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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase final:rheotaxis
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第93話 Fairy of lost white snow

 愛する者を失ったエルンスト。もう生きる意味を見いだせない程に憔悴しきる所だったが、彼はセリアが遺した手紙を見つけ、もう一度立ち上がる決意をした。

 彼女の最期の願いを叶える為に強大な敵、賢者達の組織、サジューロと相対するエルンスト。人の命を弄び、異世界を蹂躙しようという野望の為に用いるサジューロの暴挙は赦される筈もない。大切な者を奪いもした者達への復讐心もエルンストの力と成った。




         第93話 Fairy of lost white snow




 革命軍の研究所占拠から数日後。彼らにより全宇宙に向けてサジューロの暴挙が明かされた。にわかには信じ難い事実。結晶化という奇病の為に研究を重ね、惜しみながらも肉体を捨て、外道な術にまで手を染めて…。それらは全て賢者達の一部の者達が仕組んだことだと知らしめるが、皆が皆、反旗を翻す訳ではなかった。サジューロは強大であって唯一無二の存在、神にも等しい力を持っていて、その力を恐れてか反抗できずに居る者が大多数であった。けれどもサジューロも一枚岩とは言えず、良識を持った者が、以前よりソルダントに渡る研究を批判してきた者達が革命軍へと合流を果たし、それを機に全宇宙で蜂起する者達が現れた。

 最前線に立ち、持てる限りの魔力を行使し戦うエルンスト。その姿は敵に恐れられる程で、獣のように獰猛でいて。そして生き急いでいるようでアイザックや革命軍に合流したティエッタは危惧していた。

 全宇宙で繰り広げられる戦い。それは数年に渡り、ついには賢者達を追い詰めるに至った。サジューロの居城を包囲するまでには多くの同士の命が失われたが、それは相手も同じ。ここに辿り着くまでに賢者達は自ら仕掛けて来る者も居て、多大な犠牲を払って打倒した。

 今の人々は多くの者がホムンクルスの身体であって、生殖機能は持たない。人は減る一方であるが、残された命の種は存在する。それらをサジューロの手より奪い返すのも革命軍の目的であった。


「おい、エルンスト。俺達の目的を忘れちゃいないだろうな」

「ああ、問題ない」


 そうは言うものの、復讐心に囚われているエルンストには目の前に立つ者が敵か味方かを区別するだけである。最初こそ電撃などを用い無力化させるだけに止まっていたが、ソルダントへの侵略を企てたサジューロの一人と対峙した時、相手が本気で殺しにかかってきたのに対して身を守るとはいえ止めを刺すような形となり、初めて人を殺めてからタガが外れてしまい、人を屠るのに抵抗が無くなってしまった。

 血を血で争う激しい戦闘。賢者の振るう魔術はとてつもない威力であったが、今のエルンストには敵う筈もなく、更には久しく前線に立っていない者なども居て、ついに革命軍は勝利を掴んだ。

 結晶化を蔓延させ、ソルダント侵攻を企てた首謀者を追い詰めたエルンスト。衣服はボロボロで、魔力も底を尽きかけていて、彼と共に戦ったアイザックやティエッタも満身創痍でいて…。それでももう立てぬ状態の相手に止めを刺すには魔術など用いなくとも、手にした剣一振りで充分であった。

 これでもう思い残すことは無い。復讐は果たされ、後は止めを刺すだけだと、賢者達を屠った後に自身の命もこの剣で終わらせようとエルンストは心に決める。

剣を突きつけて最後に言い残すことは無いかと慈悲を与えるエルンスト。最期に懺悔の言葉を聞くことが出来たなら、本当の意味で復讐は終わりだと思うが、悪あがきか、賢者の一人がエルンストに提案をした。


「…そんな…馬鹿な…っ」


 エルンストが戦ってきたのはひとえに愛する者の為、セリアの為にである。彼女を失った事が何よりも彼の力と成り得たのだが、賢者の一人はそれを否定した。死の淵に立ち気が動転したのか、夜迷い事を聞きたくは無い、往生際が悪いと腹立たしくあるが、突きつけた刃先が震え、動揺は隠せない。


