第83話 Yellow ARKS that nose art was printed
別部隊、特務部第13部隊に配属早々、ジルベルトはある意味熱烈な歓迎を受ける。船長であるドナートや案内役を買って出たカリナの馴れ馴れしい態度に辟易とするが、彼らに振り回されている場合ではなかった。
案内を終え、簡単に纏めて持参した私物を私室に置き、ジルベルトはジュラルミンケースと縦長の紙袋の手提げを手に船長室に向かう。
ある程度は予測していたが、ドナートは船長室で既に酒を煽っていて、赤ら顔で管を巻いていた。彼の酌に付き合っているのはドナートよりも年上のようで、身の丈が軽く二メートルを超えた巨漢で、額には二対の角が生えた鬼人種という珍しい種族の男、マグヌス・メルテザッカーであった。
「よう!ジル。一杯付き合わねぇか」
「…お断りします」
「はぁ?つまんねぇ野郎だな。女も酒もやらねぇとは…。それでも男かっての」
「酒は時と場を選んでなら飲みます。女についても、今がそのような場ではないからです」
「…真面目くさりやがって。事前の情報とはえらい違いじゃねぇか」
「…事前の情報?」
「ああ。あの狸ジジイが言っていたんだぞ。職務はキッチリとこなすが、気を抜けるときには気を抜いて、酒についてはザルで、18も歳の違う可愛い彼女がいるってな」
「…」
グッと拳を握りしめたジルベルトはへらへらと笑う上官の姿を思い浮かべてわなわなと肩を震わす。余計な事を喋ったヘニングに対する怒りが募るが、今はそれすらも気に留めている暇は無いと苛立ちを振り切り、一呼吸置いた所で本題に入る。
ジルベルトがテーブルに置いたのはジュラルミン製のケースで、その中には大量のデータメモリースティックが入っていた。
第83話 Yellow ARKS that nose art was printed
「これが例のブツか」
「はい。これらを監視衛星に取り付けるのがこの部隊の今後の任務となります」
本来ならばアストリアを中心軸として外周を回るように辺境宙域を航行しているエアヴェルメン。かの船に乗る者達は通常は辺境宙域で起きたいざこざを片付けたり、外宇宙からの脅威に備えていたりとするのだが、今回は普段とは違う特別な任務が与えられた。
アストリアから遠く離れた場所は連合軍や警備隊の目も届きにくく、犯罪の温床となる事が多い。広い宇宙では常に見回る人員も予算も無く、警備の手間を軽くするために監視衛星が置かれていて、それらは常に異常がないか人に成り代わり目を光らせている。
今回ジルベルトが持参したデータはセリアから託された物で、エルンストが動かし、今現在は時空を歪めることによりその姿を隠している小惑星、アドミニストラードの位置を特定するプログラムが書き込まれている。第13部隊に与えられた任務は獲物を捕らえる為の網を張る様なもので、どうやらこの地道な作業をドナートはお気に召さないらしい。
「…今回の任務は自分一人でも充分です。ただ、中継点としてこちらの船に何度か戻れれば問題ありません」
「いくらARKHEDと言えども、乗っている奴は普通の人間だからな。全部の監視衛星を回るだけの体力はもたないってか」
「…ぜひともご協力、よろしくお願いします」
ジルベルトが頭を下げなくとも、上からの命には逆らえない。めんどくさそうにボリボリと後ろ頭を掻いていたドナートはグラスに残ったビールを飲みきり、ジョッキをテーブルに置いて大仰な溜息を吐く。命には逆らえなくとも、いやいや協力するのと誠心誠意協力するのとでは差が出る。できればいち早く任務に取り組みたく、ジルベルトは頭を下げるが、ドナートの返答は意外なものであった。
「お前さん一人には苦労させねぇよ」
「いや、手を煩わせる訳には―――」
