバートはゾッとした。
「"彼"は自分自身を縛っているのよ。使命という名の呪いでね。」
「使命という名の呪い…」
「つまり、ここまでの話を整理すると犯人は女海賊ではなく、その人物である事可能性が非常に高いという事ね。」
ビリーブは話を整理して一人で納得していると、アルバートがビリーブの方に向いた。
「ビリーブ。犯人は毎回夜に現れるのか?」
「そうよ。もしかして協力してくれるの?」
「恐らく俺の知っている人物だとすれば対処出来なくもない。それにルナーの命もかかっている。もし事件を終わらせられたら彼女を釈放するなら協力する。」
アルバートがそう言うと、ビリーブは少しの間考え事をし始めた。
「協力に感謝するわ。だけど女海賊の保証は確定出来ないわよ。」
「は?どういう事だ?」
アルバートが聞くとビリーブは真っ直ぐ彼を見て答えた。
「国王も国に仇なす者は許さない方なのよ。だから海賊に恩赦を適用してくれるかどうかも貴方の努力次第って事。」
アルバートはビリーブに何か言ってやりたかったが、相手は一応王国騎士。胸章の大きさからして上級の位だ。下手にもめてルナーの罪が重くなってはまずいと思ったアルバートは首を縦に振った。
「分かった。それは承知する。」
「それじゃ今度は妾の番ね。」
ビリーブの話が終わるのを待っていたと言わんばかりにサンがまた突っかかってきた。
「そういえばお前が本題だったな。」
「そうよ。ビリーブちゃんの話で妾の話も分かりやすくなるだろうし。」
するとサンは牢の奥から紅色のヴァイオリンを取り出した。そして弦を引いて奏でだすと、音色の中で静かに語りだした。
__夜の地に名は落ちて 足音だけが狩人を連れてくる 鉄は冷たく弦は静かに灯を突く それでも月は狩人を裁かなかった 太陽を狩るのが彼の使命 けれど砕けぬ光が 彼の影を裂く時 狩りは止むだろう 刃も呪詛でもない"彼女"の煌めきが 胸の奥で彼を呼ぶから__
突然の詩にアルバートは先ほどまでのイライラが抜け落ちていった。
(これは、詩を詠んでいたのか?)
詩の終わりと共にヴァイオリンの音色も自然に終わりを迎えた。アルバートもビリーブも先ほどまでのイメージからは想像出来ない澄んだ声にすっかり聞き入っていた。
「……前回よりも流暢だったな。」
「あら。覚えていてくれたのね。まああの時は即席で書いた物だったから。それで今のはどうだった?」
「相変わらず声は美しかったが、まさかお前の用件はコンサートか?」
「うん。そうよ。」
アルバートが聞くと、サンは悪びれる様子も無く答えた。
「もう毎日呟いてたのよ。「アルバートに会いたい。アルバートに妾の詩を聞かせたいよお」って。後は同国同士で情報を得られたらなと思ったのだけれど。」
ビリーブもため息をついていた。
(サンはむかつくが、ビリーブも油断できないな……しかしいずれにしてもその狩人を倒さなければルナーが助かる兆しも無い。)
ビリーブの狙いにアルバートは引きぎみになったが、気を取り直して目的を整理した。
「その狩人が次現れそうな場所とかは分かるのか?」
「夜になる旅に"彼"の気配が強くなってる。今夜月が一番明るい時間に、この近くに現れるわ。」
サンが熱い水晶を撫でながら言った。
「分かるの?」
「うん。直感だけど。」
「直感って……」
「ビリーブ。呆れるかもしれないが、サンの感はいつも当たるから大丈夫だ。」
「それなら良いのだけれど。では一度ここから出ましょう。」
「そうだアルバート。これあげる。」
ビリーブとアルバートは立ち上がると、サンがアルバートに水色に輝く水晶石を渡してきた。
「これは?」
「妾のき、も、ち♡」
(げ……)
そう言ってまた投げキッスを送るサンにアルバートは再びゾッとした。
◇
「誘われたから来てみたが……貴殿のような騎士がこんな所で飲むとはな。」
ジョッキを持ちながらアルバートはビリーブに喋りかけてきた。剣と防具の整備で準備を終えたものの、夜まではまだ時間が余っていた。それでビリーブが「寄りたい所がある」と言うので一緒に来てみると、そこは人々が行き交う王国の酒場だった。
「ここなら何もしなくても時間が潰せるでしょ?」
ワイングラスを揺らしながらビリーブは答えた。
「それに聞きたい事とあるからね。」
「まだあるのか?」
アルバートがぼやきながらパンチェッタを食べていると、ビリーブが隣に移動してきた。
「海賊達の拠点を教えて。」
「……は?」
ビリーブの突拍子も無い質問にアルバートは反応が遅れた。
「貴方、ルナーの部下なのでしょ?彼女の拠点について、詳しく聞かせてもらえる?騎士団としては入手しておきたいのよ。貴方の事も悪いようにはしないから。」
「……無理だ。」
