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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase final:rheotaxis
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第94話 Dark confessional

 真っ黒い部屋。照明は少なく薄暗い室内。金属質の冷たい床には一人の男が力なく仰向けで倒れていた。彼は無精髭を生やしていて、ダークグレーのボサボサ髪を束ねていて、瞳は虚ろである。

 生きているのか死んでいるのか、生気を感じられない男、ジルベルト。彼がぼんやりと天井を見つめる室内に一瞬だけ光が差し込み、そしていくつかの足音が聞こえてきた。


「コイツ、本当に下僕に成り下がった訳?」「試してみよっか~?」


 ジルベルトを見下ろす二人の少女、デクセスとデクセプ。ニタニタと笑いながら彼女らはジルベルトに蹴りを入れたり、ヒールのかかとでグリッと手の甲を踏みつける。痛みに喘ぐ声を上げて顔を歪めるジルベルトだが、一切抵抗はせずデクセス達の理不尽な暴力を受け入れていた。




          第94話 Dark confessional




「あははっ!可笑しい~。全然抵抗しないなんて」「コイツは確か、枷で不死身の身体を得ているから殴り放題だよ!」


 嬉々としてジルベルトを痛めつけるデクセス達。これまで散々邪魔をされてきて、更には先の戦にて大破するという痛手を受けた為、相当の鬱憤が溜まっていたようだ。無抵抗なのを良い事に怒りをぶつける彼女らの姿はとても醜いものだが、ここに咎める者は居らず、憂さ晴らしはしばらく続いた。

 少女達の笑い声と蹴りつける音が響く室内。そこに一人の女性が、セルべリアが現れ、ため息交じりに声を掛ける。


「…全く、お前達は良い趣味をしている」

「あら?コイツに負けた無様な敗残者さんがどうしたのかしら?」「あ!もしかしてアンタもコイツを痛めつけたいの?」

「フン…。お前達の様な下種に成り下がるつもりは無い。それから、手酷くやられたのはお前達も同じだろう?」

「…チッ!思い出させんじゃないわよ!」「ムカつく!出来損ないのくせにムカつく!!」


 アリーチェからの攻撃はかなりの威力があり、デクセス達は直ぐに立て直せない程のダメージを負った。幸いにして無傷の無人機が数機あった為、敵である久城機の追撃を免れたが、更にもう一機でも敵機が駆け付けていれば全滅も免れなかった。何とか退却は出来たものの、格下だと、出来損ないだと嘲笑っていた相手に致命傷を負わされ、屈辱にまみれたデクセス達であった。

 ようやく治まりかけていた怒りは再び湧きあがり、その矛先は物言わぬ傀儡に向かう。今度は殴る蹴るなどの暴力ではなく、更に残忍な、武器を取り出して振るう。鋭い切っ先は衣服を突き破り、身を引き裂く。飛び散る鮮血。轟く悲鳴。それはデクセス達にとって最高の光景でいて、最高の旋律であった。


「やだ~。返り血で汚れちゃったじゃない」「ああもう!やんなっちゃうよね~」


 ひとしきり残虐な遊びを楽しんだデクセス達は飽きてきたようで、汚れた衣服を替えたいと部屋を後にする。そのやり方を軽く非難したセルべリアだが、力尽くで止める訳でもなく、壁に寄りかかり眺めていた。

 血だまりの中で倒れるジルベルト。肺に穴でも開いているのか、呼吸が通常とは違うようだが、それも程なくして正常になる。同時にあれほど切り付けられた傷も塞がりつつあったが、無様な姿は変わりない。

 ツカツカと足音を立てて近づくセルべリア。彼女は溜息を吐き、実に残念そうな表情で、憐れみの視線を送る。


「ヴァレリー如きの力に屈するとは…。情けないな」


 先の戦いにて刃を交えた時に感じた想い。それは強く、真っ直ぐでいて、セルべリアの戦いに挑む想いを越えていて。力だけでなくその想いにも屈したと思えたのだが、今のジルベルトにはその想いの強さを失ってしまっている。


