第99話 Sword of the light indicating the hope
異世界マギイストからの侵略者。この世界、ソルダントを箱庭とし、魂を作り出す研究を行っていた魔術師エルンスト。人の人生を狂わせ、星一つを消し去る程の力を与え、多くの犠牲を出させた彼は許されざる存在であり、彼の背後に居る賢者達、サジューロの存在はこの世界の敵である。
エルンストの手駒である三人の観測装置と一人の契約者。その者達は全て倒すに至り、後は敵将であるエルンストと、彼の背後に居る魂だけの存在であるサジューロと対峙する事となる。
最後の戦いに向けてパイロットスーツを着込むジルベルト。その表情は真剣そのもので、数時間前に愛する者と過ごしていた時とは全く違う。そんな彼のすぐ横のロッカーを開いたのは爽やかな笑みを浮かべた青年であった。
「先程はお楽しみでしたね」
「…!…なんだ、クランドか。ところでお楽しみって言うのは何の事だ?」
「違うんですか?僕はてっきり鳴鳥と仲睦まじく過ごしたのかと…」
「…お前は相変わらず良い性格をしているな」
冷やかしとも、嫌味とも取れる言動に辟易とするジルベルト。確かに久城の言う通り、ジルベルトはここに来るまでに鳴鳥と二人きりの時間を愉しんでいたが、何故悟られてしまったのか見当がつかない。訝しげにしているのに気付いたのか、久城は何故鳴鳥との事を知っていたのかを明かした。
「先程、ここに来る前に鳴鳥と会いまして。あの子は顔に出やすいですからね」
「…成程な」
惚けたような表情でもしていたのだろう。その様子は簡単に思い浮かべられ、ジルベルトは肩を落とす。
今更隠すような仲ではないのだが、やはり気恥ずかしさは拭えない。その上相手は鳴鳥の事を好いていた久城であって罪悪感すら抱いてしまう。その件に関しては今更譲るつもりもないが、鳴鳥を残して行ってしまった事を思えば彼にも負担を掛けたのではと考えに至り、ジルベルトは久城に頭を下げた。
「…すまなかった」
「どうしたんですか、急に」
「お前にも迷惑を掛けたと思ってだな…」
「その事ですか」
まさか頭を下げられるとは思ってもみなかったのだろう。驚いた久城は頭を上げるように言い、そして過ぎた事は気にしなくとも良いと、鳴鳥と同じように言い、許しをくれた。
そこまで気にもしていないのか、こちらの心情を理解してくれたのか、とにかく謝り続ける必要は無かったようだが、ニコリと笑った久城は容赦ない一言を浴びせる。
「次に鳴鳥を悲しませるような真似をしたら……分かっていますよね?」
「あ、ああ…。もう二度と悲しませるような真似はしない」
「その言葉が聞けれれば良いんです」
やはり底が知れないと、軽く戦慄を覚えたジルベルトであったが、久城の前で誓った言葉は嘘偽りでない。
その後ジルベルトは後から来たフラヴィオとクヴァルにも同様に頭を下げるが、久城以上に彼是と言われ肩身の狭い思いをする。それは致し方ない事であるが、決戦を前にしての空気ではないと呆れ返りもした。
第99話 Sword of the light indicating the hope
これから向かう所は戦場で、気持ちを引き締めなくてはならないのだが、ここにも心穏やかでない者が一人、鳴鳥は惚けた表情でパイロットスーツに着替えていた。
「随分と幸せそうね」
「は…っ!ア、アリーチェさん!?お、お身体は大丈夫なのですか…?」
「この通り、何ともないわよ」
少し顔色は悪いようだが、気取られないように明るく振る舞うアリーチェ。彼女も再び戦場に立つようで、その身を心配する鳴鳥であったが、気遣いは不要だと突っぱねる。
平然とした様子のアリーチェはじっと鳴鳥を見つめていたが、肩を竦めさせ大仰な溜息を吐いて、そして祝福をした。
「良かったわね」
「え、あ、えっと…、それは…」
「今更隠さなくてもいいのよ。ジルと仲良くやっているんでしょう?」
「…そ、それは」
そう言われて思い出すのは数時間前の事で、鳴鳥は火を噴く勢いで赤面し、ピタッと硬直する。そのあからさまな様子で何があったのかを察したアリーチェは呆れたようでいて、それでもジルベルトが幸せでいる事が何より嬉しいのか、口端を緩めていた。
