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Xenoverse  作者: 葉月はつか
phase three : phototaxis
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第78話 Rot seele Kristall

 ジンジンと痛む頬を押さえる鳴鳥。今では湿布薬を貼られて痛みは引いている筈だが、ズキズキとした痛みがまだ残っている。それは胸の痛みで、何故心を痛めているのかというと、先程のアリーチェの姿が忘れられないからで。彼女に叩かれたというのに、自分が被害者だとは思えない鳴鳥であった。

 ジルベルトとのデートを終えてアルヴァルディに戻った鳴鳥。幸せな時を過ごして、この先もずっと今日みたいな時を過ごせるのだと信じて疑わなかった。けれども彼女の前に現れたアリーチェは現実を示す。

 ラウンジでマリアンに手当てをしてもらった鳴鳥は礼を言うが、その表情は浮かない。


「まったく。いくら船長の事を好いているからって、女の子の顔を叩くのは無いわよねぇ」

「い、いえ…。今回の事は私が悪いんです。以前アリーチェさんと、ジルベルトさんの事を好きにならないって口約束を交わしていて、私はそれを破った訳ですから…」

「何よそれ。誰かを好きになるのに許しなんて必要ないわよ。第一、船長が選んだのは貴女なのでしょう?だとしたらナトリが気に病む事は何一つないわ」

「マリアンさん…」

「そうっス!ナトリさんは何も悪く無いっス!」

「そうよねぇ、コンラード」


 ゴゴゴと音が聞こえてきそうな程の怒りのオーラを纏ったマリアン。彼が見下ろす先には床の上で正座をさせられたコンラードが居て、蛇に睨まれた蛙のように恐怖に竦み、震え上がっていた。

 アリーチェに鳴鳥とジルベルトの関係を明かしてしまったのはコンラードのようで、彼はマリアンによって制裁を受けていた。確かに口を滑らせた彼も悪いが、相手はあのアリーチェであって、迫られれば吐かざるを得ないだろう。肩を落として身を小さくしているコンラードに鳴鳥は気にしないで欲しいと声を掛ける。


「いずれは知られる事だったので、コンラードさんも悪くはありませんよ」

「ナトリさん…っ!」

「もう!駄目よ、ナトリ。この子を甘やかしちゃ」

「そう言う訳では…。何にせよ、皆さんを巻き込んでしまってすみません…」


 全ての責は自分にあるのだと言い張る鳴鳥だが、マリアン達は納得いかない。だがここで責任の所在を論じていても事態は何も変わらない。一先ず手当が済んだ所で鳴鳥は部屋で休むようにとマリアンに勧められ、彼に付き添われて自室に戻る。ラウンジに残された者達はどうしたものかと頭を悩ませているが結局の所、当事者であるジルベルトがどうにかするしかないと思い至り、彼がアリーチェを宥めさせて戻ってくるのを待った。




         第78話 Rot seele Kristall




 必要最低限のシックな色合いのインテリアが置かれた個室。煙草の匂いが染み付いたその部屋はジルベルトの私室で、ソファーに座る彼は眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。それは彼の隣に座るアリーチェのせいで、彼女は鳴鳥を叩いて以降、今までずっと泣きじゃくっていた。早く彼女を泣き止ませるならば抱きしめてしまうという手もあるが、今のジルベルトには心に決めた者が居て、彼女を裏切る事など出来ない。

 淹れたコーヒーが冷めきった頃、ようやく嗚咽が治まったようで、アリーチェはポツリポツリと言葉を口にする。


「―――…して。…どうしてあの子なの?」

「…ナトリの事か?」

「そうよ…!どうしてあの子を選んだの!?」

「それは―――」


 当人を前にしている訳ではないが、やはり胸の内を曝け出すのは躊躇われる。どう答えるべきか考えあぐねていたジルベルトだが、適当な答えではアリーチェは納得しないだろうと思い至り、たどたどしくだが想いを明かした。


