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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase three : phototaxis
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第87話 Day of the end of a blue star

 大切な者を故郷に残し、夢を叶えたジルベルト。だが彼の表情は浮かないもので、とても夢を叶えた者の姿ではなかった。

 自分は良いのだと、気丈に振る舞うセラフィーナの姿は見ていられず、観測装置オブザーベイションシステムの少女はもう一度ヴィルト・ルイーネへと舞い戻った。

 相変わらず人気レーサーのジルベルトは忙しなく、毎日どこかしらのレースに出場し、そして優勝を掻っ攫っていく。表彰台での不遜な態度は総スカンを食らうかと思いきや、クールであると女性から黄色い声援を送られ、孤高の存在は少年や子ども達、若い層に憧れを抱かせていた。

 何もかもが上手くいっているようで、どこか引っ掛かりを覚える少女。彼女には使命があって、これ以上ジルベルト達と関わりを持つべきではないのだが、久方ぶりに会った彼の想いの力は以前より増していて、そして今にも暴走してしまいそうになるくらいの危険さを孕んでいた。

 このままではいけないと。そう思った少女はどうにか彼が休む宿泊施設に潜り込み、そして事の真相を突き止めた。




       第87話 Day of the end of a blue star




「ここは最上階でセキュリティも厳しい筈なんだが、お前、どうやって…―――」


 真夜中。ホテルのバルコニーに降り立った少女に対し、ジルベルトは咥えていた煙草を落とす程驚いて茫然としていた。ここまで来られたのはARKHED(アルケード)の力なのだが、今は説明をしている場合ではない。少女は単刀直入に問い質した。


「どういうつもりなのかしら」

「…何の事だ?」

「今のアナタの事よ。あの子の傍を離れてレーサーになるなんて、どういう心境の変化かしら」

「…アンタは好きにすればいいと言ったじゃないか」

「そう…だけど。その割には、全然現状に満足していなさそうな面構えね」

「…っ」


 今更顔色を見られないように逸らしても遅い。彼の不機嫌な面は至る所で見かけることが出来、隠しようが無いのであった。落とした煙草を拾って、携帯灰皿に入れ、深い溜息を吐いて、ジルベルトは何故ここに居てレーサーとなったのかを明かした。


「セラに残された時間が…少ないんだ」


 重い病であるセラフィーナ。少女がメルジーネから旅立って数日後、セラフィーナは具合を悪くして倒れた。彼女が倒れる事は珍しくは無いのだが、今回は薬を飲んで安静にしていても体調が良くならなかった。皆が心配する中、神父とシスターとジルベルトは別室で医師と話をし、そこでセラフィーナの病状を明かされて愕然とする。


「セラは…もって一二年だろうと。…医者に言われた」

「…っ、そう…なの…」

「金さえあれば手術が受けられる。もう少し…あと少しでその金も溜まる」


 ジルベルトがレーサーになる道を選んだのはセラフィーナの為であった。残された少ない時間の間にと焦る気持ちがあるからだろう。夢を叶えたにもかかわらず、表情が冴えない理由は理解できたが、今の彼はとても危ういようで、追い詰められていて、このまま放っておくことが出来なく思えた。それでも少女はこれ以上踏み込んではならないと自身を戒めつつも、セラフィーナの事は心配いらないと、時折様子を見に行くからと、安堵させるように声を掛け、そして彼の元を去った。


「(セラフィーナを救う方法…。無くは無いけど、アタシがそこまで関わって良いものじゃない)」


 自分ならば大金を作る事も、高名な医者の元へとセラフィーナを連れて行く事も出来る。だが、少女が為さねばならない事は使命で、人助けではない。やりきれない思いを抱きつつも、もうすぐ目的は達せられるというジルベルトの言葉を信じ、陰ながら見守る事にした。