「データを書き換える間、無防備になるだろう。いつ襲撃が起きるか分かんねぇ時に、更には敵の位置を捕捉する為に作業している奴なんざ、敵としては早々に潰したいだろうさ。そんな任務を一人でやらせる訳にはいかねぇ」
「自分の搭乗するARKHEDは少々の攻撃なら耐えられます。いや、寧ろ巻き込まない為にも、余計な犠牲を出さない為にも貴方がたは後方待機でお願いしたいのです」
要らぬ世話だと突っぱねるのではなく、皆を危機に晒したくないのだと強調してジルベルトは言うが、ドナートはしかめっ面に、徐々に不機嫌さを表情に表わしていく。穏便に事を進めたかったはずだが、下手に出たのは間違いだったようで、ジルベルトの気遣いは逆に相手の癇に障ったようだ。ドンっと大きな叩きつける音。それはドナートがテーブルを握り拳で叩いた音で、彼はこめかみに青筋を立ててジルベルトを睨み付けた。
「この船に来たからにはお前さんは俺の部下だ。…勝手は許さねぇ」
「…しかし、敵の機体はARKHEDで、ARKSでは―――」
「確かに機体の性能差はある。だが、引けを取るとは限らない。俺達は性能の差を実力で補う」
「…簡単に言いますが、過去にARKHEDと対峙した事はあるのですか」
「いや、ねぇな」
「…」
悪びれもせずに大口を叩くドナート。辺境の惑星には危険種も多く、それらを相手にする事が多い彼ら第13部隊。その実力は特務部の中でも高い方で、ジルベルト達よりも場馴れはしている。けれどもARKHEDが相手となると話は違う。
頑として意見を曲げる事が無いドナートを相手にどうしたものかとジルベルトは悩むが、ここは自分が折れるしかないと思い至った所、これまで沈黙を貫いていた者、マグヌスが口を挟んだ。
「船長は実力を見くびって欲しくないとか、そういった事で反対している訳ではない」
「五月蠅ぇ!マグヌス、お前は黙っていろ!」
「…船長はこの通り、感情で物を言うから会話が成立しにくい」
「…はぁ」
言葉で言っても無駄ならばと、ドナートはマグヌスに掴みかかるが、相手は岩のような大男であって胸ぐらを掴んだ所でビクともしない。逆に襟ぐりを掴まれてしまい、話の邪魔だという風にポイッと放り投げられ、ドナートは床にダイブした。マグヌスはこの船の副船長であるからして、上官であるドナートに対しての扱いが雑すぎるようであったが、これは日常茶飯事らしく、気にしないようにとジルベルトに対して彼は言った。
「話は戻るが、船長はお前の身を案じているのだ」
「…自分は不死の力を得ています。その位は存じているのでは?」
「ああ。確かにそうだが、今回の敵の中に、お前を手酷く痛めつけ、危機的状況まで追いやった者が居るとも聞いている」
「…」
エルンストの情報は既に出回っていて、あの忌々しい出来事を思い出してジルベルトは内心舌打ちをする。確かにマグヌスの言う通り、エルンストはジルベルトの存在を認識しており、今後はその力の対策を手駒にも持たせているかもしれない。不死者であるというアドバンテージを過信し過ぎない方が良いと言うのは尤もな意見で、その事にも苦虫を噛み潰す様な気にさせた。
相手の言い分にも一理あるようだが、それでもARKHEDを守る為にARKSを配置するなど、逆なら当然だが、あってはならないとジルベルトも意見を曲げない。
「それではこうしよう。私達は自分達の命を最優先にすると。少しくらいの足止めなら良いだろう?」
「…分かりました。こちらとしても協力していただけるのは有難いと思います。ですが、くれぐれも、奴らが現れた際には下手に刺激をしないよう、自分に任せて下さい」