「(何故だ…?私は今の状況を残念に思う。私を打ち負かした者がこの程度だったからか…?)」


 複雑な想い。けれども相手は敵であって、今は戦力となる手駒である。ざわざわとする気持ちではあるが、今のセルべリアにはどうする事も出来なかった。






 深い深い闇の奥底。何もない筈のそこでジルベルトは体に異変を感じ始めた。自分以外は誰も居ない筈の空間。にも拘らず体のあちらこちらに打ち付けられるような痛みが走る。敵の仕業かと思いもするが、そもそも誰が敵なのか分からない彼は抵抗出来ず殴られ続け、地に伏す。


「(これは、俺に対する罰、なのか…?)」


 この常闇の世界なら何も考えなくても良いのだと思っていたが、身体に走る痛みが意識を覚醒させる。そしてそれは己の犯してきた罪の裁きのようで、苦しくとも受け入れるしかなかった。

 やがて攻撃は止み、これでもう終わりかと思われたが、程なくして身体には突き刺す様な、身を引き裂かれるような痛みが走る。刃物で抉る様に、削ぐ様な痛みは耐え難く、呻き声が漏れる。


「(この程度…。俺が犯した罪に対して軽すぎるくらい…だな)」


 自分自身を罰して痛みを誤魔化そうとするが、永遠に続くような耐え難い痛みに弱音を吐きそうになる。長く続く痛みの果て、その先に見たのはひとりの少女の姿であった。自分以外誰も居ない筈の真っ暗な空間に現れたのは亜麻色の髪の少女で、彼女は己の未熟さで失ってしまった者の姿で…。


「…ここは天国と言う訳か?―――…セラ」


 ジルベルトの前に現れたのはセラフィーナで、彼女は生前と変わらぬ柔らかい笑みを讃えていた。あまりの苦しさで幻が見えたのか、はたまたここは天国なのか、天国にしては殺風景すぎて、どちらかと言うと地獄のように思えて。だとすればこれは幻なのだと、セラフィーナが地獄に居る訳は無く、幻覚であるとはっきり分かるが、優しい微笑みを浮かべるセラフィーナを無下には出来ない。


「良いんだよ、もう無理をしなくて…」

「無理なんかしていないさ…。これは当然の結果であって、理不尽な事でもない」

「そんなことは無いよ。だってほら、貴方はこんなにも傷ついている」


 スッと伸ばされたか細い手は先程から痛む箇所を優しく包むように触れる。すると痛みは和らぎ、そして完全に消え去った。痛みから解放され、驚くところだが、きっとこれも幻なのだと思い振り払おうとする。跳ね除けられたセラフィーナは悲しそうな顔を、そのような表情であってはやはり受け入れるしかない。


「もう何も考えなくていいの。ここに居れば辛い事も無い。痛みもほら、平気でしょう?」

「…だが…。俺には…」


 大事な何かがあった。その為に無謀な行いを、一人で戦った筈だった。けれども今ではその目的が思い出せず、誰かの為であったと分かるが、それが誰なのかが分からない。思い起こそうとすると黒い色で思考が塗りつぶされてしまう。

 必死に考えようとすると苦しく、目の前には優しい微笑みで手を伸ばしてくれる最愛の者が居る。そう…最愛の、者?

 ジルベルトの迷いを打払うよう、セリアはボロボロの身体を抱きしめる。その温かさに包まれてしまえば、意識は遠のき、そして堕ちる。


「私達はずっと一緒だよ…。だから難しいことも考えなくていいの…」

「ああ…、そうか…」

「だから今は、お休みなさい…」

「ああ、お休み、セラ…」


 傷つききった者を優しく抱きしめるその姿は天使のようであって、けれども彼女の微笑は貼り付けたものであって…。今のジルベルトにはその温もりに縋るしかなく、その存在の真の姿に気付くことは無かった。






 星団連合軍所有、最大級戦艦ブリューナク。かの艦のブリーフィングルームには各艦の船長と通信が繋がれ、ARKS(アークス)部隊の隊長達も集い、鳴鳥達ARKHED(アルケード)操縦者達も集まった。

 セリアの機転により、位置を捕捉できた敵の居城、小惑星型要塞アドミニストラード。敵であるエルンストはセリアの身柄を欲しており、先の戦いでも逃した訳だが、逆上した彼がいつまたどのような手で攻め込んでくるかは分からない。敵が動いてからこちらが応じる方が大義名分もあるだろうが、犠牲が出てからでは遅く、こうして敵の位置も捉えた事から、こちらより打って出る事に、全戦力を投じて最終決戦を挑む事となった。

