第88話 Silver knife for expiation
強い願いが破滅をもたらした。青く美しい星は一瞬にして消え去り、残されたのは自我を失ったジルベルトと己の過ちを悔いながら意識を手放す観測装置である少女であった。
その後、暴走し、他の星までも滅ぼそうとしていたジルベルトを止めたのは、当時星団連合軍に属していたミリアムとディノスで、二人の手によりジルベルトは捕えられ、連行され、裁判にかけられる事となる。一方で少女はたまたま近くを通りがかった商船の船長に拾われ、彼の娘として生きる事となるのだが、意識を手放した後の少女は目覚めた時、自分の使命もジルベルト達の事も、何もかもを忘れてしまっていた。
「きっと、自分の犯した罪を受け止めきれなくて、何もかもを封じ込めてしまっていたんだと思うわ」
自分が関わる事で悲しい結末を招いてしまうならばと、無意識的に使命から逃れるよう、記憶を封じ込めた観測装置である少女。彼女はバジーリオと出会い、彼の養女となり、手駒ではなく新たな人生を歩んでいたようだが、心の奥底であの時、ジルベルトとセラフィーナと孤児院の皆と過ごした日々を覚えていたのだろう。数年ぶりに仕事中に軍人となったジルベルトと再会し、初めて彼と会った筈がそうは思えず、何故だか心惹かれて…。一目惚れだと思っていた感情は、過去の出来事からで、セラフィーナの言葉を守ろうとしていたのかも知れないとアリーチェは語る。
第88話 Silver knife for expiation
「…今思えば馬鹿げた話よね。ジルを追い詰めてしまったアタシが、ジルを愛しているだなんて…。アナタもそう思うでしょ―――…って、大丈夫…?」
「はい゛…っ。ずみまぜん…っ」
涙をボロボロと溢しながら鼻をすする鳴鳥。自分の事は心配いらないと言いつつも止めどない涙を必死に抑えようとしていて、見ている方はどうしたらよいのか困る程にぐしゃぐしゃな顔であった。何故ここまで無関係な者の為に泣けるのか。アリーチェは不思議でならなかったが、ジルベルトとセラフィーナの悲劇的な別れの話を聞かされれば致し方ないとも思い至る。
「ジル達の事を哀れに思う気持ちはわからないでもないけど、そこまで泣くほどの事かしら…?」
「…だって、こんな事って…――」
「まぁそれだけの事をアタシはしでかしてしまったって訳よね」
「そんな…っ!アリーチェさんだって…っ」
「…アタシ?」
「はい…。ジルベルトさんも…セラフィーナさんも…。辛くて…苦しい思いをしていたけど、アリーチェさんだって、辛くない訳じゃないですよね…?」
「…アタシは―――」
苦しくない訳ではない。けれども大罪を犯した自分が弱音を吐くなど許されない事だと、アリーチェは己を責めるのを止めはしない。赦されるべきではないという彼女に対し、鳴鳥はぶんぶんと首を横に振って否定した。
「私が…代弁するのはおこがましいですが、きっとセラフィーナさんは、アリーチェさんに自分を責め続けて欲しくなんかないと思っています」
「断言するのね…」
「はい…!ジルベルトさんだって、アリーチェさんを責めはしなかったでしょう?」
「ええ…。まぁ…、そうだけど。責められないというのは逆に辛くてね。いっその事、罵ってくれた方が良かったわ」
自嘲気味に笑うアリーチェ。それに対し、鳴鳥は同意とも取られるように深く頷いて見せた。アリーチェは知らないが、鳴鳥にも過去の過ちがあって、それを酷く悔いていて、引き起こした罪の大きさは比べるものではないが、犯した罪を裁く者が居なくて苛まれているのは同じである。
「…皆、同じなんですね」
「皆が…同じ…?」
