第100話 Blue star which revives
死闘の果てに、鳴鳥達はエルンストを倒すに至った。彼の背後にはマギイストの上層部の者達、賢者が居た筈だが、その姿は見られない。不審に思い情報を集める最中、小惑星型要塞アドミニストラードは忽然と姿を消し、そして惑星アストリアのすぐ傍まで転移した。
エルンストの身体に潜んでいた賢者達。その者達はアドミニストラードをアストリアに落下させようと目論んでいる。この宇宙の中心たる星が壊滅状態に陥れば、賢者達の思う壺であるだろう。
大気圏に突入するまでは後僅か。そのような危機的状況下で賢者達は交渉を持ちかける。彼らの望む事はただ一つ。この世界を支配する権利であって、そのような話は当然として受け入れられなかった。
「そんな条件、飲めるはずもないだろう!!」
「ならばこの要塞ごと、消え去るがいい…!」
「クソ…っ!!」
拘束され、身動きの取れないエルンストに宿る賢者達の魂。彼らは嘲笑うが、今の彼らを殴りつけた所でどうにかなる訳でもない。ジルベルトは怒りに打ち震える拳を握り、どうにか平常心を保とうと、何か策は無いかと探る。
「急いで脱出を…!それから落下地点を計算後、退避命令を…!」
人命を優先するミリアムは急ぎ指示を出し、調査隊はアルヴァルディへと引き揚げる。残されたARKHED操縦者も一刻も早くこの場を脱しなければならないのだが、皆思う所があるようで、踏み出せずにいた。
「(何か、方法は…)」
敵は目の前に居て、それでも何も出来なくて。このままここの留まっていても仕方が無いのだが、逃げ出す訳にはいかなくて。皆がどうするべきか考えあぐねている中、着実にアドミニストラードはアストリアへ近づいており、このままでいくと落下地点はアストリアでも主要国であり、星団連合の本部もあるガルレシアに直撃であると報告が入った。
「やはりここは逃げるしか…!皆さん、急いで機体に…―――」
再度退避を呼びかけたミリアム。ここは彼女の指示に従うべきだと、誰もが自機に向かって駆け出そうとした瞬間、アルヴァルディから緊急の通信が入った。その内容に一番驚いたのは冷静であるよう努めていたミリアムで、彼女は愕然とした表情であった。
アルヴァルディからの通信。それは突如として機体が一機現れ、その身を挺して落下するアドミニストラードを止めようとしているそうだ。その機体、黒色のフォルムに浅葱色のラインが入ったARKHEDは、その枷故に人を遠ざけ、此度の戦においてもアストリアに残っていたディノスのものであった。
「そんな…!無理よ、ディノス…っ!」
「俺は諦めたりしねぇ!この身を賭してでも止めて見せる!!」
「…ディノス…っ」
「王としての責任を今果たさなくてどうする!?」
「…っ」
泣き崩れるミリアム。どう考えてもディノスの行動は無謀で、むざむざと命を散らす姿は見たくはないのだろう。そう、彼の行動は信じ難いものであり、直ぐにでも圧されてしまうかと思われたが、強い想いは理を越える。
「ディノス…?」
「これは…。ハッ…!今頃解けるなんてタイミングが良いんだか悪いんだかな…」
光を放つディノスの機体。それは一つの希望の光となって辺りを照らす。黒く染まったボディは呪いが解けたかのように消え去り、緑がかった鮮やかな青色へと変わる。
一つの奇跡は絶望の淵に立たされた者達を勇気づけ、再び立ち上がる力を与えた。
真っ先に動き出したのは後先をあまり考えず、困っている人が居れば飛んで行くような者、鳴鳥であった。何時もならその無謀な行動を咎めるジルベルトも彼女の後に続き、彼女の無謀な行動を見守り支えようと心に決めた久城は当然として続く。ジルベルトが動くならばとアリーチェも続き、鳴鳥が動くならばとフラヴィオも動き、彼に続いてラウナも機体に乗り込む。ソフィーリヤとクヴァルも想いは同じらしく、皆の後に続いた。
