第95話 Oath in the white hospital room
真新しく、下したての衣服。浅葱色を基調とした星団連合軍の軍服に袖を通したのは本来軍属でない者で、彼の本来の職業はレーサーであった。赤髪で、肌は浅黒く、ピンと立った獣耳。宇宙一のレーサーであるフラヴィオは普段は黒色の衣服を好み、そして胸元をはだけさせていた。堅苦しいのはやはり性に合わないのか、軍服の上着も前は留めず、インナーはYシャツではなくVネックの黒いタンクトップを着ている。
「どうよ!?今の俺様は。こういった格好も悪くないな」
「ハァ…。まさかこれを見せる為に態々私を呼びつけたのかしら」
ため息交じりに肩を落としたのは水色の髪を肩口に切り揃えた幼い少女、ラウナであった。フラヴィオのマネージャーである彼女も彼と同じく本来は軍属でなく、これから始まる大戦を前に一時的に軍属となり、軍服を着こむ。と言っても彼女の場合小柄であるからか、本来はキリっとした印象を持たせる筈が、子どもが背伸びをして着ているようで愛らしさが勝っている
「何でも似合う俺様だが、一応確認をだな…」
「はいはい。良く似合っているわ」
あしらうように接するラウナだが、フラヴィオは全く意に介せず姿見の前でポーズをとり続けている。戦で行われるのは命のやり取りで、その為の軍服で。気を引き締めていかなくてはならないのだが、フラヴィオは相変わらずのようである。彼が緊張したり、落ち着きない様子は想像できないが、こんな時にもいつもと変わらず居られる神経は驚きを通り越して呆れる所であった。
「それにしても良いのかしら、こんな所に居て」
「ん…?何の事だ?」
「貴方がどうにかなるとは思えないのだけれど、後悔の無いようにあの子に会わなくて良いの?」
「あの子…。ああ、ナトリちゃんの事か…」
背を向けたままのフラヴィオ。彼の表情は鏡に映し出されていて、それは何時もの自信に満ち溢れたものでなくて。らしくもなく、どこか諦めきったようなものであった。
第95話 Oath in the white hospital room
「作戦会議中にあんな顔を見せられたらな…。ナトリちゃんはまだ奴の事を諦めてはいないって分からされた…」
敵の手駒に成り下がったジルベルト。彼と相対するのは彼の事を心から愛している者で、ついこの間、刃を交えた時とは違い、今の鳴鳥はハッキリと、彼の事を救い出したいという強い意志の光が瞳に宿っていた。一時は酷く取り乱して、自分の責任だと自分自身を責めていて、もう立ち直れないかとも思われたが、やはり彼女は、鳴鳥は強く、もう一度立ち上がり立ち向かうことが出来た。
「そうね…。彼女の彼に対する想いは強い。でも、貴方だって相当入れ込んでいたのに…。これまでは彼氏が居ようが構わず手を付けていたのがどうしちゃったのかしら」
「まぁ、俺様も大人になったって事で」
「ふぅん…」
それならば良いと、ラウナは自室に戻ろうとするが、そんな彼女をフラヴィオは引き留める。まだ何か用があるのかと問う彼女に対し、彼はどう言葉にしたらいいのか考えあぐねているようで、腕を組み、ひとしきり唸った後で言葉を発する。
「その、戦場では傍に居てやれないが大丈夫か…?」
「どうしたの、急に…?私の心配なんかして…」
「そりゃ、当たり前だろうが。俺達が向かうのは何時ものレースコースじゃない。命のやり取りをする場だからな」
先程までは全く意識していないようであったが、フラヴィオも戦に赴くにあたって思う所があるのだろう。彼はラウナの身を案じているようだが、彼女はその必要は無いと、寧ろフラヴィオの方が心配であると言った。
「俺様を誰だと思っている?宇宙一のレーサーの姿を捉えられる者は居やしない。そうだろう?」
「そうね…、と言いたい所だけれど、相手はセルべリアよ。彼女の戦闘能力は侮れないわ」
「俺様が倒されるとでも?」
「その可能性もゼロとは言い切れない」
信じていない訳ではないが、くれぐれも油断はしないで欲しいと願うラウナ。相変わらずの無表情でいるが、その想いは伝わっているようで、フラヴィオは仕方がないといった風に肩を竦めさせ、ポンポンとラウナの頭を撫でた。子どもではないのだから子ども扱いはしないで欲しい、そういった目でじっと見つめると、フラヴィオはまだ何か言いたいのか、今度は先程よりも深刻そうでない顔でどう告げるべきか悩んでいるようで、程なくして真剣な顔つきで尋ねる。
