第三章「夜に紛れし狩人」二節
かつての女王の配下と再会し、言葉を失うアルバート。そこに居るのは自分が知っている配下では無かった。ブリューナクも相手が知っている人物である事に気づいていたが、銃口を向ける手を下ろさなかった。
「使命を阻むのであれば、貴方でも撃つ。」
正気の無い目でブリューナクははっきりと告げる。しかしアルバートも動じなかった。
「貴族を殺していたのは、お前だったのか?」
「太陽の魔女は貴族によく化けていたからな。だが無差別は好まん。」
ブリューナクは赤い目を光らせた。その目からは邪悪な魔力がにじみ出ていた。
「この力が、魔力の無い当に魔女の気を教えてくれた。」
「魔女の気・・・確かに被害者達は皆サンを見つけて捕らえた人達だけど、そう言う事なのね。」
ビリーブは辻褄が合って納得した。
「だが一人二人仕留めただけでは魔女は見つからない。だからこそ当はいつも通りの事をした。そしてこの場所へ辿り着いた。だがまさか貴方とまた会うとは、喜ぶべきでしょうか。」
「それは本気で言っているのか?お前は無実の人間を何人も殺して……」
「アルバート!」
ビリーブが叫ぶ。アルバートが最後まで言おうとした瞬間、黙らせるように白銀の矢が彼の真横を高速で横切った。彼の直線に血が流れた。
「女王様を見捨てて逃げた貴方がそれを言うのか!?」
ブリューナクは怒りの声で言い放った。
「貴方が率いた兵も、貴方を信じた騎士達も皆死んだ。だがそれ以上に女王様を裏切った魔女は絶対に処断しなければならない!」
ブリューナクの怒りに言葉が見つからなかったアルバート。しかしそれでも彼は剣を下ろさなかった。
「……お前の気持ちは分かる。だが俺も引き下がるわけにはいかない。お前が闇に堕ちているなら尚更だ。」
「ならば……貴方を先に殺す。」
ブリューナクはアルバートを敵と見なし、弓を構えた。剣を構えるアルバートの後ろではビリーブが刺剣を引き抜いていた。両者の間に沈黙が流れる。どちらが先に攻めるかも分からない空気だった。
「遅い!」
何の前触れもなく先手を撃ったのはブリューナク。アルバートが踏み込むよりも速い動きで弓を引き、白銀の矢がアルバートの目の前へ迫った。
「同じ手は通じないぞ!」
アルバートは剣を斜めに振るって矢を弾いた。彼はその勢いで前進していく。そして三本目の矢を弾くと同時に一直線に構えられた大剣が目の前のブリューナクの胸元を狙った。
バキン!と金属音が響く。ブリューナクも零距離で射撃したことで、アルバートの攻撃を弾いていた。アルバートが衝撃で怯むとブリューナクは追撃の矢を放とうとした。
「させない!」
すると今度はビリーブが動き出した。それを見抜いたブリューナクは弓を引き直して素早く矢を放った。ビリーブは体を低くして滑り込む形でブリューナクに接近すると、立ち上がりと同時にブリューナクの胴を狙って刺剣を突き上げた。
「っ!」
ブリューナクは後ろに下がったが、ビリーブの攻撃も素早く、紙一重で切り裂かれたコートの内側から赤い血が流れていた。
「あぁ……!」
コートの切れ目を見たブリューナクから苦痛の声が出る。だがそれは血の痛みからくるものではなかった。
(あれは……まずい!)