「今更テメェらの言葉を信じる訳がねぇだろう…!そうだよな、エルンスト」

「…アイザック」

「…そうです。甘言でたぶらかして、また私達を駒のように扱うつもりなのですよ!」

「…ティエッタ」


 二人はそう言うが、やはり僅かな希望でもあるとそれに縋りたくある。もう一度あの美しい姿を見られるならば、優しい声や心を穏やかにさせる歌声が聴けるならば、やはりエルンストはどんな手段も厭わないだろう。

 手にしていた剣は鞘に収められ、エルンストは電撃を放って賢者達の意識を奪う。この期に及んで何を躊躇うのだとアイザックやティエッタに責められもしたが、賢者達の知識は利用価値があると言い、そしてここで自分達が処分を下すよりも大衆の前で断罪する方が皆の溜飲も下がるだろうと言いくるめた。

 その後、捕えた賢者達は全ての罪を明かし、全世界の人々の総意で死刑が確定した。彼らが死刑台に送られる前に、エルンストは接触を図り賢者の一人と話をする。


「あの時の言葉はその場限りの、苦し紛れでの言葉だったのか…?」

「いや、違う。理論的には可能な筈だ。ただ、それには君の力も必要なのだ」


 ソルダントへと渡る手段。次元を操る力の巨大な結晶を核とした人工小惑星、アドミニストラードは既に完成していた。寸での所で革命軍の反乱が起き、ソルダントに渡るまでは行かなかったのだが、すでに結晶と化した者達の命は救い出せない。アドミニストラードは結晶共々永久封印するか破壊されるか審議中であった。

 賢者達はアドミニストラードを用い、ソルダントに渡るよう、そこでエルンストにはセリアを取り戻すための研究を行うよう、再度提案をした。

 既に生きる意味が何も残されていないエルンスト。大切な者を失いその者が遺した願いも叶え、復讐を果たした。これからどうすればよいのか、セリアの後を追おうとも考えていた彼だが、賢者の言葉が耳から離れず、諦められず、そして悪魔の囁きに耳を傾けてしまった。

 首謀者である賢者達は大衆の面前で火炙りに、火刑に処された。けれどもその焼き尽くされた身体は抜け殻であって、魂は別の場所に、エルンストの手に在った。

 これは苦楽を共にした仲間達、アイザックやティエッタを裏切る行為であり、敵であった賢者達の思う壺であるだろう。けれどもエルンストは何を犠牲にしてでも叶えたい願いがあった。


「エルンスト…っ、お前…何を…!」

「考え直すならまだ遅くはありません!」

「アイザック…、ティエッタ…。済まない…。だが今の私にはもうこれしか残されていないんだ…!!」


 間違った道に進もうとする友を止めようと立ちはだかるアイザックとティエッタ。戦う姿勢、魔術を直ぐにでも放てるよう構えていた二人だが、まだ考え直してくれると信じていて強硬手段には及ばない。二人の切なる願いは今のエルンストには届かない。失った大切な者を蘇らせる事に意識を囚われている彼には友の言葉が聞こえていなかった。

 結果、エルンストは単身でアドミニストラードを奪い、賢者の魂と共にソルダントへと渡る。そこでARKHED(アルケード)観測装置オブザーベイションシステムを用い、魂の復元を研究し、魂だけの存在となった数名の賢者達はアドミニストラードのメインコンソールと一体化し、ソルダントを攻略する為の情報を収集していた。






 ただ一人の愛する者の為に研究を続けて数十年。失ったその者を蘇らそうと研究し続けていたエルンストだが、彼女は生きながらえていた。ようやく、今度こそ二人の想いが叶えられ、誰にも邪魔などされなくなるのだと思いもしたが、愛する者には拒まれてしまった。きっとこれは何かの間違いだと信じようとしなかったエルンスト。彼はどうにか混濁した意識でいるセリアを救い出そうとするも、拒まれ、否定されてしまった。