 それから数か月後。少女はまた、甘い菓子の手土産を持ってセラフィーナの元を訪れる。彼女の病状は良くなる気配が見えず、ベッドから抜け出せる力も残っていないようだ。フラフラと何処かへ、自分に何かできないかと無理をする姿は見ていて危なっかしいが、今ではその姿さえも見ることは叶わなくなり、一日中ベッドの上で大人しくしている様は見ていて痛ましい。少女が持参した菓子を口にして笑顔を綻ばすも、細い腕と身体は彼女の死期が近いことを分からせた。

 ジルベルトに真相を問い質してからかなりの日数が経ち、彼の言う目標の金額は活躍ぶりを見るに達成されただろう。もう少し、あと少し頑張ってほしいと願う少女だが、セラフィーナは力なく笑い、そしてポツリとつぶやいて不安を溢した。


「最近ね、ジルから連絡が無いの…」

「…え?」


 遠く離れても、どれだけ忙しくても、ジルベルトはセラフィーナへと贈った小型通信機に毎日連絡を入れていた。日によってはメールだけ送ってというのもあったが、ここ数日は、そのメールすらも無く、こちらから送っても返事は無く、応答も無かった。

 何か事故でも遭ったのか、事件に巻き込まれたのではと心配するが、そのような話は入ってこない。ジルベルトは今や人気レーサーで、彼に何か起きれば必ずニュースになる筈で、そうしたことから、セラフィーナは不安な気持ちが拭えずにいた。


「…旅人さん。旅人さんなら、ジルに会う事も出来るかな…?」

「ええ。不可能ではないわ」

「そっか…。あ、でも…、旅人さんも忙しいよね。それに、ジルならきっと大丈夫。ずっと忙しくしていたから、ちょっと休んでいるだけかもだし…」

「アタシなら大丈夫よ。アタシも気になるから、様子を見に行ってみるわ」

「た、旅人さん…!無理はしなくて良いんだよ?私なら、平気だし…」


 横たえていた身体を起こし、やはりさっきの話は無かった事にして欲しいと前言を撤回しだすセラフィーナ。少女はか細い肩に触れると再びベッドに横たえるよう促し、ブランケットを掛け直して安心させるよう、何一つ心配は要らないのだと頭を撫でた。


「彼の事はアタシに任せなさい」

「…ごめんね。旅人さん…」

「いいのよ。アナタ達には滞在中、良くして貰ったし」

「…ありがとう」


 干渉してはならないと分かってはいても、放っては置けない。弱弱しく、今にも命の灯を消してしまいそうなセラフィーナの姿を目の当たりにすれば尚更であった。

 メルジーネから飛び立った少女は真っ直ぐにヴィルト・ルイーネへ。そこで目の当たりにしたのは残酷な現実であった。






 変わらずレースに出場し続けるジルベルト。もう既に獲得した賞金は充分である筈だった。ならば何故、彼はメルジーネに、セラフィーナの元へと戻らないのか。それはスクリーンに映る彼の姿が物語っていた。

 以前からメディアに露出する際は仏頂面であったジルベルト。今でも表彰台に上がる姿は勝ち誇った様子など無いのだが、以前とは違う…どこか心ここにあらずといった様子で、暗い雰囲気を纏っていた。

 ジルベルトに何かが起きている。そう思った少女は前回と同じように彼が宿泊しているホテルに忍び込み、バルコニーから暗い室内へと足を踏み入れた。

 明かりが灯されておらず、外のネオンの光のみが差し込む室内。なるべく音をたてないようにと気を配ったが、バルコニーから現れた少女に対し、ベッドに横たわるジルベルトは驚くことは無かった。


「…アンタか」

「ねぇ。何が…あったの?」


 虚ろな眼差しで天井を見つめるジルベルト。彼は上半身を起こすと、固く握った拳をマットレスに何度も叩きつけだした。彼が取り乱す姿を初めて見た少女は息を呑み、ただただ呆然としている。泣き叫びながら怒りを、悲しみを、やるせなさをぶつけるジルベルト。暫く物に当たり散らしていた彼は疲れ切ったのか、力なくベッドに横たわり、目元を腕で隠して何も見えないようにしながら、嗚咽交じりで何が起きたのかを話し出した。


