第五章 「穢れた友牙」一節
「ルナー!お前なら届くか?」
「任せて!」
アルバートの声に応えるようにルナーがピストルを構える。 そして海に繋がる湖から飛び出してきた魚獣を撃ち落とす。そして落ちてきたところをアルバートが大剣で斬り上げた。ヴァルヴァとの戦い以降、二人の息は以前よりもお互いを信頼し合っている動きだった。今は最近になってルナー達の絶張り内にも闇の魔力に汚染された魔物が増えてきていたので、船員達には小物を任せて二人は大物を退治していた。
「後は潜ってる奴くらいか?」
「多分ね!」
湖の中を泳ぐ二つの影を見ながらルナーは答えた。アルバートも敵の数を確認しながら大剣を構える。そして二人が水面を睨んでいると、予想通り2体の大きな魚獣が水しぶきを放ちながら2人に向かって飛びかかってきた。
「ん?」
その時だった。二人の目の前に大きな矢が飛来するや否や、直後に魚獣を二体まとめて射貫いて、串のように地面に突き刺さった。
「何だ?誰か来たのか?」
「分からない。でもうちの船員で大弓使える奴は……」
「我だ。」
木々と草むらを斬り分けながら一人の男が歩いて来た。
「ヴァロウ王?」
「ああ。三日ぶりだな。」
青色の瞳。銀色の髪と長い髭を生やしたヘイムダルの国王、ヴァロウが二人の前に立っていた。
「は?何?まさかあたしのアジトをあばきに?」
ルナーは警戒心を強くした。アルバートは以前にもヴァルヴァの件で彼と会っているので、彼の人となりを知っているが、ルナーは初見かつ自分と対立する王なので尚更警戒していた。
「待て。ファルティウスに内密で居そうな所を教えてもらったのだ。連れて行きたい所があるからな。」
「連れていきたい所?」
アルバートが聞くと、ヴァロウは「着いてから話す。」と返した。
「そなたも来ると良い。アルバートとは友なのだろう?」
「……」
「行くだけ行ってみようルナー。この人はある程度信用できる。」
「……まあ、アルバートが言うなら。」
そして二人はヴァロウにどこかへと案内されるのだった。
◇
「わああ!」
あちこちで奏でられる賑やかな楽器の音色や人々のわいわいとした声が飛び交っている。他にも商人達が露店を出しているのを見てルナーは目をキラキラさせていた。
「ここは?」
「フォルトゥナエ。この国で年に一度に開かられる、幸運を祈るお祭りです。」
すると前から王妃アサンリアが歩いてきた。彼女も以前ヴァルヴァの時にアルバートは会っており、心の優しい王妃であった。
「この間の戦い、とても過酷であったとお聞きしました。それなのにお礼がお金だけなのも足りないと思いまして。」
「そろそろこの祭りが開かれるという事で、 ニ人を呼んでみたのだ。」
真面目な顔で話すヴァロウと優しく微笑むアサンリアに対して、アルバートは申し訳なさそうな顔をしていた。
「招いてくれたのはうれしいが、どうも俺はこういう空気は……」
「やったぁ祭りだぁ!行こうアルバート!」
断ろうとした瞬間、ルナーがアルバートの手を握って祭りの中へと走り出した。
結局アルバートに拒否権は無く、彼はルナーと祭りの会場へと入る事になった。
会場の中に入ったアルバートとルナーか最初に向かったのは騎兵レースだった。馬に自身のある騎士達が、誰が一番乗りこなせるか、競馬で争う娯楽の一種であった。
「これめっちゃ見てて面白いんだよ!町でもたまに見に行くんだ!」
堂々と人ごみに入ってレースを見るルナー。一体どのタイミングで着替えていたのか、変装用のドレス姿になっていたので海賊だと思われる様子は無かった。
「見てアルバート!あの時の爺さんじゃない?」
ルナーが一番先頭を走る馬に乗る騎士を指さす。それはアメジストの洞窟でも共に行動した老騎士ファルティウスだった。しかもかなり差を開けて独走していた。
「すごい乗りこなしだな。本当にご老体か?」
「いけえ!させえ!」
ルナーの声が聞こえたのか、ファルティウスが一度だけ二人の方に視線を向けると、馬がそれに合わせて足を速くした。その結果、完全独走のままファルティウスがレースを制した。
「おお!圧勝したぞ!」
「完全に一人勝ちじゃん!」
