第79話 Black coffee which dyes a white table
意志の力に反応する精神結晶。それは精神力を糧に自然現象を操り、人の心にも干渉することが出来る魔術を扱える別次元の人々の成れの果てであった。
かつて人だったものを扱って生活を営み、また戦の場にて力として振るってきた者達は皆、この事実を前にして顔を青ざめさせ、己のしてきた事を振り返っていた。
同胞を、マギイストの民の亡骸を便利なエネルギーとして扱われていたと知っていたセリアは皆を、ソルダントの民を責めることは無かった。
「目の前に便利な力があるならば誰もが飛びつくものです。その物の正体を知らなければ尚更でしょう」
致し方ない事なのだとセリアは言い、幾分か彼女の言葉に救われもするが、やはり後ろめたさは残る。利便性や己の身を守る為に精神結晶が填められた装飾品を身に着ける者は多く、この議会室にも指輪や腕輪を填めている者達が居た。その者達は苦々しい顔や恐れおののきながら身に着けていた装飾品を外す。それらは何時でも手放せるだろうが、インフラ…社会基盤にも今や精神結晶は欠かせない。皆の手元にあるボトルの水が浄化されているのも精神結晶の力なくしては難しい。それ程にまで浸透しきったエネルギーを今更手放しは出来ない。誰もがそう結論に至ったが、セリアはその答えを否定せず、肯定した。
「精神結晶を手放せとは言いません。ただ知っていて欲しいのです。どうやって精神結晶が出来たのかを…」
皆が皆、セリアの言葉で前向きに考えを改められる訳ではない。議会室は沈んだ空気のままであるが、セリアは話を続けた。マギイストの真実はまだ少ししか明かされていない。これから明かされる事は更なる衝撃を与えるものであるが、皆はまだ知らずにいた。
第79話 Black coffee which dyes a white table
マギイストで突如として起こった奇病。身体の結晶化は一つの星にだけでなく多くの星にて徐々に広がりを見せた。この未曾有の事態にマギイストの中心とされる星、エンピレーオでは高名な魔術師や医師が集められて研究が進められていたが、病を治療する手立ては見つからなかった。研究で分かった事と言えば結晶は魔力を持ち、行使すれば魔術を使える事、その際には普段より精神エネルギーの消費が抑えられる事、結晶化した患部を取り除いても別の個所から発症し、一度結晶化した者は救う手立てがない事。救う手段が無いというのも絶望的であったが、結晶自体に価値があった事が更なる混迷へと陥る切っ掛けとなった。
「結晶化した者は病原体のように扱われ、惨たらしい扱いを受けていたわ。そして死した後にも彼らの安息は無かった…」
言葉だけでも分かる凄惨さ。別次元であるソルダントの者達もその光景は容易に想像できた。今でこそ先進惑星ではあらゆる病と無縁の医療体制が整えられているが、辺境の星や後進惑星では伝染病が蔓延し、多くの者が命を落とすなど珍しくは無い。その現状を知っている者達には結晶化した人々の痛みによる苦しみだけでなく、同じ人から忌み嫌われる絶望が理解でき、胸を痛めた。
「…研究は一向に進まなかった。そこで追い詰められたマギイストの民は奇病を治す方法と並行させて種の存続や治療以外の方法に力を注ぐことにしたのです」
コールドスリープ、低体温で老化を防ぎ、未来の技術に命運を託す方法はポッドに入った者も結晶化したことにより採用されなかった。
次に取られた手段は次元を超える方法。マギイストには時折ソルダントの世界を知覚することが出来る者が居た。その者が魔術を行使すれば水晶や鏡、湖面にその世界は映し出されたが、決して手の届く存在ではなかった。かの次元へと至る事が出来れば治療の手立てが見つかるのでは、ソルダントには結晶化の奇病が広まっていないからと希望を抱くが、次元を渡る手段は見つからなかった。
「魔術の中に次元を操る術も存在はしていました。けれどもそれは空間圧縮や移動…ワープが出来ると言っても、その力はたかが知れていた。そもそもワープは一度訪れた場所でないと安定しないで、不安定な力の行使は意図せぬ場所へと飛ばされてしまう。次元の壁を超えるなど、到底無理だったのです」
ほかにも様々な研究が行われたが、最も有力視されたのが新たな身体を作る事。人工生命体…ホムンクルスを利用する事であった。