「これからも彼の事をよろしくね」
「アリーチェさん…」
「アタシの事なら気にしなくてもいいのよ。ジルが幸せでいるなら、それが何よりだし」
もう気持ちの整理はついている、二人の事を祝福すると言うアリーチェだが、全くの後悔が無いわけでもないのだろう。その表情は無理をしているのが見て取れ、申し訳なく思う鳴鳥だが、ここで謝っても余計に気を掛けさせるだけだと思い、素直にアリーチェの祝福を受け取った。
その後、再び出撃するミリアムやソフィーリヤからもジルベルトが無事であった事を喜ばれ、普段は無口なラウナも良かったわねと鳴鳥に声を掛けた。
皆に祝福され、ここに居られる。それはとても幸福な事で…。それでもその幸福を守る為には戦わなくてはならない。パイロットスーツに身を包んだ鳴鳥達はARKHEDに搭乗し、再び戦場へと赴く。
四人の配下を降してから何の動きも見せない敵方。小惑星型要塞アドミニストラードは沈黙を保ったままであり、残り僅かの無人機も攻めてくる気配はなかった。まるでこちらから乗り込むのを待っているような、そのような雰囲気も感じさせる静寂である。
エルンストに対して白兵戦を仕掛けるのは無謀であって、ARKHEDは必須である。突入はARKHEDで、幸いな事に機体が無理なく通れるほどの広い通路もあり、エルンストが居ると目されている中枢部まではほぼ一直線に向かえる。
ここから指揮を執るのはアドミニストラードの内部を知り尽くしているセリアで、彼女の先導により先へと進む。ブリューナク他、星団連合の艦隊は要塞を取り囲むよう待機となった。
「静か…ですね」
沈黙を保っていたのは内部に引き込んだ途端、奇襲を喰らわす為ではと、そう警戒をした一行であったが、エルンストは打って出る気配が全くない。迎撃は全くなく、中枢部までは何の障害も無しに辿り着く事となり、皆は訝しむところであったが、最後の扉を前にしてセリアは気を付けるようにと注意を促す。
エルンストと対峙した事のあるジルベルトは言われずとも分かっていた。あらゆる属性の魔術を巧みに操るエルンスト。強大な力を持っているからこそ、わざわざ出向かなくとも余裕でいられるのでは、そう思い至り、気を引き締める。
重い金属の扉。それは招き入れるかのように開く。扉の奥、ホール状の室内の中央には巨大な精神結晶が光を放ち、コンソールの前の席に着いていたのは白衣を身に着け、嫌味な程に整った容姿の男、エルンストであった。
「待っていたよ、セリア…」
「エルンスト…」
「君の身体は用意してある。さぁ、もう一度この地でやり直そう」
「…やり直す?何を言って…」
その瞳は虚ろであって、ただ一人の者しか映さない。そのような彼が言う「やり直す」とは、犯した罪を償って一から出直す訳でなく、今この世界に居る者達を根絶やしにし、この世界をマギイストのものとするという意味である。
先に手を出し、この世界を侵略しかけていたのはマギイストの者達だが、彼らにもそうせざるを得ない理由があった。種の存続。その為なら手を貸す事も出来ると、星団連合の議長の座に就くミリアムが提案をするが、エルンストは受け入れられない様だ。
「エルンスト…。貴方とはもう、分かりあえないのね」
「セリア…!君はその者達に惑わされているんだ!私の元へと戻ってくれば…―――」
どこまで行っても平行線。二人の想いが交わる事はもうないのだろう。
理解して貰えないならば力尽くで、セリアが受け入れないのは彼女の周りに居る者達のせいであると決めつけたエルンストは虚空より一機の機体を出現させた。
巨大な、一体型であるヴァレリー機よりも更に大きく、同じARKHEDだとは思えない程の図体であるエルンスト機。その機体のアームは他の機体とは違い、八つもあり、更に伸縮自在であるようだ。
「グっ…!」
先手を取ろうと飛び出したジルベルト。真っ直ぐに、一直線に、敵の攻撃が来る前に懐に飛び込もうとしたが、彼の振るう光剣はアームで受け止められてしまう。そして攻撃を受け止められただけでなく、その力はジルベルト機の力を軽く超えていて、彼の機体は伸びたアームによって壁面に叩きつけられる。それは一瞬の事で、そのスピードは巨体から繰り出されるものではなかった。
「ジルベルトさん…っ!!」