 自分が間違っていたのか、セリアが本当は自分を愛してくれなどいなかったのか、不安すらも過るが、落ち着いて話せば食い違いは無くなるだろう。再び自身の手から逃れたセリアを、愛する者を諦められる筈もなく、力尽くでも取り戻すと誓い、手駒を揃えた。

 千体もの黒いARKHED(アルケード)。試験運用がてらこちらの位置を捕捉しようと飛び回る羽虫を退治しようと遣わしたが、思わぬ結果を出し、帰還してきた。


「…ようやく、君とこうして会うことが出来た…」


 雪のような白い肌に白い髪。幼さが残る愛らしい顔。その姿は生前のデータを基に作り出したのだから何一つ変わりなくて当然であった。ただの器で、失敗作であると思い、一度は処分したが、今の器には本物の、作り物でないセリアの魂が宿っている…―――筈であった。


「セリア…?」


 抵抗しないようにと鎮静剤を打たれていたセリア。そろそろ目覚めてもおかしくは無いが、そっと頬を叩いても、身体を軽く揺すっても、目を覚ましはしない。

 嫌な予感を覚えた。動悸が激しくなる中、セリアを機器が接続してある寝台に横たえさせ、検査を行う。すると信じ難い事実が…。彼女の身体に魂は無く、魔力の残滓、傀儡系の術式のみが残されていた。


「どうして…っ!どうして君は…っ!!」


 コンソールを叩きつけるエルンスト。またしてもセリアは彼の元へと来ることを拒んだ。その事実に打ちのめされたエルンストは足元から崩れ、冷たい床へと手を付いた。






 見慣れぬ室内で目覚めた少女、鳴鳥。泣きはらした目は腫れていて、痛くもあって、それでも己が身よりも敵の手に堕ちたジルベルトと、自分の不手際で捕えられたセリアの事を思えば気になどならなかった。


「目覚めたようね」

「…ラウナ、さん?」


 鳴鳥が気怠い身体を起こすと、ベッドの傍らの椅子でちょこんと座っていたラウナがホッと溜息をもらす。彼女とフラヴィオには敵に囲まれて窮地を迎えた場を助け出して貰った。今こうしていられるのも二人のお蔭で、彼女らが撤退を促さなければ今頃どうなっていたか分からない。一先ず頭を下げて礼を口にする鳴鳥だが、ラウナは気になどしなくて良いと言う。


「あの…、ここは何処ですか?それから今はどのような状況に…」

「ここは星団連合軍の戦艦、ブリューナクの医務室よ。それから状況についてだけれど…―――」


 敵前から撤退後に意識を失った鳴鳥。その後ラウナとフラヴィオは鳴鳥の機体を牽引しながら星団連合軍が展開していた陣へと戻る。

 ジルベルトと共に行動していた特務部第13部隊の面々は負傷した者が大勢いたが、何とか一命は取り留め、彼らもブリューナクに回収された。最大級の戦艦にクヴァルとソフィーリヤのARKHED(アルケード)もあってか、はたまた敵であるエルンストの目的であるセリアを手中に収めたからか、敵はフラヴィオ達に追撃を仕掛ける事も無く、撤退していったそうだ。

 多くの犠牲を払わずに済んだことにホッと胸を撫で下ろす鳴鳥だが、続けてラウナが語った状況に愕然とする。


「アリーチェさんが…!?」

「ええ。彼女は隣の病室に居て…、まだ目覚めてはいないわ」

「そんな…っ」


 無人機である黒いARKHED(アルケード)数機は鳴鳥の手によって全て片付けられた。残るはデクセスとデクセプで、久城とアリーチェが後れを取ったとも思えない。倒すまでにはいかなくとも、二人が倒される筈は無いと、鳴鳥は信じ難いようであったが、ラウナの表情はとても嘘を吐いているようなものではなかった。