マギイストでは魔術を行使し、ホムンクルスを作り出して小間使いや愛玩用として使う者達が居た。忌避の目で晒される事が多かった魔術だが、命令式…機械にとってはプログラムを与えられていないホムンクルスは魂の無い器で、それらは結晶化と無縁の存在であった。
「人の魂を移し替える魔術は確立されていた。器も用意できた。けれども全ての人が新たな身体を得るには時間が足りなかった…」
ホムンクルスの精製には大量の魔力が必要だった。そこで始まるのが命の選別である。魔力の低いものは勿論、年老いた者達も順番は後に回される。魔力や知識に優れた者は優先的に新たな身体を得て、財力で順番を得る者もいた。
醜い争いが繰り広げられもしたが、一先ず全滅は免れた。けれどもホムンクルスの身体も一時しのぎである。ホムンクルスには生殖機能は無い上に耐久度があり、永遠には生きられない。次の身体に魂を移し替えればいいのだが、それは人の営みと逸脱したもので、このままで良い筈は無かった。凍結保存された命の種をいつの世にか新たな命として誕生させられるように夢を見ながら、マギイストの民は仮初めの身体を移ろいながら生きていた。
「奇病に怯えながらもマギイストの民は一縷の望みを胸に生きてきた…。皆が力を合わせてまた元の姿に、仮初めの身体でなく人として生きられることを…。けれども、そう思っていたのは皆ではなかった…」
結晶化の奇病が蔓延する以前から、ソルダントに渡る為の研究は行われていた。魔術の無い世界ソルダント。マギイストの民は自分達ならば、かの世界でも覇権を握れると確信していたりもして、見下しながら、下等な種を観察しているかのように異次元の世界を覗いていた。だが、滅亡の危機に瀕した世界からは、奇病と無縁の世界は羨望へと変わり、下等だと思っていた種を妬ましく思うようになっていた。
水面下でソルダントに渡る研究も進み、そしてある一つの結論に至った。それは次元の力を行使できる者を量産する計画であった。一人分の魔力で出来る事は限られている。ならば多くの者が居ればという単純な発想でホムンクルスは量産された。
「ホムンクルスをただ量産してもそれはただの器であって意味はなさない。魔術とは魂と繋がっていて、意志のない人形には行使できない。そこで研究者達が取った手段は、魂の複製でした…」
沈んでいた議会室はセリアの言葉にどよめき出す。作られた人の身体に魂を移し替えるだけでもマギイストの技術が高度であるというのが分かっていたが、魂の複製など、もはや神の領域に他ならない。星団連合ではクローン技術の人への使用は倫理的観点から禁止されている。その為ホムンクルスの存在すら忌避している者達も居たようで、魂の複製ともなると恐れすら感じ始め、精神結晶の件から一転してマギイストの民に対する嫌悪感を抱いて顔をしかめさせた。
「勿論、マギイストでも散々議論され、反対も多くありました。それでも、このままでは未来は無いと、結晶化の研究が行き詰った現状では出来る限りの手を打たなくてはならなかったのです」
次元を操る力を持つ者達はエンピレーオの研究施設に集められ、そして彼らの魂は複製され、新たな器へと定着させられた。着実と、ソルダントへと至る道のりは整いつつあったが、半ばで計画を中止せざるを得ない事態に見舞われた。
魂の複製は元となる魂を劣化させる。徐々にだが被験者の中から精神が壊れた者が現れ、そして更に事態は悪い方へ、複製された魂のホムンクルスの魔力は徐々に低下し、段々と使い物にならない個体ばかりが出来上がってしまった。
「…私も、得意とする魔術は次元を操る術で、被験者の一人でした。でも、自我を崩壊させるに至る事無くこうしてここに居られるのは研究者の一人であったエルンストのお蔭なのです」
その名が出た途端、議会室は再び騒めき出す。エルンストの名は先に配られた資料によって度々襲撃を繰り返してきた首謀者だと知れ渡っている。その者を恩人だと言うならば、やはりセリアは信用に足らないのではと疑念を抱くが、彼女は直ぐにその考えを否定するかのようにエルンストへ対する反抗の意を強く示した。
「だけど、彼は私を救うために数えきれない程の犠牲者を出して、そして今もなお、この世界を巻き込んでまで、私を取り戻そうとしています」