一応は話が付いたようだが、ドナートは納得がいかないようであり、ジルベルトに掴みかかろうとした。こうなる事も予測し無かった訳ではない。それでもここまで話の通じない相手だとは思っておらず、ジルベルトは内心溜息を吐きつつ、持参した縦長の紙袋を差し出した。
「遅くなりましたが、これはこれから世話になるにあたっての心ばかりの品ですが、お受け取り下さい」
「…こんな物如きで俺は―――うおっ!?これは幻の大吟醸『桜花』じゃねぇか!」
不機嫌そうな面は一瞬にして極上の笑顔へ。ビールだけでなく、酒と名のつく物なら何でも好むドナート。ヘニングのアドバイス通りになるべく良い品を持参したジルベルトであったが、予想外の身の変わりように呆れ返り、最初に渡しておくべきだったと後悔する。
極上の酒を手に入れて上機嫌のドナートは早速祝杯だと息巻いており、先程の不機嫌さは微塵にも感じられない。どうやら上手くいったようだが、彼に無理やり肩を組まれてラウンジに連行されるジルベルトは内心ウンザリだと毒づいた。
セリアとの話を終えた鳴鳥はアランと共にアルヴァルディに戻り、何時も通り夕食の準備に取り掛かる。そして夕食後、皆に今日セリアから聞かされた事を打ち明けた。セリアからは一人で考えるよりも他者の意見を聞くのも良いだろうと、口止めをされるどころか相談する事を勧められた。
自分でもにわかに信じ難い話であって、皆にも驚かれるかと思い、鳴鳥は恐る恐る自身の力の事を話すが、意外にも皆は動じる事が無く、どこか腑に落ちたような、納得したような顔つきになっていた。
「やっぱり、ナトリさんは特別だったんスね。いや~俺も前からそうじゃないかって、思っていたんっスよ」
「もう、コンラードったら、調子がいいんだから。…だけど、この子の言う事に私も同意よ。前々から、何か私達とは違うと、特別な力があるとは思っていたわ」
調子付くコンラードはさて置き、マリアンの言葉にスティングや久城が頷く。そこまで皆に言われてしまえば、セリアの言葉も信じられるような気がするが、自信に満ち溢れることは無く、やはりまだ、もう一度ARKHEDに搭乗しようという気は起きない。皆は鳴鳥の望むようにするのが一番だと言ってくれたが、結局その答えは皆との話の中ででは見つけられなかった。
夕食後の片付けを終えた鳴鳥は自室に戻ろうとした所、一人ラウンジに残っていた久城に呼び止められた。
「少し、いいかな」
「あ、はい。でしたら、お茶を用意しますね」
「…ありがとう」
久城の手元にあった空のカップに琥珀色の紅茶が満たされ、鳴鳥のカップにも注がれる。茶の用意が出来、一口飲んでお互いが一息ついて落ち着いた頃、久城から話を切り出した。彼は先程の、セリアとの話の事で言いたかったことが言えなかったようだ。
「僕としてもセリアさんの言う事は尤もだと思うんだ」
「…久城センパイ」
未だ自身の力を信じ切れていない鳴鳥に対し、久城はもっと自信を持つべきだと言う。それはただの気休めの言葉ではないと、自ら経験した上での意見であると、久城は続けて言った。
「僕が怒りや憎しみの感情に飲まれていた時、君の声が聞こえたんだ」
「そ、それは―――」
テレンティアとの戦にて久城は鳴鳥の命を狙い、彼女を執拗に追い、後一手の所まで追い詰めた。彼に殺される事も致し方ないと諦めた所で出た鳴鳥の言葉、好きだったという気持ちが彼の心を揺さぶり、我に返る切っ掛けを与えたそうだが、今となってはどう反応してよいのやら困る所の過去の話である。一時の気の迷いとは言わないが、彼への想いは恋愛とは違う家族に対する情愛だと今では気付いていて、彼を救った切っ掛けがあの言葉だとなると、鳴鳥は申し訳ない想いで一杯になる。
鳴鳥の戸惑いに気づいてか、久城は蒸し返したようで済まないと言い、その事についてはもう良いのだと、それよりもと話を続ける。