「怯んでいるわ!このまま追い込むわよ!」
「待て、ビリーブ!」
しかしアルバートの声よりもビリーブが先に追撃へと向かった。このままいけばブリューナクの首を取れる間合いだった。
だが次の瞬間、火花散る金属音が鳴った。
「うっ……」
「ビリーブ!」
突然ビリーブが刺剣を落として腹部を押さえてしゃがむ。彼女の鎧には穴が開き、そこから血が流れ続けていた。アルバートにはブリューナクの怒りが伝わっていた。
「このコートは王室の者の証……女王様が直々に授与してくださったのだぞ!!」
ブリューナクは怒りの追撃の弾丸をビリーブに撃った。
「危ない!」
アルバートが咄嗟に前に出て剣を振り下ろし、弾丸を断ち切った。
「下がれ!ビリーブ!それでは戦えない!」
「だけど、私にも騎士としての矜持が……」
「そんなもの今は捨てろ!その矜持のせいで死んだら本末転倒だぞ!それにアイツの動きは俺がよく知っている。お前は今は生きる事を考えろ!」
「……分かったわ。」
ビリーブはアルバートに言われて前線から撤退した。アルバートは松明の火を厚布で覆って消すと捨てて、空いた手で剣を引き抜いてブリューナクと対峙した。
「怒りで引金を引くなんて、お前らしくないぞブリューナク!」
「貴方は気でも触れたのか?女王様を裏切るというのか!?」
ブリューナクの怒りと激情を感じる声にアルバートは目を閉じる。その時彼の脳裏にルナーの姿が過った。
「……サンの事は正直どうでもいい。だがお前に"忠義"があるように……俺にも"義理"がある。」
そう言ってアルバートは二刀の剣を構えた。
「理解できない。我らの忠義は……女王様ただ一人のはずだ!」
ブリューナクは白銀の矢を連続して放ってきた。だがアルバートは剣で矢を払いのけ、大剣の斬り上げや片手突きで反撃に出た。コートの傷を気にしているのか狙撃にムラがあり、攻撃を避けきれない部分もあってアルバートは踏み込んでの大剣の斬り上げがブリューナクの弓を持つ腕を斬り裂いた。
「グアアアア!?」
斬れた腕の断面を押さえながらブリューナクは苦痛の声を上げた。
「お前はもう終わりだブリューナク!」
激痛で闇に紛れての戦術をブリューナクはできずにいた。それを見抜いたアルバートは大剣を思い切り振り下ろした。
「はぁぁぁぁ!」
「くっ!」
ブリューナクは片腕で引き金を引いて攻撃を跳ね返した。そのまま追撃してしてアルバートに直撃したが、鎧のおかげでダメージは抑えられたがそれも時間の問題だった。
(間違いない。次は確実に殺してくる!)
何か手を打たなければならない状況に立たされていたアルバート。応戦をしながら彼は考えを巡らせていた。片腕になってもブリューナクの銃の狙いは正確で頭部を的確に狙っていた。
「うあ!」
ズバッと何かが裂ける音がした。完全に避けたハズが弾丸はアルバートの鎧のポーチを裂いて、ポーチの中身が落ちかけていた。落ちそうになっていたそれは、サンからもらった青く光る結晶石だった。見る者全ての心を見透かすような水色の光を見た時、アルバートはゴルドーの時のように、サンの詩を思い出した。
__砕けぬ光が彼の影を裂く時、狩りは止むだろう 刃でも呪詛でもない "彼女"の煌めきが 胸の奥で彼の名を呼ぶから__
「死ねえ!」
「くっ!」
気づけばブリューナクが発砲してきた。アルバートは間一髪で致命傷は避けたが肩が貫かれて血を流していた。アルバートは激痛を耐えながらなんとか立っていた。
「これでトドメを刺す。」
ブリューナクはトドメの弾丸を放ってきた。距離が多少あるとはいえ、矢にも勝る速度の弾丸を今の状態で避けるのは絶望的だった。
「一か八か、これに賭ける!」
同時にアルバートは結晶石を砕いた。その瞬間、砕かれた結晶からは青く強い奔流が放たれて弾丸を消し飛ばした。アルバートは流れるように大剣を振り払い、魔力の奔流を纏った。
「得物に魔力を宿す…貴方の得意分野だったな。」
「覚えていたんだな。なら、これも覚えているか?」
アルバートは剣にも魔力を纏うと大剣と剣を二刀で構えた。
「だが所詮は…魔術擬きよ!」
ブリューナクは手首をスナップさせて器用にリロードをした。そして間髪いれずに引き金を引くと、二連続で白銀の弾丸を放ってきた。それは今まで撃ってきた弾丸よりも強力な魔力を宿しており、当たれば即死は避けられなかった。
「はぁぁっ!」
しかし今度はアルバートの振るった剣の方が速かった。なぎ払われた二刀の剣から青い光の一閃が放たれ、弾丸を木っ端微塵にし、結晶の刃となってブリューナクに放たれた。
「な…」
ブリューナクは避ける間もなく結晶の刃に斬りさらわれた。刃の結晶は粉々になって散弾となり、彼に飛び散った。
「グアバぁっ!?」
ブリューナクは目にも結晶が刺さりもがいた。アルバートは迷う事なく魔力の大剣を低く構えた。そこから踏み込むと一気に大剣と共に走りこんだ。
「例え目が見えぬとも」
対するブリューナクは背中から白銀の矢を取り、ナイフのように構えた。
「腕を片方無くそうと、我が使命は揺るがぬ…!」
「……」
それでもアルバートは足を止めなかった。互いに一歩も譲る気の無い空気が二人の間にあった。
(今だ!)