ファルティウスの勝利に盛り上かるルナーとアルバート。その後も二人は屋台の料理を食べまくったり、ステージの上の演奏団の曲に聴き入ったりと祭りを楽しんでいた。
「いやあ、まさか部下達にお土産買う時が来るなんてねえ。」
土産を入れた袋を揺らしながらルナーが言った。
「逆に今まであげた事無かったのか? 」
「そうじゃないけど、あたしばかり良い物食べちゃうのもなあって。」
「へえ。意外と部下思いなのね。」
二人に入りこむように女性の声が近づいて来た。
アルバートが隣を向くと、ブリューナクとの戦いの時に共闘した女騎士ビリーブが立っていた。今日はプライベートなのか、私服姿だった。
「あ!あたしを拉致した女!」
「先礼ね。あくまで業務をこなしただけよ?」
「ビリーズ。一応言っておくか今日は王に連れて来られて居るんだぞ?」
「それは王妃様から聞いているわ。」
そこまで言うとビリーブは急にアルバートの真横まで来た。
「ところでアルバート。この後、行く場所は決まっているの?」
突然迫られてアルバートは困惑した様子だった。
「いや、これから決めようと思った所だが……」
「それだったら私が案内してあげるわ。あっちで今サムソンが他の大男とレスリングをしているらしいわよ?」
「ちょっと!?」
突然ルナーがアルバートの腕を個んだ。
「何あたしの仲間を連れて行こうとしてんの!?」
「は?」
ルナーの言葉にアルバートが戸惑う。何とビリーブもさりげなく彼の腕を握っていた。
「あら?いつから天井そんな距離近くなっていたの?」
「ん?最初からだよ。」
「いやお前脅して俺を仲間にしただろ? 」
即答するルナーに、アルバートは否定する。だがその表情はどこか照れ隠ししているようにも見えた。
「ビリーブ様!」
その時、人混みをかき分けながら一人の兵士がビリーブの元へ走って来た。
「どうしたの?」
先程までの態度と一変してビリーズは騎士としての立ちふるまいになった。
「夜の深森の警備隊が全員重傷して帰ってきました!恐らく、また例の獣です!」
「何ですって?」
報告を間いたビリーブは険しい顔になった。
「報告ありがとう。負傷者の手当てをお願い。」
「はっ!失礼します。」
そして兵士は一礼して走り去って行った。
「ビリーブ。獣というのは何だ?」
アルバートが聞くと、ビリーブは獣について話し始めた。
「他の闇の眷属と違って最近出現している存在よ。だけど眷属と言っていいのか分からない特性だから、とりあえず獣と呼んでいるわ。」
「何か特徴は掴めていないのか?」
そう言うとビリーブは獣の情報を話した。
「雨の日の夜に現れること、体が大きいこと、それと武器を持っていたという話もあるわ。」
「……獣なのに武器を?」
「信じられないかもだけど、見た人によればそうらしいわ。」
「でもそんな獣見た事無いよ。見間違いとかじゃないの?」
「全部本当の事よ。」
ルナーの言葉に重ねるように女性の声が聞こえた。
「今の声って……」
「……まさか。」
アルバートとビリーブにとっては聞き覚えのある声だった。二人は恐る恐る後ろを振り向いた。
「やっほー。アルバート♪」
紅いドレスととんがり帽子。一度見たら吸い込まれそうな金色の瞳の大腸の魔女のサンがクレープ片手に立っていた。
「お前、牢屋に入っているんじゃなかったのか?」
「あんなの妾にとっては牢屋ですらないわよ。転送魔法が使えなくたって、スクロールに刻んでいるからね。」
アルバートに見せつけるように胸元にスクロールを押し込みながらサンは話した。
「アルバート。誰よこの女?」
ルナーがアルバートに聞くと、サンがルナーに近づいて来た。
「あなたとは始めましてね。妾はサン。アルバートの……初恋よ♡」
「はぁ!?アンタ女居たの!?」
「誤解だ!こいつはシンプルにストーカーなんだよ!」
アルバートは必死に誤解を解こうとするも、必死になればなる程ルナーがヒートアップしていった。
「それで、本当の事とはどういう事なのかしら?」
埒が明かないと思ったビリーブが強引に話を戻した。するとサンはすぐに真面目な表情に切り替えてきた。