最後に残されたミリアム。本当は皆の命を守らなくてはならない。それでもディノスの想いを感じ取り、その力を見せつけられ、皆の想いが伝わり、賭けに出る事にする。
「セリアさん、その者の事は頼みます」
「ええ、分かったわ」
コンソールに向かうセリア。彼女はギリギリまでここに留まり止める方法を探ると言い、皆を見送った。
守るべき星を背にし、これ以上行かせはしまいと非力な力で押し返そうとするディノス。たった一人で抵抗していた彼の元には続々と志を同じくした者達が集う。
「お前達…っ。ミリアムも…」
「ディノス…。私達はいつ如何なる時も共にある。…そうだったわね」
「それは、そうだが…」
「死が二人を分かつまでと誓ったけれど、ここで死ぬ気はないわ。皆で、生きて帰りましょう…!」
「あ、ああ。勿論そのつもりだ!」
両方のアームで支え、押し返そうとする皆。たった一人ではどうにもならなかったが、10人揃えば状況は変わる。皆の力によってアドミニストラードが進むスピードは抑えられたが、それは初めに比べればの事で、押されている事には変わらなかった。
先程の、エルンストの戦闘から僅かな休息しかとれておらず、鳴鳥達は万全のコンディションではない。それでも皆を守りたいという想いは力と成り限界を越えられる。
一時は諦めを抱いていたミリアムも皆の力を感じ取れ、僅かな希望を見出せそうであった。
「このまま減速させられれば、避難の時間は稼げるわ…!」
「だが、大気圏に突入するならば寧ろ速度が出ていた方が大気との衝突で大きさも小さくなる…」
「どちらにせよ、このままだと衝突は免れないってワケね」
クヴァルの分析に対し、アリーチェは何かを思うようで、押し返すのを止めて距離を取る。そして彼女は皆が支えていない場所に向けて攻撃を開始した。
進行を食い止めるだけでなく、火力のある者は攻撃に徹し、少しでも体積を減らそうとする。少しずつではあるが被害予測は減少している。それでもアストリアのほぼ半分が焦土と化し、人が住める環境ではなくなるだろう。
「このデカブツの推進力はどうなってやがる!?ジェットエンジンを潰す訳にはいかねぇのか…!」
「残念ながらこの要塞には射出口が全くないわ。この力は魔力によるものよ」
「チッ…!ピンポイントで破壊する訳にはいかないか…」
押し止めつつ、攻撃を続けつつも活路を見出そうとするフラヴィオ。彼はラウナに現状を伝えられ、愕然としつつもどうにもならない事態に怒りを感じていた。
やはりこのままではどうにもならない。誰もが再び諦めを感じ始めた頃、鳴鳥がフラヴィオとラウナの発言に一つの可能性を見出す。
「これだけの力の魔力、賢者達の力だけで…?」
「そりゃ、あのデカい精神結晶に決まっているだ―――そうか…っ!」
「あの精神結晶を破壊すれば…!」
そうと決まれば動き出さずにはいられない。今は一刻の猶予もなく、見出した可能性は全て試すべきだと、後先を考えている余裕はなかった。誰が向かうのか、それは話し合わずとも皆の意見は纏まっており、その想いを二人に託す。
鳴鳥とジルベルトは再び要塞内部へ、中枢部を目指した。
白く、輝く精神結晶が据えられた中枢部。微かに揺れる室内で未だこの要塞を止める方法が無いか探るセリア。やはりと言って良いのか、賢者達が施した術式は強固で、操作は受け付けず、封印を解くところから始めなくてはならない。
「…!貴方達、どうして…!?」
舞い戻ってきたジルベルトと鳴鳥に驚くセリア。彼女の元には通信機があり、随時連絡は入っている筈だが、周りが見えない程に集中をしていたようだ。危機が迫る中でそれは致し方ない事であった。
鳴鳥はセリアに状況の説明をして彼女を自機に乗せ、ジルベルトは自機に拘束したエルンストを乗せる。端的な説明でセリアは理解し、そうなるのも致し方ないと了承したが、銃器を構えて放とうとした瞬間、止めに入る者が居た。
