ほんの少しだけ
間隔開いてごめんなさい!この回で球技大会編は完となります!
球技大会の翌日。昨日あれだけ騒がしかった学校とは思えないくらい、いつも通りのざわめきがそこにあった。その中を俺はなるべく普通の顔をして歩いていた。
左足はまだ少し違和感がある。痛みはあるけど、昨日ほどじゃない。
「あれ?浅倉、普通に歩いてんじゃん。足大丈夫なの?」
後ろから声をかけられて振り返ると、水瀬が手をひらひらさせながらこっちに歩いてきていた。
「うん。なんか奇跡で耐えた」
「昨日あんな痛そうだったのに。松葉杖はいいんだ?」
「先生が言うには松葉杖を使うほどじゃないらしい」
「ふーん……浅倉の体って謎だね」
水瀬は俺の足元をじっと見て、それから顔を上げた。
「でも昨日は大活躍だったね。最後のあれ漫画みたいだったもん」
「なんか水瀬に言われると恥ずいな……」
「はぁ?私が褒めちゃダメですか〜?」
「ダメじゃないけど……なんかこそばゆいんだよ」
俺がそう言うと、水瀬はわざとらしくため息をついた。
「はいはいヒーロー様は照れ屋さんっと」
「やめろって……」
そう返すと、水瀬はにやっと笑った。
「それで……昨日莉子と何話したの?」
「……聞くよなぁ」
最初から狙いはこれだろう。水瀬は莉子ちゃんが保健室に来たことを知っている。
「そりゃ聞くよ〜。帰ってきた莉子がやけに上機嫌だったからさ」
「べ、別に特別なことなんてないよ……普通にお疲れ様って感じ」
なぜか俺は隠してしまった。流石の水瀬でも莉子ちゃん呼び公認を告げるのは少し恥ずかしかった。
「何それ。絶対嘘じゃん。隠すなって〜」
水瀬はバンバンと肩を叩いてくる。俺は視線を逸らして歩幅を少し早めた。
「ほんとだって。普通に話しただけ」
「んなわけないじゃん」
ニヤニヤしながらついてくる水瀬をなんとかやり過ごしながら俺たちは教室の前まで来た。
ドアの小窓から中が見える。いつもの朝の風景。友達同士で話してるやつ、机に突っ伏してるやつ、スマホをいじってるやつ。
その中に窓側の席で、友達と話している莉子ちゃんがいた。
昨日の体操服とは違ういつもの彼女。俺の足が一瞬止まる。
「ん?どうしたの?」
水瀬が不思議そうに聞いてくる。
「いや……なんでもない」
ドアを開けて教室に入る。ざわめきの中、莉子ちゃんがふとこっちを見る。目が合ったその瞬間、ほんの少しだけ莉子ちゃんの表情がやわらいだ。そして莉子ちゃんは言った。
「……北斗くん。おはよう」
はっきり聞こえた。教室のざわめきの中、そこだけ音が消えたみたいに。俺の心臓が一気に跳ねる。
「あ……おはよ、莉子ちゃん」
そのやり取りを真横で見ていた水瀬が固まった。
「…………え」
ゆっくり俺を見る。次に莉子ちゃんを見る。また俺を見る。
「え……ちょ、ちょ……え?」
完全に思考が追いついてない顔。水瀬のガチ焦り初めて見たかも。
「な、なに今の」
「何って……挨拶だけど」
「嘘でしょ……!」
声が少し大きくなって、周りの何人かがこっちを見る。水瀬の大声は珍しいもんな。莉子ちゃんはちょっと照れたみたいに笑っていた。
「何で言わないの!?」
「普通に恥ずいし……」
水瀬はしばらく俺を見つめて、それから大きく息を吐いた。
「やばいやばいやばいじゃん……!」
「鈴香が鈴香じゃなくなってる……」
莉子ちゃんも様子のおかしい水瀬に少し引いていた。
「はぁ〜……青春の匂いがする……」
「嗅ぐなよ……」
席に座りながら俺はふと莉子ちゃんの方を見る。口角が少し上がっている。それだけで胸の奥がじんわりあたたかくなったのも束の間。
ガラガラガラ。
「おはよう諸君!」
最近よく聞く声が教室に響いた。
「佐藤くんだ!」
「きゃー!おはよ!」
「おはようおはよう」
入ってきたのはいつも通りのシュガ男だった。なんであんな感じでモテるんだろう。顔ってそんなに大事かな?
「あ!シュガ男来やがった!」
友達と話していた古川が立ち上がりシュガ男を指さす。
「やあやあやあ……」
シュガ男は手を振りながらどんどん俺に近づいてくる。
「まあ来るよな……」
昨日の試合後は話せなかったし、勝負ふっかけといてて何もなしじゃ終わらないよな。でも勝ったのは俺たちだ。勝者の余裕ってやつを見せつけてやろうじゃないか。
「やあ。元気かい?」
そしてシュガ男は俺の目の前までやってきた。昨日あれだけ本気でぶつかり合った相手とは思えない軽い顔。
「まあな」
「それはよかった。鈴香ちゃんも」
視線がすっと水瀬に移る。
「……」
水瀬は何も言わずにニヤッとしただけだった。いつシュガ男が喚き散らすかを楽しみにしている顔だ。
「昨日はナイスゲームだったね。いいチームだった」
シュガ男は本当に気持ちよさそうにそう言った。
「……まあ楽しかったな」
俺も一応そう返す。
「うんうん。スポーツはやっぱりいいよね……勝ち負けも大事だけど、ああいう全力の時間ってさ」
完全に大人の会話モードだ。自分から意味の分からない勝負ふっかけてきた人間の態度とは思えない。
「また機会があったらぜひよろしく」
にこやかに手まで差し出してくる。
「え……?」
俺は内心めちゃくちゃ戸惑っていた。勝負は?あのバチバチは?あの木南と水瀬は!?もしかしてこいつなかったことにするつもりか……!?
