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重い足取り

続きです!読んでください!

昼休み。今日は桜ちゃんと弁当を食べる日。俺は何も持たずに教室を出た。


階段を上って、屋上のドアを開ける。ギィと金属音がして明るい空が視界に広がった。フェンスのそばでもう桜ちゃんが座っていた。


「北斗くん……お疲れ様です」

「ごめんね。待った?」

「来たばっかりです!」

桜ちゃんはいつも通りのお淑やかで明るい笑顔を見せた。俺は小走りで桜ちゃんの元へ向かう。


「来てくれてありがとうございます」

「いやいや。お礼するのは俺の方だよ」

俺は隣に座りながらそう言った。桜ちゃんと弁当を食べるのはこれで四回目。このイベントも俺にとって日常になってきていた。


「……今日のお弁当です」

そう言って、桜ちゃんは両手で大事そうに包みを差し出してきた。少しうつむき加減で、ちらっと俺の顔色をうかがうように視線を上げる。四回目なのにこれは最初から変わらない。


「うん。ありがと」

白い布に包まれた二段の弁当箱。結び目がきれいで、丁寧に包んだのが分かる。


「あの……今日は結構頑張って作ったんです」

「え〜?いつも頑張ってくれてるじゃん。それ以上なの?」

「はい……昨日の球技大会でたくさん走って疲れてるかなと思ったので」

桜ちゃんは少し顔を赤らめて、視線を膝の上に落としたまま、小さく息を吸った。


「見てくれてたんだ」

俺が言うと、桜ちゃんははっと顔を上げる。


「もちろんですよ……!前の方で見てました」

その言い方がなんだかかわいくて、俺は思わず笑ってしまう。


「そっか。ありがと」

そう言うと、桜ちゃんは少しだけ口元を緩めてから、


「……かっこよかったです」

と、ほとんど独り言みたいな声で言った。風がふわっと吹いて、桜ちゃんの髪が揺れる。俺の心臓が変なタイミングで跳ねた。


「え?」

「な、なんでもないです」

慌てて首を振るけど、耳が真っ赤なのが隠せていない。俺も慌てて視線を弁当に落とした。


「よ、よし。じゃあ……いただきます」

「い、いただきます」

俺たちは空気を誤魔化すために弁当を食べることにした。包みをほどくと、今日も彩りのきれいなおかずが並んでいる。いつもより品数が多い気がする。


「すごい。本当に頑張ったんだね」

「はい……北斗くんが頑張った分、私も頑張ろうって思ったので」

その言い方が優しくて、なんか胸の奥がくすぐったい。


「本当にありがとね」

卵焼きを一口食べる。


「……うま」

思わず漏れた声に桜ちゃんの表情がぱっと明るくなる。


「本当ですか?」

「うん。めちゃくちゃ美味い」

「よかった……」

桜ちゃんは嬉しそうに自分の弁当を開けて、俺の隣でちょこんと座り直した。少しだけ距離が近くなる。近いけど、触れないように気を遣ってる距離。


「北斗くん、足は大丈夫なんですか?」

「全然平気。足も怪我に慣れちゃったのかな」

「何かあったら絶対言ってくださいね」

真っ直ぐな目で言われて、俺は少しだけ視線を逸らした。


「さ、桜ちゃんはこうやって毎回弁当作るの大変じゃない?」

気恥ずかしくなって話題を変える俺。


「楽しいです。緊張はするけど……」

「楽しい?」

「はい。北斗くんに食べてもらうの嬉しいし、北斗くんと一緒に食べるの……好きなので」

またさらっとそういうことを言う。深い意味はなく言ってるんだろうけど。


「……そっか」

俺はそれだけ言って、からあげを口に運ぶ。


「美味しいよ……本当に」

けどそれ以上に隣で嬉しそうに笑ってる桜ちゃんの方にどうしても意識が引っ張られてしまう。


可愛い後輩。友達の妹。懐いてくれてるだけ。……それだけのはずなんだけどな。


⭐︎


弁当を食べ終わって、二人で「ごちそうさま」を言った。食べる前に比べて、屋上に流れる風だけが少し強くなっていた。桜ちゃんは隣で丁寧に弁当箱を布で包み直している。俺はそれをぼんやり眺めながら、立ち上がろうと手をついた。