「はい…。私もアリーチェさんも、ジルベルトさんも、久城センパイだって。皆、罪を犯して…後悔して。皆が同じように誰かを傷つけたり、取り返しのつかない事をしてしまったけど、今ではそれを受けとめて、二度と同じ間違いを犯さないようにと誓っていて…。皆が同じだから気に病む事は無いって言うのも変だけど、こうして自分の犯した罪を忘れないでいる事が大切なんじゃないかなって思います」
「罪を忘れないでいる事…」
「過去には遡れないし、変える事も出来ない。だから私は誰かの為に在りたいと願うんです」
そうハッキリと自分の意志を表す鳴鳥。その姿はかつて穏やかな時を共に過ごした少女の姿と重なって見えて、アリーチェは涙ぐみそうになるが、ぐっと堪えた。
不死の力を拒んだセラフィーナの気持ちを理解できなかったアリーチェだが、今となっては少しだけ分かるようであった。セラフィーナも常に誰かの為に在りたいと思っていて、そして何よりも愛するジルベルトの重荷にはなりたくないと願っていて。自身が不死の力を得れば代わりにジルベルトが代償を払わなくてはならないと悟って、そうはさせないと契約を無かった事にしようとしたが、不運な事に不死の力はジルベルトへと宿った。
どうあってもセラフィーナは死を拒みはしなかったのだと分からせられたアリーチェは強張っていた肩の力を抜いて深い溜息を吐く。
「アナタの言う通りかもね。…自分を責め続けていた所で何も変わりはしない」
「そうです…!だから、アリーチェさんも。これから先、どうするのかを一緒に考えましょう」
「…そうね。…でも、先行きを考える必要は無いわ」
「…?」
アリーチェの中で覚悟は既に決まっている。セラフィーナに託された願いを思い出した今では、ジルベルトの傍に居る者が相応しいかどうか見極めなくてはならなかった。だが、記憶を封印してからの感情、ジルベルトに対する想いも捨てきれず、一度は鳴鳥を否定してしまった。今となっては彼女なら大丈夫だと、ジルベルトの隣に居て彼を支えるのに相応しいのだとはっきりと分かり、これで思い残すことは無い。
これから先は大丈夫であると言うアリーチェは、己の過ちを償う為、鳴鳥に願い出る。アリーチェはテーブルの上に手持ちの銃と、護身用のナイフを置き、そして告げた。
「アナタにお願いがあるの」
それは今もなお、苦しみ続けるジルベルトの為にアリーチェが出来る唯一の償いであった。
アストリアから遠く離れた辺境の宙域。そこでは今日も特務部第13部隊の面々が敵であるエルンストの居城、小惑星型要塞アドミニストラードを捕捉する為に監視衛星のデータ書き換えを行っていた。八カ所目となると作業は手慣れたもので、戸惑う事なくスムーズに行われる。それでもデータを書き換える間は時間を必要とし、全てARKHEDに任せてしまっているジルベルトは手持無沙汰になる。一応敵の襲撃が無いか警戒するものの、この部隊に配属となって襲い掛かってきたのはARKSでも余裕で対応できる危険種と、チンケな無法者達ばかりで危機的状況に陥ることは無かった。
「…ジルベルト。少しいいか」
「マグヌス副船長?俺に何か用ですか」
常にムスッとした表情で、寡黙で、船長であるドナートが羽目を外した時にはその拳をもって諌めるマグヌス。彼は珍しくジルベルトへと通信を繋いできて、話を始めた。どうやらドナートやカリナには聞かれたくない話らしく、秘匿回線で二人は言葉を交わす。
「ここに着任する以前、軍学校の生徒達が実地訓練中に遭難したのを救出する任務に就いたそうだな」
「…ええ、まぁ。それが何か」