「裏切られ…た。今まで稼いだ分…全部…全部だ!全部持ち逃げされた…っ」


 有名になれば下心のある者が何処からともなく現れて付き纏う。セラフィーナの事で余裕が無かったジルベルトはその人物の企みを見抜くことが出来なかったのだろう。特にセラフィーナの事となると瞳は曇り、彼女の病を治療する高名な医師を紹介すると言われれば縋らずにはいられない。

 あと一歩。これでセラフィーナの治療が出来ると思っていた矢先、その希望が打ち砕かれてしまった。絶望の淵に叩き落されたジルベルトは壊れてしまう寸前で、いつ自我を崩壊させてもおかしくは無い。タイムリミットは刻一刻と近づいていてはいるが、今のジルベルトにはなす術が無かった。


「…今でも、願いは無いと言える?」


 少女は以前彼に問いかけた質問を改めて投げかける。自暴自棄になっている彼は今でも強い願いを持っており、その力は追い詰められている状況下のせいか、より一層強くなっている。現状に満足していると、高望みはしないと自分の気持ちを押し込めていた彼だが、今は藁にも縋る思いで、望みを、願いを口にした。


「…欲しいんだ。…セラと生きる未来が…っ。ハッ…!アンタが叶えてくれると言うのかよ…」

「ええ。アタシなら、アナタの望みを叶えてあげられるわ」

「はは…。そいつは凄いな…」


 慰めで冗談を言ってくれている。その程度の認識でジルベルトは乾いた笑い声を上げながら答える。だが、少女にとっては真剣な問いで、笑顔は浮かべておらず、真摯な眼差しでその願いを聞き入れた。


「アナタが願うのは病に侵されない身体?」

「そうだ…。どんな病にも打ち勝てる…、傷つく事のない身体を…セラに…」

「その願いが叶った時、アナタは過酷な運命を辿る事になるかもしれない。常に戦場に在るような…平穏とは程遠い世界になるかもしれないのよ」

「構わない。俺がどうなろうとも…。セラが生きられる世界が、俺の望みだ…!」


 強い願いは奇跡を起こす。ジルベルトとの契約を結んだ観測装置オブザーベイションシステムである少女は、彼の願い、不死の力をセラフィーナへと与え、そしてARKHED(アルケード)を彼へと与えた。外から差し込む青い光と強い風。それは突如として現れた黒いフォルムのARKHED(アルケード)が起こした風で、かの機体の青いラインが光を放ち、搭乗者へと手を伸ばす。


「これは…。まさか、ARKHED(アルケード)…!?何でこんな所に…」

「この機体はアナタの機体よ。好きに使うと良いわ」

「どういう事だ!?お前は一体…―――」


 本来ならば深層意識に接続して…夢を見ている状態で接触し、契約を交わす。その方が今後傍に居て観測を行うのに都合が良いのだが、少女は急いていたようだ。契約直前の記憶を書き換えようとジルベルトの元へと近づこうとするが、そこである異変を感じ取り、動きを止める。


「俺のARKHED(アルケード)…?!だとしたら、俺の願いは…―――」

「あの子の元へと向かいましょう。どうにも嫌な予感がするの…」

「セラに何かあったと言うのか!?」

「…分からない。…とにかく、急ぎましょう」


 少女は自機である青いARKHED(アルケード)を呼び出し、乗り込む。まだ自分の機体だと受け入れられないジルベルトであったが、セラフィーナの身に何かが起きているならば躊躇っている場合ではないようだ。見よう見まねで機体に乗り込み、ハンドグリップを握る。ARKS(アークス)とは違い、計器や複雑なスイッチが何一つないコックピット。モニターも簡素で、それでも広範囲のレーダーにクリアな視界など、機能差は雲泥の差であった。


