第96話 Black fog to wriggle
決戦を前にして眠りに就けるか不安だった鳴鳥。彼女は睡眠薬のお蔭で朝までぐっすりと眠ることが出来た。
冷たい水で顔を洗って完全に目を覚まさせ、自室で簡単に朝食を済ませ、ハンガーの傍に在る更衣室でピッタリとフィットするパイロットスーツに身を包む。身体を締め付けるような窮屈さは気持ちも引き締まるようで、自機の前に立つ姿は勇ましくもあった。
「おはよう、鳴鳥」
「お、おはようございます」
鳴鳥と同じタイミングでハンガーに現れた久城。彼もパイロットスーツに身を包んでいて、直ぐにでも戦場に赴くことが出来る様子であった。
互いに見つめ合い、挨拶以外は特に会話を交わさない。言葉は無くとも互いの想いは読み取れるようで、深く頷いた後に機体に乗り込む。
「(必ず生きて帰りましょう…!)」
「(勿論。君の事は必ず守る。そして…―――)」
「「(絶対にジルベルトさんを連れて帰る…っ!)」」
強い想いを胸に、コックピット内でシートに身を預ける二人。ハンドグリップを握ると機体は想いに応えるように起動し、ボディに刻まれたラインは光を放つ。
程なくして迎えた作戦開始時刻。ブリッジに居る管制官のアナウンスに従い、既にスタンバイしていたフラヴィオ、ラウナ、ミリアムが先に出撃し、鳴鳥、久城、ソフィーリヤが後に続き、そして後方からの射撃を行うクヴァルが最後に出撃する。
第96話 Black fog to wriggle
星団連合軍所有最大級戦艦ブリューナク。かの艦からは鮮やかな色の軌跡を描きながら飛び立つARKHEDが。続いてARKS隊も部隊長の指揮の元、各艦から飛び立ち隊列を組むように、同時に全軍は前進を始める。
敵の居城である小惑星型要塞、アドミニストラードの位置が捕捉されたポイントまで辿り着くにはまだ幾分かの時間がある。皆が緊張の面持ちで、手に汗握る中、鳴鳥はそっと胸元に触れる。彼女の身に纏うスーツの下、胸元辺りにはシルバーのドッグタグがある。それは大切に思う者から贈られた物で、彼女にとっての宝物であった。
「(待っていてください。必ず、必ず助け出しますから…!)」
今度こそは逃げ出さないと覚悟を決め、そして絶対に離れはしないと、ジルベルトが正気に戻るまでは退かないと誓い、かの地を目指す。
暫く進軍した先、そこで一旦止まり、待機するよう全軍に命が下された。
ブリューナクの主砲が向けられた先。そこには何もない筈だが、放たれたレーザー砲により、その姿を現す。それはセリアが用意した特殊なもので、アドミニストラードの発する次元を歪めて姿を隠す術を打ち消す効果があった。
巣を攻撃された蜂のように、アドミニストラードからは大量の黒いARKHEDが飛び出してくる。群れを成す様に、敵を排除しようとこちらに向かってくる中には見覚えのある機体も見受けられた。
一番に突出した機体。グリーンに黒いラインの入ったセルべリアの機体は槍を携え、獲物を探す。
「さぁ、私の相手をしてくれるのはどいつか…!?」
「やれやれ、女性相手にはこんな場所で戦いたくないんだがな」
赤みが掛かった紫色、暁色のフラヴィオの機体は誰よりも早く敵に先制攻撃を食らわせようとする。戦闘機形態のまま放つ弾は全てかわされてしまったが、敵を引き付ける役目は充分に果たされたようだ。セルべリアはフラヴィオをターゲットと定め、攻撃をかわしつつ距離を詰めようとする。
「ここではない場所だと…?ならば何処で戦う!?」
「女性となら雰囲気の良い酒場で、その後はベッドの上でかな」