「…っ、俺なら無事だ…っ!」
押し潰されてしまったのかと思われたが、寸での所で逃れられたようだ。ホッと安堵するのも束の間で、皆は臨戦態勢から動き出す。
こちらのARKHEDは九機、それに対して敵はたったの一機。巨大な機体であろうが数で押せば何とかなるだろうと思われたが、そうも簡単にはいかない。八つのアームはうねりながら自在に動き、それぞれの攻撃に対処してくる。
真っ先に距離を取り、ロングレンジライフルを構えたクヴァル。照準を合わせるまでは僅かな時間であったにも拘らず、一つのアームからクヴァルに目がけてレーザービームが放たれる。攻撃をし損なったクヴァルへの応酬、それを防いだのはソフィーリヤであったが、彼女の構えた盾で防いだものの、それを見越したかのように彼女に向かって伸びてきたアームが振り下ろされ、叩かれ床に叩きつけられる。
たった一機だが厄介なアームを複数持ち合わせているエルンスト機。数が多いならばこちらも数をと、アリーチェは遠隔型小型機を展開させるが、敵も同様のものを出現させる。同じ小型機であってもエルンストのものはアリーチェのとは違い、攻撃だけでなく防御も、リフレクターを兼ね備えており、こちらの攻撃を全て跳ね返し、小型機を次々と沈めていく。それだけならまだしも、エルンストが操る小型機はうねるアームを掻い潜りながら近づくフラヴィオに向かい、彼の進路と退路を断つように攻撃を仕掛ける。
積極的に攻撃を仕掛けるジルベルトと久城の攻撃も、刃は弾かれて全く通らない。二人を援護するように鳴鳥は銃を構えて撃ち、大きな的である敵機に当たりもするが、全くダメージを与えられていない様だ。それ程までに硬質な装甲なのか、皆が操るARKHEDとの違いを見せつけられ、攻めあぐねた。
「皆、落ち着いて、ここは一旦距離を取って…――――…っ!」
「…落ち着く暇もくれないようね」
皆に呼びかけたミリアムは迫りくるアームを双剣で受け止めつつ距離を取ろうとする。けれども彼女に向かって別のアームから無数のレーザービームが放たれた。それらの攻撃はラウナが出現させた氷壁により何とか食い止められたが、分厚い氷壁も砕け散り、数発は機体を掠めた。
圧倒的な力の差を前にしてなす術もない鳴鳥達。それでもここで諦める訳にはいかず、僅かな希望を見出そうとする。攻撃を弾かれ、反撃をくらい、叩きつけられ、手にした武器は破壊され、それでも膝をつくことは無く、何度でも立ち向かう。誰もがその命を賭して強大な力を持つ敵に立ち向かっていたのだが、敵にとっては赤子を相手にするどころか飛び交う虫を駆除する程度であるようだ。
「私に敵うと思うのか?虫けら共が…。お前達の機体は私が作り出した物であって、そのデータは全てここに集約される。見飽きた動作で敵う筈もないだろう」
皆の攻撃パターンは全て見通していると、エルンストは事も無げに言う。焦り、追い詰められた鳴鳥達とは違い、悠然とした佇まいである彼は終止符を打とうとした。
「…そろそろ遊びは終わりにしよう」
一方的な戦況に予測はされていたが、やはりエルンストにとっては観測対象を始末するなど造作もない事であるようだ。これまでの攻防を遊びだと称した彼は飛び交うARKHEDを全て薙ぎ払い、壁面や床に叩きつけ、そしてたった一機、残された鳴鳥の機体に二本のアームを伸ばす。
「そこに居るんだろう?…セリア。隠れていないで出てきてくれ…」
人形を掴むように、鳴鳥の機体はいとも容易く拘束された。直前に攻撃を受けたとはいえ、鳴鳥が危機的状況に陥るのをジルベルトと久城は黙って見過ごす訳が無く、すぐさま態勢を立て直し、手にした光剣で斬り掛かるが、攻撃は弾かれ、再び地に伏す事となる。
「…っ、クソが…!」「鳴鳥…っ!」
「ジルベルトさん…っ!久城センパイ…っ!」
これまでのダメージが蓄積され、もう立ち上がる気力もないのか、他の者達は己の無力さにただ悔やむ事しか出来ず、鳴鳥の機体がエルンストの手に落ちる姿を見ている事しか出来ない。
エルンストに拘束された瞬間から、鳴鳥の機体は身動きが出来ないだけでなく、モニターの映像が乱れ始める。それは電子戦の攻撃を受けているようで、セリアの身柄が押さえられるのも時間の問題であった。