 皆が緊張の面持ちで作戦会議に臨むが、今作戦で指揮を執るのは普段はにこやかな笑顔を絶やさない男で、何を考えているのか捉え辛い者、特務部団長ヘニング・ヘルツウォークであった。指揮官ならばヘニングよりも階級の高い者が居る筈なのだが、彼を指名したのはセリアとミリアムで、彼女らに異議する者は居なかった。

 壇上に立ち、真剣な眼差しで予め配られた隊列表を基に作戦概要を説明するヘニング。隊列はARKHED(アルケード)を中心とし、配されていた。そして相対するように陣を張るのは敵陣で、過去のデータとヘニングの予想が記されている。


「敵陣営は恐らく操られているジルベルト・ジャンディーニを積極的に使い、彼を操るヴァレリー機は後方に配されていると予測されます」


 ジルベルトは敵陣に居る。知っていた筈だが、そう言われた途端、鳴鳥の表情は曇る。彼と戦う事も覚悟していた筈だが、いざ向かい合えばやはり躊躇いが生まれてしまうだろう。そう不安を過らせていると、隣にいた久城が視線だけを向け、案ずることは無いのだと言ってくれているようであった。そう、ジルベルトと戦うのは一人きりでない。久城も居て、フラヴィオやラウナ、ソフィーリヤにクヴァルも居る。総力戦ならば皆が力を合わせられて、先の戦のような事にはならないだろう。


「ジルベルト・ジャンディーニに関しては不死の力を持っている為、こちら側は本気で向かっても構わないです。彼の攻撃を防ぐのは防御力に優れたソフィーリヤ君、そして後方からはクヴァル君に援護して貰い、クランド君に近接戦を仕掛けて貰いたい」


 フラヴィオはその速さを生かしてかく乱役と近接戦を試みるセルべリアの相手を、そしてミリアムもこの戦に参戦し、そして後方ではなく先陣を切り、ラウナと共にデクセスとデクセプの相手をするそうだ。

 自分の名が呼ばれなかった鳴鳥はやはり戦力外なのだと落ち込みかけるが、納得しない訳でもなかった。一人沈んでいた彼女だが、隣に居る久城は手元の資料に指を指し、微笑む。それは彼の配される場所で、隣には鳴鳥の名も記されていた。

 鳴鳥も久城と共にジルベルトと相対するようだ。よく見なくとも分かる筈なのだが、まさか自分もそこに配されているとは思わなかったのだろう。ふとヘニングの方を向くと彼は僅かだが目を細めて口端を緩めた。どうやら彼が配慮してくれての事らしい。ヘニングもまた鳴鳥の事を信じているようで、その責任は重大で重くもあるが、今の鳴鳥は逃げ出したいとも思えず、寧ろ期待に応えねばと闘志を燃やす所であった。

 敵機であるARKHED(アルケード)の情報、得意とする攻撃手段や機体の特性などが説明された後、最初とは違う陣形も説明がなされる。陣形は何パターンか用意され、敵の出方に対応する形となるようだ。先の戦でも数で押してきた黒い無人機のARKHED(アルケード)。それについてはARKS(アークス)部隊が対応するそうだ。ARKHED(アルケード)相手にARKS(アークス)が敵うのか。部隊長達からはどよめきが上がり、不安が拭えないようだが、特務部第13部隊の交戦記録が映し出され、ARKS(アークス)三機でどうにか立ち回れていたようだ。


「特務部第13部隊の報告では、敵機は無人機故にこちらの動きを学習しつつ立ち回るようです。つまりは同じ攻撃パターンは使えない…。厄介なようではありますが、完璧なAIを搭載している訳でない。各戦艦もバックアップを行いますのでこちらも数で押します」


 敵ARKHED(アルケード)に対してARKS(アークス)は最低三機で対応に当たる様、指示が出される。相手の無人機は数が知れないが、小惑星型の要塞に収まるならこちら側、全宇宙の総力を結すれば後れをとることは無いだろう。

 無論、不測の事態。敵がまだ見せた事の無い戦力を有している可能性も、過去に使用した事の無い武器や立ち回りをするかもしれない。更には敵将であるエルンストが前線に出てくる可能性も無いわけではない。けれど現状で立てうる対策は全て立て、後は皆の心構えの問題であった。