 鳴鳥が無人機を倒して久城達に任せた後、再び無人機が数機現れ、再び劣勢に陥ったらしい。それだけならまだ、どうにか機を見て脱すればよかったのだが、アリーチェは敵を巻き込んで自爆するような攻撃を仕掛け、彼女の機体はコックピット部分を残して大破したそうだ。

 アリーチェの決死の思いでの攻撃で敵の無人機は全滅に、デクセスとデクセプもかなりのダメージを負ったらしく、無傷な久城を相手にするには分が悪かったのだろう。口汚くアリーチェを罵った後に脱兎の如く離脱したそうだ。

 その後久城は大破したアリーチェの機体を抱えてブリューナクへ。精神力を消耗し過ぎ、更には機体損傷によるフィードバックでアリーチェは未だ昏睡状態である。


「どうして…、そんな無茶な事を…」

「それはきっと、彼の為じゃないかしら」

「彼…?」

「あの子の正体は聞いているのでしょう?」

「…もしかして、ジルベルトさんの枷を外す為に…っ」

「恐らく、そうだと私は思っている」


 罪を償うとはいえ、己が身を犠牲にしたアリーチェ。未だに目覚めない程に深いダメージを負ってジルベルトの枷を外そうと試みるも、当人は敵に操られ、枷を破る意志の強さを示すことが出来なかった。

 身を挺して解放しようとしたアリーチェ。一方で操られているジルベルトに対し何も出来ず、その上セリアの身柄まで引き渡してしまった鳴鳥。やはり自分は中途半端な覚悟でいて、実力も無くて、こうなってしまったのは全て自分のせいであるのかもと思い始めもした。

 俯いて暗い顔をしていた鳴鳥。気負いし過ぎることは無いのだとラウナが声を掛けようとするが、その瞬間、病室に来客が訪れた。


「おお…っ、ナトリちゃん…!!」

「フラヴィオさん…」

「どこも痛くはないか?無理はしなくて良いんだぞ?」

「はい…。身体は何ともないです」

「そうか…。無事で良かったぜ」


 そろそろ目覚める頃合いだろうと踏んだフラヴィオは鳴鳥の為に甘い菓子を買いに外へと出ていたらしい。お見舞いの品を渡された鳴鳥は恐縮しながら受け取り、それならばとお茶を用意しようとするが、病人はじっとしているようラウナに言われた。


「病人ではないのですが…」

「いいからいいから。さ、コレ食べてみなって。なんか知らねぇが人気の店らしいぞ」

「こ、これは…。予約が一年先まで埋まっている超人気店の幻のプリン…!どうやってこれを…?」

「ん?何かよく分かんねぇが、店の前を通りがかったら受け取って下さいって女の子から貰ったんだ。ああ、勿論代金はその子に払っておいたぜ」

「は、はぁ…。でも良いんですか、貴重な品なのに…」

「良いのよ。彼が貢物を受け取るのは日常茶飯事だから」

「そうそう。せっかくだし食べなきゃ勿体ねぇだろ」


 今は星団連合軍に協力しているフラヴィオだが、彼はARKS(アークス)レースの人気レーサーであり、その人気は全宇宙に広まっている。特に整った顔をしている彼は女性に人気があり、追っかけは勿論、こうして突然贈り物を渡されたりするようだ。

 とろっと舌の上でとろけるプリン。一度は食べてみたいと思っていた逸品も、今の状況では素直に味わえない。それでもせっかくフラヴィオが用意してくれたのだからと笑顔で美味しいと言う鳴鳥。そんな彼女の気持ちに気づいてか、フラヴィオとラウナは嫌な事は今考えないようにと、ひと時でも忘れて欲しいらしく、取り留めもない話を始める。


「それにしても、ファンの子達に貴女の存在が知れたらどうなるのかしら」

「私が…ですか?」


 フラヴィオは女好きであって女性となると見境が無い。女性に対して誰にでも優しく、そして手を出すのが早い彼だが、長く付き合う事も無く早々に別れてしまう。それが今では鳴鳥一筋のようで、最近では激しい女遊びは控えているようだ。そのような事情を知った彼のファンはどうなるのか。女の嫉妬というものは恐ろしく、身震いする鳴鳥であったが、フラヴィオは断じて危険な目には遭わせないと宣言する。