「お前達…!本当に良いのか、破壊しても…っ」
「何を今更。これでお前達の野望は潰える。何を躊躇う事が―――」
「あの精神結晶があれば、お前が滅ぼした星すらも蘇るのだぞ!?」
「な…っ!?」
馬鹿な真似は止す様に言ってきた賢者達は驚くべきことを告げ、ジルベルトの手を止めさせた。彼らの言う事は信じ難いが、目の前に在る精神結晶は次元を操る力を秘めていて、そういった可能性も捨てきれない。言葉を失ったジルベルトの代わりに鳴鳥がセリアに真偽を問うと、彼女は難しい表情で頷いた。
「可能性は無いわけでもないわ。これ程の結晶なら、過去に遡って星一つを現在に転移させることも出来る。でも、過去改変は今がどうなるのか分からなくなるから、慎重に行わないと…。それに、膨大なエネルギーは結晶そのものを破壊して、力を失ってしまうかもしれない…」
「我々なら可能だ…!こちらの要求を呑むのならばお前達の罪を許してやろう」
軍属になり、その身を挺して戦場を駆け抜けたジルベルト。それは罪を償う為で、星一つを滅ぼしてしまった罪は一生を掛けても贖えるものではなかった。それが今、賢者達の手で星が蘇ると知り、ジルベルトの心は大きく揺らぐ。
「ジルベルトさん…っ!しっかりしてください…!!」
「…ナトリ。だが、星が蘇るなんて奇跡を…、この手で潰していいのか!?お前の母星も――――」
「蘇った所で、支配された世界に自由なんてないんです…っ!」
「…っ!」
例え滅んだ星々が蘇っても、この宇宙はマギイストに飲み込まれ、賢者達が支配する世界となる。魔力を持たないこの世界の人々は虐げられる事を避けられないだろう。それでも多くの人の命が助かるかもしれない。鳴鳥の言葉でも、ジルベルトは迷いを振りきれずにいた。
賢者達の言葉は甘言だと、信ずるに値しないと思っていた鳴鳥でも、ジルベルトが悩み、そして自分自身の事を言われれば心は揺らぎ始める。
「小娘。お前の母星に家族や友は居なかったのか…?その者達を犠牲にするとは、薄情者めが…!」
「そんな…っ!私は…っ!」
引き金を引けずにいる鳴鳥とジルベルト。迷っている暇は無いのだが、その決断は重いもので、簡単に決められるはずもない。どうするべきか、戸惑う鳴鳥は振り返ってセリアへ問おうとするが、彼女は首を横に振った。
「無責任なようだけれど、この世界の命運は部外者である私には決められない」
「そう、ですね…」
「…でも、選択肢は二つだけとは限らないわ」
「…え…?」
そういうや否やセリアは鳴鳥の機体の通信機能を遮断させた。二人だけでの話。それは別の選択肢を伝える為のものであって、それは何より最良のものであったが、犠牲を強いるものであった。
「―――そんな事をしたらセリアさんは…!」
「無事では済まないでしょうね。…だけど、マギイストの侵攻も、エルンストの暴挙も私が引き起こしてしまったようなものだから、罪を償わせて欲しいの」
「セリアさんは何一つ悪くなど…」
「お願い。私に罪を贖わせて」
「…」
三つ目の選択肢も鳴鳥には重いものであった。それでも過ぎ行く時は待ってなどくれず、決断をしなくてはならない。最良の方法。やはり犠牲を出さずにはいられなかったが、鳴鳥は自分からも一つの可能性を口にした。
「―――それは、確かに、そうかもしれないけど…。本当に良いの?貴方は巻き込まれた身であって、無理をする必要なんか」
「セリアさんは私に可能性を見出してくれたんですよ?その力を今使わずしてどうするんですか?」
「ナトリさん…」
「さぁ、行きましょう!時間は残されていません!」
「ええ。そうね。私達が切り拓かなくちゃ…!」
決意は固まった。迷いを打払った鳴鳥は銃を構え、そして放つ。
「ナ、ナトリ…っ!お前…―――」
「これで良いんです、ジルベルトさん」