「戦場において色目を使うとは…。面白い…!その軽口を二度と叩けないようにしてくれる!」
近接タイプのセルべリアに対し、フラヴィオは速さを生かして距離をとる為、その槍撃は掠りもしない。ただ逃げ回っているならば卑怯だと誹りもするが、彼はタイミングを見計らい無数の弾を放つ。手持ちの武器と身のこなしで弾を避けきるセルべリアだが、防御や回避に回ってばかりで攻撃が出来ずにいた。
「女性と戦うのは本当に不本意だが、借りはキッチリ返させて貰わねぇとな」
「借り…?…そうか。まだ根に持っていたとはな」
セルべリアに対する因縁。それはヴィルト・ルイーネでの事。以前、鳴鳥の身柄を、正確に言えば鳴鳥の機体に潜んでいたセリアの魂を狙い、エルンストは手駒を使って襲撃を仕掛けていた。その中でフラヴィオはラウナを人質に取られ、更には枷の影響で記憶を失った際に嘘の情報を吹き込まれ、鳴鳥を捕えて敵の手に渡してしまったのであった。その後、ラウナと鳴鳥は無事に救い出されたが、ラウナは一時の間、意識不明に。更には彼女の綺麗な長い髪を切り刻まれてしまった。そして鳴鳥は機体を失う決断を迫られもして、軍人ではいられなくなり、仲間と引き離される形となった。
女性ならば無条件に優しく接するフラヴィオと言えども、セルべリア達の行いは許せはしない。今も尚、鳴鳥が苦しむ原因を彼女らが作っているならば尚更で、立ち向かう彼の瞳には敵としてその姿が映っていた。
「そのような事をいつまでも口にするとは…。小さい男だ…!」
「みみっちくても結構。俺はやられた分をやり返すまでだ!!」
「フン…。出来るものならやってみろ!」
フラヴィオの方が有利な立ち位置であるというのに、セルべリアは焦りを見せない。それどころか彼女は口元に余裕の笑みを浮かべ、そして機体の形状を変化させた。
「手元の槍が届かぬのならば、この身を槍と化すまで!」
フラヴィオと同じ戦闘機形態をとるセルべリア。だがしかしその形態はフラヴィオのものとは異なり、鋭い刃のような、槍の切っ先の様で、機体自体が凶器と化していた。鋭い刃のような両翼は掠めた機体を切り裂こうとする。無論、ただ呆然と立ち竦むフラヴィオではない。セルべリアのスピードもかなりのもので、ARKSでは決して追いつけない程であるが、フラヴィオは何とか攻撃をかわし切っている。
「美女と追いかけっこというのも悪くはないな」
「その余裕が何時までもつか楽しみだわ…っ!」
真っ先に熾烈な攻防を繰り広げるフラヴィオとセルべリア。彼らの戦いに圧倒されるARKS隊であるが、敵は待っていてなどくれない。フラヴィオ達の戦闘に巻き込まれぬよう適度に距離をとりながら、全軍は突撃を開始する。
こうして戦いの火蓋は切って落とされた―――。
金色と銀色のARKHED。それはデクセスとデクセプの操縦する機体で、かつてない程の大きな戦を前に、彼女達は実に楽しそうに笑い声を上げていた。
セルべリアとは違い、どちらかと言うと強者と戦う事は好まず、一方的に蹂躙したり、虐げる方を好む彼女達は、ARKS隊や星団連合所属戦艦を破壊しようと目論む。
「フン…。アンタ達が相手ってワケ?」「面倒臭いけど、ちゃっちゃと倒して遊びの続きをしよう!」
「遊び…?人の命を未だに軽視し続けるだなんて。許しは出来ないわね」
「貴女達と遊んでいる暇はないの。さっさと終わらせて貰うわ」
ARKS隊を退かせ、彼らを守るように進み出たのは浅葱色と紫色のARKHEDで、それはミリアムとラウナの機体であり、彼女らはデクセス達の凶行を力尽くで止める。