「最初は…なんというか、危なっかしくて放っておけない存在だった」


 困っている人が居ると放っておけなくて、我が身を省みずに突き進んで。常に誰かの為を思っている鳴鳥の姿は危うくもあるが眩しく映って。涙脆くて弱いかと思いきや、辛い局面に立たされても立ち直る強さがあって。最初は庇護欲であると決めつけていたが、鳴鳥が他の男と親しくしているとイラつく自分が居て。気持ちに気づき始めてからはどうせ自分では幸せにする事など出来やしないと分かっていて、そもそも自分などを好いてくれる筈は無いと思っていた。鳴鳥がARKHED(アルケード)を手放してしまい、アルヴァルディを去らなくてはいけなくなった時、彼女は嘘のように思えるような気持ちを打ち明けてくれた。けれども自分ではやはり気持ちには応えられないと突き放し、その時改めて自分の想いに気づき、そして己の枷を呪った。


「―――その後再会して、今に至る訳だが、…上手く言葉にできないが、俺にはアイツが必要なんだ」

「…」


 誰かを想う気持ちを言葉にするのは難しい。上手く伝わったか気になる所であるが、ジルベルトが話している間、アリーチェは静かに聞いていて、口を挟むことは無かった。そんな彼女だが、全てを聞き終えた所で何故だか自嘲気味に笑い出し、ジルベルトに問いかけてくる。それは問い詰めるような形で、しかも彼女はジルベルトが驚くことを口にした。


「そんなに好きなんだ…。でも、いいの?枷がある身で、このままあの子の傍に居られるの?」

「…アリーチェ、お前…っ」

「ずっと我慢し続けられる?また同じことを繰り返すんじゃないの?」

「…知っていたのか?俺の枷の事を…」

「ええ。でも、知った…と言うより、思い出したのは最近の事だけどね」


 ジルベルトはアリーチェに枷について明かした覚えは無い。他の誰かが彼女に教えたという事も考えられないが、そもそも彼女は思い出したと妙な事を言っている。何故知っているのだとジルベルトは問いたげであったが、その前にアリーチェが行動を起こし、ジルベルトは目を見開いて驚き身を引く。彼女は上着を脱いだかと思うと下に着ていたビスチェのファスナーを下して胸元を露わにした。


「ねぇ、ジル。アタシが相手なら我慢はする事ないんだよ?」

「アリーチェ…っ!おま…何を言って―――」

「アタシなら何だってしてあげられるし、何をしても構わない」

「馬鹿な事を言うな!冗談にしてはタチが悪すぎるぞ」

「冗談なんかじゃないっ!」


 目のやり場に困っていたせいか、ジルベルトはソファーに容易く押し倒され、アリーチェはその上にのしかかる。何時も強引なやり方で愛情表現をしてきたアリーチェだが、今日はどこか様子がおかしい。その身を武器として迫るなど彼女らしくは無いのだが、突然の事でジルベルトは頭が回らなくなり、冷静に諭して落ち着かせることが出来なかった。どう対応してよいか戸惑うジルベルトに対し、無抵抗な彼にアリーチェが迫り、更に距離を詰めてくる。あと数センチ、ほんの僅かで唇と唇が触れあいそうになり、ハッと我に返るジルベルトはアリーチェの両肩を掴んで引き離し、自らも横たえていた身体を起こした。