エルンストがセリアを求める理由は彼女が口にせずとも皆が理解していた。それは一途な愛ゆえにの事で。物語としては世界を壊してまでも一人の女性を救うエルンストは賞賛する者もいるだろう。けれどもこれは現実で、彼は他の者の命を虫けらのように扱い、目的の為ならば非道な手段も辞さない。深い愛は転じて狂ったものへ変わっており、その蛮行を認める訳にはいかなかった。
セリア自身は彼を救いたいと願う気持ちもあったのだろう。固く握られた拳は震え、瞳には後悔の色が見える。だが、この場に立ち、全てを明かすからにはもう後には引けない。覚悟を決めているセリアは皆に願い出た。
「エルンストはこの世界をただの実験場だと、そこに生きる者達はモルモットだと認識しています。私はこれ以上こちらの世界の人々を巻き込みたくは無い。ですが今の私一人では、彼を止める事は叶いません。ですので―――」
助けを求めたセリアだが、議会室に集う者達はあまり良い顔をしていない。鳴鳥は困っている人が居ると見過ごせないタチで、自分にも何かできることは無いだろうかと考えを巡らせていたが、多くの者達は違うようだ。ミリアムや彼女と近しい者達、ARKHED契約者達は皆、エルンストの暴挙を止めたいと願っているが、他の者たちは疑問を抱いていて、ある一人の壮年の男性軍人が手を上げて言及した。
「貴女が投降すれば全ては収まるのではないか」
それはセリアに信頼がおけない者達が抱いた疑問である。確かに彼らの言う通り、セリアさえエルンストの元に戻ればこの世界が危機的状況に見舞われる事も無い。亡命者を元の国へと引き渡す様な行いだが、ここに集まる者達は多くの者達の命を守らなくてはならない。それならば一番リスクの低い方法を、一人の身柄で多くの者が救われるならばそれに越したことは無いという訳だ。
別次元の、まだ得体のしれない者を救いはしない、関わりを持ちたくないという意見に思わず鳴鳥は口を挟みたくなるが、発言者は上層部の者で、学生の身分では物申す事は出来ない上に、位の高い者達が集う中ではとても発言など出来やしない。悔しさから唇を噛んで俯くが、隣に座るジルベルトは気にするなと横目で視線を送ってきた。彼のお蔭で幾分か落ち着きはしたが、場の空気は悪い方へと、皆口々に否定的な意見を述べる。不安そうに鳴鳥が成り行きを見守る中、セリアは場を鎮めさせる事実を明かした。
「私も、私もそれでこの世界が救われるなら、この身がどうなろうと構いません。でも、私が投降した後には、彼を操っている者達が、この世界を手中に収めようと動き出すのです」
首謀者はエルンストではなかったという事実に、議会室のざわめきは止まらない。セリアの身柄を引き渡せば争いを避けられると目論んでいた者達は楽観視から一転して苦虫を噛み潰したかのように忌々しげであった。彼らのどういう事かと説明を求める声に押されセリアはエルンストの背後に居る者達の正体を明かす。
セリアの話は次元を越える計画が頓挫した所から始まる。被験者として生命の危機に晒されたセリアを救おうと、エルンストは研究者でありながら、上層部の命に異議を唱え、計画自体を終わらせようとした。集められた被験者を解放した彼は当然のように罪に問われ、セリアも拘束されてしまい、再び研究所へと収容された。計画を引き継いだ者達は抗体を作る為に結晶を投与していた技術を使い、ホムンクルスを強制的に結晶化させ、次元を渡る為の魔力が込められた巨大な結晶を作り出すことに成功した。こうして非道な行いの果てに希望の架け橋は作られ、計画は次の段階に進む事になる。
一方、計画から外されたエルンストは上層部のやり方に異を唱えるレジスタンスに合流し、セリアの奪還を目指していた。レジスタンスは研究の為に虐げられてきた者達を解放し、反乱を企てていたが、彼らが上層部の者達の元へと辿り着いた時には既に遅く、そこでエルンストはセリアが犠牲になったのだと知ることになる。
大切な者を失ったエルンストはタガが外れたようで、高位な魔術師の集団である者達を相手にその力を振るい、彼らを追い詰めるまでに至った。仮初めの肉体を破壊され、魂のみとなった上層部の者達。復讐を果たして燃え尽きたエルンストはセリアの後を追おうと自害を試みるが、上層部の者達によって阻止された。彼は学者である以前に高名な術師であり、それならば使い道があるだろうと、目を付けられていたようだ。