「で、いつお前は大きくなるんだ…?」
「………」
やはりこの男の脳内は女性の事ばかり、煩悩で占められているのだと呆れ返ったラウナ。何時も冷めたような目であるが、今はますます冷え切っていて、侮蔑の眼差しでフラヴィオを見つめるが、彼は意に介さずラウナの成長した姿に夢を馳せる。
「スレンダーな身体つきもイイいが、抱きしめた時に柔らかい感触の…、そう、肉付きのイイのも大歓迎だ」
「別に私は今のままで不自由していないのよ」
「ハァ…!?いや、俺の為に成長するって言ってくれたじゃねぇか」
「…私は考えておくわと言っただけよ」
非情な現実を目の当たりにしたように、フラヴィオはショックを受けたようで足元から崩れて床に手を付く。大げさ過ぎる落胆のしよう。そこまで期待されていたとなると悪くはない気もするラウナであったが、それならば今のこの姿はそんなにも魅力的ではないのかと苛立ちもする。幼い少女を好むのは少々危ない気もするところだが、宇宙は広く、子どもの外見のままで成長が止まる種族も存在する。好みは人それぞれだと分かっていても、やはり納得はいかない。
「そんなにこの身体じゃ不満かしら」
「…いや、俺としては構わないんだが、体格差があり過ぎて痛い思いをさせる訳にはいかないだろう?」
「…っ!!」
珍しく赤面したラウナの平手打ちは見事に決まった…かのように見えるが、子どものような手で叩いた所でビクともはせず、フラヴィオは平気な顔でいる。彼が女性に対してそういった事を求めているのは重々承知で、それでもいざ自分がそういった目で見られていると気付くとカッと熱が頬に集まり、恥じらいから手が出てしまったようだ。
「ハハッ!意外にも初心なんだな」
「…全く、デリカシーが無いんだから」
「ハァ?俺としては気遣ってやっているのに…」
「要らぬお世話だわ」
深い溜息を吐いたラウナはフラヴィオに背を向けて今度こそ立ち去ろうとするが、腕を掴まれてまたもや引き留められてしまう。うんざりとした表情でまだ何かあるのかと振り返った瞬間、彼女の身体は大きな体に包まれるよう、抱きしめられていた。
「ちょ、ちょっと、どういうつもり?…いくらあの子に想いが届かないからって、代わりに近場で済ませようだなんて…。こういうのは戦が終わるまで我慢なさ―――」
「あの子の代わりなんかじゃねぇ…。いや、そう思われても仕方ねぇか」
否定をしたフラヴィオ。彼は膝立ちになっていて、今ではラウナと同じくらいの高さでいて。小さな肩に顔を埋めるフラヴィオは回した腕の力を緩めることは無いが、決して強すぎる訳でない。それは居心地がいいようで、けれども鼓動が段々と早まっていくのが分かり、落ち着きがなくなるラウナで。彼女はどうにか引き離そうと軽く身を捩ると、フラヴィオは悲しげな瞳で、まるで捨てられた子犬のようにウルウルと瞳を潤ませていた。
「…失恋したんだ。慰めてはくれねぇのか?」
「…そういう事?全く、大きな子どもね…」
子どもをあやす様にフラヴィオの頭を撫でるラウナ。彼は獣人種の血が流れているからか、頭を撫でていると動物を撫でているような気にもさせて、撫でている方も心安らぐ。
何時も己の力を信じていて、どんな状況でも前向きでいて、揺るぎないようであったが彼も人のようで、想いが遂げられなかった事に自信を無くしてしまったのだろう。こうして撫でているだけで何時もの彼に戻れるならばと、ラウナはフラヴィオを慰めていたが、彼女の背に回された手が妙な動きをし始める。スススと下がる手。それは小ぶりでも柔らかい感触の場所へと伸ばされ、さわさわと撫でつける。
「…貴方って人は…っ!」
「は?慰めると言ったら身体で…―――じょ、冗談だ!だからそんな顔をするなっての…っ」
「…私の未発達な体型で慰めて欲しいだなんて、とんだ変態サンね」
「いや、充分に魅力的だと思うぜ?」
「…貴方はまた、そんな冗談めいた事を真顔で言って…」
「冗談なんかじゃねぇよ」