「悪いがお前の気持ちには応じることは出来ない」

「…このままずっと、あの子にも我慢を強いるつもり?」

「ナトリには話してある。アイツはそれで良いと言ってくれて、寧ろガードが固くて助かっている」

「…何よそれ。アタシの付け入る隙は全然無いんじゃない」

「…すまない。お前の事が嫌いって訳じゃないんだ。ただ、傍に在りたいと思うのはアイツの…ナトリの隣なんだ」

「…だったら。だったら枷を無くしてしまえば良いじゃない」

「何を言い出す。それが出来たら苦労は―――」

「方法ならあるわ」


 そこまで鳴鳥の事を愛しているならば、枷を外してしまえば良いという彼女だが、そのような事はあり得ないと、ジルベルトは否定した。それは彼も願っていた事で、これまで枷のせいで大切な者を傷つけ、そして自分も傷つき、今もなお、その呪いを恐れている事で。本当にそのような奇跡が起きるのなら是非とも教えて欲しいと半ば自暴自棄になりながら言うが、アリーチェはもう一度頷いて、再び瞳に涙を浮かべながら訴える。それは彼女自身が何者であるかの話で、ジルベルトは驚き目を見開いた。


「―――そんな…まさか…」

「嘘なんかじゃないわ。アタシは全部思い出したの…。嘘かどうか、それは明日の招集の場で分かる筈だわ」

「いや…でも…そんな事が…」

「アタシは観測装置オブザーベイションシステム。エルンストが欲望を満たす為に作られた存在で、本当の名…と言うよりも認識コードはセスデクオク、68番という意味よ」


 自分の正体を明かしたアリーチェ。彼女は自身が人ではないと言い、そしてセルべリア達と同じ存在なのだと言った。いきなり突拍子の無い話を聞かされ、ジルベルトは更に動揺し、なかなか話の内容を受け入れられないようであった。にわかには信じ難い話であるが、アリーチェの表情は真剣で、嘘を言っているようではない。彼女は観測装置オブザーベイションシステムの役割…強い願いを持つ者と接触し、願いを叶え、ARKHED(アルケード)を与え、枷を填めて観測すると説明したが、何故その事がジルベルトの枷と関係あるのか、疑問に思うよりも嫌な予感を覚えた。


「アタシはジルの…貴方の観測装置オブザーベイションシステムなの」


 話の流れから覚悟はしていた。けれどもその事実は易々と受け止めきれるものでは無い。互いに押し黙って、ジルベルトは頭の中を整理するようにこれまで聞いた事を反芻させ、アリーチェは彼がどう判断を下すのか、刑を言い渡される罪人のように震えながら待っていた。程なくして溜息を吐いたジルベルトはアリーチェを責める事も無く、罵る事も無く、彼女を気遣うように言葉を発した。


「…今まで辛かっただろう」

「そんな…っ!アタシの事よりもジルの方がずっと―――」

「俺は…。俺のこの力は自らが望んだことだ。その結果が枷だするならば、相応の罰だと…。いいや、これぐらいでは贖えないな」

「違うわ!ジルが星を滅ぼした事だって、ARKHED(アルケード)さえ無ければ―――」

「ともかく、この事でお前は悩んでいて、姿を現さなかったんだな」

「それは…その…」


 ただでさえ雲を掴むような話をされたというのに、ジルベルトはアリーチェの事を気遣い、そして自分を責めることは無いのだと諭す。やはり彼は、アリーチェが思った通りの言葉をくれて、咎める事など無かった。赦して貰えたのは素直に嬉しく感じるが、彼の優しさに甘える訳にはいかない。これまで彼を苦しめてきた罪は償わなければならないとアリーチェは話を進める。


「ありがとう…ジル。やっぱりジルは優しくて…強くて…。そんなアナタを…好きになれて良かったと思うわ」

「…アリーチェ。その、お前の事は恨んでなどいないが、お前の想いを受け入れる訳には―――」

「ううん。それはもういいの。自分でも分かっているのよ。あの子の方がアナタの傍に相応しいって。…でも、一つだけ確認をしたいの」

「ん?何だ。遠慮せずに言ってみろ」

「あの子を選んだのは…セラフィーナに似ているからなの…?」


 どんな問いを掛けられてもこれ以上驚くことは無い。そうジルベルトは高をくくっていたが、アリーチェの問いに口をつぐんで表情を強張らせる。何故その名を、その者を知っているのかという疑問は、先ほどアリーチェが言っていた通り、彼女が全てを思い出した結果で、観測装置オブザーベイションシステムである彼女はARKHED(アルケード)を得る前のジルベルトに接触しているからである。