「あの子は待っているの。貴方をね。」
「俺を?」
「そうよ。」
そう返しながらサンはクレープを一口食べている。しかしアルバートは彼女の言葉をいまいち理解できていなかった。
「何で俺を深しているんだ?」
アルバートが聞くとサンは「まだ分からないの?」と返してきた。
「ビリーブちゃんが言ってたでしょ。雨の日の夜に現れるって。」
「確かに聞いたけど、何の関糸があるんだ ?」
アルバートがそう答えると、サンはため息をついた。
「本当に覚えていないのね。あの子がああなるのも無理ないわ。」
「…お前さっきから何が言いたいんだよ?」
アルバートがいらついた感じに聞くと、サンは一言だけ告げてきた。
「妾が思い出させても良いけど、本人に会った方が早いわ。今夜あたり、降りそうだから。」
それだけ言うと、サンは背を向けて歩き出した。そして人混みの中へと消えて行った。
「何なのよあの女は?」
サンが去るのを見て、ルナーはいらついていた。
「そういえば、いつものように詩を語らなかったわね。」
「気まぐれで変人だからな。」
ビリーブの疑問にそう答えるアルバートだったが、何かつっかえたような顔をしていた。
◇
夕方になると、祭りはより賑やかになっていた。昼間には無かった屋台や娯楽もたくさん出ていた。
「くそ!また外した!」
弓を持ったままアルバートは言った。彼らは夜になると出てきた射的屋に寄っていた。
「私も。これ、結構難しいのよね。」
ビリーブも支給された銃で撃ちながら言っていた。元々二人はそこまで狙撃が得意ではなかったので、尚更当たり所が良くなかった。
「こんな事なら、城に居た時にブリューナクに教われば良かったなあ……」
「それ!いただき!」
アルバートがかつての部下の名を出した時、突然短く乾いた破裂音が聞こえた。横を見てみると、自前のピストルを構えたルナーが居た。煙が上がる銃口の先には、二人が狙っていた景品が全て落ちていた。
「ふんふふーん♪お土産が増えちゃったなあ?」
チラッとビリーブを見るルナーの目にはビリーブを煽るようなものが感じられた。
(こ、この娘は〜!)
まるでバカにされたようで、ビリーブは顔を赤くしていたすると今度は賑やかな音楽の中に軽やかな足音が聞こえてきた。
「何だろう?」
アルバートが気になっていると、ルナーが音が聞こえだ場所へ走って行く。アルバートも追いかけると、広場の方で人々が楽団の演奏に合わせてペアで踊っていた。
「へえー、こういう催しもやってるんだね!」
「ああ。だが俺には無縁だな。」
アルバートが興味無さそうに言うが、ルナーは興味津々だった。
「一曲、お相手願えますか?」
するとルナーの目の前に一人の紳士が理れて、彼女に手を向けてきた。
「え〜?しょうがないな〜?それじゃ……」
「よろしくてよ。」
ルナーが返事をする前にビリーブの手が前に出て紳士の手を取った。
「は、はい…」
そして神土はルナーなど最初から居なかったかのように、麗しい雰囲気のビリーブに惚れて、そのままビリーブと一緒に広場の中へと行った。
「ビリーブは何だかダンスが得意そうだな。」
「どうだか。ああいう奴ほどヘタッピで、すぐにボロが出る……」
「わぁ!あの二人綺麗!」
「まるで本の中から出てきたみたい!」
しかしルナーの難くせとは裏腹に、ビリーブのダンスは凛々しく、上品で周りの人を虜にしていった。だがそのダンスの合間にルナーに勝ち誇ったような顔を見せていた。
「ぐぬうぅ…」
その顔を見たルナーは平静になるはずもなく、顔が真っ赤になっていた。
「行くよアルバート!」
「は?お、おい!」
突然ルナーがアルバ ―トの腕を引っ張る。そしてわざわざビリーブの対角になる位置に立った。
「おいルナー! 俺はダンスなんてやった事ないんだぞ?」「あたしだって十歳の時の舞踏会以来なの!」
結局流れでアルバートとルナーは即席で、不慣れな動きで踊りり始めた。
「いい? 次は足を前に出して。」
「足を前に…こうか?」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