 各艦、ARKS(アークス)隊は先の襲撃を受けて結集されており、九割方が揃っていて明日には完全に揃うだろう。セリアの位置捕捉術式も見破られるのは時間の問題で、出撃は明後日の明け方となった。


「ナトリ君、クランド君」

「ヘニング団長…―――ではなくて、総指揮官…っ!」

「ああ、肩書なんてどうでも良いよ。寧ろいつも通りにしていてくれた方が肩の荷が下りるってものだね」


 作戦会議終了後、ブリューナクにて待機となる鳴鳥と久城。二人は各々に宛がわれた個室へと向かおうとしていたが、ヘニングに呼び止められた。先程の、皆を前にしての真面目な表情とは違い、いつも通りの笑みを浮かべていたヘニングに鳴鳥はつい普段と変わらぬよう返事をしてしまい礼を欠いたと慌てるが、彼はそのままで構わないと、寧ろその方が良いとさえ言う。

 総指揮官というのはかなりの重圧なのだろう。けれどもヘニングは何よりも鳴鳥と久城の身を案じていて、重い役割を与える事を心苦しく思っているようだ。


「君達には苦しい戦いを強いてしまってすまないと思っている。だがどうか、その手で彼を、ジルベルト君を救って欲しい」

「僕の事なら大丈夫です。寧ろ正面切ってジルベルトさんを殴れるなら大歓迎ですから」

「く、久城センパイ…!?」

「そう言ってくれると頼もしいね。気の済むまで殴っても構わないよ。上官である私が許可しよう」

「ヘニング団長まで…っ」


 オロオロとする鳴鳥を前にしてクスクスと笑いだす久城とヘニング。二人は冗談を言っているのだと気付いた鳴鳥はホッと息を漏らして胸を撫で下ろし、こんな時にと呆れる。しかしヘニングはこんな時だからこそ冗談を言える余裕が必要なのだと言った。


「―――ともかく、この期に及んで遠慮はいらない。彼に君達の想いを存分にぶつけてくるといい」

「「はい…っ!」」

「それから、必ず皆、揃って私の元へと戻ってくること」

「「了解です…っ!」」


 「宜しい」と。良い返事が聞けたヘニングは満足げな表情で職務に戻る。上官である彼に激励の言葉を貰った鳴鳥と久城は気持ちを新たに決戦の日を待つ。






 作戦会議が終わり、各々は各艦にて待機となる。防戦ではなく、こちらから攻め入る戦。普段はミリアム議長など位の高い者を守る役目を与えられるソフィーリヤ。けれども今回の戦では積極的に前へ、その上敵であるジルベルトの相手をしなくてはならない。

 かつて恋人同士であったソフィーリヤとジルベルト。既に想いは吹っ切れていると言いたいが、彼と相対するのは話が違う。自室として宛がわれたブリューナクの個室に戻った彼女は倒れ込むようにベッドに寝そべり、大きな溜息を吐いた。


「(どうしちゃったのかしら…。ジル…。…こんなの、貴方らしく…―――ううん、あの頃と変わりないのかしら)」


 軍学校時代、ジルベルトは同期の者達によって陥れられ、幻覚作用のある胞子により、自我を失ってソフィーリヤとクヴァルに襲い掛かった。あの時はARKHED(アルケード)に搭乗していない生身でいて、こちらはクヴァルのARKHED(アルケード)と契約したてだったソフィーリヤの機体もあり、そして解毒薬も手元に在ったので意識を取り戻すことが出来た。今回は敵である者の手によってで、状況は違うのだと、そう思いもするが、ジルベルトが簡単に屈するなど信じられなかった。


「(私の役目は彼の攻撃を引き付ける事。ナトリさんの役目に比べればどうという事も無い…筈。だけど…―――)」


 ジルベルトへ攻撃を仕掛けるのは鳴鳥と久城で、鳴鳥はついこの間までジルベルトと深い仲であった。彼が彼女の元を去ったと聞き及んでいて、何か訳あっての事だと思っていたが、襲撃を受けたと報告があり、不安を過らせていたがまさかこうなるとは予想も出来なかった。

 相対する事が苦しいのは自分よりも鳴鳥が、彼女の方がよっぽど辛いだろう。そう思いもするがこればかりはどうする事も出来ない。自分に出来る事は彼の攻撃を受けとめ、他の者を傷付けさせない事である。