「上層部…マギイストでは賢者と呼ばれる者達は、命乞いをしながらエルンストに計画を持ち出したのです。それは魂を…心を作り出す方法で、その為の実験場はこの世界、ソルダントを指定しました」
エルンストはセリアを蘇らす為にARKHEDを使い人の感情をデータとして収集し、賢者達は収集したデータを基に結晶化の治療法を探る。次元を渡る為の巨大な精神結晶を用いた転移装置が据えられた小惑星型の要塞、アドミニストラードは賢者達でないと操作を受け付けないようで、それらの権限を譲渡する代わりにエルンストはこちらの世界の調査を請け負う。こうしてエルンストは次元を渡りこちらの世界へ、観測装置…強い感情を持つ者に近づきARKHEDを与え、観測をするホムンクルスを用い、この世界で研究を続けていたのであった。
セリアは賢者達の思惑に気づき、魂を破壊される前に自ら肉体を捨ててARKHEDへと魂を封じ込め、エルンストがこちらの世界に渡ったのに乗じてこの世界に降り立ったのだそうだ。
「ARKHEDはこちらの世界で活動する為に作られていた機体で、私はそのうちの一機を奪い、エルンストの動向を見守りつつ、どうすべきかを模索していました」
たった一人の力ではどうにも出来はしない。けれどもエルンストの元に戻ればこの世界がマギイストの賢者達によって支配されてしまう。この世界で結晶化の治療方法を探すとしていた賢者達も、治療方法よりこの世界を乗っ取る方が合理的であると結論を出していて、その為の研究、こちらでは結晶化が起きない事も確認していた。
ソルダントにとっては巻き込まれた形だが、見て見ぬふりは出来ない、火の粉が振りかかるどころか、いずれ戦火に巻き込まれるだろうと知らしめられ、誰もが言葉を失った。
皆がどうすべきか思い悩み、言葉を失う中、これまで一言も口に出さなかったミリアムが立ちあがって、声を上げる。それは彼女の正体を明かすもので、議会室は再び騒めき出した。
「私は、彼女の話の中にあった観測装置の内の一体です。当初はセリアさんの器として作られていた身で、彼女の魂が失われたと思われた為、培養途中で観測装置に転用されました」
別次元からの脅威に、この星々を束ねる立場に居た者の正体が侵略者の手先であった事、相次ぐ驚愕の事実に事態は混迷を極める。この場に居る者全てがミリアムを慕っていた訳ではない。どちらかというと日和見な彼女に対し、強硬派の者達は忌々しく思っており、正体を明かした今では鬼の首を取ったかのように、これを機にと彼女を糾弾しようとした。針の筵に立たされるミリアムだが、それは覚悟の上なのだろう。非難の怒号を一身に浴びていたが、そこで中央のモニター映像が切り替わり、議会室に男の怒鳴り声が響いた。場を鎮めさせる程の声、それはこの場に居ることが出来ない者、アストリアの主要国、ガルレシアの王であるディノスであった。
「寄ってたかって罵声を浴びせるなんざ、スマートじゃねぇな」
「あ、貴方は…っ、ディノス陛下!」
「さっきから黙って聞いてりゃ、うだうだと文句を言いやがって…!ミリアムやセリア嬢ちゃんがどれだけ―――」
「ディノス…!良いのです…っ。私は非難されて然るべきの存在です。皆が言う事は全て正論であって、私にそれを否定する資格はありません」
あくまでも、自分は断罪されるべきであるという態度を崩さないミリアム。気丈に振る舞っているように見えても、罰せられるのはやはり覚悟が足りなかったようで、何時もの凛とした雰囲気は失われており、震える身体を必死に抑えようとしていた。
枷の影響でその場に居る事が叶わないディノスは、映像越しのミリアムの姿を見て己の無力さを痛感していた。傍に居たとしても弁が立つわけなく、皆を説き伏せる自信など無い。それでも今、たった一人で責を負おうとしている彼女を支える事ならば出来ると、枷さえなければと何度も悔しく思った気持ちが再び蘇る。
ディノスが声を上げた所で事態は良い方に転ばない。それどころかミリアムを推挙した者である彼にも任命責任を問われ、更には彼女の正体についても知っていて隠ぺいしていたのだと糾弾される。
収拾のつかない事態を見守っていた鳴鳥は不安そうにしていたが、隣に座るジルベルトは問題ないと小声で言う。
「…ミリアム議長には優秀な部下であり、旧友が居る。何も心配は要らないさ」
「…そう、なのですか?」
「ああ、見てみろ」