見事な連携を取るデクセスとデクセプ。それはこれまでの戦いで何度も目にしており、データも充分に収集できていた。事前の情報故にか、初めて組むミリアムとラウナでも充分に渡り合えるようで、デクセス達の連携は脅威と成り得なかった。
決め手に欠けるデクセス達は舌打ちをし、段々と苛立ちを募らせる。
「裏切り者が…っ!いい気になりやがって!」「ほんんんっとムカつく!こいつ等に全力出すのも癪だけど、仕方がないよね、デクセス!」「ええ、そうね、デクセプ!」
早く目の前の敵を蹴散らして暴れまわりたいデクセス達は示しを合わせ、一旦距離を取る。彼女らにも温存していた秘策があるのか。どう出るのか警戒するミリアムとラウナの前で新たな兵装を具現化する。それは彼女達と同じ観測装置である少女が使用していた武器で、相手にするには非常に厄介なものであった。
「それはアリーチェの…!?」
「遠隔型小型機…!」
デクセス達が機体の周囲に展開させたもの。それはアリーチェが攻撃に使う物と同様のもので、各々六機を操作し、二人となれば数は十二機となる。
ニヤリとほくそ笑むデクセス達は自身で光剣を構えつつ突撃しながら、小型機を巧みに操り、無数のレーザーで追い込んで挟み撃ちを目論むかと思いきや、彼女らは小型機の照準をミリアム達には向けなかった。
「…っ!危ない…っ!」
「クっ…!」
デクセス達が攻撃を向けた先。それは無人機と交戦する味方であるARKSで、間一髪のところでミリアム達はレーザービームを打ち消した。目の前の敵ではなく、格下の、守らねばならない者達を狙う。卑怯な手段もデクセス達の十八番であって、今更非難すべき事ではない。それよりも味方を守った事により自身の防御は格段と疎かになり、大きな隙を生み出し、敵は絶好の機会を見逃さなかった。
何とかかわせはしたが、数発の弾と光剣による浅い斬撃を喰らう。このままでは目の前の敵に集中できず、一方的な戦いになる。ミリアムとラウナは焦りを感じる所だが、まずは呼吸を整えて、それから冷静に対処するよう、策を練る。と、言っても考える時間を敵が与えてくれる筈もない。俊敏に飛び交う小型機の対応に追われつつ、本体からの攻撃を防ぐラウナはどうにか隙を作り出そうと通信にて呼びかける。
「格下に見ていた者の攻撃手段を用いるなんて、猿真似だわ。猿に成り下がるなんて余程追い詰められていたのね」
「…チッ!アタシ達はアイツなんかより上手くARKHEDを扱えるって事を証明するだけよ!」「そうよ!あんなお馬鹿な子と同類として欲しくないわ!」
「そのアリーチェに手酷くやられたのは何処のお馬鹿さんかしら?」
「ぐっ…!あ、あんな自爆、やる方が馬鹿げているわ!」「結局倒せていないなら無駄だったじゃない!」
「身を挺した彼女を貴女達は笑うのね…」
冷え切った瞳で、侮蔑の眼差しを向けるミリアム。誰かを守ろうと、大切な者を苦しめてしまった罪を贖おうと己が身を犠牲にしたアリーチェを嘲笑うデクセスとデクセプに対し、ミリアムは心の底から湧く怒りに打ち震え、そしてもう容赦はしないと、同じ使命の元で生まれた同胞であっても手加減はしないと本気を出す。
「ラウナ…!僅かで構わないわ。時間を稼いで…!」
「了解。貴女達は永久に閉ざされるべきよ…!」
小型機を操るのは本体。ならば本体を押さえれば小型機の動きも停止する。
ラウナは杖を掲げ、そして振るう。彼女と得意とするのは氷を使った攻撃で、それは時として機体の動きを奪う程である。けれども最大限の力を振るうには水が、大海原のような際限ない水量が必要となる。宇宙空間で無尽蔵な水は確保できず、彼女の攻撃は不発に終わるかと思われた。デクセス達も余裕を見せているようで、無防備なラウナへと止めを刺そうと容赦ない攻撃を浴びせようとする。