「―――…?…どうしたの、クヴァル?」


 横になってただその時を待つソフィーリヤの部屋に訪れる者が一人。それは常に彼女の傍に在り続けているクヴァルであった。

 ベッドから足を下し、身なりを整えてからクヴァルを招き入れたソフィーリヤ。一先ず茶を用意しようとするがそれはクヴァルに代わられてしまい、淹れたての茶を前に二人はソファーに並んで腰を下ろす。紅茶を一口飲んで、それから何か用があったのかと尋ねるソフィーリヤに対しクヴァルは無理に強がる必要は無いのだと言う。


「いきなりどうしたの?私ならほら、何ともないわよ。それより心配なのはナトリさんで…―――」

「全く君は…。いつもそうだ。不安や不満を溜めこんで、一人で抱えて…」

「そんな事ないわよ。時々こうしてクヴァルが話を聞いてくれるじゃない」

「それは私が問いかけた時だけだ。とにかく…、無理はする事ない。今からでも遅くは無いのだから私と配置換えを…―――」


 クヴァルが案じてくれているのは嬉しくない訳ではない。だがここで退く方が後悔するとソフィーリヤは言い、心配は要らないのだと振る舞う。


「寧ろジルに会ったなら一発殴ってやりたい気分だわ。皆に心配を掛けさせて、ナトリさんを悲しませて…。いい大人なのに困った人よね」

「そうか…。確かにそうだ。奴のせいで君がどれだけ頭を悩ませているのか…。考えただけで腹立たしくある」

「わ、私はそこまででもないんだけど…」

「いや。君の表情を僅かでも曇らせるならば有罪だ」

「ま、また…。ジルの事を目の敵にして…」


 クヴァルはいつ如何なる時も変わらない。相も変わらずジルベルトには厳しく、そしてソフィーリヤには甘い。ジルベルトに対して辛辣な態度を取るのは出会ったころから変わらず、今も尚、それどころかこうなってしまったのも全て彼が悪いのだとクヴァルは断言した。


「私はジルを責められはしない。あの時だってそうだし、きっと今でも彼は傷ついていて…苦しんでいる筈」

「君の方こそ、相も変わらず奴に対して甘すぎる」

「そうかしら…?自分ではよく分からないのだけれど…」


 未練があるのかと言われれば全然無いとは言い切れない。けれども甘すぎるとまでは行かないだろうと自覚がある。ソフィーリヤには自分の事よりも、何故ここまでクヴァルがジルベルトに対して厳しいのか、そっちの方が気に掛かり、それとなく尋ねてみる。すると彼は眉間に深い皺を刻み、ジルベルトの悪い所を並べ立て、そして全部彼が悪いと言い切る。クヴァルの言う事、任務に対して斜めに構えたりだとか、デリカシーの無い態度を取るなどはジルベルトの悪い所で納得はできる。けれどもやはりどこか、私怨のようなものが見え隠れして、その点が気になる。


「第一君を長年苦しめている時点で彼は許されるべきではない」

「もしかして…。クヴァルがいつもジルに対して辛く当たるのは私の事を想っての事?…―――って、そんなのは自意識過剰、よね。今のは無かった事に…―――って、クヴァル?どうしたの…!?顔が真っ赤だけれど…っ」


 片手で頭を抱えているクヴァル。彼の頬は紅潮していて、そして視線は逸らされてしまっている。ジルベルトに対する態度は嫉妬心ではないかと冗談交じりに言うが、どうやら図星であったらしく、クヴァルは二の句を継げなくなり、押し黙る。この様なあからさまな態度を取られてしまえばソフィーリヤの方も意識をしてしまい、頬は赤く、口をパクパクと、酸欠の魚のように開閉させて慌てる。

 器用なようで不器用な二人。シンと静まり返り、互いにどう出るのか窺い、目が合うとサッと逸らしてまた俯く。そのようなやり取りを何巡かして、痺れを切らしたクヴァルが言葉を発する。けれども彼は恥ずかしそうに誤魔化す訳でもなく、素直に想いを認めはするが、一歩身を引いていた。


「私は…強い想いに惹かれて君の傍に居た。それは観測装置オブザーベイションシステム故にで、使命の為であった」


 観測対象を探す為に軍学校へと籍を置いたと言うクヴァル。彼はそこでソフィーリヤと出会い、契約の機を窺っていたのだが、いざその時になって迷いは生じたと言い、そしてその後も悔やみ続けたと言う。