「私達の想いは…、力と成り得なかったの…?それ程までにエルンストさんの想いが強いの…?」
ARKHEDを動かすのは意志の力。鳴鳥には一際大きな力があるとセリアは言ったが、その力もエルンストには敵わなかった。それ程までに彼がセリアを想う力が強いのだと、力によって示された訳だが、セリアは首を横へと振る。
「違う…!繋がって初めて分かったわ。彼の力は純粋な意志の力とは違う…っ!これは…―――…魔力よ!」
「魔力だと…っ!?」
エルンストの振るう魔力を目の当たりにしているジルベルト。その力は人知を超えていて、ますます敵う筈もないと、絶望を感じさせた。
誰もが敵う筈もないと、諦めを抱いているようであったが、エルンストの力が何であるかを知った者達は立ち上がる。彼女達は再び戦う為の力を見いだせたようだ。
「アタシ達は観測装置…。その身体はホムンクルスであって、魂はマギイストの民のもの…!」
「かつての記憶は消され、使命を遂行する人形として用いられはしたが…」
「今の私達には力が残されている」
「…魔術の真似事でなく、本当の魔術を…!」
立ち上がったアリーチェ、クヴァル、ミリアム、ラウナ。唯一エルンストを越えられるのはまだ見せた事の無い戦術、魔術に頼る事であった。ARKHEDを動かすのと同様に、魔術も精神力を消耗する。機体を動かしつつ魔術を行使するなど修練も無しに実際に使うには困難かと思われたが、ラウナは違った。これまでにも魔術を模した攻撃を繰り出していた彼女は流れるような動作で雷雲を呼び、雷の鉄槌を下す。
不意の攻撃は僅かな隙を作り出した。紫電は一つのアームを破壊しただけでなく、眩い光を放つ。
「どうやら魔力の耐性は薄い様だな…!」
ロングレンジライフルを構えたクヴァル。彼が放つのはレーザービームでも、鉛の弾でもなく、呪法であった。呪術。それも魔術の一種であって、外道な術であるが、相手の力を弱めたり、精神を狂わせたりと、戦闘においては重要である。機体越しで、更に魔力の高いエルンストには耐性があるようで効きはしないのだが、機体は違う。ARKHEDの攻撃として放たれた呪法は敵機のアームの装甲の強度を下げる事が叶った。
「アタシがジルに出来る償いはまだある様ね…!」
「これは…」
「力が…みなぎってくる…?」
「アリーチェさんが…?!」
「感謝するぜ、可愛子ちゃん!」
ジルベルトと久城とソフィーリヤとフラヴィオの身に起きた異変。それは何処からともなく湧き立つ力で、機体を越してその力を身に感じる。これも呪法の一種で、味方の力を増強するものであり、アリーチェの振るった魔術であった。
「小賢しい真似を…!所詮付け焼刃にすぎないもので敵うと思うのか…っ!」
エルンストもただ見過ごしている筈もない。すぐさま敵を蹴散らそうとするが、ソフィーリヤの構えた盾は以前より強度が増し、簡単に薙ぎ払えない。そしてジルベルトと久城の振るう光剣は強固であったアームに初めて傷をつけた。
「何故だ…!?あれ程までに傷ついていたというのに、何故まだ立ち上がれる…!!?」
攻防が逆転し、狼狽えるエルンスト。彼の目には光を放つ機体が見え、その機体は再び立ち上がる力を他の者に与えていた。
攻撃でもなく、能力を増減させる訳でもなく、活力を与える術。癒しの術を振るうのはミリアムで、彼女は自らの力を皆に分け与え、皆に命運を託す。
「皆さん、頼みましたよ…!」
「傀儡如きが…っ!図に乗るな…っ!!」
戦闘において回復役を真っ先に狙うのは定石で、エルンストはミリアムへと狙いを定めるが、彼の目論見は敢え無く阻止される。ミリアムの前には鉄壁となったソフィーリヤが立ちはだかり、あらゆる攻撃を防ぐ。
意識を奪われていたせいか、はたまた想定外の戦況に焦りを感じたからか、エルンストは拘束していた者を手放してしまう。二本のアームは光剣を携えたジルベルトと久城により斬りつけられ、拘束が緩んだ所で囚われていた者自身が光を放ち、自ら解き放った。
眩い純白の光を放つ光剣。両の手に握られたそれらは自由を奪うアームを斬りつける。
「この魔術は…っ!?」
エルンストにはその剣に宿る魔術が何であるか一目で分かった。それは愛しき者、セリアが得意とする魔術で、次元を歪める力で…。斬りつけられた箇所はこの世界から断絶を、塵となって消え去る。