「止めろ!!小娘が…っ!血迷ったのか…!?」
鳴鳥は銃を構え、絶え間なく撃ちこむ。それは精神結晶が据えられている繋目である部分で、下部のコンソール部分を破壊していた。結晶には傷を付けないよう、機械部分だけを、周辺をぐるりと廻りながら弾を撃ち、すると結晶は機器と完全に分断された。
「精神結晶をこの要塞と分離させたか…っ。だが一足遅かったようだな。加速の術はじきに解かれるが、大気圏までの勢いは止まらないぞ…!」
「やはり駄目、なのか…?」
「いいえ、まだこれからです…!」
やはりどうにもならないと諦めを感じていたジルベルト。そんな彼に対し、鳴鳥は自信が満ち溢れた表情で大丈夫であると言う。まだ何か策があるのか、賢者達も訝しむ前で鳴鳥は機体のアームで精神結晶に触れる。そして瞳を閉じ、セリアの詠唱に合わせて呪文を呟いた。
「バカな…!これ程の結晶を、機器を介さず小娘達で制御できるものか。自ら死を選ぶとは大馬鹿者めが…!」
「五月蠅ぇ!黙っていろ…!!」
「ふご…っ!」
我慢しきれなかったのか、ジルベルトは賢者達の魂が宿るエルンストを殴りつけ、沈めさせる。つい手が出てしまい、そのせいで真偽を確かめ損なったが、この状況が良いものではないとジルベルトには分かる。
目の前で無茶をやらかそうとする鳴鳥。それは何時もの事であって、止めるのは自分の役目であって、それでも今は、その無謀な賭けに乗っても良いと、彼女の事を信じられた。
精神結晶の周りに浮かび上がる呪文、段々と輝きは増していき、あまりの眩さに直視が出来なくなる程であった。
賢者達の言う通り、やはり無謀な行いであったのか、結晶から放たれる波動により、鳴鳥の機体は震え、どうにか踏み止まっているが、押し返されるのも時間の問題のようである。
「ジルベルトさん…?」
「何をやらかすつもりなのかは分からないが、支える事くらいは俺にもできるだろう」
「…ありがとうございます…っ」
「礼なんかいらない。それよりも意識を集中させた方が良いんじゃないか?」
「は、はい…!」
ジルベルトに支えられ、セリアと共に力を解き放つ鳴鳥。やがて呪文は紡ぎ終わり、そして眩い光は辺りを包み、この要塞、アドミニストラードも覆い、収束して消えた。
惑星アストリアの大気圏まで突入しかけた小惑星型要塞アドミニストラード。それは地上に達する前に忽然と姿を消し、そして何もない空間に突如としてその姿を現した。
鳴鳥とセリアとジルベルトの想いは不可能を可能とした。彼女らが起こした奇跡によりマギイストの賢者達の暴挙は阻止されたが、代償を払う形となった。
「精神結晶が…」
眩い光を放っていた精神結晶。それが今では僅かな光を放つだけのものとなっていた。機器を介さずに直接力を引き出したためか、暴発は抑えられたようだが、結晶に秘めた力を使い切ってしまったようだ。
これでもう、滅んだ星々は蘇らない。三つ目の選択肢である施設そのものを破壊するのではなく、結晶を用い転移させ、危機を脱した所で再び結晶を用い、失われた星々を蘇らせようとしたが、精密な機械無しでは無理があったようだ。
潰えた希望に落ち込む鳴鳥。それでも今生きる皆は無事であったのだと、ジルベルトは言い、己を責めることは無いと諭した。
「…そう、ですよね。こうして生きているだけで、それだけで良いんですよね」
出来る限りの事はした。そう納得させようとしたが、やはり引っ掛かりを覚え、心の底から良かったと思えはしない。そういった鳴鳥の想いに気付いてか、ジルベルト機の後部補助席に拘束されていたエルンストに宿る賢者達は高らかに笑った。
「無様だな、ソルダントの民よ。やはりお前達には過ぎたる力だったと言う訳―――」
「テメェ…!いい加減に…っ」