「じゃあ……そろそろ戻ろっか」

そう言って腰を浮かせた、その時。


きゅっ、と、制服の袖がほんの少しだけ引かれた。

力なんてほとんどない。意識していなければ気づかないくらいの強さだ。でも確かに止められた。


振り向くと、桜ちゃんが下を向いたまま、俺の袖を小さな指でつまんでいた。


「あの……」

声もいつもよりずっと小さい。


「ん?」

俺がしゃがみ直すと、桜ちゃんはゆっくりと顔を上げた。その目はいつもの柔らかい目じゃなかった。少しだけ不安そうで、覚悟を決めたような目だった。


「一つ、聞きたいことがあって……いいですか?」

胸の奥がざわっとする。


「いいけど……どうしたの?」

桜ちゃんはいったん視線を外してから、また俺を見る。


「昨日のサッカーで北斗くんが足を痛めて……走れなくなっちゃった時……」

そこまで言って、唇をきゅっと結ぶ。


「あ、天城さんが北斗くんのこと、すごく応援してたの、私、見てたんです」

「え……」

桜ちゃんの莉子ちゃんは階段で遭遇済み。でもたったそれだけのはずだ。


「名前を何回も呼んでて……」

桜ちゃんの声は風にさらわれそうなくらい小さいのに、不思議とはっきり耳に残る。


「それで……」

袖をつまむ指先がほんの少しだけ強くなる。


「北斗くん、天城さんが叫んだ瞬間に急に動きが変わったんです」

俺は何も言えなかった。否定も肯定も思いつかない。ただ、桜ちゃんの言葉が昨日の光景をそのまま引っ張り出してくる。


歓声。足の痛み。立ち止まりかけた足。聞こえた声。


「それまではちょっと苦しそうで……でも声が聞こえてから、すごく速くなって」

桜ちゃんは俺を見上げる。まっすぐで逃げ場のない目。


「階段で会った時も、少しだけ思ったんです」

あの日の短いやり取り。莉子ちゃんと偶然会った、あの瞬間。


「もしかして……って」

心臓がどくんと嫌な音を立てる。


「間違ってたらごめんなさい。北斗くんの好きな人って――」

桜ちゃんの喉がこくりと動く。


「天城さん……だったりしますか?」

風が二人の間を抜ける。フェンスがかすかに軋む音だけが響いていた。


「……あー……えーっと」

桜ちゃんの全てが正しくて、言葉が出なかった。桜ちゃんはその反応を見て、少し慌て始める。


「ごめんなさい……変なこと聞いて……!」

そう言うけど、袖を掴む手は離れない。


「ただその……気になってしまって」

声が少しだけ震えている。


「北斗くんのあんな姿は……初めて見たから」

俺は言葉を探した。否定したほうがいいのか、誤魔化したほうがいいのか。

でも桜ちゃんの目があまりにも真っ直ぐで、適当なことを言うのがすごく嫌になった。


「……うん」

小さく息を吐く。


「桜ちゃんの言う通り、俺の好きな人は天城莉子さんだよ」

言葉にした瞬間、胸の奥がすっと軽くなった気がした。桜ちゃんの指先がぴくっとわずかに震える。


「……そうですよね」

声は落ち着いているのにどこか遠い。


「やっぱり……そうかなって思ってました!」

そう言って、桜ちゃんはふわっと笑う。


「それだけです!変なこと聞いてすみませんでした!」

ぱっと手を離して、慌てて立ち上がる。その動きが少しだけぎこちない。


「俺は……大丈夫だけど」

俺が言うと、桜ちゃんは何度も頷いた。


「ちゃんと答えてくれてありがとうございます」

丁寧に頭を下げる。その仕草がいつもより少しだけ堅い。


桜ちゃんはもともと俺に好きな人がいることを知っていた。それが誰でも、驚いたり、何かが変わったりはしないはずなのに。

その人が誰かを知った瞬間、何かが変わったのがはっきり伝わってくる。


笑っているのに、いつも通りに振る舞っているのに、桜ちゃんを包む空気だけが少し違う。


「じゃあ行きましょう!」

明るい声。いつもの桜ちゃんに戻ったみたいにそう言って歩き出す。

俺も並んで階段へ向かう。


けど。その足取りがいつもよりほんの少しだけ、重く見えた。

ありがとうございました!

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