幕間「悲壮と後悔」
「お兄ちゃん。」
眠る獅子の耳元に女性の声が聞こえる。その声は今までで一番聞き覚えがあり、今はとても懐かしい、幼くも聞こえる声だった。
「久しぶり。お兄ちゃん」
その声に寝ていた獅子のまぶたか開いた。
(お前なのか?)
「本当は直接お兄ちゃんと会いたかったけど、今のあたしは、残された魔力でこの化身をやっと作れる状態だからさ……」
(は?おいそれってどういう事だよ?)
獅子はその言葉を疑った。聞き返したかったが何故か獅子は声が出せなかった。
「今あたしは化身を作ってお兄ちゃんの夢を通して会いに来てるの。これもあと少ししかもたないけど、最後にどうしても、お兄ちゃんに会いたかったから。」
(最後?最後ってどういう事だよ!)
獅子が声の主に必死に近づこうとした。だがその時彼の視界がまばゆい光に包まれた。
「そろそろお別れの時が来たみたい。もっと話したかったけど、それももう叶いそうにないな・・・」
(待ってくれ!俺はお前にまだ……!)
「大丈夫。あたしはお兄ちゃんの事、恨んで無いよ。」
目の前で泣きくずれる獅子。その涙を声の主は優しく拭った。
「お兄ちゃん。最後にお願いがあるの。」
(最後だなんて、言わないでくれ……)
獅子は首を横に振った。しかし声の主は言葉を綴った。
「生きて。今守るべき人の為に。あたし達に囚われず、お兄ちゃんが正しいと思った道を生 きて。」
(俺が正しいと、思う生き方?)
獅子がその言葉に反応していると、声の主の光がより強くなった。
「ごめん。もう留まれないみたい。」
(そんな……待ってくれ!)
獅子は声の主に触れようとした。だが触れた瞬間から既に彼女は消え始めていた。声の主は体が消えていきながらも獅子に笑顔を向けていた。 その笑顔に獅子の心は更に抉られていた。
「お兄ちゃん。大好きだよ。」
その言葉を最後に、声の主は光の中へと消えていった。
「待ってくれえええ!!」
やっとの思いで声を出した獅子。しかしその時には声の主は完全に消え去っていた。空間には虚無に手を伸ばす獅子だけが取り残されていた。
◇
「はっ!」
深夜の船の中で、アルバートは突然目覚めた。息づかいは荒く、手には寝汗がびっしょりと付いていた。他の船員はまだ寝ていた。アルバートは心の中に違和感を覚えていた。彼はいつも枕元に置いていたブローチを手に取ると、違和感の理由に気付いた。紫、青、赤色の宝石がはめられたブローチ。今までは紫色の宝石だけが砕けていたそれは、赤色の宝石も砕けていた。その意味を彼は理解していた。
(ミラ……)
妹が死んだ。それは見えずとも分かる真実であり、全てを失いかけていた青年が全てを失った瞬間だった。今まで絶望に立たされながらもいつか故郷に帰ろうと思う事があった。故郷に戻って妹と母を助けに行くと何度も思った。 だが結局行けなかった。 彼の足がすくんで、心が怯えて行けなかった。その代償が、大事な人達の死だった。
(まだ、謝れてすらいないのに……)
「ううん」
アルバートが喪失感に襲われていると、彼の腕を掴む者が居た。隣で寝ているルナーがアルバートの腕を掴んだまま離さなかった。
「アルバート……」
アルバートがルナーの手をほどこうとした時、その言葉を聞いた彼は動きを止めた。その声は今までのような上から目線な感じでは無く、何かにすがるような声だった。
「行かないで……」
寝言を言うルナーの目には涙が流れていた。ルナーの寝顔を見ていたアルバートは夢に出て来た妹の言葉を思い出す。
___生きて。目の前に居る、誰かを守る為に。
(ミラ。俺はまだ、誰かを守れるのか?誰かを守る資格があるのか?)
船の上から見える月を見上げながら、彼は夜空に問いかけていた。