確かにジルベルトは学生達の救出に向かった。とは言うものの、それは鳴鳥の為であり、思い切り私情を挟んでいた。当然としてそのような事を明かす訳にはいかず、もしかして知られていたのかと身構えるが、どうやら違うらしい。マグヌスは腕を組み、顎に手を当て、どうしたものかと悩んだ様子で、やはり聞かずにはいられないのか、意を決した様子で問い掛ける。
「学生達の中に…鬼人種で、私と同じ姓、メルテザッカーという名の者が居た筈なんだが…」
「…鬼人種。そう言えば―――」
鳴鳥の事しか頭になかった上に、メリエルとマイアという個性の強い者達に責め立てられ、彼女らの印象しか残っていないジルベルト。よくよく思い出してみればその場に一際大きな体躯の青年が、彼の額には対の角が生えていた気がする。
同じ姓、という事は何かしら関係があるのだろう。見かけたというジルベルトの言葉にマグヌスは口端を緩め、そして肩の力を抜いた。
「あの学生と何か関係が?」
「…いや、まぁ…そのだな」
言い難そうにしていたマグヌスだが、問いかけた側が事情を明かさないのは申し訳が立たないと思ったのだろう。彼は渋々事情を明かした。
聞くところによると、鳴鳥と一緒に未開惑星である蒼い星に降り立った学生、マティアス・メルテザッカーはマグヌスの息子らしい。珍しい種であると同時に同じ姓であるからある程度予想はしていたが、息子の様子を尋ねてくる理由は思い当たらない。当人と連絡を取ればよいのではと思うが、そこでジルベルトはマグヌスの経歴を思い出した。
鬼人種である彼は一度怒りの感情に囚われると周りが見えなくなり、暴走をしてしまう。普段は薬で抑えているものの、その薬を切らす状況に陥れば目も当てられない事態となる。薬を切らさぬよう十二分に気を付けていた筈だが、戦場において孤立無援の状態、補給物資も届かぬ中で彼は敵諸共仲間を手にかけ、そして今の部署、特務部へと配属となった。
自我を崩壊させて暴走した経験はジルベルトにもある。けれどもそれはマグヌスのとは規模も、そう至った理由も違う。彼の場合は先天的なものであって、不運であったが、ジルベルトの場合は己が招いた結果である。しかしいくら薬が切れたとはいえ、仲間を手にかけるなどという罪に対し、情状酌量とまではいかなかったのだろう。死刑は免れたようだが、特務部配属となり、更には辺境宙域の任務に就く特務部第13部隊に配属されるなど、腫物を遠ざけるより他無い。
息子であるマティアスや妻には肩身の狭い思いをさせて申し訳ないと悔やむマグヌス。そういった事情もあってか、自分から連絡は取り辛いらしい。そんな中、学生達が巻き込まれたという端的な情報を知らされ、一応無事が確認もされ、救出された学生の名簿にも目を通したが、資料の情報だけでなく、誰か人づてに様子を知りたかったのだろう。こうしてマグヌスはジルベルトへと尋ねてきた訳である。
「…何にせよ、無事ならば良い」
そう言ったマグヌスは何時も通りに表情を引き締め、任務に集中するように通信を終わらせた。
遠く離れた場所に居る者を想う気持ち。自分が傍に居るべきでないと分かっていても、今どうしているのか、元気だろうかと心配せずにはいられない。為すべきことを果たすまでは戻れないと決めているジルベルト。迷いが生まれるからと、なるべく思い出さないようにしていたが、ふとしたきっかけで思い起こされ、気に掛かる。
「(…今頃何をしているのか。何も言わずに去った俺が考えるのもどうかと思うのだが…)」
鳴鳥の所有機だったARKHEDはセリアの手に渡った。彼女は鳴鳥よりも自在に機体を扱うようで、それならば鳴鳥が戦場に赴く事も無い。不安を抱くようなことは無い筈なのだが、これまでの鳴鳥の行動を顧みると油断はできない。彼女はいつも誰かの為にと奔走しており、自分が傷つくことを厭わない。彼女の周りにはアルヴァルディの皆や、彼女の事を何より大事にしている久城も居る。ならば無茶をしでかすことは無いと思いたいが、やはり傍に居ないと不安は尽きなかった。