追い打ちをかけるかのような言葉は挑発であって、簡単に乗せられてはならない。そう分かってはいても。ジルベルトは怒りを抑えきれず、エルンストの胸ぐらを掴んで睨み付ける。それは相当の迫力があって、大抵の者は萎縮してしまう所なのだが、賢者達は全く悪びれた様子もなく、余裕の笑みを浮かべていた。どうやらこちらの状況、あらゆる知識を持った賢者達をそう簡単に害せないと、情報を得る為には生かしておくしかないと気付いているのだろう。
「この精神結晶は、もう、使えないんですよね…」
数多の命によって作り出された結晶。それはもう、ただの置物でしかないという事実は受け入れ難く、犠牲になった者達には申し訳ないという気持ちも鳴鳥にはあった。
「―――可能性は…無いわけではないかも」
「…え?」
ずっと考え込んでいたセリア。こういった時にぬか喜びをさせてはならないと思っていたが、晴れやかでない表情の鳴鳥を見ていて言わざるを得なかったのだろう。セリアは一つの可能性を示唆したが、それはこの世界の仕組みを変えてしまう程の事であった。
マギイストの侵攻を阻止してから30日程経ったある日、星団連合の監視下に置かれたアドミニストラードには続々と船が到着していた。貨物船に軍用艦、それらの積み荷は全て様々な色に乳白色の幾何学的な模様が刻まれた精神結晶であった。
全宇宙から掻き集めた精神結晶。そして力を失いかけた巨大な白い
精神結晶に新たに取り付けられた機器。これから行われるのは、失った力を取り戻し、そして再生させる儀式でもあった。
運び込まれる結晶の多さに驚きつつも、その想いを感じ取り、ディノスとミリアムは微笑んだ。
「まさか本当に、皆が力を貸してくれるとは思いもしませんでした」
アドミニストラードでの決戦後、勝利宣言と共にミリアムはこの宇宙に住まう全て民へ状況を明かし、呼びかけた。それは力を失いかけた精神結晶を復活させる方法で、力を取り戻せさえすれば多くの命が蘇るという事で。だが、その為には今現在手にしている力を捨てなくてはならないという過酷な選択であった。
精神結晶という力を捨てられはしない。そうミリアムは思っていたが、皆の思いは違っていた。中にはその力を手放せないという者も居たが、多くの者はその結晶が出来上がる過程から、いつかは手放さなくてはと思っていたようだ。
「この力には頼っちゃいけない。俺達は新しいエネルギーを探すか、精神結晶が発見される前の方法を取るか…。どちらにせよ、人の命には代えられないさ」
全宇宙から精神結晶が集められたが、それらは純度の低いものばかりで、数を集めなくては力と成り得ない。そこで純度の高い結晶を提供するのはARKHED操縦者達であった。
ARKHEDには高純度の精神結晶が搭載されている。それらは大いに役に立つのだが、同時にARKHEDを放棄する事となる。
「…君達は馬鹿なのか?」
拘束された白衣の男、エルンスト。彼は今現在、星団連合の監視下にあり、今作戦に携わっていた。
敗北した彼は未だ負けを認めておらず、相も変わらずこの世界の人々を見下している。彼の中に居た賢者達の魂はセリアの術によって取り出し拘束した為、自由となった。そのせいかさほど強い敵愾心は無くなり、セリアの頼みならば引き受けない事も無いと、文句を言いつつ手を貸している。
相変わらずの物言いにあからさまな顔をしたのはジルベルトで、そんな彼を鳴鳥は宥める。
「…サジューロは全員こちら側に来た訳ではない。マギイストに居る連中がいつまた侵攻してくるのか分からない状況でARKHEDを失えばどうなるのか分からないのか?」
エルンストの言う事は尤もであった。生活基盤はこの何日間でどうにか整えられつつあった。けれども軍備については、ARKHEDを失えば大きく戦力はそがれ、次にマギイストからの侵攻があれば勝ち目はないかもしれない。
先行きは不安で、皆の表情は曇りがちになる。それでも起きるか分からない危機と人命とでは量れなかった。そして、操縦者の中の一人、クヴァルはこれで良かったのだと、選択を肯定した。