大剣が地を擦る音が近づいたと同時にブリューナクも駆け出した。体勢を低くし、矢を逆手に構えて掻い潜るように飛び掛かった。彼の速さを考えればアルバートの首を確実に斬り落とす間合いと狙いだった。
__ブリューナク。
「!!」
その時、ブリューナクの矢を持つ腕が揺れた。アルバートでもビリーブでも無い、覚えのある声がブリューナクの脳裏に響いた。
(ああ、貴女は!)
見えない"何か"に手を伸ばしたその時、彼の視界が赤く染まった。
「がっ!!」
それは鉄臭く、青い光が見えた。彼が動くよりも先にアルバートの魔力剣がブリューナクの胴体を斬り裂き、魔力の結晶が傷口を深く抉って血肉が飛び散っていた。ブリューナクの矢は折れて、彼はその場で膝を崩した。銃を拾う様子も無く、アルバートも剣を下ろした。ビリーブは刺剣を引き抜こうとしたが、アルバートがそれを止めた。
「もうこいつには戦う意思も気力も無い。」
アルバートがビリーブにそう言っていると、ブリューナクは手を振るわせながらゆっくりと口を開いた。
「一度も使命を阻まれず……一度も狙いを外さなかった当が…遅れを取る日が来るとはな…」
ブリューナクは弓と銃では無く、コートのポケットから葉巻を取り出して咥えた。だが利き腕が無いのでライターの火をつけるのに手間取っていた。するとアルバートがライターの火をつけた。ブリューナクは無言で葉巻に火をつけて一服した。そしてゆっくりと話し始めた。
「結晶の力を受けた時、女王様が見えた。」
「……"あの人"の魔力を覚えていたんだな。」
「忘れるハズが、無いではありませんか。」
自然とブリューナクの話し方が身上の者への口調になっていた。
「あの方のお姿も声も、目の前で見た権能も…一度たりとも忘れた事はありません。」
ブリューナク葉巻をふかしながらブリューナクは黄昏る。
「だが結局当は……女王様を崇拝するあまり…使命に囚われ…自らそれを呪いへと変えていました……」
「ブリューナク……」
「死ぬべきは魔女では無く…当の方でした……」
「何言っているんだブリューナク。正気があるだけお前は愚かじゃない。」
アルバートがそう言うも、ブリューナクは己を否定するかのように首を横に振った。
「当は信じきれなかったのです。あの方のお姿も考えも…だから当の本心が敵意を魔女に向けて意味の無い殺しを犯してしまいました……」
「"あの人"と何かあったのか?」
「これを話せば……貴方を失望と失意に落としてしまう。」
「許す。だから話してくれ。あの人は俺の事で何て言っていたんだ?」
アルバートが真剣な目で聞くと、ブリューナクは少しの間迷った末、やがて顔を上げた。
「"アルバートを殺せ"……それが最後に聞いた…女王の……言葉でした…」
ブリューナクの言葉を聞いたアルバートは絶句した。訳を知らないビーブでさえもその言葉に蒼白した。それは死に際の最後の力だったのか、ブリューナクはその言葉を伝えると同時にそのまま動かなくなった。月夜の下で咥えられた葉巻が、虚しく煙を立てていた。