 契約をしたことにより不幸にさせてしまったと後悔する反面、彼女の傍に居る者を疎ましく思い、傷つけた時には怒りの感情が抑えられなかった。それは観測装置オブザーベイションシステムとして惹かれたのではなく、一人の女性として惹かれているのだと、だから他の者が、特に彼女の気持ちが向いていたジルベルトに対して腹立たしくあったのだと自覚するが、この想いは遂げられないと覚悟をしていた。


「…私は君を騙していた。君は犯した罪を赦してくれると言ったが、そんな君を愛する資格までは有していない」

「資格だなんて…。愛するのに資格なんて必要ないと私は思うわ。―――…って、愛する…?わ、私を…っ?!」


 なんとなく、そうではないかと思っていたが、こうして面と向かって言われるとどう答えて良いのやら返答に困る。過去の過ちから負い目に感じることは無いとは言ったが、その想いに応えるか否かは別でいて…。決して彼の事を嫌いな訳ではない。寧ろ度々任務を共にして、学生時代からの付き合いでいて、パートナーとして信頼しているが、今思えば彼には頼りきりでいて、辛くて折れそうになった時に何度も支えて貰っていて…。それは友情をとうに超えていた。


「その…、今まで気が付かなくてごめんなさい…」

「いや、気付かなくても良かった。今言った事は忘れてくれ…」

「そんな…っ。簡単に忘れられる事じゃないし、それに…もう気持ちが変わってしまったのならそれでいいけど、今も、なのかしら?」


 なるべく平静を装うとした表情でクヴァルは頷く。今でも彼はソフィーリヤを愛していると、けれどもその想いは報われるべきではないと、彼は身を引いたままであった。

 今後も彼はソフィーリヤの傍に居て、彼女の為に尽くすだろう。手が届かない想い人の傍に居続ける。それはとても辛い事であり、クヴァルは既にその状態で何年も居続け、そしてこれからも続く。自分の事は気に掛けなくとも良いと言うが、ソフィーリヤは彼をこのままには出来なかった。


「あのね、さっきも言った通り、過去の事はもういいの。それでね、私、貴方をその…、異性として見ていなかったから…」

「それは分かっていた。だからこれから先も君はそのままで」

「忘れられないわよ。こんな大事な事。だから…―――」


 少し時間が欲しいと。これからは友でもなく、任務外では上官と部下という関係でもなく、一人の男性として接していくと。この戦が終わってから答えを出したいと。ソフィーリヤは告げた。

 想いが遂げられなくとも良いと言っていたクヴァルでも、今以上の関係になれるかもしれないという希望は捨てられなかったのだろう。ソフィーリヤの出した答えに感謝の言葉を述べ、そして謝罪した。


「大きな戦を前にして心を乱すような事を言ってすまなかった」

「ううん。大丈夫よ。でも、帰還後に返答って…、なんだか死亡フラグみたい…」

「そ、それもそうだな…」


 困ったように笑うソフィーリヤ。決してそれはクヴァルを責めている訳でなく、笑い事として、冗談だと言う。逆にクヴァルは真面目すぎる嫌いがあり、ソフィーリヤの言葉を真に受けて本気で心配をしているようだ。


「私としたことが…っ。とんでもない過ちを犯してしまった…っ!」

「そ、そこまで思いつめる必要は無いのよ?死亡フラグ云々はただの冗談だから…っ」

「いや、だが、こういった迷信というものは侮れない。確かに大事な約束を交わせば戦場で気持ちが逸り、判断ミスが多くなる。また、視野が狭くなると攻撃をまともにくらい、その分生還確率も低くなる」

「で、でも、大事な約束をすれば窮地に立たされた時、思いがけない力を発揮できるかもしれないわ」


 想いの力で強くなれるARKHED(アルケード)。ソフィーリヤ達の機体ならばその想いに応え、きっと無事に生還できるだろうと。それはただの想像ではなく、機体の性能を含めた現実的なものであった。


「…そうだな。君の言う通りかもしれない。想いの力は時として想定外の力を発揮する」

「…そう。だから、私の答えを聞き届けるまでは生きて欲しい。私も、答えを出して伝えるまでは必ず生き残るから」


 決戦を前にして交わした約束。それは不幸な結末を呼び寄せるのではなく、必ず無事に帰還する為の力と成った。




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