「―――…よし。データの書き換えは無事に完了」
「―――んあ!?…あー…終わったか。よーし、これよりエアヴェルメンに帰投する。はぁー…ようやく酒が飲めるぜ」
作業中に居眠りをしていたのだろう。ドナートはキリっとした表情で全機に帰投命令を下したが、口端に残された涎の跡は隠しようが無い。寝ていた事をカリナに指摘された彼はバツが悪そうであったが、そんな事よりも仕事の後の一杯だと、話を逸らして失態を誤魔化そうとする。このような様でいざという時は大丈夫なのだろうか。そう不安を過らせるジルベルトであったが、今のところ敵の姿は一片たりとも掴めはしない。本当に襲撃を仕掛けてくるのかと疑わしくある所で、ドナートの作り出す楽観的な空気に流されるよう、ジルベルトも肩の力を抜いた。
「―――…っと」
「船長?どうかしたのかしら」
「…せっかく酒が飲めると思ったのになぁ。やれやれだ…」
真っ直ぐにエアヴェルメンに向かっていたドナートは急に踵を返す。溜息を吐きつつ肩を落としていた彼は何もない空間に向かって銃を向け、そして叫ぶ。一体何を言い出すのかと首を傾げるカリナ。急に緊迫した表情となったドナートの様子で察したマグヌスも警戒態勢に、ジルベルトも瞬時に気持ちを切り替え、そしてARKHEDの力を発する。
青い光がジルベルトの機体を中心として辺り一帯に波紋のように広がる。すると何も無かったはずの空間、ドナートが銃を向けた先に黒いARKHEDが現れ、更には後方に同様の機体が数機と、緑色のARKHEDが控えていた。
「お前は…っ!!」
見るからに圧倒的な戦力差。普通の軍人なら半狂乱になりながら尻尾を巻いて逃げだす所だが、ドナート達は動じない。寧ろ少しでも動けば危険な状況になると分かっていて、敵の出方を窺っているのだろう。ゴクリと息を呑み、ハンドグリップを握る手に力を籠め、額にじんわりと浮かび上がった汗を一筋流す。緊張の面持ちで対峙するドナート達とは違い、見覚えのある緑色の機体、槍を携えた機体を前にジルベルトは口端を上げ、そして言い放つ。
「この時を待っていた…!」
ようやく現れたと。喜ぶフシでもあるジルベルトは相手の出方を待たずして一直線に、緑色の機体、セルべリアの元へと向かった。
「…今、なんて言いました?」
アリーチェからジルベルトの過去を聞かされた鳴鳥。二人の間に起きた事はとても不幸な出来事で、今も尚、自分を責めるアリーチェだったが、その必要は無いと鳴鳥は言う。これから先を見るべきだと言う彼女に対し、アリーチェは頷いたものの、やはり罪は償いたいと鳴鳥に裁きを下すよう願い出た。彼女が告げたその方法は耳を疑うような内容で、信じ難く思った鳴鳥は嘘であってほしいと聞き返す。けれどもアリーチェは冗談ではないと、もう一度、酷な願いを口にした。
「お願い。アナタの手で、アタシを殺して欲しいの…」
その手で命を奪って欲しいと願うアリーチェ。当然として鳴鳥は拒むが、アリーチェは本気のようでナイフを鞘から抜いて手渡そうとする。何故そんな事を言いだすのだと問いかける鳴鳥に対し、アリーチェは鈍く光る銀色の刀身を指先で撫でながら呟く。
「こうするしか…ないの」
「どんな理由があってもそんな事出来る訳がありません!」
「アタシを殺せばジルとアナタは結ばれるのよ!?それでも出来ないと言うの…?」
ジルベルトの枷を解くためには条件がある。それは力を与えた観測装置であるアリーチェが命を失うこと。もしくは致命傷を負って繋がりが弱くなれば良いのだが、その場合は枷をはめられた側、契約者であるジルベルトが強い意志をもって自ら解き放たなくてはならない。