本気だというフラヴィオの瞳には自分の姿しか映っておらず、普段は女性に対して不誠実であるにもかかわらず、何故だか彼の言葉を信じてしまいそうになる。彼を苦しめていた自分はこれ以上関わる訳にはいかないと思っていても、望まれるのならば致し方ないとラウナは大仰に溜息を吐いて彼の好きにさせてしまった。
かつて無い程の規模の戦。その為の作戦会議が終わり、後は作戦開始時間を待つだけのようであるが、ミリアムは予備の武器兵装や補給用の物資の確認など、まだ職務を続けている。星団連合議会の議長であってARKHED操縦者である彼女は今戦において前線へと赴く。これまででは考えられなかった事だが、敵の力が強大である事、そして正体を明かした今では彼女の身を案じて進言する者は少なかった。
敵の一味であったから、大事にされてきたのを掌返しにされる。それはとても不名誉な事であって、その命をぞんざいに扱われているようで、喜ばしくない筈なのだが、ミリアムにとっては皆と共に戦場に立てることが何よりも嬉しくあった。
「(もう皆が目の前で散っていく姿を見続けるだけでなくなる…)」
立場故に力を持っていても前線に立つことは無かったミリアム。これでもう歯痒い気持ちは抱かなくて済むと、気持ちは晴れやかであった。
「(この戦が終わったら、正式に議長の座を辞任して、それからまた連合軍で、一兵となるのもいいかも知れないわね)」
そのような事も考えながら自機の確認を終えた所、艦内通路にてARKS部隊の一団とすれ違い、足を止められ見事な敬礼をされた。ミリアムとすれ違う者達は未だに畏まり、敬礼や頭を下げる。今はもう共に戦場に立つ者なのだから畏まる必要は無いのだと言うが、皆は頑なに敬う態度を崩さない。
「戦場に立つ経験ならば、貴方がたの方がよっぽど長いのです。ですから気を遣わなくとも…」
そう、一人の部隊長に言うが、彼は緊張の面持ちのまま、どんなことがあろうとも敬う気持ちは揺るがないと、そうハッキリ言いきり、部下達も真っ直ぐな瞳で頷いて見せた。
「皆はお前がどれだけ身骨を砕いてきたか分かっているようだな」
自身に宛がわれた部屋へと戻ったミリアムは通信をアストリアに居る者へと繋いだ。彼女と言葉を交わすのはARKHED契約者でありながらもその枷故に戦場に立つことのできない者、アストリアの王たるディノスであった。彼はもう自分が敬われる事など無いというミリアムに対し、そんなことは無いと言う。
「まぁ、そんなに皆の気持ちが気になるようなら、その想いに応えられるようにすれば良いんじゃないか」
「議長であり続けた方が良いという事かしら?」
「皆がそう望んでいるならな。まぁ、どんな職に就こうとも、お前は手を抜く事が無いだろうから、自然と皆の支持を集めるだろうさ」
「もう支持を集める必要など無いのだけれど…」
ミリアムが観測装置でありながら人々の為にと地位を築いてきた訳、それは表の舞台に立てないディノスの代わりにであって、罪滅ぼしの為と彼の理想に共感し、その実現の為にであった。
エルンストやマギイストの賢者達という共通の敵が現れたからか、この宇宙はかつて無い程に一つに纏まりつつある。戦いが終われば再び腹の探り合いや権力争いが始まるかもしれないが、この世界を導くような有能な者達も育ち、そして未来を担うであろう若者達もいる。自身の役目はそろそろ終わりだろう、そうミリアムは告げるが、ディノスは首を横に振る。
「皆はまだ、お前に力を必要としている。それに応える気はないのか?」
「望まれているならば、私はまだ、この世界の為に在りたいと思うわ。でも、仮に今回の戦で勝利を収めたならば、貴方は…―――」
エルンストの身柄を押さえられれば枷は解かれるかもしれない。手駒やモルモットだと認識している者達の為になる事を彼が教えるとは思えないが、吐かせるための手段はいくらでもある。戦闘中に彼の命を奪う可能性もあるが、彼の研究データや、あるいは彼の背後に居る賢者達の知識によっては枷を解く方法が見つかるかもしれない。ともかくそうなればディノスは人を避ける必要がなくなり、表舞台に立つことが出来る。そうなればもう自分の役目は終わりであるとミリアムは言う。
「今更俺が出た所で民衆の支持は得られるかどうか…」