「今から向かった所で間に合うのか!?」

「ええ。ARKHED(アルケード)ならば一瞬よ。グリップを握って、強く願いなさい」

「あ、ああ…!」


 2つの光が空高く舞い上がり、一直線に青い星へと向かって行く。

 初めてARKHED(アルケード)に搭乗し、宙を飛ぶジルベルトだが、戸惑うのは最初だけで、徐々に機体の操作に慣れていき、先を行っていた少女の機体を追い越す。想いの力で作動する機体故に、一刻も早くセラフィーナの元へと駆けつけたいというジルベルトの願いが速度を上げさせたのだろう。

 ARKS(アークス)や星間航行便だと数日かかる所が数時間で辿り着き、ジルベルトと少女は青い星、メルジーネへと舞い戻った。

 夜も更けた頃、降り立つ二機の機体。夜更けだから静まり返っているのではと思うくらいに教会も孤児院も静寂に包まれていたが、教会の扉は開かれていて、入り口付近にはいくつかの足跡が残されていた。


「これは…一体…」

「…っ!」


 真っ暗な教会。明かりを灯そうにも、スイッチに手を伸ばしても明かりはつかない。故障かなにかだと思われるが、嫌な予感を覚えつつ、小型通信機を明かりに使い、ゆっくりと歩みを進める。しばらく進んだ先、つま先に当たったものに驚いて明かりを足もとへと向けると、そこには人の姿が…。身を横たえていたのは神父であり、彼のすぐ傍にはシスター達も倒れていた。急いで助け起こそうにも、腹部からは真っ赤な血が流れ出ており、息も絶え絶えで既に手遅れのようであった。


「ジル…ベルト君…かい?」

「神父様…っ!これは一体…―――」

「何者かが…、セラ…フィー…ナ…と…子ども…たちを…―――」


 「助けてやってくれと」小さく呟いた神父の力はフッと抜け、瞳の光が失われた。そっと瞼を閉じさせた少女は茫然とするジルベルトの代わりに神父の身を横たえさせ、シスター達の安否の確認を取るが、二人とも既に息を引き取っていた。

 神父はセラフィーナと子ども達に危機が及んでいると言った。ならば今すぐにでも彼女らを探さなくてはならないが、ジルベルトは立ち尽くすばかりである。親しい者が、それ以上に親代わりであった者達の死を目の当たりにして現実を受け止めきれない気持ちは分からないでもないが、今は一刻を争う状況だと言い聞かせる為、少女はジルベルトの頬を叩いて目を醒まさせた。


「しっかりしなさい…!あの子や子ども達がどうなっても良いの!?」

「あ…ああ。すまない…。だけど、どうすれば…―――」

「あの子の気配ならARKHED(アルケード)で探れるわ。急ぎましょう!」

「ああ、分かった」


 機体に乗り込んだ二人。少女は広範囲の探索波を発し、セラフィーナの行方を追った。すると彼女の生体反応はここからさほど離れていない山間で発せられていた。弱弱しくあるが、何とか捉えられることが出来た生体反応。セラフィーナが無事であると安堵するジルベルトだが、油断は禁物だと少女は釘をさす。セラフィーナの反応と共に捉えられたのは複数の人物で、子ども達にしては数が多く、少女は嫌な予感を覚えた。

 山間部。そこにはこの辺りでは珍しい商船が停泊していた。そしてその周りには夜間警備にしては物々しい、武装したARKS(アークス)が配されていて、ただ事ではない事が分かる。

 ステルスで姿を消し、レーダーにも捕捉されないよう気を配り近づいた少女とジルベルト。あれは何だと驚くジルベルトに対し、少女は船体やARKS(アークス)の型番を元にその素性を割り当てた。