「強い想いの力があったから、だから君の声が届いたんだと僕は思うんだよ」
「…あ、あの時は無我夢中で…っ」
「その様な追い込まれた状況だから、普段は抑えられている君の力が発揮されたのかも知れないね」
「力の発現は危機的状況下で…って事ですか。それって火事場の馬鹿力的なものでは…」
「ある意味そうかもしれない。そもそも、ARKHEDはそういった感情の波を、激しく波打つ心を解析する為に設計されたようだから、潜在的な能力を見抜いて君の元へとセリアさんが助けを求めたのは当然の事なんだ」
だから戸惑うことは無いのだと、胸を張っていれば、何時も通り、誰かの為にと奔走している姿が鳴鳥らしいと久城は言う。彼も背中を押してくれた。皆と共に戦える。それはARKHEDを失い、歯がゆい思いをしていた鳴鳥が望む事であるが、やはりあと一歩、踏み出す勇気が湧いてこない。そんな彼女に後押ししたはずの久城は自嘲気味になりながら前言を否定するかのような意見も述べる。
「僕としては前にも言った通り、鳴鳥には戦場に立って欲しくは無いんだけどね」
「…久城センパイ」
「何にせよ、鳴鳥が気負いすぎることは無い。いざとなればセリアさんも居る事だし、君が戦わなくて済むよう、僕も傍に居るから」
久城の優しさは嬉しく思う鳴鳥であったが、このまま彼に甘えていても良いのか、皆が戦うのを見守っているだけでいいのかとも思う。けれども人知を超えた力を持つセリアには敵わないという自信の無さから、まだ迷いは晴れずにいた。
久城との話を終えた鳴鳥は自室に戻り、ベッドに身を預け、天井を仰ぎ見て物思いに耽る。これから先どうするべきか、皆の話を聞いても、自分で考えても答えは簡単に出ない。
命をやり取りする場に未だ慣れることは無く、セリアの指摘通り、無意識的に力をセーブしているようだが、もしまた戦場に立ったとしても、本気で相手を倒そうという気は起こせないと分かっている。
「(やっぱり…私には…)」
誰かを、例えこの世界を蹂躙しようと目論んでいる者達でさえも、どんな相手でも引き金を引くことに躊躇う気持ちを捨てられない。やはり無理である。そう結論を出そうとしていた所、サイドテーブルに置いていた小型通信機が着信を告げた。相手はあの日、ジルベルトとのデートを終えて帰ってきた時に会って以来の人物で、じっくりと腰を据えて話したいと思いつつも、すれ違っていた者、アリーチェであった。
「ア、アリーチェさん…!」
「…相変わらず元気そう―――って程でもないのかしら?」
アリーチェからの連絡に驚いていた鳴鳥だが、一目見ただけで彼女に現状を見透かされてしまった。その指摘通り、今の鳴鳥はジルベルトが居なくなってしまった事と、セリアからもう一度ARKHEDに搭乗して欲しいと願われて対応に困っている事と、こうして目の前にしたアリーチェとの事で、頭の中はいっぱいいっぱいである。どう返せばよいか鳴鳥が戸惑っている所、アリーチェの方から話を切り出したが、彼女の問いには答え辛くあった。
「ジルと連絡がつかないのだけれど、アナタ、何か知っているのかしら」
「…そ、それは―――」
ジルベルトが去った理由を鳴鳥は未だに分かっていない。彼が愛想をつかしたとか、そういった理由で何も言わずに去った訳ではない事が分かるが、何の為に姿を消したのかは想像もつかずにいた。
口ごもってしまった鳴鳥を見兼ねてか、アリーチェは溜息を吐きつつ肩を下し、そして「やっぱり」と小さく呟いて悲しげな視線を向けた。どうやらアリーチェにはこうなる事が分かっていたようで、彼女は取り乱す事無く淡々と事実を確認する。
「ジルはアナタの前から居なくなってしまったのね」
「は、はい…。で、でもどうしてアリーチェさんはジルベルトさんが居なくなることを知っていたんですか?」