アルバートが足を前に出した直後、ルナーが悲痛な声を上げた。アルバートが剣を振るう時と同じ勢いで踏み込んでしまい、ルナーのつま先をうっかり踏んづけてしまったのだ。
「す、すまないルナー!大丈夫か……」
「フンッ!」
「ダァァァァァァァッ!?」
今度はアルバートが声を上げた。ルナーが仕返しと言わんばかりに彼のつま先を思い切り踏んづけていた。
「…」
無言で睨み合う二人。そして次の瞬間、二人の足の踏み合い合戦が始まった。
「うらぁぁぁぁ!」
「だらぁぁぁぁ!」
その大人げない様子にビリーブも、他の踊っていた人々も目を丸くしていたり、呆れた目で見ていた。
「何やっているのかしらあの二人は……」
「実に品の無い…」
周りから嘲笑の声が聞こえてくるが、二人の耳には入ってこない。それどころか二人の動きはますますヒートアップしていった。
しかしいつの間にか、足の踏み合いからアルバートがルナをくるくると回したり、宙へ跳び上がったルナーをアルバートが上手くキャッチして綺麗に着地したりと、二人なりにダンスを始めていた。
「ふわぁっと!ふふふ!」
「おっと!はは!」
気づけば二人も自分達なりにダンスを楽しんでいた。
「私達も加わりましょうか?」
アルバート達のダンスを遠くから見守りながらアサンリアがヴァロウに話しかけた。だが彼は首を横に振り、アルバート達を見ていた。
「今宵はあの二人が主役だ。水を差したくない。」
ヴァロウはどこか暗い感じに話し始めた。
「最後に会ったのは彼が十歳の頃だったか。母親から蔑ろにされていたからかいつも笑顔が無かった。そう言う我も意見が食い違う妻とは喧嘩ばかりで、ついに国を巻き込んだ。」
「陛下……」
「その結果惨敗で今に至るがな。」
後悔を感じさせる言葉を出したヴァロウ。しかし「だが…」と言ってもう一度アルバートとルナーを見た。
「何だかあの頃よりも、元気そうで良かった。」
その顔にはどこか安堵と、懐かしさを感じさせた。
◇
「いやぁ、案外楽しめるもんだなルナー。」
ひとしきり踊り終えたアルバートは星を見上げながらルナーに言った。辺りは夜になり、踊り疲れて一休みしようと思っていると、ルナーが「ちょうどいい所があるよ。」と言ってきて、彼は祭りの会場から離れた丘へと連れて来られた。そこからは海も浜も、星空も一度に見渡せた。ところが、ルナ一は丘に来てから海をぼんやりと眺めていた。
「おいルナー、どうしたんだ?」
「ねえ。あんたの故郷ってどっち?
急な質問にアルバートは「え?」と戸惑う声を出してしまった。
「……方角的にはあっちだな。」
南西を指さしながらアルバートは言った。
「妹曰く、父の話によれば遠くからでも分かるくらい結晶の光が綺麗だったらしい。」
「え?アルバート父親居たの?」
ルナーは意外そうな声を出した。
「俺が十歳くらいの時に国から出て行ったから、顔はよく覚えてない。でも母よりは俺への当たりが良かった気がするな。」
そう言いながらアルバートは一つの兜を取り出した。アルバートと同じ色の髪飾りが施され、獅子を象った紋章がある、確かな真品だった。
「父がいつの日か俺に贈ってくれたという兜だ。俺が生きて、成人した時を見据えて作らせた物らしい。」
「付けた事ないの?」
ルナーが聞くと、彼は首を横に振った。
「これは俺が王になると信じて鍛えたもの。国を守れなかった俺に、付ける勇気なんかない。」
もう照らされる事の無い祖国を想いながらアルバートは話していた。 ルナーは月を見ながら「結晶の景色、見てみたかったなあ。」と答えた。
「そう言うお前は故郷はあるのか?」
「え?あたし?」
アルバートが聞くと、 ルナーは海を眺めながら話し始めた。
「あたしはルーツっていう国で貴族の家の次女として生まれた。母は物心つく前に亡くなって、父親は姉ばかり溺愛してたけどね。」
「そういえば父親に売られたとか言ってたな。」
アルバ ―トが聞くと、ルナーは「ああ、あの事ね。」 と思い出し笑いをした。
「十歳の時に、どっかの貴族と姉の代わりに結婚しろって言われたんだよ。顔も見た事の無い男と結婚して、一生愛想笑いして過ごすのかなって。そしたらさ……」