「俺様がそんな事許す筈ねぇだろ?」

「そ、そうですよね…。あ、でも、フラヴィオさんの傍にはいつもラウナさんが居ますよね。ラウナさんは、その、平気なのですか?」

「私はマネージャーという立場だし、こんなナリだから。それに、何度か嫌がらせをしてきた小娘達にはお仕お…―――丁寧に説明をしてあげたわ」

「(今、お仕置きって言おうとした…!?)」


 鳴鳥より小さな身体でいるラウナ。彼女が観測装置オブザーベイションシステムという事もあるが、やはり誰かの隣に立つというのはそれなりの覚悟と力が必要で…。今の鳴鳥には足りていないのだと思い知らされもした。

 それから少しして、鳴鳥の元には医師が訪れ、フラヴィオとラウナは用意された個室へと戻って行った。二人が去った後は検査へ。何処にも異常は無かったが、やはりまだ前を向いて堂々とはしていられない。検査を終えた次の日にコンラードが迎えに来て、一先ずはブリューナクと並走しているアルヴァルディに戻る事となったが、彼から聞かされた話に鳴鳥の足が止まる。


「皆さん、無事だったんですね」

「はいっス。自分達は襲撃に遭わなかったから大丈夫なんっスけど…」


 厳戒態勢である今、アルヴァルディの皆は各自持ち場についている。操舵師であるスティング、電子線担当であるアラン、砲撃手であるマリアン。そしてコンラードはARKS(アークス)にて出撃する為に待機だったのだが、上の指示でこうして迎えに来た訳である。

 アルヴァルディの皆が揃っているようで、そこには足りない人が居る。ARKHED(アルケード)の操縦者であるからして、別任を与えられているのかと思いきや、コンラードの話ではまだこの船に、ブリューナクに居るらしい。


「クランドはアリーチェさんの元っス」

「久城センパイが…?」


 未だ目覚めていないアリーチェ。彼女の元を訪れたいと思っていた鳴鳥だが、彼女達にあの場を任せて自分だけが先に行った結果、彼女を傷付けてしまったという負い目があった為、足が向かなかった。

 申し訳ない気持ちでいて、それでも心配で、つい歩みを止めてしまった鳴鳥。鈍感なコンラードでも話の流れで鳴鳥の気持ちが分かったらしく、彼女の背を押すように提案をした。


「自分も気になるから、二人の元に行ってみるっスか?」

「で、でも…」

「その様子ならまだクランドにも会っていないようっスね。ナトリさんの事も心配していたようっスから、顔を見せても良いんじゃないっスか」

「そう…ですかね…」

「そうっス!」


 善は急げと、アリーチェの病室へと向かうコンラード。迎えに来た彼を残して鳴鳥だけが先に戻れない。どんな言葉を掛けていいのか、どのような顔で出向けばよいのか分からないが、二人の様子が気になる鳴鳥は意を決して病室へと向かった。






 生命維持装置に繋がれ、未だ目を覚まさないアリーチェ。彼女の顔は安らかでいて、ずっと抱えていた罪を贖えたと、やり切った表情に見えた。

 ジルベルトをARKHED(アルケード)の契約と枷によって苦しめ続けた観測装置オブザーベイションシステムであるアリーチェ。自身の身を窮地に追い立たせる事により、枷を解こうとするも、その犠牲は無駄になったと言える。

 アリーチェが横たわるベッドの傍。久城は思いつめた表情で椅子に座っていた。彼もまた、彼女と同様に取り返しのつかない罪を犯していて、贖う為にここに居る。自分の身勝手な行いのせいで苦しめてしまった鳴鳥の為にと誓っているが、アリーチェのように身を挺してまでの覚悟は無かったと思い知らされる。