 かつてジルベルトはアリーチェに指摘された通りにセラフィーナと鳴鳥を重ねて見た事がある。けれども彼女と過ごすうちに違いが明らかになり、自分が決して失った者の姿を鳴鳥に見たのではないと言い切れる。


「…さっき、あれだけ熱い想いを語ったのだから、それは無いわよね」

「あ、ああ…。ナトリとセラは全く違う。セラは大人しくて、向こう見ずな性格ではない」

「そうかしら。あの子はアナタの事となると周りが見えなくなるようだったけど」

「いや、違う。それに、背丈も体型も…―――」

「アタシは本質的な事を言っているのだけど…。まぁ、感じ方はそれぞれだし、ジルがそう言うのなら、そういう事にしておくわ」


 安心したように、ホッと息を吐くアリーチェ。これで彼女の話は全てかと思われたが、驚くべき事実の数々に大事な事を失念していた。それはジルベルトの枷を外す方法で、アリーチェはその方法を知っていると言った。ジルベルトに力と枷を与えた観測装置オブザーベイションシステムであるからして、アリーチェが外す方法を知っていても当然なのだが、その内容を聞いたジルベルトは酷く後悔し、そして己に掛けられた呪いを更に忌む事になる。


「馬鹿を言うな…!そんな事出来る訳―――」

「じゃないと、アナタの枷…呪いは一生消えない。だからアタシは確かめたかったの。どれ程あの子の事を想っているのか、それは過去に失った者への執着からくるすり替えではないのかを」

「頼む…嘘だと言ってくれ…」

「嘘だったらどんなにいいか…。だから言ったのよ、アタシを選べば全て問題ない。でもアナタはあの子を選んだ。そう…選んだからにはその覚悟をアタシに見せて」


 取り乱した様子は無く、真っ直ぐな瞳でアリーチェは言う。何故落ち着いていられるのか、不思議なくらいに彼女は落ち着き払っていて、ジルベルトの方がひどく動揺している。それは覚悟の違いで、ジルベルトには覚悟を決めるどころか、答えを出す事すらできなくなった。






 一先ず落ち着いたというアリーチェを星団連合が用意した宿泊施設へと送り届け、ジルベルトはアルヴァルディに戻ってきた。彼がラウンジを訪れた時には日付は変わっていて、それでも皆は待っていて、自室に戻っていた鳴鳥も彼の元へと駆けつけた訳だが、彼はもう心配は要らないと簡単に説明をし、鳴鳥の身を気遣い、そして明日は大事な用事があるからと解散させた。勿論、皆はそう簡単に納得いかないようだが、当事者である鳴鳥も大丈夫であると言い、ジルベルトに同意したが為に話はそこで終わった。


「(明日、セリアさんの話が終わった後に、アリーチェさんと話が出来るかな…)」


 再び自室に戻った鳴鳥はベッドに身を横たえて考えていた。きっとアリーチェは自分の、鳴鳥の顔を見るのすら嫌がるだろう。そう思いはしたがこのまま話さないままではいられなかった。それは自己満足で、相手の感情を逆なでるもので、ほとぼりが冷めるまで距離を置いた方が賢明だと分かってはいるが、自分の想いを否定はしたくない。アリーチェの事は明日にでも何とかするとして、鳴鳥にはもう一つ気掛かりがあった。それは戻ってきたジルベルトの様子で、彼は何時もと違った雰囲気…、寧ろ出会った頃の様な、進んで関わろうとはせずに、どこか距離を置くような、余所余所しさを感じた。


「(明日の為にもう休むよう言われたけど、やっぱり気になる…)」


 小型通信機を手に取った鳴鳥はジルベルトに連絡を入れる。何時もなら直ぐに応答するのだが、今日は少しばかり時間が空いて、応じたジルベルトの表情もぎこちなさが感じられた。