そこでルナーは一度課を区切る。そしてため息をついてから言ってきた。
「乗った船、海賊船だったんだよ。」
潮風が急に強くなる。しかしルナーは気にする様子もなく話を続けた。
「借金でもしてたのか邪魔だったのかは分からない。でも姉さん以外はどうでも良くなったんだろうね。不思議と悲しみは無かったよ。」
ルナーは乾いた笑みを浮かべていた。
「でも皮肉な話、身売りされた方が自由だったよ。あたしを買い取った海賊はただのじゃなかったから。」
「どんな人だったんだ?」
アルバートが聞くと、ルナーは乾いたものから純粋な笑みを浮かべた。
「父親みたいな金持ちを襲って、貧民に配るような人だったんだ。」
「ようするに義賊か。」
「うん。しかもキャプテンが変わった人でさ。 こんなガキにメシをくれるし、社会のこと数えてくれて、略奪なら悪人から奪い取れとか、 誇り高く語ってた。」
「お前に色々と良い意味で影響を与えてそうだな。」
「まあね。でも殺る時は殺る人だったよ。事情が変わったのか連れ戻しに来た父親を撃ったからね。」
「すごい人だな……」
「それでも実の父より父親らしかったよ。だから熱病で死んだ時は、 悲しかったなぁ……」
そう話すルナーの顔は、実父を失った時よりも悲しそうだった。
「だからなんというか、あたしのやってる事って養父の真似。あの人のようになりたいっていう、あたしの気持ち。言うのも恥ずかしいんだけどね。」
「立派な事じゃないか。」
恥ずかしそうに話すルナーに、アルバートは素直な感想を伝えた。
「憧れて尊敬していたからこそお前はその人の意思を継いでいるんだろ?」
「そ、そう?」
アルバートの言葉にルナーは照れ顔を見せる。反対にアルバートは兜を見つめたままため息をついていた。
「 俺なんか…“あの人"の意思を継ぐ資格すら無かった……」
アルバートの寂しい声が波の音に溶け込んでいく。
そしてしばらくすると、夜空に段々と雲が集まってきていた。
「曇ってきたな。雨雲か?」
「多分ね。それも強くなりそうな。」
二人の予想通り、月を囲んでいた薄雲とは違う重たい灰色の、が水平線の向こうから押し寄せてきていた。
「この様子だともうすぐ降ってきそうだね。」
「そうだな。」
ルナーのその言葉を聞いて、アルバートは昼間のビリーブとサンの話を思い返す。
__あの獣は雨の降る夜にしか現れないらしいわ。
__あの子は待っているの。貴方の事をね。
(俺が知る獣で、雨が降る夜……)
そう考えている内に、少しずつ雨が降り始めていた。
「激しくなる前に帰るか。」
「そうだね。」
そう言って二人は立ち上がり、入り江へと歩き始めた。
__ワオオオオンっ!
その時だった。突然雨の音を無に返す遠吠えが鳴り響いた。
「!?」
アルバートは本熊的に振り向く。だが後ろには何も名なかった。
「アルバート?」
ルナーが心配そうに話しかける。彼は東にある大きな森を見ていた。
(あの遠吠えは…まさか!?)
「ちょ!アルバート!?」
ルナーの声も聞かず、アルバートは突然東の森へと走りだした。暗い雨の夜、冷たい泥。遠吠えの中に感じる孤独。夜を裂く遠吠えが聞こえる度に忘れていた彼の記憶の断片が次々と脳裏を走った。
(あの遠吠え……ずっと昔に聞いた声だ!)
枝葉をかき分け、 濡れた地面を足蹴る。森の中を駆ける度に、昼間には感じられなかった気配が森の奥から滲み出ていた。腐敗のように重い魔力。アルバートは闇の魔力であると直感で感じた。
__ワオオオオオン!!
森の中央まで来た時、雨音に混じって足音が聞こえたアルバートは反射的に足を止めた。先ほどよりも遠吠えが近くなっていた。そして前を見た時、奥から青色の光が二つ見えた。それはアルバートを貫くように睨み、足音と共に近づいてくる。同時に闇の魔力も濃くなっていた。気配と位置を感じ取ったアルバートは思わず身構える。だがその光は襲いかかる様子は無かった。
「え?
その姿を見たアルバートは目を疑った。紫色の毛並みに大きな体。光と同じ青色の瞳の狼が槍を背負って現れた。
「……シルリア?」
狼の姿を見たアルバートは、無意識にその名を呼んでいた。