「私と貴方の理想は同じなのよ。だとすればきっと変わらず皆は理解してくれるはずだわ」
自信ありげにミリアムは言うが、モニターの向こうのディノスは渋い顔をし、腕を組んで顎を擦っていた。どうやら彼は自分ではとてもミリアムのようにはいかないと思っていて、それは謙遜ではないと、故あっての事だと説明する。
「いい歳をしたむさ苦しいオッサンよりも可愛らしい女の子の方が支持も集められるだろう?」
「…見た目、かしら」
確かにディノスの言う事は尤もである。幼い外見ながらも見目麗しいミリアムの姿は惹きつけられるようで、一部では偶像扱いで、熱心な信者もいるようだ。こればっかりはどうしようもないと、互いに呆れて笑う所であるが、ミリアムは首を横に振る。
「見た目など些細な事よ。貴方の強い想いはきっと皆に届く。だから自信を持って」
「お前が言うなら、まぁ、そうなのかも知れないな」
強すぎる想い故に、ディノスの枷の力も強まり、今では僅かな者しか近づけない程になってしまった。彼の意志の力をもってすれば枷の破壊も叶えられない訳ではないが、ミリアムが傷つく事を許しはしない。だがこうして、ミリアムが戦場に赴くのを見送るだけなのは男として不甲斐なく、悔しいのだろう。守ってやれない事を悔やむのはもう数えきれない程で、今更口にすることは無いが、その表情には影が差している。彼の想いに気付いたミリアムが案ずることは無いと口にしようとしたが、その前にディノスは無理に陽気に振る舞い、ミリアムが議長の座を降りた後の話をする。
「…で、議長の座を降りてどうするつもりだ?」
「一兵士としてやり直したいと思うわ」
「そう、なのか?」
それは問われる前から考えていた事で、今でもそう在りたいと願う。そこまで無理な願いでもないだろうが、ディノスはあまり良い顔をしておらず、寧ろ残念そうであった。やはりずっと議長であるべきだと言いたいのかと思いきや、彼の考えは違っていた。
「せっかく身軽になれるんだ。俺の傍に居てくれないのか?」
「…ディノス。貴方…」
それは過去に通った道。アストリアの王たるディノスと身元不明であったミリアム。どうにか養子として迎い入れられたが、快く思わない者達も居た。けれどもその者達はディノスの枷の影響で同士討ちを始めてしまい、消え去った。想い合っていても立場の違いにより結ばれる事を諦めていたが、もう良いだろうと、ディノスは言う。
「歳をとり過ぎてしまった上に、俺はお前を残して先に逝くだろう。だが、出来る事ならば、傍に居て欲しい」
「それは…、その…」
「こんなジジイはやっぱりお断り、か?それも仕方が―――」
「違うの…っ!」
自身を卑下するディノスだが、ミリアムに否定され、そして彼女の表情を見て口を閉ざす。潤んだ瞳から零れ落ちる涙。小刻みに震える肩に小さな口から洩れる嗚咽。リアルタイムに繋がれている通信によってその姿は鮮明に映し出されているが、どう足掻いても手は届かない。これほどもどかしく思ったことは無いと離ればなれであることを悔やむディノスだが、少しして落ち着いたミリアムが謝りながら答えを出す。
「ごめんなさい…」
「いや、俺の方こそなんかすまねぇ…」
「貴方は悪くないのよ。その、…私、嬉しくて」
「嬉しい?」
「そう…。まだ想っていてくれたなんて、思わなくて。私だけだと思っていたから」
「何を言ってやがる。式は挙げなかったが、誓っただろう」
いつ如何なる時も笑いかけてくれて、大きな手で頭を撫でつけて、身元の知れぬ自分を信じてくれて…。彼を苦しめた事で良心の呵責に苛まれ、正体も使命も明かした時にも受け入れてくれて、更には酷な使命を与えた主に対して怒りを露わにして…。立場から表立って一緒になる事は出来なかったが、どんな形であれ愛し続けると言われて。それでも長い時を経てとうに気持ちは薄れているものだと思っていたが、彼は昔から何一つ変わってなどおらず、寧ろその変わらぬ想いを疑った事をミリアムは恥じた。
「そうね。私達は誓ったのだわ」
「ああそうだ。俺達は死が二人を分かつまで共にある」
必ず生きて帰ると約束をし、そして使命と枷という呪縛から完全に解き放たれたなら、これまで以上に傍に在りたいと、例え枷が解けなくとも誓いは変わらないと互いの気持ちを確かめた。