ビリーブの話を聞いたアルバートは首を横に振った。
「俺はルナーの部下になると約束した。裏切る事など出来ない。」
「その約束も彼女にとっては利用しやすくするための言葉に過ぎない。命までかける必要無いのよ。」
「それでも俺は、ルナーを裏切る訳にはいかない。」
「……やっぱりそう答えるのね。嫌いじゃないわ。」
はなから答えを期待していなかったのか、ビリーブは毒気無い顔でワインを一口飲んだ。
「それじゃあサンについてでも聞かせてもらおうかしら?」
「それも騎士団としてか?」
「国王が気になっているから。彼女の力を暴いてその力を国の為に活用出来ないか調べたいの。」
ビリーブが言うとアルバートはため息混じりに話が始まった。
「魔女を名乗るストーカーだよ。祖国の建国の功労者でもあり、炎の魔術の生みの親だ。」
「炎……呪術ってこと?」
「異端の業と同じにされたらサンが怒るぞ。純粋結晶から生成される純魔術が本来の魔術だが、サンはどうやったのか結晶に炎の力を与えた。その結果彼女だけが炎の魔術を操れるようになった。もっともその本領を引き出した事はないがな。」
「やはり危険な魔術だったの?」
「その気になれば文字通り太陽の如く全てを焼き払えるからな。まあアイツは祖国の事を想っているからそんなことはしなかった。問題はアイツの所業だよ。」
「所業?」
ビリーブが聞き返すと、アルバートはため息をついた。
「何故か俺、アイツの好みのタイプに当てはまったらしくてな。入浴中に浴槽から現れたり、鍵閉めたはずなのに翌朝目が覚めたら横で添い寝してたり、俺の趣味とか好みを何故か知っていると思ったら盗聴魔法を使っていたりと、アイツは一度好きになった相手をどこまでも知ろうとしてくるんだ。」
アルバートは少しゾッとした様子で話していた。
「それなら思い切って彼女に告白すれば良かったのに。逆に戸惑うかもよ?」
「お前、アイツの年齢分かってて言っているのか?人間で言うと89歳。魔女年齢で言うと1500歳も歳が離れているんだぞ!ババアに追いかけられるとか恐怖そのものだろうが!」
「ああ……なるほどね。」
アルバートが何故サンと会った時嫌な顔をしていたのかビリーブは大体理解したのか、それ以降は何も聞くことは無く酒場で時間だけが過ぎていった。同時に暗い暗い夜が一刻と近づいていた。
◇
やがて日が落ちた時間帯になった。アルバートとビリーブは昼間も来た監獄付近の街道に来た。二人は既に警戒態勢をとっていた。
「そんな目立つ所に居たら逆に先手を打たれるわよ。」
壁際で武器を取りながらビリーブはアルバートに言った。アルバートは松明を持って街道の真ん中に立っていた。
「明るい所に誘い寄せる。それよりもそんな暗い所に居たらかえってあいつの的になるぞ?」
「心配しないで。暗殺者も過去に捕らえた事があるわ。暗殺者の動きや特徴はしっかり把握しているつもりよ。」
「だと良いんだけどな。本当に俺の知ってる奴なら普通の暗殺者の対処では通じないぞ。」
そして二人の会話が終えた頃、空の月は星達の中央、最も明るい位置へと昇っていた。
「……!」
その時同時に松明の火が揺れた。アルバートは不吉なものを感じ取った。
「離れろ!」
「え?」
アルバートは突然ビリーブの腰を抱き込むように横へ組み伏せた。その瞬間、鋭い銀光が二人の頭上を高速で通り過ぎた。直後に後ろの壁に鋭い金属音が響く。後ろを見ると、夜空が反射する白銀の弾丸が転がっていた。
「今のはどこから?」
「暗闇だ!アイツで間違いない!」
「アイツ?」
アルバートの必死の声に、ビリーブは警戒を強めた。アルバートは暗い場所を注意深く観察した。
(あの矢は退魔の呪物……そしてあれを用いる奴と言ったら一人しか!)
アルバートはその矢を見たアルバートは思考を巡らせていた。だがその時彼風が吹いてないにもかかわらず彼の髪が暗い箇所の方へとなびいた。
「そこか!」
次の瞬間、大きな金属音と火花が散った。それはアルバートの大剣から聞こえた音で何かを弾いた。弾かれて地面に落ちたのは白銀の弾丸。監獄でビリーブが見せたものと同じだった。それを見たアルバートの予想は確信へと変わった。
「出て来い!お前なんだろ!」
松明を掲げてアルバートは叫んだ。すると一瞬だけ松明の火が消えた。アルバートは素早く剣を振り下ろした。だが瞬時に暗闇から火花がまた放たれてアルバートは攻撃が弾かれ下がった。それは弾いた方も同じで、下がったら月明かりにその姿が晒された。その人物は背中に弓を背負い、手には銃を持ち、ロングコートを身に纏い、黒い帽子の下に見える赤い瞳でアルバートを睨んでいた。アルバートもその人物に剣を向けて口を開いた。
「やっぱりお前だったんだな。ブリューナク。」