「分かるわよ、ジルの事なら。何でも分かっちゃう…」
ジルベルトの事を本当に理解しているのだと言うアリーチェだが、誇らしくする事も無く、何も理解できない鳴鳥を馬鹿にするでもなく、ただ悲しげに目蓋を伏せさせていた。
現状が理解できたアリーチェはならば仕方がないと、半ば諦め気味に溜息を吐きつつ、何故ジルベルトが離れて行ったのかを述べるが、それは鳴鳥にとって到底納得のできるものでは無かった。
「何にせよ、アタシだけでなく、ジルはアナタからも逃げたって事ね」
「そ、そんな…!ジルベルトさんは逃げたりなんか…っ」
「逃げたのよ。どちらか選べないから、どちらも選ばないように逃げたのよ」
「そんな事はありません…っ!ジルベルトさんが去ったのにはきっと理由があって―――」
現に他の部隊に所属して任務に就いていると、決して逃げたのではないと、ジルベルトの事を信じていると鳴鳥は言うが、アリーチェは聞く耳を持たず、頑なに自身の見解を曲げようとしない。どうすれば彼女に信じて貰えるのか、鳴鳥は考えを巡らせるが、ジルベルトの事に至っては鳴鳥も分からない事ばかりであって説得力のある擁護は出来なかった。
「…アナタはジルの事を何も分かっていないから騙されて捨てられるのよ」
「…捨て―――」
それだけは考えないようにしていた。けれどもこうしてジルベルトの事を自分よりも理解しているように感じるアリーチェに言われてしまえば、鳴鳥は自身が無くなり、その事実に打ちのめされそうになる。
アリーチェとしては事実を述べたまでなのだが、鳴鳥が瞳を潤ませ始めたのに気付き、バツが悪そうにそれ以上は追い詰めるような言葉を言うのは止めた。弱者に鞭を打つような真似はしたくない所であるが、この際だからとアリーチェは現実を突きつける様に言い放つ。
「こうなったらアナタに全部話してあげるわ。ジルの事。それからアタシとジルの関係もね」
それは鳴鳥も知らないジルベルトの過去の話。十数年も前の、まだ彼がARKSのレーサーになる前の、今は失われた小さな星で暮らしていた頃にまで遡る。何故彼がARKHEDの力を得たのか、不死の力を得たのか、それは一人の少女の存在によって引き起こされた悲劇であった。
星々が煌めく宙域。アストリアから遠く離れた場所では地道な作業が、監視衛星のデータを書き換えるという作業が行われている。この任務に就いた特務部第13部隊はジルベルトのARKHEDを中心として作業中の機体を守るようにARKSを配し、作業が終わるのを待っていた。
「(それにしても…)」
作業をしつつ周囲に居る者達の姿を見ていたジルベルトは少々呆れ返っていた。
警戒態勢に着いたのはカリナとマグヌス、そして船長であるドナートで、船長自らARKSに搭乗するなど思ってもみなかったが、ジルベルトも船長の身であるにもかかわらず前線に出ていた事から文句は言えない。それについては理解もあるのだが、彼らの搭乗するARKSに問題があった。
一際大きく真っ赤な機体はマグヌスの物で、火力に関しては戦艦級のビームレザー砲を有しているなど問題ないが、積み過ぎていて機敏性に欠けており、大きな機体は格好の的である。カリナの搭乗する機体は逆に小さく、小回りが利き、機敏さには文句のつけようが無いが、火力は低く、その上青色のボディコーティングにはラメ入りの塗装がなされていて、更にはデコレーションと言うのだろうか、キラキラと輝く装飾が付けられていてけばけばしい印象を受ける。そして何よりジルベルトが気に食わないのはドナートの操縦する機体に対してで、彼の機体の黄色のボディにはノーズアートが、水着を着た女性が描かれているのだが、それはジルベルトにとって一番大切な者のイラストであるのだった。扇情的なポージングで面積の少ない水着を身に着けるツーサイドアップの少女。ドナート曰く、ロリコンではないが、テレンティアの戦を勝利に導いた女神だから御利益があるとの事で描かせたらしい。