星が煌めき、鮮やかな色の星雲が広がる宇宙。地球に居た頃は写真や映像でしか見ることが出来なかった光景は目の前に広がっていて、その美しさに心を奪われる事も少なくなっていて…。
明日の朝はいよいよ出撃であるというのに、鳴鳥は戦艦ブリューナク内に在るトレーニングルームを訪れていた。シミュレーターに持参したデータをインストールさせ、シートに身を預けて呼吸を整える。紛い物の宇宙で相対するのは黒いボディに青色のラインが刻まれたARKHEDで、機体は青色に光る光剣を携えていた。
SARのカルラから貰ったデータ。それはジルベルトの過去の戦闘データを基に作られたプログラムであった。
「…っ、速い!…追いつけない…っ!」
紛い物とは思えない程に本物に近しい機体。何度もその動きを目の当たりにしてきた鳴鳥は本当に相対しているような気にさえなるが、決して怯んでいる訳ではない。押されていて、攻撃に対処しきれないのは圧倒的な実力差であった。
秒殺とまではいかないが、アッサリと敗北してしまった鳴鳥。これが本当の戦場ならばと身震いするが、ここで折れたりなど出来ない。ハンドグリップを握る手が震えるが、強く握りしめる事でどうにか抑え、もう一度挑む。
何戦目にしてようやくこちらの攻撃が掠る程度。それ程までにジルベルトは強く、今戦っているのは当人でない事から、本物はこれ以上であるだろうと分かる。昼休憩を挟んで再び挑み、二ケタは余裕の敗北を喫した後に挑んだ際、異変は起きた。
一対一で戦っていた筈が、もう一機現れ、乱入してきた機体は光剣を構えてジルベルト機の攻撃を受けとめた。
「鳴鳥、君は一人で戦うつもりなのかい?」
「く、久城センパイ」
「近接戦は僕に任せて、援護を頼む」
「は、はい…っ!」
シミュレーションに加わったのは久城であった。彼は言葉通りジルベルトの攻撃を一手に引き受けて、そして押される事なく積極的に攻める。がら空きになった背中を狙うよう回り込んだ鳴鳥。彼女は銃を構えて撃とうとするが、かわされてしまい、反撃を喰らいそうになる。そう簡単にはいかないと分かっていたが、一人じゃないお蔭で簡単には沈まない。どうにか反撃で放たれた弾を避けきり、ジルベルト機が鳴鳥に気を取られている間に久城が止めを刺す。
「…勝てた…。やりました…!初めて勝てました…っ!」
「二人でなら、何とかだね。―――…でもやっぱり設定はイージー、か…」
「う…っ!そうでした…」
シミュレートという事で、相手の動きにも段階があり、今現在は一番易しい難易度であった。そう、一番易しいにもかかわらず、ジルベルトは二人掛かりで倒せる相手である。ようやく倒せたことで自信を持ちかけた所だったが、現実は非情である。ガッカリと肩を落として落ち込むところではあるが、それも致し方ないと納得ができた。
テレンティアに潜入した際には敵機四機からどうにか逃れ、ヴィルト・ルイーネではARKHEDでなく性能の劣るARKSで大型危険種を相手にしたりと、ジルベルトの操縦スキルは並外れている。それが機体に乗り始めてまだ一年と経たない鳴鳥に追いつける筈が無かった。
「次は難易度を上げて挑戦してみる?」
「はい…!お願いします…っ!」
やはりと言うべきか、難易度を一段階上げただけで二人掛かりでも苦戦する。何とか勝てたもののこちらのダメージは甚大で、これが戦場ならば無人機にでも止めを刺されてしまってもおかしくはない。
歴然とした力の差にまたもや気持ちを沈ませる鳴鳥であったが、久城は気にする必要は無いという。
「そこまで気に病む事は無いよ。実戦では盾役であるソフィーリヤさんがヘイト管理してくれて、僕らにはなるべく攻撃が及ばぬようにしてくれる。それからクヴァルさんの援護射撃もある。予期せぬ事態になるかもしれないけど、皆が居ればきっと大丈夫だよ」
「そう…、ですね…!それに、久城センパイもいますし…。…寧ろ私は皆さんの足を引っ張らないかが心配です…」
「そんなことは無いよ…、と言っても不安は簡単に拭えないよね」
それならばと、もう一度、不安が無くなるまで、自信がつくまでシミュレートを重ねようと久城は提案し、鳴鳥は真っ直ぐな瞳で頷く。