「な…っ!?」「なによコレ!?」
デクセス達の進路上に現れたのは四方から急激に伸びた石柱であった。それらは漂う小惑星から突出したもので、彼女らの行く手を阻み、視界を遮る。
ラウナはデクセス達の攻撃を避けつつも周囲に漂う小惑星へと術を施し、機を窺っていた。氷の術だけでなく、地の術を使用したラウナに意表を突かれたデクセス達であったが、所詮は脆い塊。ARKHEDで破壊するには造作もなく、直ぐに壊されてしまうが、時間稼ぎには充分であった。
「全て撃ち落としてしまえば問題はない…っ!」
ミリアムの機体には無数のミサイル発射口が、左右のアーム部分にはガトリング式の銃が握られており、一気に放たれる。遠隔型小型機一機に対し一つの弾ではなく、無数の弾が吸い寄せられるように向かう。一つも撃ち漏らさないようにと放たれた弾は宙で爆ぜ、見事に全機を停止させ、塵と化した。
「さぁ、次は貴女達の番よ、デクセス、デクセプ」
「お前…っ!!」「ゆ、許さないんだから…っ!!」
アリーチェを侮辱されて本性を現したミリアム。今の彼女はかつてディノスと共に幾多の戦場を駆け抜けた時の頃に戻っており、愛らしい少女の姿とは似つかわしくない攻撃ぶりである。彼女と共に肩を並べて戦うラウナはこちら側の陣営について良かったと思い知らされ、そして敵であるデクセス達を憐れみもした。
フラヴィオはセルべリアと、ミリアムとラウナはデクセスとデクセプと、それぞれこちらの思惑通りに戦闘を開始している。ARKS隊も上手く連携をとり、無人機ARKHEDを着実に仕留めていっている。ARKSが数で勝っているとはいえ、ARKHEDを倒せるのもひとえにセリアがもたらした知識による新武器のお蔭であるだろう。エーデル・シュタインの五大企業の一つ、兵器開発を手掛けるバルニエール商会とSARの共同開発による武器はARKSでもARKHEDにダメージを負わせることが出来るようになった。
戦況は良い方向へと転じる。全てヘニングの目論見通りに進み、そして敵として現れたジルベルトもまた、鳴鳥達と相対する事となる。
「ジル…!聞こえないの…!?ねぇ、返事をして…!!」
青い光剣を容赦なく振るうジルベルト。彼へと呼びかけるのは彼の攻撃を一手に引き受けるソフィーリヤで、彼女は悲痛な面持ちでいた。
覚悟はしていた筈だが、やはりこのような姿は信じ難いのだろう。手にしたシールドで重い一撃を受けつつも、必死に呼び掛け続ける。しかし彼女の想いは届くことなく、ジルベルト機からの応答は無い。
落胆を通り越しての絶望。攻撃を受けとめるばかりではこちら側が消耗するばかりで、気持ちが揺らいでいるせいか、シールドの出力も段々と弱まり始める。
「ソフィ!そいつは敵だ!惑わされるな…っ!!」
後方からの正確無比な射撃。容赦なくソフィーリヤへと襲い掛かるジルベルトを狙った弾はクヴァルが放ったもので、それは僅かに機体を掠めた。確実に狙いを定めた筈だが、今のジルベルトは危機察知能力も桁外れでいるようだ。ともあれソフィーリヤに危害が及ぶことは無かったが、今度はクヴァルが標的となり、一直線に向かって来ようとする。
「行かせはしません!」
立ちはだかったのは久城の機体。ジルベルトの斬撃を光剣でしっかりと受け止めたが、その力も並外れていて、ジリジリと押されつつある。
「鳴鳥…っ!」
「は、はい…っ!」