「(…敵の襲撃があったらアイツだけは放っておくか、それか誤射でアイツの機体を沈めてやりたい…)」
苛立ちを滲ませつつ作業を終え、ジルベルト達は距離を置いて待機していたエアヴェルメンに帰還した。決して疲れる作業ではなかったのだが自然と溜息はこぼれ、そして機体から降りてきたドナートに捕まり、更に疲労を滲ませた表情になる。
「おーし!今日の仕事は終わりだ終わり。次の地点までは丸一日かかるから、今夜は飲むぞー!!」
「…移動距離が無くとも飲む気でしょうが」
「おう?何か言ったか、新入り」
「…別に何も」
毎晩のどんちゃん騒ぎ。それはこの船のルールのようであって、船長であるドナートには逆らえない。皆は酒を浴びるほど飲んで楽しげにしているが、ジルベルトは彼らのテンションに付いて行く事は出来ず、というよりも端から付き合う気など無く、それでも強制的に参加させられて、せめてもの抵抗で、端の方でちびちびと酒を飲んでいた。
ジルベルトは酒自体が嫌いな訳ではない。アルヴァルディに居た頃は進んでボトルを開けたり、苛立った時に酒に走る事もあった。けれども酒というものは一緒に飲む相手により味が変わるようで、極上の酒も今では不味く感じられた。
「もー。相変わらず一匹狼を気取っちゃって」
「俺の事は放っておいてくれ」
ワインのボトルを片手にジルベルトの傍へ近寄ってきたのはカリナで、赤ら顔の彼女は大胆に身を摺り寄せてきた。ふと視線を落とせば吸い込まれるような谷間に、スラっと伸びた足が。男なら誰もが目を奪われてしまうんだとジルベルトは内心言い訳をして、視線を外して酒を煽る。
「ねぇねぇ、もしかして、ジルの置いてきた彼女ってのは、船長の機体に描いてあるノーズアートの子?」
「ぶは…っ!!」
「ちょ、ちょっと、大丈夫?」
図星を指されたジルベルトはむせ返り、無様な姿を晒してしまった。あからさまな反応を見せてしまったからには誤魔化しようが無く、口元を拭っていたジルベルトはただただ無視を決め込むしか出来ず、ニヤつくカリナの視線も徹底的に無視を決め込んだ。
「へぇ~そっか~。あの子がね~」
「…」
「可愛くて、一躍時の人で、そんなあの子にこんなオジサンがねぇ…」
「…」
「しかも何を考えてか、こんな部隊に配属になっちゃって。ちゃんと話をして残してきたんでしょうね?」
「…」
鳴鳥と自分とが釣り合いが取れていない事をジルベルトは十二分に自覚している。アルヴァルディの皆は二人の事をよく知っているから祝福してくれたようだが、世間一般の人から見る目はやはり違うようだ。有象無象に何を思われようが、気持ちは変わらない筈だが、残してきた鳴鳥の事を言われて眉間の皺は深くなる。僅かな変化しか見せなかった筈だが、カリナは勘が鋭いようで、ジルベルトの些細な変化に気づき、そして呆れ返ったように溜息を吐いてダメ出しをする。
「その様子だと、ちゃんと説明してこなかったんでしょう」
「…お前には関係ないだろう」
「確かに関係は無いけど、女としては情けない男は見過ごせないわ」
「…チッ」
ボトルを空にしつつ、カリナはジルベルトに対して説教を始める。今でも好きなのならキチンと訳を話してから離れるようにだとか、いっその事別れる方が互いの為になるだとか、当たり前の事をつらつらと並べ立てられ、ジルベルトは苛立ちを募らせる。けれども彼女の言う事は正論であって、言い返す事は出来ず、ただただ聞き流す事しか出来なかった。