「…どうやら非合法組織のようね。金さえ積めば何でも…暗殺から誘拐に何でも請け負う者達よ」

「そんな奴らが何でこんな所に…―――」

「さぁ…。何故かは分からないけど、奴らが神父達の殺害に関わっているのには間違いなさそうだわ」


 ARKHED(アルケード)が二機もあるならば、あの程度の小物達を相手など造作もない…と言いたいが、少女はともかく、ジルベルトは戦闘経験が皆無である。シミュレーターではピエールを降したようだが、実戦で上手く立ち回れるとは限らない。直ぐにでも打って出たい所だが、セラフィーナ達の身柄を盾に取られれば動き辛くなる。まずは彼女達の安全を確認しようとした所、商船から一人の男と女性が…セラフィーナが男に手を引かれて出てきた。


「セラ…!!」

「待って!あれは―――」


 セラフィーナの手を引き、無理やり連れまわしているように見える男に少女は見覚えがあった。彼と会ったのは祭りの最終日で、ジルベルトを散々煽っておきながら、むざむざと彼に敗北した町長の息子、ピエールであった。

 少女は何やら言い争いをするピエールと無法者達の会話を聞き取ろうと、映像を拡大し、音声を拾い、ジルベルトの機体でも見られるよう通信を繋いだ。


「約束が違うじゃないか!何故殺した!私は脅すだけで十分だと…フリだけでいいと言ったじゃないか!」

「仕方がねぇさ。相手が殺ろうってのなら、こっちも応じなくちゃならねぇ。それに、ピーピー五月蠅く泣く餓鬼どもを黙らせるにはこうするしかないだろう」

「…貴様ら!それでも人間か…っ!」

「ハッ…!女を手に入れる為に臭い芝居をしようとして俺達なんざに依頼した方が馬鹿げてるっての」


 どうやらこの事態はピエールが起こしたもので、彼は非合法組織に教会を襲撃させ、危機的状況に駆けつけて救い出す予定であったが、無法者達が指示に従わず、神父たちに手を掛けたらしい。計画を台無しにされたピエールはもう手は組めないとセラフィーナを連れて立ち去ろうとするが、身の丈が二メートル近くある大柄の男、リーダー格である者が行く手を阻み、セラフィーナもこの場から離れまいと手を払う。


「…もう良い。お前達とは交渉決裂だ。行こう、セラフィーナ」

「放して…っ。子ども達は!?子ども達は無事なの…!?」

「ガキ共なら無事さ。まぁこの先どうなるかは買い取り手によって違うだろうがなぁ。顔が整っているのは変態貴族の愛玩奴隷で、その他は強制労働ってとこか」

「そんな…っ!お願いします!子ども達を解放して…!」

「それは出来ねぇなぁ。このままだと俺達のアガリが無くなっちまうからなぁ」


 泣き崩れるセラフィーナ。自分の身よりも子ども達の事を心配するが、そんな心優しい彼女に無法者達は下卑た笑みを浮かべて手を伸ばす。咄嗟にピエールが守ろうとするも、彼が敵う筈もなく、鳩尾に拳を打ち込まれ、簡単に沈められた。


「お嬢ちゃんが代わりに身体で支払ってくれるって言うのか?俺はもう少し肉付きの良い女が好みなんだが、この際仕方ねぇな」

「わ…私が従えば、皆を解放してくれるんですね…?」

「ああ…。こっちに来な」


 リーダー格の男がセラフィーナの肩を抱こうとした瞬間、爆発音が立て続けに辺りに響いた。驚き外を見てみると、商船の周りに配されていたARKS(アークス)が攻撃を受けたようであり、無法者たちは驚いて目をひん剥く。突如現れたのは黒い機体で、ARKS(アークス)とは違った威圧感を放つ機体、ARKHED(アルケード)であった。


「汚い手でセラに触れるな…!!」

「その声…ジルなの…!?」


 聞き間違いなどしない。ずっと待ち望んでいた、遠く離れていても助けに来てくれると信じていた者が現れ、セラフィーナの顔には笑顔が戻る。彼女は希望を抱いたが、無法者達は危機的状況であると瞬時に判断したのだろう。リーダー格の男はセラフィーナの身を盾に、他の者はそれぞれ戦闘配備に着く。