青と緑の火花が散る光剣同士の鍔迫り合い。その間はジルベルトの背中がガラ空きである。隙を見せたと久城は鳴鳥に指示を出し、背中目がけて弾を撃ち込もうとするが、今のジルベルトに死角などありはしなかった。両方のアームで握られていた光剣を右だけで持ち、素早く左でもう一振りの光剣を手にし、打ち込む。更なる力で押された久城から一旦距離を取るように飛び退き、そして鳴鳥の撃った弾は全てかわされてしまった。
「(やっぱり、シミュレートとは全然違う…っ)」
一所には長く止まらぬよう、絶えず攻撃を仕掛ける様。それは獰猛な獣のようであって、とても手に負えるものではなかった。
一機に対し四機。それでも決め手に欠けるのはこちらが本気を出して殺そうとは出来ず、相手は本気でこちらの命を狙っているからであった。
持久戦ならばこちらに分があるとも思える筈だが、最初から今までジルベルトの動きに乱れはなく、疲弊した様子はない。一方で鳴鳥達の方は徐々に追いつめられるように、連携は崩され、表情には疲労も見え始める。
どうにかジルベルトの攻撃を避けつつ、こちらからも攻撃をとチャンスを窺う鳴鳥の元、メインモニターには難しい顔をしたセリアが居た。
「…電子戦も駄目だわ」
「セリアさん…」
「貴方がそんな顔をしないで。…大丈夫、まだ策はあるわ」
ジルベルトの機体のコントロールを奪いさえすれば良い。そう思いながらセリアは電子戦を試みるが、こちらのコントロールを奪われないようにするのが精いっぱいのようだ。
まだこの状況を打開する策があると言ったセリア。だがその為にはここから誰かが離脱しなくてはならず、更には離脱した者はある者と対峙をしなくてはならない。
「誰かが、ヴァレリーと戦う…」
「ジルベルト君を操るのは彼だわ。彼を倒しさえすれば…」
「ヴァレリー機は何処に!?」
「久城センパイ…!?何を―――」
鳴鳥とセリアの会話に口を挟んだのは久城であった。どうやら彼は単騎でヴァレリーの元へと向かうつもりらしい。
「そんな、一人でだなんて…っ」
「だが、このままだと埒が明かない。こうするしかないんだ…!」
「無理です!この先にはまだ無人機が…っ」
ブリューナクからの情報。ヴァレリーはヘニングの読み通り後方にて控えている。まさに砦を守る門番のような立ち位置であって、彼の元へと辿り着くには数多くの無人機を倒さなくてはならない。
「それならば道を作ろう」
「ヘニング団長…」
「クランド君、ヴァレリー機討伐を君に任せていいかい?」
「はい…っ!」
ブリューナクの主砲。それは再びアドミニストラードへと向けられる。それに呼応するように全艦がブリューナクと同じ方角へ砲台を向け、カウントダウンが始まる。
緊急通達に従い、各機は動く。射線上に居る者は戦闘を離脱し安全圏まで退避をし、各艦を守る様立ち回る。
「主砲、発射!」
大きなエネルギーのうねりが一筋の道を作る様、直線状にあった敵機を消し去る。
人波を割るかのように作り出された道を久城はただひたすら進み、そして辿り着いた。
他のARKHEDの二倍もある大きさのヴァレリー機。かの機体は分離し、実質は二機を相手にするようで、搭乗者一人が両機を操る機体はデクセスとデクセプの連携以上に厄介である。
「ほう、ここまで辿り着いたか」
「お久しぶりと言うべきですか」
「破壊の衝動に駆られていた頃の貴様ならば手ごたえがありそうだったが、実に残念だ」
「僕にとって貴方がたと行動を共にしていた過去は過ちでしかない!」
一時期同じ戦場に立ち、傍で見ていたからか、ヴァレリーの動きに戸惑うことは無い久城。彼は二機を相手にも引けを取らず、渡り合えている。ただ、このままでは良くない。久城は一刻も早くヴァレリーを倒し、ジルベルトを解放しなくてはならない。