ジルベルトが目線で示す方、そこにはグェンダルが居り、彼は立ち上がって咳払いをする。それと同時に立ち上がったバジーリオも机を強く叩きつけて場を静まり返らせた。連合軍でも高い階級であるグェンダルと、エーデルシュタインで五本の指に入るバルニエール商会の会長であるバジーリオ。その二人が物申すならば、黙らざるを得ない者は多く、反ミリアムの一派は勢いが無くなり始めた。ざわざわと、小声で不満を口にする者達を一喝するよう、鋭い視線を向けたグェンダルは訴えかけた。
「貴公らは今まで何を見てきたのだ。彼女は誰よりもこの星々の民の事を想い、身骨を砕いてきたではないか」
「だがそれは、我々の動向を監視する為であって、民の為では―――」
「お前さんはミリアムがそれだけの為に今まで戦ってきたと思っているのか!?自ら戦場にも立って、幾つもの戦を終結に導いたのは彼女のお蔭でもあると分からんのか!」
「だ、だが、先の戦、ディノス陛下と巻き起こした件は言い逃れできまい。結局は己が身を優先とし、我々の事など―――」
「あの戦も、彼女がここを発たなければ、敵の攻撃はアストリアに及んでいただろう」
「いや、そもそもマギイストという得体の知れん奴らのせいで我々の平穏が脅かされていて、その一端を担う者が議長の座になど相応しくは無い…!」
グェンダルとバジーリオがミリアムを擁護するが、彼女を快く思っていない者達も退かない。口論はますます激しくなり、火に油を注ぐ結果に。収拾がつかない状態に当事者であるセリアやミリアムも困惑しているようで、彼女達でもこの場を鎮める事は出来そうにない。
おろおろと、どうすればよいのかまた慌て出す鳴鳥の傍の席。ジルベルトの右隣に座っていて、これまで静観していたヘニングは重い腰をゆっくりと上げてパンパンと手のひらを叩いて注目を集めた。ヘニングの階級は大佐クラスで、この中ではさほど高くない位であり、本来なら意見をするのも憚られる。けれども彼の名はある意味で知れ渡っていて、忌々しそうにだが、騒ぎ立てていた者達は押し黙った。
「皆さん、ここはひとつ深呼吸でもして落ち着いて下さい。今回はセリアさんのお話を聞くという名目であって、責任の所在を探る場ではありません」
「だが、このまま彼女が連合議会の議長を名乗るなど―――」
「それに、こうも落ち着きが無いのは時間を忘れているからではありませんか?」
「何を言い出す!今はそれどころでは―――」
「腹が減っていては良い考えも浮かびはしません。と言う訳で一旦ここまでとし、昼食後に議論を交わしましょう。ああ、その際は私の部下達やバルニエール嬢、普段議会に列席しない方々には席を外していただきましょう」
ヘニングの指摘通り、時刻はとっくに昼を過ぎていた。ミリアムを糾弾したい者達は少数で、擁護をする者達は全体の三分の一。残りはまだどうしてよいか整理のつかぬ者達であり、多くの者はヘニングの提案に異を唱えず、一先ず幕は下された。
「なんだか凄い話、でしたね…」
星団連合本部のラウンジにて昼食後のお茶を飲んでいた鳴鳥はポツリと呟く。実に気の抜けたような顔で、他人事のように感想を述べているが、それも無理は無い。話は大きすぎて、今の鳴鳥にはとても受け止めきれるものでは無い。同じテーブルに着いていた久城も何時も通りの所作に見えるが、動揺していない訳ではなさそうだ。彼は押し黙ったまま、じっとティーカップに注がれた紅茶に浮かぶ波紋を見つめて考え事をしている。
「…ミリアム議長は大丈夫でしょうか?」
「彼女を引きずり降ろしたい連中はごく僅かだ。ヘニング団長も彼女の側に付くなら問題ないだろう」
「そう…ですか。あの…セリアさんの言う事は…。これからエルンストさんと戦う事になるんですよね」
「ナトリ、あんな野郎にさん付けは要らないぞ。それから、連合としてはこのまま知らぬ素振は出来ない筈だ。自分達の世界を守る為なら、エルンストもその後ろに居る奴らも倒さなくてはならない」
場数を踏んでいるせいか、ジルベルトはもう整理がついているようで冷静に行く先の予想を述べていた。彼は今回の話に関しては差ほど動じていないようだが、何か別に考える事があるのだろう。口を開かぬ時はどこか上の空であるようだった。
「そう言えば、アリーチェさんは…」
「アイツなら連合が用意した宿泊施設に戻ったようだぞ」
「そうなんですか…。直接お話をしたかったのですが…」