「フン…!ARKHED(アルケード)だか何だか知らんが、嬢ちゃんがどうなっても良いのか?状況が分かったなら大人しく―――ふごっ!?」


 セラフィーナにナイフを突きつけていた男は背後からの攻撃をくらい、前のめりになって倒れる。解放されたセラフィーナは驚いて振り向き、そこに現れた少女の姿を見て笑顔を浮かべ、堪えていた大粒の涙を溢した。

 ジルベルトが外で暴れている間に少女が船内に潜り込み、何とか事なきを得たが、少女は抱いていた不安が杞憂でなかったことを確信した。


「…アナタ。平気なの…?」

「うん…。私は平気…。それよりも神父様達が…っ!子ども達も…っ」

「神父達は…。残念だけど息を引き取っていたわ」

「そんな…っ!」

「子ども達はまだこの船に居るのよね。私に任せなさい」


 セラフィーナの様子が気になる所ではあるが、子ども達も救い出さなくてはならない。少女が立ち上がった瞬間、船体後部から搬入口が開く音が、そこから飛び立ったのは小型艇で、どうやら船を捨てて逃げるようであった。

 商船の外に配されていたARKS(アークス)をすべて倒したジルベルト。彼にセラフィーナを任せ、少女はARKHED(アルケード)に乗り込み、後を追った。

 緊張の糸が切れたからか、自分の足では立てないようであったセラフィーナをジルベルトは抱え、そして自機の後部座席に座らせ、自分も乗り込む。


「ジル…。会いたかった…」

「ああ。俺も…。それからすまない…遅くなって」

「良いの。こうして会いに来てくれたから…」


 それよりもと子ども達の心配と神父達の死を悼むセラフィーナ。相も変わらず自分の事より他の者を気に掛ける姿に、ジルベルトは思わず苦笑した。

 セラフィーナの無事が確認でき、ジルベルトも子ども達を救うために少女の後を追おうとするが、少女の手際は良く、あっという間に逃亡を図った船体を捕え、制圧を完了させてしまった。


「こっちは皆無事よ。無法者達も全員、縛り上げておいたわ」

「…―――」

「…何かあったの?」


 子ども達は皆、催眠ガスかなにかで眠らされていたようだが、皆息はあるようで無事が確認できた。全て終わったのだと、もう安心しても良いのだとジルベルトに連絡を入れた少女だが、彼からの返答は無い。小型艇を制圧中に何か起きたのか。思いつくことは一つで、少女は悔やむように口をキュッと結んだ。

 ジルベルトはセラに不死の身体を与えるよう望み、ARKHED(アルケード)を得た…筈であった。けれども後部座席に座るセラフィーナは苦しみ、もがいている。彼女の異変に気づいたジルベルトは座席の向きを変え、彼女に向き直り、そしてか細い肩に触れる。


「セラ…!どうしたんだ!?お前、病気は治ったんじゃ…―――」

「やっぱり……ジル…だったんだ…ね」

「どういう事だ…っ!!セラの病気が…治っていないじゃないか!!

「良いんだ…よ。これで…―――」

「セラ…っ。お前は何を言って…―――」


 心配を掛けまいと無理をして笑うセラフィーナ。彼女は弱弱しく自分の身に起きた事を語る。

 ジルベルトの願いは届き、確かにセラフィーナは不死の力を得た。けれどもそれは一瞬で、彼女はその力を拒んだのであった。何故そんな真似をしたのかという問いに、セラフィーナは困ったように笑い、胸の内を明かす。


「ジルが…私を愛して…くれたのは……庇護欲…だから…っ。だから…私の事は…忘れて…ね?…本当に…愛せる…子を見つけて…」

「そんなことは無い!俺は本気でお前を…っ。どうして分からないんだ…!!」

「…最後に、…ジルと、空を…飛べて…よか…った…―――」

「セラ…!おい…っ、目を開けろよ…っ、セラ…っ!!」


 水平線から朝日が昇るのと同時に、セラフィーナは瞳をゆっくりと閉じて、そして二度と目覚めることは無かった。長く続いた苦しみから解放されたせいか、ジルベルトと共に空を飛ぶ夢が叶えられたからか、セラフィーナの表情は安らかで、息を引き取ったとは信じ難い程であった。