それから夕刻になるまで鳴鳥は久城と共に訓練をこなした。最初は久城が鳴鳥に合わせるよう気を遣っていたようだが、終わる頃には気遣わなくとも連携が取れるように、段々と呼吸が合ってきた。
「(いよいよ、明日の朝、かぁ…)」
汗ばんだ身体を打つシャワーの気持ち良さに目を細める鳴鳥。訓練後、汗を流す為にシャワールームへと入った鳴鳥は身綺麗にするとともに、疲れを癒していた所だが、夜を明けるとこことは違う場所へ、戦場に立つ事を思い出して俯く。
戦の場に立つのはこれで何度目になるだろうか。敵に襲われるという形が多かったが、今こうして肌に感じる飛沫の温かさを感じられるのは生きているからこそで、それは皆の力があっての事で。何度も迎えた危機的状況を救い出してくれた人は傍に居らず、彼は敵となって立ちはだかる。
「(今度は私が、ジルベルトさんを助ける番なんだ…!)」
いざ彼を目の前にすれば躊躇うかもしれない。そもそも自分の力では何もできないかも知れない。けれども彼女は一人ではない。皆が傍に居て、皆の想いは一つである。怖れる事は何一つない。自分が出来る事は強く願う事、どんな事態になっても決して挫けたりしない事で、今なら大丈夫であると自信が持てた。
最後の訓練を終えた久城と鳴鳥。二人はそれぞれシャワーを浴びた後に夕食をとりに艦内の食堂へ向かう。多くの者は自室で夕食をとるらしく、広い室内は閑散としている。明日の朝には戦地に赴かなければならないからか、席に着いている僅かな者達の表情も優れない。
空気を読むように、久城と鳴鳥も特に会話を交わさず、食事だけを済ませるようにして食堂を出て、それぞれに宛がわれた個室へと向かう。
男女別に分かれる通路で足を止めた二人は就寝の挨拶を交わす。
「あの…!訓練に付きあってくれてありがとうございました」
「いや、僕としてもこれで自信がついたよ」
もう長々と話すことは無い。一時期迷いを見せていた鳴鳥は今では意志が固まったようであり、久城が心配する必要もないようだ。
鳴鳥が自室へと向かい、曲がり角を曲がるのを見届けた後、久城は自室へと戻らずに踵を返す。彼が向かった先は艦内の医務室で、併設された個室には未だ先の戦闘で重傷を負ったアリーチェが床に臥せている。
「(まだ…目覚めないか…)」
真っ白な病室。未だ目覚めないアリーチェ。命に別状はないらしいが、意識を取り戻すことは無く、その身体には点滴などのチューブが繋がれている。
以前、フラヴィオの観測装置であるラウナが身を挺して彼の枷を解き放つ切っ掛けを作った際、久城はクヴァルと共に彼女を目覚めさせた。今回もまた、その方法が使えないかとクヴァルが試みたが、アリーチェのダメージはラウナが受けたものとは比べ物にならない程であるらしく、手の施しようが無かった。
「(自然治癒で…いつかは治るそうだけど、君が目覚める時、この世界はどうなっているのかな…)」
絶対負けやしないという気持ちはあるが、敗北という可能性も捨てきれない。力及ばず屈するこことなれば世界はどうなるのか…。一度は世界の破壊を望んだ久城だが、今となっては馬鹿馬鹿しい事だったと己の過ちを悔いている。大切なものに気付いた彼は今、危機が迫る世界を救いたいとも願うが、己の力がどこまで通用するのかは分からない。
「(鳴鳥にああ言った手前、弱音を吐く訳にはいかないしな…)」
計り知れないほどの巨大な脅威を前にして立ち竦む感覚。それでも戦うのは守りたいものがあるからで、不安を消し去る様に首を横に振る。
「(僕にも、君ほどの勇気があれば…)」
身を挺して危機を乗り越えようと、罪を償おうとしたアリーチェ。彼女くらいの強い想いを抱ければ、どんな相手でも恐れることは無いと久城は思うが、やはり自分は彼女に到底敵わないと分かっている。胸の内で彼女に対し弱音を吐いた久城は少しだけ気が楽になったようで、俯いていた顔を上げる頃には瞳に浮かんでいた不安の色は拭い去られていた。
「(君の為そうとしたことは無駄にしない。必ず彼を、ジルベルトさんの目を覚まさせて、ここへと連れて帰るから…)」
次にアリーチェが目覚める時は皆が揃っているように。あの時、目の前で助けられなかった事を悔いている久城は、瞳を閉じたまま横たわるアリーチェの傍で固く誓った。