 自分が傍に居ながら目の前で命を散らそうとしたアリーチェ、もっと力があれば、早くデクセス達を退けていればアリーチェが傷つく事も無く、更には鳴鳥の元へと駆けつけ、最悪の展開は免れたかもしれない。己の無力さを痛感するが、もう一つ、苛立ちもした。


「(こんな時に、貴方は何をやっているんだ…っ、ジルベルトさん…!)」


 枷を解こうとしたアリーチェの犠牲は無駄となった。ジルベルトは敵に精神支配されたようだが、簡単に屈してしまった事は解せない。自分よりも遥かに強くて、それは身体的にもそうだが、精神的にも強いと感じていて、この人になら鳴鳥の事を任せても構わないとさえ思っていた。だが実際はそうではなかった。敵が強すぎたとは信じられず、弱さにつけ入られたのではないかと疑いもする。

 アリーチェの目覚めを待つ時間。考えは良くない方へと進んでいると気が付きハッとする。暗い思いに囚われてはならないと、このままではいけないと久城は椅子から立ち上がって外へと出て気分を変えようかと思い立った瞬間、病室に来客が訪れた。


「鳴鳥…?…と、コンラードさん」

「久城センパイ…。あの、アリーチェさんは…」


 任せて欲しいと言った手前、この様な体たらくで顔を合わせ辛く感じていた久城。どうやらそれは鳴鳥も同じ気持だったらしく、アリーチェの様子を確認した後、頭を下げられた。

 鳴鳥が気に病む事は無い、責任を感じる必要は無いのだという久城だが、人一倍責任感の強い彼女は自分を許せそうにもないようだ。自分の方こそ謝らなくてはと、不甲斐なさを詫びる久城だが、鳴鳥は恐縮そうに謝らなくとも良いと言う。


「んー…。俺が言うのも何なんっスけど、責任の所在を探している場合じゃないと思うっス」


 互いに謝り、自分を責める鳴鳥と久城。このままでは埒が明かないとコンラードは声を上げ、それもそうだと、まだ腑に落ちない部分もあるが、一先ずはコンラードの言葉に同意した。と、言っても今の鳴鳥達には敵の目的であるセリアを失い、後はただ、敵の背後にいる賢者達の侵攻を待つばかりである。無論、いくら強大な力を持っているからといって、むざむざとやられる訳にはいかない。今現在星団連合はかつてない戦の前に軍備を整えているのであった。


「私に出来る事は…。無いのかも知れません…」

「鳴鳥…」

「そ、そんな事ないっスよ!無人機と言えど、ARKHED(アルケード)を五機も撃破したらしいじゃないっスか!」

「でも、大事な人を守れなかった。それだけでなく、セリアさんを…」

「君はそれでいいのかい?」

「…久城…センパイ…」


 自分を追い詰め続ける鳴鳥に久城は手を差し伸べたくもあるが、あえて酷な事を言う。それは彼女の事を信じているからで、こんな所で折れてしまってよい筈は無いと、訴えかける。


「僕はこのまま、敵にやられっぱなしではいられない。鳴鳥、君はどうなんだい?」

「私は…」

「ジルベルトさんが敵のままでも良いのかい?」

「良い訳ありません…っ!でも…、私には…」

「僕はまだ、君の力を信じている。けれども、どうしても戦いたくないと言うのなら、その気持ちを尊重したい」

「…戦いたくない訳じゃ…」

「きっと、ジルベルトさんも待っていると思う」


 助けを待っている。そう言われたが、相対した鳴鳥は躊躇いもせず光剣が振り下ろす姿が忘れられず、久城の言葉でも信じられそうにない。何時もの様な真っ直ぐな瞳ではなく、視点は所在なさげで、逃げ腰のようでいて。ここまで打ちのめされた鳴鳥の姿に、久城は内心驚き、そして自分の言葉では彼女を立ち直らせることが出来ないのだと知る。