枷から解放された久城。テレンティアとの戦において、彼の観測装置であるセルべリアが戦闘不能に陥るまでに至り、鳴鳥の言葉で目を覚ました久城は意志の力で枷を外したのだろう。同様にフラヴィオも、ラウナが敵を巻き込むよう氷撃を放ち、それを切っ掛けに強い意志の力を発し、枷から解き放たれた。
どちらにせよアリーチェを傷つけなくてはならない。他に方法は無いのかと、問う鳴鳥に対し、アリーチェは静かに首を横へ振った。
「そんな事、絶対できません…っ!…ジルベルトさんの事を諦めはしませんが、誰かを傷つけるような真似をしてまで一緒に居たいと思いません…っ」
「その程度の想いって事なのね」
「違います…っ。私は信じていますから…。ジルベルトさんの事を…―――」
誰かを犠牲にせずともきっと乗り越えられると。ジルベルトならばいつか必ず枷から解放されると信じている鳴鳥。そう言った彼女の瞳は真っ直ぐでいて、その想いに揺るぎは無い。
鳴鳥からの答えをアリーチェは予想していたものの、ここまで真摯な想いを見せつけられると苛立ちもする。腹いせのようにジルベルトは選ぶことを拒んで逃げ出したのだと言い張るが、鳴鳥はそんな筈は無いと答える。
「きっと他の方法を見つけて、その為に去ったのだと。今では分かります」
「アナタもジルも…。本当に、お人好しね」
「お人好し…はよく言われますけど、誰かを傷つけてまで得るもので幸せになんかなれないと思うんです…。それが大事に思う人なら尚更で…」
「大事…?アタシの事が…?」
「はい…っ!その…色々とありましたけど、アリーチェさんとはもっと仲良くなりたいと思いますし…」
嘘を吐いているようには見えない鳴鳥。彼女に対してアリーチェは最初から辛辣な態度を取り、ジルベルトとの事では手を上げもした。今だって彼女が信じるジルベルトの事を非難したりと感じは良くない。仲良くなりたいなど口先だけだと思いたいが、鳴鳥が嘘を吐けない性格なのは把握している。
「…アナタって物好きね」
「そう…ですか?」
ぼやっとしているようでハッキリとものを言い、誰かの為に在りたいと願っていて、常に前を向いている少女。セラフィーナと似ているとも思いもしたが、鳴鳥はセラフィーナよりも強くて真っ直ぐでいるように思えた。
すっかりと冷めてしまった紅茶を飲みほしたアリーチェ。彼女は深い溜息を吐いて、そしてテーブルに置かれていた銃とナイフを仕舞う。死を受け入れるのを考え直してくれたのだと悟った鳴鳥はホッと胸を撫で下ろし、心の底から嬉しそうに顔を綻ばせた。
「アタシの負けね」
「勝ち負けなんてないですよ?」
「いいえ。根負けしたって事よ」
「はぁ…」
「ともかく、アナタ達がそう言うのなら仕方がないわね」
これでもう話すことは無い。自分が教えられる事、出来る事はここまでだと言い、アリーチェは話を終わらせた。
屋敷に訪れた時とは違い、執事に代わりアリーチェが見送りをする。今日は話して貰えて良かったと言う鳴鳥に対し、アリーチェは肩を竦めさせ、そして別れの挨拶交じりに最後の言葉を交わす。
「…アナタならどうにかなるかもなんて思えてくるの。…不思議よね」
「そう…ですか?私にはなんの力もありませんが…」
「そんなことは無いわ」
観測装置である自分ならば、その人物がどんな力を持っているのかが分かる。そもそも鳴鳥の力はアリーチェでなくとも、分かるだろう。常に誰かを思い遣り、辛いことがあっても前を向く強さは誰にでも分かるくらいであった。
「それじゃ、また。…今度会う時は戦場かも知れないけど」