「その事なら気にするな。もう話は付けてある」
ジルベルトにそう言われてしまえばそれ以上は踏み込むことが出来ない。会いに行きたいとも思った鳴鳥だが、昨日の今日ではまだ落ち着いて話が出来ないかもと思い至り、そこでアリーチェについての話を終わらせることにした。
今現在、議会室ではミリアムの処遇と今後についてを議題に話が進められている。鳴鳥とゆっくり茶が飲めない事を惜しんでいたヘニングも、心配は要らないと言いながら議会室へと向かった。それでもまだ不安が残る鳴鳥だが、自分にできる事は少ないのだという現状から悩んでいても仕方がないと踏ん切りをつけた。
「えっと、この後は待機という事ですよね」
「そうだね。そろそろ戻るとしようか」
アルヴァルディに戻る前に夕食の買い出しをしたいと願い出る鳴鳥に久城は笑顔で頷き、二人は席を立つ。だが、ジルベルトは一人、席を立たずに座ったままであり、彼は二人に先に戻るようにと言った。
「ジルベルトさん?どうかされたんですか」
「用事がある。帰りは遅くなるかもしれないから先に休んでいてくれ」
「…分かりました」
見るからに落胆した様子の鳴鳥だが、余計な心配を掛けさせたくないのだろう。すぐに気を取り直して一応晩御飯は作り置きしておくと伝えてラウンジを去った。
ジルベルトの様子が昨晩からおかしいと思いつつも聞けずにいる鳴鳥。そんな彼女の横を歩き、彼女を心配していた久城はふと足を止めてエントランスで待っていて欲しいと言った。
「あの、久城センパイ、何処へ…」
「えーっと…その、お手洗いにね」
「あ!そ、その、すみません!」
「いや、良いよ。待たせるようでゴメンね。直ぐに戻るから」
そう言って鳴鳥と別れた久城は勿論手洗い場にではなく、ラウンジへ向かう。先程と変わらぬ窓際近くの席にジルベルトは居て、彼は外の景色を眺めながら茫然としていた。
普段のジルベルトなら気配を察知して直ぐに振り向くだろう。だが今の彼は注意力が散漫で、久城が近づいても全く気が付いていないようである。この様な不甲斐ない様を見せつけて、その上鳴鳥に心配を掛けさせている男に負けたのだと思い知らされ、久城は盛大な溜息を吐いた。
「ん…。戻ったんじゃなかったのか?」
「少しばかり貴方とお話がしたくて戻りました」
「…俺はお前と話す事なんざ無いがな」
「…アリーチェさんから聞かされたんですね」
「…!お前…っ」
目を見開いたジルベルトは急に立ち上がり、手元にあったコーヒーの注がれたカップを倒してしまう。幸いにして中身は少なかったようだが、白いテーブルには黒い液体が広がりを見せる。溢したコーヒーに気を取られることは無く、ジルベルトは久城に詰め寄り知っていたのかと確認を取り、頷いて肯定されたことにより乾いた笑い声を上げた。
「以前…セルべリアから知らされていました」
「良い気味だったろうな。…楽しかったか?俺がぬか喜びをする姿が」
「いえ。決してそのような訳では―――」
「これでお前の満足のいく結果になる。良かったな。…まぁお前の方がアイツを幸せにできるだろうから、これで良かったんだろうな」
段々と語気は弱まり、ジルベルトは力なく椅子に座る。久城としては決して追い込もうとしたわけではない。ただ、鳴鳥の前では平常心を保つようにと一言だけ言いたかった訳だが、真実を知った彼は想像以上に打ちのめされているようだった。
「…随分と諦めが良いんですね」
「この年になると彼是見切りを付けやすくなる。若いお前とは違うさ」
「鳴鳥に対する想いがその程度だったとは、心底失望しました」
「仕方ない…。これは仕方がないことだ。どちらを選んでもアイツは喜ばない。俺に選択肢は端から無い」
「貴方という人は…っ」
苛立ちをぶつけたいとも思ったが、ここは人目があり、カップを倒した時点で僅かにだが注目を浴びつつある。大声を張り上げそうになった久城は一旦息を吐き、苛立つ心を落ち着かせて最後に一言残して立ち去る。
「諦めるにはまだ早いと思いますがね。貴方がそういった態度を取るならば、僕にも考えがありますから」
「…好きにしろ」
立ち去る久城を見送った後、ジルベルトは転がったカップを戻し、テーブルを拭く。何もかも諦めていて、自暴自棄に陥ったように久城は見えたようだが、ジルベルトの瞳はまだ曇っておらず、一縷の望みを抱いていた。
「―――そう簡単に諦められる訳ないだろう」