「ARKHEDを放棄すれば枷という繋がりも無くなる。私としてはソフィを解放出来て良かったと思う」
「クヴァル…、貴方…」
大切な者を苦しめなくて済むが、守る為の力も失う。それでも、何もかもが無くなる訳でなく、想いは失われない。非力になるかもしれないが、この先どんなことがあっても守り抜くとクヴァルは誓い、その熱烈なまでの想いにソフィーリヤは赤面しつつも小さく頷いた。
枷という繋がりが消えるが、これまでと変わらない二人。その様子は見ていてこちらが気恥ずかしさを覚えるようで、不透明な未来に抱いていた不安は和らぎ、笑みがこぼれ始める。
次に口を開いたのはフラヴィオで、彼もまた、放棄する事に迷いが無いようであった。
「俺様は元々レーサーだからな。ARKSさえありゃどうだっていいさ」
「そのARKSも、精神結晶が無くなればどうなるか分からないのだけれど」
「…そっ!それはだなぁ…」
ラウナの突っ込みにフラヴィオはガクッと肩を落とし、そしてこれからどうするべきか、路頭に迷うのではと不安な表情を見せる。そんな彼に声を掛けたのはアリーチェで、彼女は
ARKSを開発、流通させる企業、バルニエール商会の社長であって、現状に詳しいのであった。
「安心なさい。ARKSは旧式のものに、精神結晶を使用していないタイプに戻るそうよ」
「おお!そうか!それならまだレーサーを続けられるな」
喜ぶフラヴィオ。そしてそんな彼に寄り添うラウナも嬉しそうであった。
ともかく、フラヴィオとラウナは放棄する事を躊躇っておらず、これから先を見据えていた。二人の様子にアリーチェもまた、これから仕事が忙しくなるわねと、うんざりしつつも前向きに話す。
皆の意志はもう固まっている。ミリアムやディノスは勿論として、ジルベルトと久城と鳴鳥も不安は打払えた。元より、ジルベルトと久城にとっては己の過ちから滅ぼしてしまった星を蘇らす事は何よりも望む事で、異論はない。
皆の思いを知らしめられたエルンストは苦虫を噛み潰したような表情でいて、そして隣に居るセリアに微笑まれ、大きく肩を竦めさせ、それ以上は何も言わなかった。
集められた結晶はエネルギーに変換され、白く巨大な結晶に満たされていく。後はエネルギーが充填するのを待つばかりで、そんな中、アリーチェは鳴鳥の隣に歩み寄り、耳打ちした。
「ねぇ、星が蘇れば、ナトリとクランドはどうするの?」
「あ、それ、なんですが…」
星の再生。それは消失した時間に遡り、その存在を現在まで転移させ、その場所にはダミーを置くというもので、これで過去が改変される恐れはなくなる。つまりは鳴鳥が転移した時の地球が蘇るのだが、直ぐに戻らなければ失踪者として扱われる恐れがある。
「私と久城センパイは母星に戻ります」
「アナタの星って、後進惑星なのよね」
「そう、ですね」
「まさか!ジルを置いて帰っちゃう気なの!?」
大声を出したアリーチェ。皆は何事かと振り向き注目を浴びるが、彼女は周りなど気にせずに鳴鳥を問い詰める。彼女の勢いに押されつつも鳴鳥は説明をしようとするが、やはりその勢いは止められず、押されてばかりであって、間に入ったミリアムにより、アリーチェはどうにか落ち着いたようだ。
「確かに、ナトリさんとクランドさんは後進惑星の出身です。本来ならば記憶を消して母星に帰すべきなのですが…。世界を救った英雄に対し、そのような扱いは出来ません」
「ミ、ミリアム議長。ですから英雄だなんて…!」
「謙遜はしないで。貴女はその位の奇跡を起こして見せたのだから」
ミリアムの言葉に頷く一同。本当にそんなつもりは無いのだと、そう言っていた鳴鳥だが、そのお蔭でまたここに、皆が居る場所に戻る事が出来ると、恥じらいつつも笑顔を見せた。