くどくどと小言を言い続けていたカリナだが、ボトルが完全に空になり、最後の一滴が注がれた瞬間、彼女は急に押し黙り、そしてポツリと呟いた。
「…せっかく想いが通じ合っているのに、離ればなれだなんて悲しいじゃない」
しおらしいカリナは珍しい。急に勢いをなくしてどうしたのかと横目で探りを入れるが、彼女は直ぐに新しいボトルを開け、グラスに並々とワインを注ぎ、満面の笑みで口にする。
男には不自由していなさそうなカリナ。現に見かける度に誰かしらの傍に寄り沿っていて、人目もはばからずにイチャイチャと…それ以上の事も致している場面がある。そんな彼女からジルベルトと鳴鳥の仲を羨むような言葉が出て意外に思う所であるが、男に不自由していない彼女だからこそ、深く想いあえる仲は羨ましいようだ。
「ねぇ。ジルはあたしの事、何処まで知っているの?」
「…一応、ここに来るにあたって、皆の経歴は見させてもらった」
「そっか…」
特務部に属するものは他の部で問題を起こした者や、前科者がほとんどである。それはこの船、エアヴェルメンに乗船する者達も例には漏れず、カリナもまた罪を犯して罰として軍属となり、刑期短縮の為に日夜その身体を使って金を稼いでいる。
カリナは元々非合法組織の暗殺者集団に属していて、身体を餌としてターゲットに近づき、寝床で昇天させた所で命までも狩り取り、多くの者達を手にかけていた。以前より男女の交わりは任務を遂行する為の手順として認識していた彼女にとって、行為そのもので満たされる思いは感じないのだろう。性に関して奔放になってしまったのは頷ける過去であった。
「誰かと想いが通じ合って、一つになれるって素敵な事よね。この広い宇宙で巡り合えたなんて奇跡に近いでしょう?そんな事はそうそう何度も起きないんだから、大切な人が居るならちゃんと相手の気持ちも考えてあげなくちゃ」
「…言われずとも分かっている」
「そう?だったら早速連絡入れてあげなよ」
「それは…すべてが片付いてからでないと駄目だ」
声を聴いてしまえば迷いが、顔を見てしまえば躊躇いが生まれてしまう。ジルベルトが為そうとすることは下手をすれば今の立場より更に危うくなるかもしれない事で、大切に思っているからこそ巻き込まないようにしなくてはならなかった。そのような実態をカリナに明かす訳にはいかず、ジルベルトは誤魔化すように、自分の事よりもお前はどうなのだと聞き返す。
「お前にはいないのか?本気で想う奴が」
「え!?あたし?!そんな…あたしみたいなビッチが誰かを本気に好きになるなんて―――」
あからさまな動揺を見せたカリナ。自らを貶めるような発言をして否定していたが、目は泳いでいる。元暗殺者という肩書に、更には誰彼かまわず金さえ貰えれば寝てしまうカリナらしからぬうぶな反応。その意外性に驚いていたジルベルトだが、彼らの元に酒臭い匂いを漂わせたタチの悪い酔っ払いが絡んできた。
「おうおうお前ら。随分と仲が良さそうじゃねぇか」
「船長…!また飲みすぎちゃって…」
「はぁ?こんなのまだ序の口だぞ。まだまだ飲めるっての」
「はいはい。何事も程々が良いってのが分からないみたいね」
駄々をこねる子どもをあやすかのようにカリナはドナートを扱う。その表情は優しげであって、それでいてどこか他の男と接する時と違うようであり、ジルベルトは成程と納得して口端を緩ませた。
手持ちの一升瓶を空にしたドナートはまたフラフラと歩き、他の者たちへと絡みに行った。その後姿を見つめていたカリナだが、隣でクツクツと笑うジルベルトに気づき、怪訝な顔をする。
「…良い趣味だな」
「…え!?な、何を言って―――」
届かない想いに悩む者も居れば、離れていても互いに想いあう者もいる。想いが交差する宇宙にじわりじわりと危機が迫っているとはだれもまだ知らずにいた。