 大切な、何よりもかけがえのない存在だった者の亡骸を胸に抱いたジルベルトは声が枯れる程に泣き叫ぶ。失った悲しみ。助けられなかったと無力感。そしてあの時、騙されていなければと悔やむ気持ちと恨む気持ち。何故不死の力を拒まれたのかいう疑問と、契約が果たされなかった事に対する怒り。あらゆる感情が渦巻くが、もう自分には何も残されていないのだと気付き、自然と手は護身用に携帯していたナイフへと伸びる。


「…っ。…―――どういう…事だ!?」


 大切な者を失った世界に用など無い。そう結論に至ったジルベルトはセラフィーナの後を追おうとナイフで胸をひと突きにする。赤い血が流れ出て、手も、セラフィーナの白い衣服も赤く染めるが、痛みを感じられても苦しみは一瞬であった。心臓を狙った筈だが失敗したのかと思い、血でぬめる手でナイフを胸から抜き、今度は確実にと首元へ、頸動脈を狙って引き抜いたが、コックピット内に激しく血飛沫を散らしても貧血の眩暈くらいしか感じられず、死に至ることは無かった。

 己の身に起きた異変。いくら身体を傷つけようが死ぬことは無く、傷口は徐々に塞がり、引いた血の気も戻ってくる。死に至れない身体。それは確かにジルベルトが望んだものだが、自分の為ではなく、セラフィーナの為であった筈だった。


「どうして…俺なんかが…。生きていても…仕方がないというのに…」


 セラフィーナの為にとARKHED(アルケード)の契約を交わしたジルベルト。病とは無縁の、怪我すら負わない身体を彼女に与えたいと願ったが、彼女はその願いを拒んでしまった。その結果、契約履行で不死の力はジルベルトへと宿るが、愛する者を失い、その者の後を追えないなど、不死の力は呪い以外の他ならなかった。

 歪む視界。震える指先。強く願った想いが招いた結末はとても受け入れられるものではなくて、身体全体が今の全てを否定してしまう。これまでの自分がしてきた事は間違っていたのか、それとも世界が間違っているのか。何よりも大切な者を失ったジルベルトには全てが虚ろに見えて、そのような世界など必要もなくて…。

 その日、ジルベルトは世界を否定した。強い願いの力は裏切られた事に、絶望した事によって負のエネルギーとなって、瞬く間に青い星は姿を消すよう、光に包まれて消し飛んだ。

 最初からそこには何もなかったかのように消え去った青い星、メルジーネ。残されたのは黒いARKHED(アルケード)と青いARKHED(アルケード)で、少女の搭乗する青いARKHED(アルケード)は暴走した機体の力から小型艇を守るよう立ち回ったが為に半壊状態であった。

 観測装置オブザーベイションシステムである68番目の少女。彼女は致命傷を負っていた。霞む視界の先には嘆き悲しみ、全てを否定するジルベルトの姿が在るが、今の少女には止める術がない。自己修復プログラムはあるが、たとえ回復したとしても自分一人では彼を止められそうにもなかった。

 段々と遠のく意識。その中でどうしてこのような悲劇を招いたのかを振り返る。

 ジルベルトと契約を交わさなければ良かったのか。子ども達の救出よりも先にセラフィーナを説得すれば良かったのか。それともあの晩、祭りの最終日の夜にジルベルトから相談を持ち掛けられた時、セラフィーナの傍を離れないようにと強く言い聞かせれば良かったのか。結局の所、自分が関わらなければ良かったと、この星に降り立たなければ良かったのだと答えが見つかるが、今となってはどうしようもない。願わくば、彼がこれ以上傷つかないようにと、少女は意識を手放す前に強く願った。

 



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