「ナトリ…!」「鳴鳥…!」
「は、はい…っ!」
「お前に任せる!」「道は僕達が切り拓く」
迫りくるアームを更に速度を増したフラヴィオが翻弄し、ラウナが放つ電撃で沈める。ミリアムを狙うアームはソフィーリヤが食い止め、彼女達を守る様クヴァルはライフルで呪術が掛けられた脆い個所を撃ち抜く。クヴァルに対してもアームは迫るが、四元の力、地水火風の力を込めた攻撃を放つ小型無人機がアリーチェによって操作され、敵の攻撃を食い止め、押し返す。そしてジルベルトと久城は鳴鳥の機体を守りながら前へ、前へ…。エルンスト機のコックピットは目前であった。
自機を守る様、滑り込むように間に入るアーム。それらも今のジルベルト達の前では脆い壁でしかない。全ては破壊し尽くされ、そして最後の一撃が振り下ろされる。
「―――…どこまで行っても、君は甘い」
鳴鳥が手にした次元を絶つ剣はエルンスト機のコックピット部分を綺麗に切り取るようにして分離させた。操縦者を失った巨大な機体は力を失い、崩れ落ちる。
エルンストと言えども生身の身体ではARKHEDに敵う筈もないだろう。彼はどう出るのか、降参するのかと皆が息を呑んで見守る中、彼はクツクツと笑い声を上げだした。それは敗北を認め、自暴自棄になったからではない。彼にはまだ策が残されていたようだ。
「…ナトリ!今すぐそのコックピットを放せ…っ!」
いち早く異変に気付いたジルベルトは叫ぶが、一足遅かったようだ。エルンスト機のコックピット部分を抱えていた鳴鳥機。彼女とエルンストとの距離はさほど離れてはいない。生身でARKHEDに攻撃は出来まいという油断はエルンストに活路を見出させた。
コックピットに開けられた大穴。それはエルンストの魔術によるもので、彼は自ら生身を晒し、そして鳴鳥の機体のコックピット部分に近づき、無理やり抉じ開けるようにして内部へと入り込む。それは瞬く間の出来事であって、ジルベルト達が止めに入る暇を与えなかった。
「お前達、この者がどうなっても良いのか…?」
エルンストが鈍く光るナイフを突きつけて拘束するのは鳴鳥で、その光景を前にして皆は身動きを取れなくなる。
人質を取るくらい余裕がなくなったエルンスト。皆を痛めつけていた時の涼しい表情は今では切羽詰まるものへと変わっている。それ程までに追い詰められてしまったようだが、鳴鳥を盾とされてしまえばジルベルト達は手出しが出来ない。エルンストの要求通り、武器を下すしかなかった。
「今度こそ…っ、今度こそセリアは私の元に…」
抵抗の意志が無くなった事を確かめたエルンストは鳴鳥の身体に拘束の術を、身動きが出来ない呪術を掛けて補助席へと放る。
欲するものは目の前に。逸る気持ちを抑えつつエルンストは鳴鳥の機体の操縦権を奪い、そして機体の中枢に魂を宿すセリアの身柄を捕えようとした。
「―――…馬鹿な…っ!?どうして居ない…っ!!」
自ら消える事を選んだのか。最悪の結末が過りもするが、セリアが存在しない事実を認められる訳もなかった。
狼狽えるエルンスト。メインモニターを叩きつけ、現実を受け入れようとはせず、これは何かの間違いだと、きっと何処か、他の場所にセリアは居るのだと、焦点の定まらぬ瞳で探すが、彼女の姿は何処にも無い。
「エルンスト…。こうなってしまった事を残念に思うわ…」
「セリア…!?」
背後から聞こえた声。それは聞き慣れない声色であったにもかかわらず、かつて聞いたことがある様であって。驚きと違和感を覚えつつ振り返った先には一人の少女が立っていた。
その者に対しては確かに強固な拘束の術を施した筈であった。けれども今では自由の身で、彼女の手には銃が握られており、至近距離で外すことは無かった。
「一つの器に二つの魂…だと…っ!?」
完全に油断していたからか、はたまたあり得ない事を目の前にして茫然としていたからか。制圧用の電撃銃で気を失い、エルンストは崩れるようにして倒れた。
アドミニストラードの中枢部。この敵の居城の主たるエルンストは拘束され、椅子に座らされていた。彼との死闘を繰り広げた者達は彼が目覚めるまでの僅かな時間に身体を休め、その間にアルヴァルディから降り立ったアランを始めとする調査隊が要塞の調査を始める。