「あ…。はい…。そうですね…」
夕日に照らされたアリーチェの表情は晴れやかでいて、話せて良かったと思う鳴鳥で。ジルベルトが去った理由もまだはっきりと分からないが、信じられる事は出来て。後はセリアからの申し出をどうするべきか考えるだけなのだが、それは簡単に答えが出せない悩みであった。
「久城センパイ、お待たせしてすみません」
「…いや、僕は大丈夫だよ。それより―――」
鳴鳥とアリーチェ。二人の表情を見るからに何も問題は無かったのだと安堵した久城は問い掛けようとして止め、微笑んで迎える。助手席のドアを開け、鳴鳥を先に座らせようとするが、扉を閉じる前にけたたましい音が、久城とアリーチェの所持していた小型通信機が緊急着信を告げた。
通信に応じる二人は真剣な、ピリッとした空気を纏い、その内容に少しばかり驚いたようで、それでいて焦りを感じるような、戸惑った様子であった。
「何か…あったのですか?」
「ああ。僕は急いで向かわなければならない。鳴鳥、君は特務部にて待機だそうだから車に、自動運転でドッグに向かって欲しい。直にアルヴァルディが迎えに来るから」
「わ、分かりました…」
久城はアリーチェと共に屋敷に戻り開けた場所へ。二人の元へは二機のARKHEDが舞い降り、直ぐに飛び立つ。彼らに置いて行かれるのは仕方がないことで、鳴鳥は一人だけ向かう方向が違う車の中から二機のARKHEDが小さくなるのを見つめながら膝の上に置かれた拳をぎゅっと握りしめる。
アルヴァルディに戻ってきた鳴鳥。やはり何かあったのだと思われる位に皆の顔は緊張の面持ちで、重たい空気である。何事かと鳴鳥が問いかける前に彼女の元へと進み出たのはこの船、アルヴァルディに乗船している筈がない人物で、鳴鳥は少しばかり身構える。
「セ、セリアさん…」
「御機嫌よう、と優雅に挨拶をしたい所だけど、そうもいかないの」
少々焦っているようであるセリアが告げた現状。それは驚きを通り越して茫然とするものであって、簡単に受け入れられるものではなかった。
セリア曰く、敵の、エルンストの手駒である者達の襲撃が確認され、現在交戦中だとの事。場所はアストリアから遠く離れた辺境宙域で、特務部の第13部隊が敵を捕捉する為の監視衛星のデータ書き換え作業中に襲撃を受けた事、そしてその第13部隊には鳴鳥の良く知る人物、今最も会いたいと願う者、ジルベルトが属しているそうだ。
やはりジルベルトは逃げたのではなく、誰よりも早く敵を討つためにあえて危険な任務に就くことを志願したのだと、そう分かってこれまでの不安が払しょくされる鳴鳥だが、安堵は出来ない。今現在ジルベルトには危機が迫っていて、いくら不死身の身体を持っていても、かつてジルベルトを完膚なきまでに叩きのめしたエルンストの差し金なら、油断は許さない。
「ジ、ジルベルトさんは…っ!」
「今の所、持ちこたえているようだけど、それも時間の問題だわ。取り急ぎクランド君とアリーチェさんに救援を頼んだのだけれど、敵の戦力が計り知れないからには油断が出来ないわ」
「計り知れない…?これまでに戦った事のない相手と言う訳ですか?」
「ええ…。それに…―――」
かつてまみえた事の無い敵。それにより苦戦を強いられるのは必至だろうと、更には敵機のARKHEDの数が多く、持ちこたえていることが奇跡とも言え、ジルベルトが倒されるのもそう時間を要さないそうだ。
遠く離れた場所へ向かうにはARKHEDなら容易い。一先ず久城達が救援に向かい、追って星団連合軍所属の最大級戦艦ブリューナクを中心とした部隊が発つらしい。アルヴァルディも部隊編成に組まれるため、現在ランデブーポイントへと向かっているのだが、セリアがここにいる理由は分からない。…否。鳴鳥には分かっていたが、彼女の意図を汲み取るにはまだ決意が足らなかった。