「…早く休むようにと言った筈だが」

「あ…その…。すみません…」

「いや、謝ることは無い。それで、どうした?」

「あの…何かあったのかと思って…」


 どう伝えて良いか分からず口ごもる鳴鳥。それでも心配をしている気持ちは伝わったのだろう。何も案ずることは無いのだと、いつものように少しだけ口端を上げて微笑みながら言った。それは先程の態度が嘘であったかのようで、それでも胸の中の引っ掛かりは完全に払しょくできない。もしかしてと思い浮かぶのはアリーチェの姿で、彼女と自分を比べてしまえば自信は無くなる。スタイルは良く、可愛らしく、仕事も出来る彼女とでは比べ物にならないくらいで、劣っているのは自覚していて。となると彼女から涙ながらに迫られて、絆されてしまい気持ちが傾いて心変わりをしたのでは…と。何も言えないままそのような事を考えていると、ジルベルトは呆れ返ったような溜息を吐いていて鳴鳥はハッと我に返る。


「まさかお前、俺の事を疑っているんじゃないだろうな」

「そ、そんな事は!…って、あ…っ!」

「…ハァ」


 過剰に反応し、墓穴を掘った鳴鳥。彼女は申し訳なさそうに項垂れ、身を縮こまらせる。疑って悪かったと鳴鳥が謝る前に、先に謝ったのはジルベルトで、彼は自分に非があると言った。


「悪かったな。不安にさせて」

「い、いえっ!ジルベルトさんは悪くないです…っ!私の方が―――」

「いや、キチンと説明しなかった俺が悪い。それから、心配しているようなことは無いからな。…俺の気持ちは変わりはしない」

「…ジルベルトさん」


 疑った事を責めもしないで、それどころか自分が悪いと言ったジルベルト。一先ず心変わりしたのかもというのは杞憂で済んだのだが、アリーチェとの事はまた今度、日を改めて説明すると言われ、もう一度明日の為に早く休むようにと言われ、就寝の挨拶をして通信を終える。

 まだどこか、漠然とした不安が残っていた鳴鳥だが、明日は大事な、今後の皆の運命を左右しかねない大事な話がある。話の途中で寝てしまうなど絶対あってはならない事で、鳴鳥は目を閉じて寝る努力をした。不安から眠れないかとも思われたが、今日…正確に言えば昨日は朝から早起きしていて、途中うたた寝もしたが疲れは溜まっていて。緊張の糸が途切れたかのように意識は遠のき、鳴鳥は翌朝までぐっすりと眠れた。






 星団連合本部の議会室。通常ならば連合に加盟している星々の代表者が集うその場で、セリアからこれまでの経緯が明かされる。

 議会室に鳴鳥とジルベルトと久城、ARKHED(アルケード)契約者三名が訪れた時には既にセリアが中央の席、普段ミリアムが立つ壇上にて待っていた。彼女のいる場所を中心として備え付けられている階段状の円卓。最前列にはミリアムや連合の幹部、SARからはカルラが、連合軍の上官達、大将であるグェンダルの横にはソフィーリヤとクヴァルも居る。そしてエーデルシュタインからはバジーリオとアリーチェが既に席に着いている。議会室に入って席に着くまで、鳴鳥はアリーチェと目線が合い、会釈をするがフイッと顔を逸らされてしまった。

 鳴鳥達の席は特務部の団長であるヘニングの席の隣で、彼は軽く手を上げて手招いた。そうそうたる面々が集っていて緊張していた鳴鳥にヘニングは微笑みかけ、そしてさり気無く自身の左隣に座らせようと勧める。だが、そこは仏頂面のジルベルトが間に入り、ヘニングは苦笑いを浮かべた。

 まだ始まる時刻より15分も前だというのに殆どの者が揃っているが、場はピリッと張りつめた空気であって皆押し黙った状態である。そんな中なるべく声量を絞り鳴鳥はヘニングへ挨拶をし、彼も顔を綻ばせて応じた。