「どうしたァ?腰が引けているぞ?」
「…っ!!」
ジルベルトの事だけではない。敵の陣に単身乗り込む形となった久城はいち早くこの場を離脱しなければ無数の無人機に包囲されてしまう。今はまだ、先程の砲撃で何とかなってはいるが、着実に陣形は戻りつつある。
「(ヴァレリーに言葉は届かない…。どうするべきか…)」
ARKHEDは意志の力で作動する。心を揺さぶるようなことがあればそれは機体の操作に影響が及び、隙を生み出す事も出来る。これまでにもそういった手段を用いはしたが、ヴァレリーには通用する筈もない。彼の情報は久城がテレンティアに居た頃、セルべリアから聞かされた。
ヴァレリー・オルロワ。彼は戦争孤児で、幼少の時に非合法組織に拾われ、そこで兵士として育てられた。人並み外れた身体能力を得る為に行われた過剰な薬物投与と人を如何にして殺すかという学習は彼の精神を破壊した。殺人を快楽とした狂人は更なる力を求め、そして二人の少女と出会い契約を果たす。それがデクセスとデクセプであった。
そのような過去を背負うヴァレリーには弱みが全くない。言葉による揺さぶりは諦めかけたが、セリアより一つの情報がもたらされる。
「これは…!」
「彼も人の子なら、きっとこれで―――」
ヴァレリーが人の道を外れた切っ掛け。それは戦争によるもので、両親と離ればなれになった事が一番の要因であると考えられる。事前に敵の情報を探っていたセリアやアルヴァルディのアランは、ヴァレリーの過去も調べ上げていたようで、ある事実を当人は知らないと判明した。
「よそ見をしていても良いのかァ!?―――ん?何だこれは…」
ヴァレリーの元へと送られたデータ。モニターに映る壮年の夫婦の姿に彼は眉を顰める。どうやら渡した情報に意識を向ける事に成功はしたらしいが、それで彼の手が休まることは無い。二十年以上の前の事になるからだろうか、幼い時の記憶というのは曖昧でいて、ピンと来ないのかも知れない。
姿だけでは理解できないヴァレリーに向かい、彼からの攻撃をかわしつつ久城は呼びかける。
「その人達は貴方と生き別れた貴方の御両親です!死に別れた訳では無かったのです!」
「―――そうか…」
暫しの沈黙。やはりヴァレリーにも良心というものが存在していた。そう確信を得た久城は心を揺さぶる様に、ヴァレリーへと呼びかけ続けるが、やがて聞こえてきたのは気味の悪い笑い声であった。
「…クキャキャキャ!死に損なっていたのかァ…!」
「死に…。実の両親に対して何も思わないのですか…っ!?」
「この者達は私を生み出した肉塊だ。それ以上でもそれ以下でもない!」
「…っ!」
もはや人としての感情は死んでいた。実の両親を人として扱わぬ態度に久城は説得を諦めざるを得なくなり、自分の力で窮地を切り抜けるしかなかった。
暗い果ての無い闇の世界。何処までも沈んでいくような感覚に恐怖を覚える所だが、恐れる事は何一つない。ここに居ればもう傷つくことは無い。何も考える必要もなくて、傍には愛しく思う者も居る。
セラフィーナに寄り添われ、闇の中をたゆたうジルベルト。これが幸せなのだと、穏やかな気持ちでいて、腕に抱く温もりに目を細める。
「…ジル…っ!」
「どうした?セラ…」
ギュッとジルベルトの衣服を掴んで怯えた様子のセラフィーナ。彼女の視線の先には黒くぼんやりとした霧のような、紅く光を放つ双眸を持つモノが居た。
ここに居れば何も恐れることは無いと思っていたが、平穏を脅かすものは何処へでも現れる。怯えるセラフィーナを守るように立ちはだかるジルベルト。彼の手にはいつの間にか戦うための力、青く光る光剣が握られている。