「―――…ん……。…んぁ…?」
「気が付いたかい?鳴鳥」
「全く、こんな時に呑気な顔をして気を失うなんて…。肝が据わっているんだか、ただ単に能天気なんだか…」
目覚めた鳴鳥の視界に入ったのは穏やかな笑みを浮かべた久城と呆れ顔のジルベルトであった。
「彼女が意識を失ったのも仕方がないわ。激しい戦闘の後にその身体を私に貸してくれたんだから」
「セリアさん…?」
「ありがとう、ナトリさん。貴女のお蔭で助かったわ」
エルンストが強襲を仕掛けた瞬間、咄嗟にセリアは鳴鳥の身体へと魂を定着させた。一つの身体に二つの魂が存在する。それは本来ならあり得ない事で、どちらかの魂が消えてしまうか、自我が崩壊するところであったが、同じ想いがあったから共存できたのだろうとセリアは言う。
鳴鳥の身体を借りたセリアはその手でエルンストを倒し、それにより戦いは終結した。その後彼女はエルンストが用意していた新たな身体へと魂を定着させ、今は事後処理に、この施設の全容を解明しようと調査隊の者達と調査をしていた。
「それで、エルンストの背後に居るっていう賢者だっけか。そいつらは見つかったのか?」
「…いいえ。施設内のどこを探してもその姿は無いわ。私のように肉体を持たず、機械の中、データ上に身を置いているのかとも思われたけど、何処にも…その陰すらないの」
エルンストをそそのかした首謀者達。その者達の姿が無いのはあり得ない。ここに至るまでにエルンストに消されたのか。だとすればこのアドミニストラードは機能を停止させている筈である。
調査隊がその行方を捜している最中、ピクリとも動かなかったエルンストが意識を取り戻し、ゆっくりと俯いていた顔を上げる。彼ならば賢者達の行方も知っているだろう。そう思い尋問を始めようとするが、辺りには笑い声が響いた。
「エルンスト…?」
「我らに敗北など無い…っ!!」
見開かれた瞳。紡がれる呪文。それにより光を放つのは中央に据えられた巨大な精神結晶で。次の瞬間、皆の身体は揺れを感じた。
何が起きているのか、自暴自棄になったエルンストが皆を巻き込んでこの要塞を爆破させるのか、そう思い至りもしたが、事態は全く違う方向へ転んでいた。
事態を把握するに至ったのは外部からの通達で、アドミニストラードを包囲していたブリューナクからの連絡によると、皆の目の前でアドミニストラードは忽然と姿を消したそうだ。そしてアドミニストラードのドッグに着船していたアルヴァルディからは緊急通達が入る。
小惑星型要塞アドミニストラードはとある星の近くへ、それはこの宇宙の中心とされる星、アストリアであった。
「空間転移…?エルンスト、貴方まさか…っ!?」
「我々をまだ、その名で呼ぶか…?」
「…っ!?」
彼は彼であって彼でなくなった。セリアが危機的状況下で鳴鳥の身体を借りたように、彼もまた、彼の身が危機に陥った際、セーフティー機能としてその身を賢者達に渡したようだ。
物理的な拘束は解かれていなかったが、セリアが施した魔封じの術は破られ、それにより賢者達は最後の悪あがきを仕掛けたようだ。
惑星アストリアのすぐ傍に転移したアドミニストラード。賢者達に操作された惑星はアストリアを目指して進む。セリアは急いで進行方向を変えようと試みるも、操作はまったく受け付けない。
「テメェ…!」
「ジ、ジルベルトさん、落ち着いて下さい…!」
「落ち着いてなどいられるか!このままだと…―――」
怒りを露わにするジルベルトはエルンストの胸ぐらを掴んで揺さぶる。慌てて鳴鳥が止めに入るが、落ち着くことは無かった。それは無理もない。このままの進路を辿るとこの要塞はアストリアに落下し、甚大な被害が及ぶだろう。それだけでなく、この要塞内に居る者達もただでは済まない。だとすれば賢者達は身を捨てる覚悟なのか、と、ジルベルトよりも平静を保っている久城が問いかけるが、エルンストは高笑いをしていた。
「この身体が滅んでも一向に構わん。我々は替えを作り出せるからな…!この身を捨ててまた魂を移せば良いのだ」
「…チッ!どこまでも汚ぇ真似を!」
「…さぁ、取引を始めよう」
一刻を争う状況下。賢者達は鳴鳥達に選択を迫った。