兎にも角にも、一度は母星に戻り、鳴鳥は再びここに戻る事を望んだ。それならばそうだと早く言ってくれればとアリーチェは言うが、これでジルベルトが一人にならないと安心したようだ。そして彼女が気に掛ける当人はというと、相も変わらずの仏頂面であった。それはまるで別れが惜しくないようであって、それでもその表情は作り物であると誰もが分かり、皆は気を利かせて席を外しだす。
「…ったく、どいつもこいつも、妙に気を遣いやがって」
「皆さん、本当にお優しいですよね」
「大きなお世話だっての」
「そうですか…?」
「別れと言ったって何年も掛かる訳ではないだろう。俺は別に…」
「私は…っ、少しでも、ジルベルトさんと長く一緒に居たいのですが…」
離れがたい気持ちでいるのは自分だけだと、しょんぼりと肩を落とす鳴鳥。ジルベルトの言葉は虚勢であって、本当に何とも思っていない訳ではない。気恥ずかしさから気丈に振る舞っていたが、鳴鳥を悲しませたくはないのだろう。ジルベルトは悪かったと、冗談だと前言を撤回し、本当の気持ちを包み隠さず伝える。
「あんまり、後先考えない行動は控えろよ」
「はい。ジルベルトさんも、不死の力も失ってしまったんだから、無茶はしないで下さいね」
「俺はお前と違って大丈夫だ」
「そうですか?」
「…そうだ」
見つめ合い、微笑み合って言葉を交わす。また会えることは約束されていて、それでも鳴鳥は瞳を潤ませてしまい、そんな彼女にジルベルトはそっと触れ、引き寄せる。
別れの挨拶の代わりに交わされるのは口付けで、それは込み上げてきた涙を止まらせ、離れ離れになる不安を拭い去る。
程なくして精神結晶に力は満たされ、そして再び奇跡は起こり、失われた青い星々が蘇った――――。
第100話 Blue star which revives
季節は巡り、凍えるような寒い冬を越え、僅かに日差しに暖かさを感じる頃。着慣れた制服と別れる少女、鳴鳥は卒業式を終えた後、教室で友人達と別れの挨拶をしたり、卒業アルバムに寄せ書きをしたりしていた。
「それにしてもこの三年間は色々あったねぇ…」
鳴鳥の友人、留美は今日でお別れになる友人達と教室とを眺めながら感慨深げに呟き、鳴鳥はそれに同意する。
「主にアンタのせいだって自覚あるの?」
「え…!?それはその…。ごめんなさい…」
困っている者が居れば後先考えずに走り出す姿は相変わらずで、友人の留美は振り回されっぱなしであった。素直に謝る鳴鳥に対し、やれやれと肩を落とす留美。どうやら本気で怒ってはいないようだが、この先を心配しているようであった。
「私は大学に進学で、鳴鳥は就職でしょ。これから先、どうなるやら…」
「だ、大丈夫だよ!社会人になるからには無茶な事はしないし!」
「どの口が言うか!」
「うぅ…っ」
「…鳴鳥の事も心配だけど、何より、就職先の人達が心配だわ」
「留美ちゃん、酷い!」
言い過ぎたと笑いながら謝る留美。確かに彼女の言う通り、鳴鳥はこれまで沢山迷惑と心配を掛けてきて、頭が上がらない思いである。申し訳なさそうに縮こまる鳴鳥であったが、振り返って見ればここ半年は心配事も少なくなったと留美はフォローを入れた。
「そう、確かあの王子様みたいな久城センパイに会ってからかな。前より無謀な真似はしなくなったし、何より強くなったような気が…」
「そ、それは…っ」
あの日、久城と再会した日、鳴鳥はこの星から遠く離れた場所へと飛ばされて、そして様々な体験をした。一時期は軍学校に通ったり、世話になっていたアルヴァルディでも護身術をレクチャーして貰ったりと、判断能力も力も確実に成長を遂げていた。
何故強くなったのか、慎重な行動が取れるようになったのか。それは簡単に説明できるものでもなくて、どう誤魔化すべきか内心慌てていた鳴鳥だが、それは杞憂に終わる。
「分かった!あの久城センパイに色々と教えて貰ったんでしょ?」
「え…?」
