3 パーティー会場
「おいおい、あれが体育館? どう見てもお城じゃないか」
疾走するカボチャの馬車の窓から顔を出したタケトが、驚きの声を上げた。
渡り廊下はいつの間にか鬱蒼とした森の中の一本道になっていて、その道の先には、高い尖塔がいくつもある大きな西洋風の城が見えていた。化け物たちは、もういなくなっていた。
馬車はお城の門をくぐり、正面玄関の前に止まった。
相葉さんは、従者たちに案内され、早足でお城の中へ入って行った。
「会場に着いたけど、まだ目が覚めないね」
「もうしばらく様子を見よう」
僕とタケトは、相葉さんの後をついていった。
† † †
お城の中は、大きなダンスホールになっていた。優雅なワルツが流れ、ドレスの姿の女性と燕尾服姿の男性が思い思いに踊っている。
相葉さんは、ダンスホールの中にいた燕尾服姿の若者に声をかけた。
「遅くなってごめんなさい! 踊りましょう、結城君」
「ええっ??」
相葉さんの後方で様子を見ていた僕は、思わず声を上げてしまった。相葉さんが声をかけた燕尾服の若者は、何と「僕」だったのだ。本物の僕と比べて背が高く、だいぶイケメンになっていたが。
「へえ、相葉って結城のこと好きだったのか」
僕の隣に立つタケトが、ニヤニヤしながら言った。
確かに、相葉さんは他の女子よりも僕に話し掛けてくれることが多いように感じていたが、相葉さんは誰にでも優しい。まさか、相葉さんが僕に好意を持ってくれているなんて考えたこともなかった。
僕は何て言っていいか分からず、顔を赤らめた。
イケメンで燕尾服姿の僕が、相葉さんの手を取った。それを眺める僕。何だか複雑な気分だったが、嬉しそうな相葉さんの姿を見て、僕も何だか嬉しくなった。
その時、相葉さんの手を取るイケメンの僕が、いきなりその場に俯せで倒れた。背には矢が刺さっていた。イケメンの僕の燕尾服が血に染まった。
「イヤーッ!!」
相葉さんが絶叫し、その場にうずくまった。
イケメンの僕の姿が消え、辺りが薄暗くなってきた。どこからともなく、鎧を着込み、槍や剣を持った兵士の一団が現れた。
「くそっ、ナイトメアめ、まだ諦めてなかったのか!」
兵士が槍を構え、相葉さんに襲いかかった。相葉さんはその場にうずくまったまま、泣きじゃくっている。
タケトが跳躍した。相葉さんに一番近い兵士を蹴り飛ばした。
「結城、さっきの『ニセ結城』の代わりをしろ! 相葉の目的を達成させて目を覚まさせるんだ!」
「目的?!」
「相葉はお前と一緒にダンスがしたかったんだよ! ここは俺が食い止める。頼んだぞ!」
「わ、分かった!」
僕は竜巻と燕尾服をイメージして指を鳴らした。小ぶりな竜巻で兵士の何人かを吹き飛ばすと、燕尾服姿になった僕は、相葉さんのもとへと走った。
† † †
「相葉さん、相葉さん!」
僕が何度か声を掛けると、相葉さんがゆっくりと顔を上げた。顔は涙で濡れていた。
「結城君、なの?」
相葉さんが僕の顔を見て、自信なさげに聞いてきた。相葉さんのイメージほどイケメンではないのだろう。
僕は慌てて相葉さんに言った。
「そうだよ。結城だよ! 顔はちょっとアレかもしれないけど、正真正銘、本物の結城だよ」
「でも、結城君は死んじゃった……」
「大丈夫! かすり傷だったんだ。ほら、何ともないよ」
僕は相葉さんの前でクルリと体を回した。それを見た相葉さんが笑顔になった。
「結城君、無事だったんだ!」
相葉さんが僕に抱き付いた。夢の中とはいえ、その感触に思わず僕は硬直する。
「さ、さあ相葉さん! 僕と一緒に踊ろう!」
「うん!」
僕はダンス曲を必死に思い浮かべた。苦手分野で、なかなか思い付かない。やむを得ず、僕が唯一知っているダンス曲で、同じ小学校だった相葉さんも知ってるであろう曲を思い浮かべ、指を鳴らした。
ダンスホールに、小学校の体育の授業で踊った「マイムマイム」の曲が流れ始めた。
† † †
「舞踏会でマイムマイム?」
「はは、まあ何でもいいじゃない。さあ、楽しく踊ろう!」
不思議そうな顔をする相葉さんにそう言うと、僕は相葉さんと手を繋いで踊り始めた。
2人だけのマイムマイムを踊りながら、僕はチラリとタケトの方を見た。タケトは苦戦しつつも何とか兵士たちを倒し続けてていた。
僕は再び竜巻を起こしてタケトを援護した。
「懐かしい! 小学校以来だわ」
相葉さんが笑顔で言った。どうやら楽しんでくれているようだ。
「わたし、結城君と踊れて嬉しい!」
相葉さんが笑顔で僕の顔を見つめた。
相葉さんの気持ちを知ったこともあるせいか、相葉さんの笑顔は、いつにも増して可愛く見えた。
「夢の中だけじゃなく、現実でも結城君ともっと仲良く出来たらいいな……」
相葉さんがポツリと呟いた。どうやら目が覚め始めているようだ。
「ありがとう、結城君」
相葉さんがにっこり微笑んだ。
薄暗くなっていたダンスホールが白い光に包まれた。僕は意識が遠退いていくのを感じた。