「……ああ」
とりあえず握手だけは返す。その瞬間、シュガ男の後ろにぬっといくつかの影が。
「おいおいおいおいおい」
その影から低い声。シュガ男の笑顔がピタッと止まる。
振り返ると、古川を筆頭に男組がずらっと並んでいた。柴田も藤本もいる。完全に包囲が完了した。
「おい?」
古川がシュガ男の肩をガッと掴む。
「スポーツはいいよねって何?」
「え?い、いや……心から熱くなれる――」
「うるせえ!!」
古川の一喝で教室がどっと沸く。
「お前、有栖ちゃんと鈴香ちゃん賭けて勝負ふっかけてきたよな!?」
「え、まあ、それは……」
シュガ男が一歩下がる。
「なんで爽やか好青年モードに切り替えてんだよ!いつものお前で来いや!」
古川に続けて男子たちもシュガ男に罵声をぶつける。
「そーだそーだ!」
水瀬も座りながら男子に加勢する。いつも余裕そうなシュガ男がどんどん追い詰められていく。古川に肩を掴まれ、柴田に横を塞がれ、藤本に後ろを取られている。
「俺たちに負けて悔しいだろ!?」
古川の言葉にシュガ男はしばらく俯いたまま動かない。教室が少し静まる。その空気の中でシュガ男の肩がふるっと震えた。
「……ふ……は」
顔がゆっくり上がる。
「はーっはっはっはっは!!」
シュガ男は顔を押さえて笑い出した。
「よく言ってくれた!!」
シュガ男は古川の手を振り払い、教室の真ん中に一歩踏み出す。
「褒めてやろう1組!!この僕を負かすとはなかなかいいチームだ!!」
「戻った……」
水瀬が小声で呟く。
「確かに僕のチームは負けた!それは認めよう!有栖ちゃんも鈴香ちゃんも君たちのクラスのままで構わないさ!」
シュガ男は胸に手を当て、堂々と言い放つ。
「ただ!!」
ビシッと指が伸びる。
「僕は昨日2ゴールだ。そして君たちのエース!浅倉北斗!」
一斉に視線が集まる。
「君も2ゴール!見事だ!」
「何が言いたいんだよ!」
「勝ったのは俺たちだぞ!」
ざわつく教室。
「僕も2ゴール。浅倉くんも2ゴール。つまり――」
一拍置いてから、
「僕は負けてない!!!」
教室が一瞬、完全に沈黙する。次の瞬間――
「はぁぁあ!?」
古川の素っ頓狂な声が響いた。
「いや負けてるだろ!!」
「個人戦じゃねえよ!」
総ツッコミがシュガ男に飛ぶ。シュガ男はそんな声を気にする様子もなく、満足そうに腕を組んだ。
「ふん。理解が追いつかないか。凡人には難しい理論だったかな」
「殴っていいか?」
古川が一歩踏み出す。
「ダメだ……!」
すぐさま柴田が古川の腕を掴む。
「手出したらこっちが悪者になる!!」
その騒ぎの中、シュガ男は満足そうに一度だけ頷くと、くるりと踵を返した。
「それだけだ。それでは失礼しよう」
「逃げんな!!」
「まだ話終わってねえぞ!!」
背中にいくら声をぶつけられてもシュガ男は止まらない。ドアの前まで行き、ガラッと開ける。シュガ男はそのまま出ていくと思いきや、そこでぴたりと動きを止めた。
「あぁそうだ」
振り返ったシュガ男の視線がまっすぐ俺に刺さる。
「浅倉くん……君だけは僕と引き分けたんだ」
にやりと笑う。
「ライバルとして認めてあげるよ」
一瞬、教室中の視線が俺に集まる。俺は椅子に座ったまま、シュガ男を見返した。
「次は勝てるといいな」
静かにはっきりと言う。シュガ男の口角がぐっと上がる。
「ははっ!流石ライバルだ!」
そう言い放って、シュガ男は高らかに笑いながら教室を出ていった。
ドアが閉まる。数秒の沈黙のあと――
「なんなんだあいつは!!」
古川の叫びで、教室が再び爆発した。さっきまで静かだった朝の教室は完全にいつもの騒がしさを取り戻していた。
俺はその中心から少し外れた席で、ふっと息をつく。視線を上げると、莉子ちゃんがこっちを見ていた。
目が合って、くすっと小さく笑う。それだけで胸の奥がじんわり温かくなる。
……いろいろあったけど、昨日の試合も、さっきの大騒ぎも。
なんだかんだシュガ男のおかげでクラスはめちゃくちゃ盛り上がった気がする。莉子ちゃんにも少しくらいはいいところを見せられたし。
ほんの少しだけ、ほんの少しだけだけど、あいつに感謝してもいいかななんて思ってしまう朝だった。
【何も知らない有栖】
「私を賭けてたって何!?」
「まあ……いろいろあったんだよ」
「全部教えて!」
【莉子ちゃん呼びが古川たちにバレた】
「お前……!女子にちゃん付けを許されるとは……!」
「そこまで行ったのか……俺は嬉しいよ」
「浅倉改造計画が懐かしいね」
ありがとうございました!
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