「あの人強かったもんね~。成程成程。…はっ!まさか、就職って言うのは、その久城センパイの所へ永久就職じゃないでしょうね!?」
「ち!違うよ…っ!私と久城センパイはそんな仲じゃ…―――」
ニヤニヤと笑う留美の誤解を解こうとする鳴鳥。だがそこで、窓の外から女子生徒達の黄色い声が聞こえ、何事かと振り返る。
窓の外はグラウンドで、その先には校門があり、校庭でも卒業生や在校生が別れを惜しみ、留まっていた。そんな中、校門の近くには人だかりが出来ており、それは女生徒達の集まりで、絶えず黄色い声が上がっていた。
人だかりの中心。そこには二人の男性が居た。一人はプラチナブロンドに蒼い瞳の青年で、もう一人はダークグレーの髪を束ねた中年男性である。彼らは顔が整っているようだが、一人は爽やかな笑みを浮かべ、もう一人は不機嫌そうな面であった。
「良かったですね、不審者と間違われて通報されなくて」
「…どうしてお前がここに居る」
「僕は鳴鳥の卒業を祝いに、ですよ」
そう言いながら立派な花束を見せるのは久城で、そんな彼を忌々しく思うのはジルベルトであった。
「…何だろう?イケメンでも居るのかな?」
「…凄く嫌な予感が」
窓際で様子を眺めていた留美と鳴鳥。嫌な予感を覚えた鳴鳥だが、留美に手を引かれ校庭まで連れて行かれ、そこで自分の予想が間違っていなかったと知る。
人だかりの外側でぴょんぴょんと飛び跳ねて様子を窺う留美。彼女はどうにかその姿を確認でき、納得した上で鳴鳥に笑いかける。
「噂をすればなんとやら。久城センパイが迎えに来てくれたじゃん!」
「く、久城センパイが…?」
「あ、あと、知らないおじさんが居たけど」
「…」
誰の事か分かった鳴鳥は大事になる前にこの場を離れようとするが、当の本人たちに気付かれてしまったらしく、彼らは人波を掻き分けて近づいて来た。
「ここに居たんだね、鳴鳥」
「居たのなら声を掛けろ」
「久城センパイ…、ジルベルトさん…」
二人の待ち人が鳴鳥であったと知られ、周りは騒めき、針のむしろのように鋭い視線が突き刺さるのを感じる鳴鳥だが、彼らは全く意に介する様子でもない。ここは他人のふりをしたい所だが、そういう訳にもいかず、観念した鳴鳥は何故ここに居るのかを尋ねた。
「僕は卒業のお祝いに。この後何処かで食事でもと思ったんだけど、それはまたの機会にするよ」
「おいクランド。お前調子に乗るのもいい加減に…」
「友人として、ですよ?食事位で目くじらを立てるなんて余裕がありませんね」
「テメェ…!」
二人の仲の悪さは相変わらずでいて、そのやり取りも普段は微笑ましい所なのだが、今はそうもいかない。周りには二人が鳴鳥を取り合っているように見えて、ますます誤解を生みかねない。
「ジ、ジルベルトさん…!約束の場所と時間は違いましたよね…?」
「ああ。早く着いたからな。こうして迎えに来た訳だ」
「…それならそうと連絡をくれれば…」
肩を落とした鳴鳥。一刻も早く会いに来てくれたのは嬉しい所だが、場所が場所だけに手放しで喜べず、苦笑いを浮かべてしまう。
ともかくこの場を離れなくては、と、好奇の目に晒されていた鳴鳥はジルベルトの手を引きここを立ち去ろうとするが、行く先にはある人物が立ちはだかる。
「これはどういう事なの?鳴鳥」
「る、留美ちゃん…っ」
「説明してくれるわよね?」
「ええっと…、その…。あ…!あれは…!!」
突然大きな声を上げて空を指さす鳴鳥。皆はそれにつられて空を見上げる。古典的な気の逸らし方に皆が引っかかった隙に鳴鳥は走り出し、この場を去る。
「ああ!!待ちなさいよ!まだ説明が…っ!」
「今度、絶対、必ず説明するから!」
逃げ足の速い鳴鳥はそう叫んで手を振り、友に別れを告げた。
高校を無事卒業した鳴鳥。彼女の元へは迎えの者が、愛しく想う者が訪れ、そして彼女は、再び宙へ、この星でない広い宇宙へと彼と共に旅立つ。