 鳴鳥自身もこうして後ろ向きな考えばかりでは駄目だと気付いていた。それでも今度自分が無謀な行動をとれば、今こうして目覚めぬままであるアリーチェのように、誰かを傷付けてしまうかもしれないという考えが過る。

 またもや微妙な空気になりかけ、コンラードはオロオロとしだしてフォローの言葉を探すが、彼が発言する前に鳴鳥の持つ小型通信機が着信を告げた。

 病室では応答できないと、一先ず席を外し、通路へと出てきた鳴鳥。彼女の元へと連絡を入れてきたのはARKHED(アルケード)研究所、SARの所長カルラで、彼女は現在この艦のドックに居るそうで、直ぐに来て欲しいと言われた。

 何があったのか思い当たらない鳴鳥。彼女はコンラードと久城と共にブリューナクのドックへと向かった。


「ナトリちゃん!無事で良かったわ~!」

「カ、カルラさん…!ちょ、く、苦しいです…っ」


 姿が見えた途端、駆け寄ってきてからの熱烈な抱擁。その豊かな胸元に押し付けられる感覚は久方ぶりで、苦しいが暖かくて。どうするべきか思い悩み、ぐらついた足元を支えるようであって目を細める。


「カルラ。そろそろ放してあげなさい。ナトリさんが窒息死してしまうわ」

「あら、そこまで強くは抱きしめていないわよ」

「ミ、ミリアム議長…!」


 ドックで待っていたのはカルラだけでなく、ミリアム議長もであった。彼女が居るという事は何か重要な事を言い渡されるのではと鳴鳥は身構えるが、一先ずはARKHED(アルケード)を起動させて欲しいとカルラから言われる。

 多少の損傷個所がある鳴鳥の機体。コックピットで修復するよう言われているのかとも思われたが、そうではないようだ。

 ジルベルトと対峙して以来に乗る機体。あの時の事が思い起こされて震えもするが、ミリアム達を待たせる訳にもいかない。意を決してシートに身を預け、そして恐る恐るハンドグリップを握る。すると機体は起動し、視界がクリアに、機体に刻まれたラインは赤い光を放ち、メインモニターには…一人の女性の姿が映っていた。


「ナトリさん、無事なようで良かったわ」

「…まさか…っ!?」


 白い肌に白い髪。その姿は敵へと引き渡してしまったと思っていたセリアの姿であった。

 何故彼女の姿がこの機体のメインモニターに映し出されているのだろうか。そう混乱しかけるが、元々彼女はこの機体に魂を封じ込めていて、再び肉体を捨てて戻ったとしても不思議ではない。彼女の説明によると、敵機へと移る前に機体へと魂を転移させ、そして空となった肉体に術を施し操っていたそうだ。


「無事で…、良かった…です…っ!」

「まぁ、何とかなったわ。だから―――」


 もう自分を責めなくとも良いとセリアは言うが、鳴鳥は涙が止まらなかった。これまで張りつめていた気持ちが一気に解けて、暫く嗚咽を漏らしていた鳴鳥。彼女が泣き止むまでセリアは優しく微笑み待っていてくれた。

 皆の機体を収容していたドック。そこでは先の戦いでの戦闘データを収集したり、搭乗者協力の元修復作業を行っていた。コンソールに向かい、作業を行いながら指示を出していたカルラ。忙しくする彼女の手元に何者かのメッセージが届き、そこでセリアの存在を知ったらしい。


「…セリアさん、私…っ」

「本当に良いのよ。それに私の肉体は今、エルンストの元に在る。そしてその肉体には私の魔力が残されていて…。これでアドミニストラードの位置を捕捉できる筈だわ」

「そう…ですか…」

「奪われたものは取り返しに行かないと、ね」

「…っ、でも、私には…」

「大丈夫よ。貴女にはまだ、戦う力が残されている。…それに、諦めがついている表情には見えないのだけれど」

「………はい…っ」


 いくら言葉で誤魔化そうにも顔には本当の想いが出てしまう。その事に気付かされた鳴鳥はもう一度、今度こそと己を奮い立たせ、立ち向かう事に決めた。





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