「あの…お久しぶりです」

「久しぶりだね、ナトリ君。君との再会がこの様な堅苦しい場だというのが残念でならないよ」

「そ、そうですね…」

「そうだ。この話が終わったら久方ぶりにお茶でもどうかな。いい茶葉が手に入って、限定物のお菓子もあるんだよ」


 声を潜めてはいるが周りには聞こえているようで、ジルベルトが眉間に皺を寄せているのは勿論として、ヘニングの右隣に居る如何にも武闘派な上官が咳払いをし、横目で睨み付けてくる。周りから非難の目で晒されているというのにヘニングは全く意に介していないようで、にこにこと笑いながら尚も鳴鳥に誘いを掛けていた。

 ジルベルトにとっては上官であるが、ヘニングの相変わらずのマイペースっぷりに辟易とし、それでも流石に場は弁えて欲しいと一言物申そうかと思った瞬間、議会室の扉が開き、更にこの厳粛な場にそぐわない人物が現れた。


「うわっ、スゲーなおい。見るからに偉そうな奴らばっかりだぜ」

「…偉そうじゃなくて偉いのよ、フラヴィオ」


 現れたのは赤髪の獣人種であるフラヴィオで、彼は何時も通りの服装、胸元の開いた衣服でこの場に登場し、TPOを弁えていなかった。彼に付き添うようにしていた水色の髪を肩口に切り揃えた少女、ラウナは黒を基調とした衣服だが、ヒラヒラとしたレースがふんだんにあしらわれていて、この場に相応しいとは言えない。

 悪い意味で注目を集めた二人だが、更にフラヴィオは席に着いていた鳴鳥の姿を見つけて大声で名を呼んで喜び駆け寄ってくる。満面の笑みでこちらに向かってくる彼と、痛いほど突き刺さる周りの視線にジルベルトは頭を抱えて盛大な溜息を吐いた。一方でフラヴィオは皆がどう思おうと関係ないようで、ラウナもどこ吹く風といった様子である。当然のようにフラヴィオは鳴鳥の横の席に座ろうとするが、彼女の両横は既に埋まっていて、ジルベルトからは睨み付けられ、ヘニングからは満面の笑みを返されてたじろぐ。ジルベルトに関してはいつも通りであって問題は無いのだが、彼の隣の席に座る小柄で細身の男の笑みには何故だか薄ら寒いものを感じてフラヴィオは素直に身を引き、鳴鳥達の後ろの席に着いた。


「何だ…あのオッサン。ひょろっこいがヤベェ空気纏ってやがる」

「フラヴィオ、そろそろ始まるみたいよ」

「お、おう…」


 どうやらフラヴィオ達が最後であったようで、議会室の照明が落とされ、セリアの立つ壇上には資料を映し出す映像が浮かび上がる。皆も佇まいを正すよう座席を座り直している内にセリアが一歩前に進み出て議会室を見渡し、会釈をした。


「少しばかり早いようですが、皆、集まって頂いたようなので話を始めましょうか」


 真面目な表情で話を切り出すセリア。皆も真剣な面持ちで重大な事実を受けとめようとしているが、誰もがと言う訳ではない。予めセリアの正体について簡易的なレポートを配布しており、大体の事情は知らされているのだが、その内容が内容だけあって未だ信じられない者もいるようだ。セリアの正体を訝しむ者達は彼女に疑惑の目を向けるが、逆に彼女から笑みを返され、見透かされてしまったかのような感覚に陥り狼狽えて目線を落とした。

 この広い宇宙の中心たる場で、中心たる人物が集う中、皆の注目を一身に浴びるセリアは全く臆することなく、話を始めた。まずはこれから話す事が幾ら荒唐無稽でも最後まで聞いて欲しいと前置きをして。