「セラ、お前は下がっていろ」
「うん…。気を付けてね…」
「ああ。任せてくれ!」
得体の知れない敵だが、恐れることは無い。これまでにも多くの者を、様々な危険種や人を相手に戦ってきたジルベルトならば臆することは無く、存分に力を振るえる。そして今の彼には守らなくてはならない大切な者が傍に居て、一歩も退く訳にはいかなかった。
「………ジ…べ……さ…ん……」
「…っ!?…言葉…?いや…これは―――」
蠢く黒い霧の者。それは何かを伝えたがっているようで、ノイズ交じりの言葉を話す。見た目は嫌悪感を抱くが、敵意は感じられない。襲い掛かってくるようだが、手ごたえは無く、やはり何かを訴えようとしているようだ。
「…何だ?何を―――」
「ジル…。その者達の言葉に耳を傾けては駄目…」
「セラ…?」
敵と対峙するジルベルト。彼に背後にはセラフィーナが居て、彼女はジルベルトの両耳に手を宛がう。
「その者達は貴方を苦しめるの。話す言葉は貴方を惑わせて、そして貴方の平穏を脅かすわ」
「そう…なのか…?」
「そう。だから早く、倒してしまって…!」
「あ、ああ…」
光剣を握り直し、そして相手の懐に踏み込み振るう。手ごたえは無く、黒い霧は一度霧散し、そしてまた形を作り、こちらへと向かってくる。
セラフィーナは忠告したが、どこか引っ掛かりを覚えるジルベルト。それでも得体の知れない者達を相手に無防備ではいられず、近づいてくる度に剣を振るう。
「ジル。この者達を仕留めるなら、胸元を狙わないと…」
「胸元…?」
「そう。こうやってね…」
光剣を握る手に添えられる小さな手。セラフィーナは敵の急所を知っているようで誘うように手を動かす。
突き立てられる光剣。すると黒い霧の者は痛みに悶えるよう震え、咆哮を上げる。
「…ジル…ベルト…さん…っ」
ノイズ交じりだった声が先程よりも鮮明に聞こえ出した。それはどこかで聞いた事のある声で、ドクンと心臓が脈打つ。
黒い霧の者が消える瞬間、辺りに響いたのは少女の悲鳴で、ジルベルトはその声の者を知っていた。
「ナトリさん…っ!」
青く光る剣は真っ白な、穢れを知らないような白い機体を貫いていた。
ジルベルトの目を覚まさせる為、久城が単身ヴァレリーの元へと向かい、離脱をしてからの事。ソフィーリヤとクヴァルと鳴鳥でジルベルトの攻撃が他に及ばぬよう、隙あらばと攻撃を仕掛け、彼を力尽くで押さえつけようとしていた。
徐々に押される鳴鳥達。こちらの攻撃もままならなくなりつつあった頃、一瞬の隙をジルベルトは見逃さず、そして鳴鳥の機体に光剣を突き立てる。
すぐ傍では爆ぜる音やレーザーが機体を貫く音が響いている筈だが、ここは静かでいて、ソフィーリヤの悲痛な叫び声だけが響いていた。
「これ…は…」
コックピット内で目の前の光景を茫然と見つめるジルベルト。彼が手にしている光剣は眼前で硬直する白いARKHEDに突き立てられていていた。
目の前に立ちはだかるのは敵でいて、倒さなくてはならない相手で。そうだと分かっている筈だが、ハンドグリップを握る手の震えは止まらない。
視点も上手く定まらず、激しい動悸を抑えきれずにいた所、震える手にそっと温かい手が優しく触れる。
「それでいいのよ、ジル」
「そんな…馬鹿な…。これは…、こんなのは間違って…―――」
「ううん。これで良いの。これで貴方はずっと永遠に、私のモノ…」
愛する者、セラフィーナは肯定する。けれどもジルベルトは白い機体を操縦する者が、姿が見えず、顔も思い浮かばない者の事が頭から離れなかった。