「貴女には彼の元へと駆けつける翼も力もある。何を迷うと言うの?」
「私は…、私には…―――」
ふと見まわすと皆が。マリアンは優しく微笑み、コンラードは何も心配は要らないと強く頷き、スティングは何時もと変わらぬ表情だが信じてくれているようで、アランは大丈夫だと安堵させるような眼差しで見送る。皆に後押しをされた鳴鳥。一歩前へと進み出る彼女の手は震えていて、不安は拭えないでいる。けれどもこうして迷っている間にも大事な人が傷ついているかもしれない。そう思うと小さな勇気が芽生え、それは迷いを打消し花開く。
皆が見守る中、鳴鳥は最後に気合を入れるよう両頬を両手で叩く。じんじんと痛む頬。少しばかり頬を赤くした彼女はセリアに願い出た。大切な者が居る場所へと至る為の翼が欲しいと。
静かな宇宙。黒くて、星が煌めく中をエメラルドグリーンとピンク色の二機のARKHEDが脇目もふらずただひたすら突き進む。
ジルベルトが属する第13部隊が襲撃を受けたと報告があり、急いで向かう久城とアリーチェだが、辺境宙域に辿り着くまでにはまだ時間を要する。不死の力を持ち、数多くの戦場を経験したジルベルトならば簡単にやられはしないだろうが、味方のARKSを守りながらでは分が悪い。それに加え、久城には別の気掛かりがあった。
「鳴鳥との話は済んだようですね」
「ええ。つつがなく、ね」
アリーチェとの和解は出来たようだが、今の鳴鳥は大きな決断を迫られている状態である。久城としては彼女には思うがままに行動してほしいと願う一方で、危険な場所からは遠ざけたいとも思うのであった。だが現状、ジルベルトの危機ならば鳴鳥は力を欲するだろう、ならば己の出来る事は真っ直ぐに突き進む彼女を守る事だと覚悟を決めていた。
「話は済んだし、和解も出来たと…思う。ただ、アタシの願いは叶えられなかったけど」
「願い…?」
不意にアリーチェが呟いた言葉。彼女が望むのはやはりジルベルトから鳴鳥を遠ざける事かと思われたが、そうではなかった。その願いは何かと久城は問いかけようとするが、その前にモニターのAIが緊急を知らせる。
彼方から向かってくるもの。それは後退するジルベルト達第13部隊ではなく、かつて会い見えた事のある者達、敵である金色と銀色のARKHED、デクセス機とデクセプ機で、彼女らは見た事の無い黒いARKHEDが複数機を従え、こちらに向かって来ていた。
「あれは…」
「どうやら、数をもって攻め入ろうって魂胆らしいわね」
「…っ、こんな所で足止めされている訳にはいかないのに」
「つべこべ言っている暇は無いわ。行くわよ…っ!!」
戦闘機形態から二足歩行モードへ。アリーチェは小型の遠隔操作機を展開させ、久城も銃器を構えて迎え撃つ体制を整える。
後続部隊が到着するまでは時間を要し、何よりも自分達はジルベルト達の救援に向かわなくてはならない。ここから先に通す訳にもいかないが、一刻も早く突破しなくてはならない。対峙した事の無い搭乗者不明の機体が複数あり、数では圧倒され、更には久城とアリーチェは連携を取れるかが分からない。出たとこ勝負の上に劣勢となるのが目に見え不安を過らせるが退く訳にはいかなかった。手汗でぬめりそうになるハンドグリップを握り直した久城は先制を喰らわす為にロングレンジライフルを構えて照準を合わせようとするが、白い一筋の光が横切り、敵陣へと突っ込んでいくのが見えて驚く。
「…まさか…っ!?」
光り輝く軌跡を描く機体。それは一途な想いに突き動かされる少女が搭乗するARKHEDであった。