 この宇宙とは違う場所、違う次元には違う人々の営みがあって、その者達はこちら側の世界を認識していたが、干渉する手段は持ち合わせていなかった。因みにセリア達の世界は『マギイスト』と呼ばれ、こちら側は『ソルダント』という名で呼ばれていたらしい。

 ARKHED(アルケード)が戦況を左右する以前は旧式のARKS(アークス)が宙を駆け、武力として行使されていた世界、ソルダント。それらは精神結晶(ゼーレクリスタル)が発見されるまでは化石燃料や陽光エネルギー、原子力で稼働していた。人が作り出した機器と自然のエネルギーで繁栄、衰退を繰り返す世界。一方でマギイストはそこに住まう人自身が力を持ち、それらの力で栄華を極めていった。


「既に皆さんはご覧になったようですが、もう一度証拠としてお見せします」


 そう言ったセリアは掌を差し出す。そこには何もなかった筈なのだが、一瞬にして氷塊が出現し、そしてそれは見る見るうちに大きくなり、花の形をした見事な氷細工となる。仮に精神結晶(ゼーレクリスタル)が填められた指輪などを身に着けていればこの様な術は造作もない。けれどもセリアの手には何も身に着けられていないようであった。彼女が開かれた手を握り直すと花の氷細工はキラキラと輝きながら霧散した。

 誰もが驚き息を呑むがそれは以前に目にしている者が多い。以前それと同じものを目にしたのはジルベルトがエルンストと対峙した時で、彼は無数の氷塊を虚空に現出して見せた。

 セリア達の次元、マギイストには自然現象を操る力、魔術があり、人々は当たり前としてその力を行使していた。

 決して交わらない世界。マギイストの中にはソルダントへの侵攻を目論む者達も居たが、次元の壁は厚く手を出すことは叶わなかった。


「このまま互いの世界は干渉する事が無ければ良かった…。でもある日、マギイストに異変が現れたの」


 精神力を消耗して自然現象を操ったり、人の意識にすら作用させることが出来る魔術。万能な力のようであったが、ある日突然、それは人々へと牙を向けるモノへと変わった。

 最初は原因不明の奇病だとされていた。その病は魔術を放った者の身体に異変が起こるもので、身体が徐々に結晶化する奇病であった。赤や緑、様々な色の結晶。その結晶には特徴があり、乳白色の円と線で構成された模様が刻まれていた。


「それはまさか―――」


 ヘニング達、一部の者達は感付いたようで顔を青ざめさせる。そうだとしたらとてつもない事実で、自分達のしてきた事を後悔させるようなもので、できれば違っていて欲しいと願うが、現実は非情であった。


「もうお察しの方々が居るようですが、その通りです。貴方がたが現在主要エネルギーとして利用している精神結晶(ゼーレクリスタル)は…マギイストの人々の成れの果てです」


 にわかには信じ難い事実。それはとても受け入れられない内容であり、この事実を明かしたセリアの表情が一つも崩れる事が無いのも現実味を感じさせない。嘘だと叫ぶ者もいれば、己の行いを後悔する者もいて、議会室はどよめきが収まらない。場を鎮めようとミリアムが立ちあがり静粛にと呼びかけようとするが、その前にセリアが声を上げた。


「信じ難い事だと思いますが、これは紛れもない事実です。証拠としては不十分かと思いますが、まずはこの声を聴いて下さい」


 中央の演台には水差し位の大きさの赤い精神結晶(ゼーレクリスタル)が運ばれる。皆の注目が集まる中、セリアはそのクリスタルに手を翳し、瞳を閉じて呪文を唱える。するとクリスタルは光を放ち、そして辺りに声が響き出す。


「――…て…助けて…っ!痛い…っ…こんなの…――…どうして…いやぁァァァ…―――」


 議会室に響いたのは少女の泣き叫ぶ声で、それは聞くに堪えない酷いものであった。セリアの魔術によってクリスタルに残された思念は苦痛を訴えたのだが、それらはこの場に集う者達を更なる絶望の淵へと追いやる事となった。





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